| 転校生 SS |
| 作 : Ophanim |
| R23after ある別れ |
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「あぁあ、疲れた疲れた・・・。」
最後の客を送り出したマサハルは大きく伸びをした。
”自室”として使っている3部屋続きの部屋に戻ってくる。
その後ろにはぴったりとコーヒーを持った山城がついて歩いていた。
「お疲れ様でございました。」
マサハルがソファーに腰を落ち着けると、山城は温かいコーヒーをその前に運びながら労った。
ショールが垂れてきそうになったのでそっと押さえる。
「?なんだ、それ?」
山城がタキシードの上に羽織った、おおよそこの男に似つかわしくない”可愛らしい”ショールを見咎めたマサハルは素っ頓狂な声を出した。
「膝掛け、と仰っておりました。」
山城は平然と答えた。
膝掛け、と答えながら肩に掛けているとはまた不思議な使い方をしたものだ。
「はぁ?・・・ま、まさか、綾波さんにもらったのかっ!?」
マサハルは自分のマフラーと山城の膝掛けを見比べた。
縁取りの丁寧さといい、編み目のサイズといい、制作者の特徴が出そうなところは、その全てがマサハルの見解は正しい、と主張している。
「大変暖こうございます。」
敢えてそれには答えず、山城は静かな笑みを湛えた。
綾波の家の前で渡されてから、車に乗っても、大和の屋敷の前で車から降りても決してそれを手放そうとはしない。
身体を折り曲げた関係でちょっと滑り落ちた”膝掛け”を後生大事に羽織り直す。
「・・・くれ。」
その様子をじっと見つめていたマサハルがおもむろに申し出た。
もの自体はところどころ編み目が脆くなっているようだったが、膝にも肩にも掛けられるように工夫してある形状は秀逸だった。
「お断り致します。」
山城は恭しく頭を下げた。
主従の立場とはいえ、譲れぬものは譲れない。
「じゃ、売ってくれ!」
「値はつけられませぬ。」
「・・・それもそうだ。」
やり取りを楽しむような山城が”最後のお断り”をすると、マサハルもとうとう諦めた。
ふてくされたようにソファーに身体を預ける。
だいたい、彼自身も一体いくらつければいいのか見当もつかない。
ソファーにだらしなく身体を投げ出しながら、コーヒーをすする。
ずずーっと、まるでお茶でも飲むかのようにみっともない音を立てるが、山城はそれを咎め立てしたりしなかった。
良家の子息にしてはぶきらっぽうな話し方をする。
車での出迎えを嫌って独力で二輪免許を取って乗り回す。
長期休みの最中にふらっと無銭旅行に出かけていっては出先でアルバイトをして過ごす・・・。
とかく彼の行動は予測がつかない。
だが、彼を幼い頃から知っている山城にしてみれば、それらが全て”将来、社長の座を乗っ取るため”の修行であることが判る。
無論、大和家の長男として生まれた以上、彼は”順当”にその座に着くだろう。
だが、この17歳になったばかりの青年は、座してその日を待つことを潔しとしなかった。
なれるものなら明日にでも、それが叶わぬのならば、無理矢理にでも。
だが、あくまでも紳士的に。
圧倒的な野心と同居する、騎士道精神溢れる心。
既に頽廃の兆候が見えてきた大和グループの次期総帥としてはこれ以上ないほどの逸材だ。
そしてマサハルも自身もそうあるべし、と自認して研鑽をやめない。
上流階級に生まれた、野趣溢れる才気。
だが、だからこそ、親からその座を譲られるのを待ったりは出来ない。
その座に着いた後も、引退した親からあれこれを指図を受ける羽目にはなりたくない。
可能ならば、親が現役の間に親戚筋から支持を取り付けてその座を奪い取るぐらいの力が欲しい。
そんなことをマサハルが言い出したのは今から10年以上も前だ。
そしてその駄々をこねるマサハルを宥めていたのが誰あろう、山城だった。
『坊ちゃん、本当にその気があるなら、まずはその口を閉じる辛抱が必要です。』
それが最初の試練だった。
以来10年。
試行錯誤を続ける間に、困ったことも起きた。
磨きすぎた才能を愛した親が彼を次期総帥に早々に指名してしまったのだ。
多くのものが羨むこの措置を、彼一人が嘆き悲しんだ。
親戚筋の支持を得て追い落とす、という選択肢が消えた瞬間だったからだ。
全てを捨ててしまおう、とするマサハルに、それならば、と『一人旅』を勧めたのも山城だった。
結果的にこれが良かった。
肩書きも財産も無い状況に追い込まれて、真に自分の実力を感じ取ることが出来たからだ。
今の自分に何が出来て何が出来ないか、出来ないならば何をすれば出来るようになるのか、それすら叶わぬ時はどうすれば補えるのか・・・。
目的を持った放浪はある種の修行となって彼の血となり、成し遂げた結果は確固たる自信となって彼の肉となった。
帰ってきたとき、マサハルは山城が驚くほどたくましかった。
『よく考えたらさ、親戚のご機嫌窺ってたってダメじゃんな?』
日焼けした顔の中で、健康的な白い歯が光っていた。
それ以来新しい”作戦”が敢行されている。
テーブルマナー全般をマスターしながら、敢えてそれを放り投げるような真似をして奇行を繰り返すのも全て作戦の内だ。
どうせ世襲するなら、多少衝撃的な方がマスコミ受けする。
『先が思いやられる2世』が総帥になり、すわこそ、と注目を集めたところで抜本的な改革を打ち出す。
気が狂ったか、乱心か、と恐慌に駆られる世間を後目に、次々と改革を成功させていく。
痛快この上ない。
マサハルは自身の価値を充分に自覚していた。
そのために全ての感情を、時間を犠牲にする覚悟もあった。
それだけの対価は充分にある地位だ。
かちゃん、と音を立ててコーヒーカップを皿に戻す。
そのマサハルにして、どうしてもどうにもならない自分の気持ちがある。
残念ながら彼自身に”付加価値”がある以上、彼の身体そのものを”商品”として差し出さなければならない事態は常に想定しなければならない。
要するに政略結婚の生け贄としての価値だ。
マスコミを意識する以上、愛人や、その存在を疑われる何か、は、無いに越したことはない。
だから、せめて今のうちだけでも美しい花を愛でていたい。
眺めていたい。
何か困ったことがあるのなら、助けてやりたい。
そう思うのは自然なことで、今しか許されないことだった。
時間は余りない。
それなのに・・・。
「しっかし、どうして綾波さん、途中で帰っちゃったんだろう・・・?つまらなかったかなぁ?」
マサハルはソファーに身体を横たえると、ため息とともにそう呟いた。
今宵、彼がふと気がついた時には彼女は既にいなかった。
彼女の親友のはずの直美でさえ気がつかないうちにいなくなってしまっていた。
パーティー会場での山城の説明では『気持ち悪くなったから帰った』、と『疲れたから帰った』、と二つの”並列する”理由が帰ってきた。
つまり、真の理由が他にある、ということだ。
もしそれがパーティーの内容によるものだったなら、自分が主催するときは改善しなければならない。
「あのお嬢様はたとえ本当にそう思ったとしても中座してしまうような方ではありません。」
山城はマサハルの見解を打ち消した。
彼女と会うのは今日が初めてだったが、これまでマサハルから聞いていた印象と、今日直接会った印象を合わせれば、答えを出すのは簡単だった。
「それもそうだ・・・。」
マサハルも山城の言葉に素直に頷いた。
これまでの経験から考えても、彼女が”自分が途中で帰ったらマサハルがそれを気に病む”ということを思いつかないはずがなかった。
たとえ気分が悪くなっても、心底つまらなくても、勝手に途中で帰るという行動は、最も彼女のイメージからかけ離れた行動だった。
例え、救急車を呼ぶほど気分が悪かったとしても、『でも、一言断ってから・・・』と無理に微笑むのが彼女だろう。
何か違和感がある。
マサハルの表情に苦悩の色が表れ始めた。
「綾波様は良いお嬢様ですな。」
山城が唐突に話題を変えた。
マサハルはぐっと身体を起こす。
「だろう?」
さっきまでの苦悩の表情はどこへやら、まるで自分のことのように微笑んだ。
彼女に関すること以外で彼が自然な表情を浮かべるのは稀になってきている。
(不憫な・・・。)
山城は心中を押し殺してマサハルを見つめた。
だが、このままでは両者の良いところが共倒れになるのは目に見えている。
山城は意を決して再び口を開いた。
「心の優しいお嬢様ですな。」
「うんうん。」
マサハルは目を細めて心底嬉しそうだった。
プレゼント交換、と聞いただけなのに、プレゼント用と自分用との二つを準備してくる細やかさ。
彼女の普段の生活が垣間見られるような、山城に渡した膝掛けの仕上げの丁寧さ。
端々に見られる彼女の”優しさ”がたまらなく心地よい。
山城はそのマサハルの様子を見ながら、ぽつり、と漏らした。
「泣いておられましたな・・・。」
「?」
さりげなく切り出された山城の言葉。
マサハルは一瞬何のことか判らなかった。
しかし、話の流れを反芻すれば、”綾波が泣いて”いた、と判断できる。
マサハルは真剣な表情に変わった。
その表情を確認してから、山城は言葉を繋いだ。
「・・・理由は、ご存知ですかな?」
「いや?」
ゆっくりとかぶりをふる。
首を振る回数を重ねるほどに、マサハルの表情から仮面が落ちていく。
「もう一人、坊ちゃまにお近づきになられたお嬢様がおられましたな?」
山城がカードを切った。
今夜はまだ盗聴器が無いことを確認していない。
余計なことは言えない。
「・・・吉野か?・・・あぁ、そうか・・・。」
このカードだけでマサハルはほとんど全てを理解した。
何があったのか、どうして綾波は突然帰ってしまったのか、どうして途中から直美が不機嫌だったのか・・・。
「・・・山城。・・・頼めるか?」
マサハルは敢えて主語も目的語も削った。
山城は無言でマサハルをじっと見つめた。
こう来ることは判っていた。
それを止めなければならないことも判っているつもりだ。
そうすることで、何かが終わっても・・・。
おもむろに口を開く。
「綾波様は心の優しいお嬢様です。」
「あぁ。」
そんなことは判っている、と言いたげなマサハルの口調を、じっと間を取ることで冷やす。
もし何かの拍子でことが綾波に漏れたら・・・。
いや、漏れなくても、あの吉野のことだ、綾波に対して文句の一つも言いに行くに違いない。
その後の綾波の行動は今更語る必要もないだろう。
マサハルの表情の温度が下がったのを見て、山城は次の言葉を紡いだ。
「お喜びにはならないでしょう。」
「なら、どうする?」
沈黙・・・。
結論は出ている。
とうの昔に・・・。
恐らく・・・始まったときから・・・ずっと・・・ずっと、出ていた。
選択は常に二つに一つ。
受け入れるか、受け入れないか。
それを選ぶか選ばないか、それだけだ。
山城は敢えて何も言わない。
いや、言えない。
ただ、マサハルがそれを受け入れるのを待つだけだ。
それを急かすことは憚られた。
先に延ばすことだけがマサハルに許された選択だったのだから・・・。
長い長い沈黙の後、マサハルは静かに目を閉じた。
開いた瞼が閉じるのと同じ距離ほど、首が縦に動く。
それは、彼が全ての表情を手放した瞬間だった。
自然な笑顔を放つ機会を大きく減らした瞬間だった。
重い鉄仮面を身に纏った瞬間だった・・・。
それを見てから、山城はより分かり易い意見を出す。
「新年は綾波様をお呼びなさいますな。」
可能ならば、今後もずっと・・・。
マサハルは、ふぅぅ、と深いため息をついた。
そうすれば山城の言葉を弾き飛ばせる、とでも言うように・・・。
それはあるいは彼の最後の抵抗だったのかも知れない。
だが、山城の言う通りだ。
彼女を呼ばないことが最も彼女にとって幸せな選択だろう。
無防備なままにこの世界に呼ぶのは余りに無謀すぎた。
だが、彼女にはいつまでも無垢なままであって欲しかった。
相反する二つの希望は決して交わることはない。
住む世界が違っている。
あまりにも、あまりにも、違いすぎていた。
自分は、決して手に入れられぬ花を追いかけている、と自覚はしていた。
だが、見つめるだけでしおれるとは思いも寄らなかった。
近寄っただけで枯れ果てるとは・・・。
(いや・・・。)
マサハルは自嘲気味に笑った。
(恐らくは、この血に流れる金やら権力やらの腐臭が、花を寄せ付けないのだろうな・・・。)
可憐な彼女は、彼にとって余りにもいと高きところに咲いた高嶺の花だった。
彼は雪が落ちてくる空を見つめた。
曖昧な別離の時を象徴するように、月はぼやけて見えなかった。
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