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| Sixth step | |
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ふるふる、と頭を振ってその考えを振り払う。
先にミルクティーなんか飲んでいるレイに声をかけることにした。
「あんたには何か希望無いの?」
びっくりしたようにこっちを見る、紅玉の瞳・・・。
「え?あ、そ、そう・・・言われれば・・・。久しぶりに浴衣、着てみたいかも・・・。」
あっ!
忘れてたっ。
あたしも持ってる・・・けど・・・。
「あ、そうだった!あたしの浴衣、小さい頃のだから少し小さいのよ。作り直してくれる店探さないと・・・。」
「え?そういうのって、自分でやるんじゃないんですか?」
へ?
あたしはびっくりしてレイを見つめた。ヒカリも同じ気持ちのようだった。
「出来るわけ無いじゃん?」
「出来るの?レイちゃん?」
「わ、私のお母さんなら、出来ると思います・・・。」
そ、それは願ったり叶ったりだわっ!
「じゃ、今から行っていい?」
「い、今から・・・ですか?」
あからさまに困った顔をするレイ。
柳の眉が歪むとさすがのあたしもちょっと腰が引ける・・・。
「そ、そうね・・・。ちょっと、急かもね。じゃ、今日、都合聞いて来て。んで、ヒカリ、あんたは今日の夜に鈴原を誘いな。あ、それから、浴衣で来るようにって。」
あたしはてきぱきと指示を出して、ゆっくりとケーキを味わうことに決めた。
「ただいま。」
当然、お帰りなさい、の声はない。
既に散乱しているコンビニの袋に新たな一枚を加える。
ドイツにいた頃・・・。
ママが当たり前に作ってくれていた料理が、今はない。
あんなに嫌で嫌で、結局最後は外で食べるようになっていたあのママのご飯が、どうしようもなく食べたい。パパもあたしも食べなくなって、ずっと作っていないママの夕飯が、とても恋しい・・・。
あんなに嫌だった食事の前の感謝の言葉を、どうしても口にしたい。
「父と子と精霊の御名において・・・アーメン・・・。」
・・・続きが出てこない。
だから、せめて、ママへの感謝の言葉・・・。
「いただきます・・・。」
夕闇の中、一人で取る食事は、涙の味がした。
「で、ちょっと、着てみてもらえる?」
「はい。これでいいですか?」
レイのお母さんって・・・ユイおばさまに似てる・・・わね?
あたしは下着の上に浴衣を羽織ってサイズを合わせてもらいながら、そんなことを考えた。
「えぇ・・・もう少し長目にした方がいいわね。この布地でいいかしら?」
「えぇ、もうお任せで・・・。」
あたしは合わせていた浴衣をもう一度脱いでチトセさんに渡した。
外はまだお昼なのにぴったりとカーテンを締めて電灯の下での作業。そのままだと暑いからって、チトセさんはクーラーまでかけてくれた。
どうしてここまでしてくれるんだろう?
あたしの浴衣は赤を基調にしたオレンジの花柄。帯は黄色。だけど・・・。
「なんだか、全然身体に合って無いみたいなんだけど・・・。」
チトセさんが首を傾げた。
「えぇ、まぁ・・・。あたしのじゃないですから・・・。これ、ママ・・・って、そ、その、母のなんです。私が大きくなったら着るようにってくれて・・・。」
あたしは浴衣からはみ出している足と手に目をやった。
「うーん・・・困ったわね・・・。」
チトセさんはあたしの脇の下辺りをいじりながら呟いた。
ちょっとくすぐったい・・・。
「あのね。普通、浴衣には大きくなっても着られるように”遊び”がしっかり取ってあるんだけど、ちょっと、これじゃきついのよ。それでね、思いきっておかしな部分を切っちゃって、足りない部分を臙脂の布で継ぎ合わせる、っていうのはどう?」
・・・。
浴衣、切っちゃうのね・・・。
残念だけど、このまま着られないよりはずっと良いわ。
「えぇ。それでお願いします。」
あたしは思い切ってそう言った。
「じゃあ、今日は型だけ取るから。」
チトセさんはそう言ってあたしの身体の丈を計った。
「もしかして、大事な思い出の品なんじゃないんですか?」
チトセさんは最後にもう一度念を押してきた。
「思い出・・・。そう・・・ですね・・・。えぇ・・・。」
あたしはちらっとレイを見た。
さっきからあたしの浴衣直しをじっと見上げている、綺麗な瞳。
この子と一緒にお祭りに行きたい、と思う。
それが出来るなら、直した方がいい。
「でも、いいんです。着られるように、して下さい。」
あたしは、笑顔でそう言った。
丁寧にお礼を言ってレイの家を出た時、レイが走って追いかけてきた。
「何か用?」
「あの・・・本当に、いいんですか?切っても・・・。」
レイはあたし以上に深刻な顔で聞いてきた。
「どうして?あのままじゃ着られないんだもの、着られるようになった方がいいじゃないの。」
あたしはあっさり答えた。
もう結論は出ている。
迷いはない。
寂しいのは確かだけど・・・。
それは、レイのお母さんの優しさが、羨ましかっただけよ・・・。
あたしはその言葉を必死で飲み込んで、再びレイに背を向けた。
ふー・・・。
あたしは深いため息をついて寝返りを打った。
明日はお祭り・・・。
興奮して眠れない、というわけでもない。
ユイおばさまはあたしを覚えていた。
・・・そしてレイを覚えていなかった。
つまり、レイがシンジの家に行ったのはあたしと一緒に行ったのが最初で、シンジはレイを特別に紹介したりしていなかった。
二人は、付き合っていない。
チトセさんはシンジを知らなかった。
レイはシンジのことを話していなかった。
そればかりか、レイも、いえ、シンジさえも、この街に来たばかりだった。
条件は、同じじゃないの・・・。
そして、あたしだけが気付いている。
自分の気持ちに・・・。
そして、全くの無防備な、レイの背中に・・・。
自分だけが・・・。
あたしがここに来たことの意味だったら、自分のことじゃなくても、ヒカリと鈴原の件をうまくやれば大きな意味があった、と言うことになる。もう無意味じゃない。
自分は自由だ。
自分の気持ちに、自由だ。
・・・それでもあたしに優しくしてくれた・・・。
みんなが優しくしてくれた。
その誰を裏切れるんだろう?
あたしは何度目かのため息とともに、何十度目かの寝返りを打った。
お祭りの当日・・・。
あたしはチトセさんのセンスに舌を巻いていた。
初め見たときはどこが変わったのか判らなくて、
「あれぇ?どこか変わりました?」
って聞いてしまったけど、袖を引っ張ってみて納得。
もともとの布地が目に付くところに来るように細工してあって、あたしの手足のサイズに合わせるために足した布地はその内側に充分なゆとりを持たせて折ってある。下地ももともとの赤い布地をより引き立たせる臙脂の下地。その間を縫うように飛びまわるチョウチョのようなオレンジの花。
本当は継ぎ接ぎで少しみすぼらしくなってもしかたないか、って覚悟してたけど・・・。
「うわぁ・・・凄いですね。あたし、ちょっと見ても判らなかったです。」
「それに、特別仕様だから、下着のラインが出ないようになってるの。」
「そんなの、気にしませんよ。」
あたしはくすっと笑って服を脱いだ。
レイがあたしの浴衣を見て感嘆の声を上げている。あたしには”特別仕様”の意味が分からないけど、レイには判るみたいねぇ。
あたしが浴衣を着付けていると、「ひ、ひっどぉい!」というレイの声が聞こえてきた。
なんだろ?
「だって、他人様のを優先させるのは当たり前でしょ?」
「だからってぇ・・・。」
・・・。
なんか・・・悪かったかしら・・・?
母子二人でなにやら揉めていたけど、レイが下着の上を外したのを見て納得。
あたしの浴衣に付いていた”新機能”とやらがレイの浴衣には間に合わなかったのね。
あはは。
あたしのこそゆっくりで良かったのに・・・。
・・・違うか・・・。
あたしは・・・この国にゆっくり出来ないかもしれないから・・・優先してくれたんだ・・・。
有り難い気持ちで胸がいっぱいになる・・・。
・・・胸が・・・。
む、胸が・・・。
胸が苦しいっ!!
「むぅ・・・苦しい・・・。」
声が出ない・・・。
チトセさん、し、締めすぎ・・・。
「あらぁ、ちょっと、緩めないと駄目ね・・・。うーん・・・。」
はぁ・・・。
し、死ぬかと思った・・・。
「あ、でも、こうすればいいです。」
あたしはぐっと胸を張って浴衣の裾を引っ張り上げ、胸の周りに余裕を作った。
「それじゃ裾が短くなってしまうわよ?」
「歩きやすくて良いです。」
きっぱりと言う。
さっきみたいに締められたら苦しくて息も出来ないわ。
「じゃ、今日はそれで仕方ないわね。お祭り終わったら持ってくると良いわ。」
え?
「・・・ありがとう、ございます・・・。」
これ以上ここにいると涙が出そう・・・。
あたしはそっと部屋を出て玄関でレイを待った。
レイは団扇を帯に差してもらったり、色々準備があるみたい。でも、ごめんね。あたし、その人・・・チトセさんの顔見てても涙出そうだわ・・・。
「レイ、もう行くわよ?ヒカリや馬鹿シンジが待ってるわ。」
ヒカリのせいにして急かしてしまう。
「行ってきます。」
レイの声に合わせて、あたしも心の中で”行ってきます”と挨拶をした。
まず、最初にヒカリと待ち合わせて、次にヒカリの案内で鈴原との待ち合わせ場所に行く。
鈴原がヒカリを見て最初になんて言うのかが楽しみ・・・。
「ん?なんちゅうか・・・馬子にも衣装やな?」
・・・ま、孫にも衣装!?
いきなりなんってこと言うのよっ!!
き、気が早いわっ!
ごきぃ!
あたしは真っ赤になっているヒカリの代わりに鈴原の顔を殴りつけた。
「な、なにすんねん!」
「うるさい!」
馬鹿なんだからもう・・・。
<続き>
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