転校生 SS
作 : Ophanim
第3話  出会い






 「じゃ、僕はこれで・・・。」

 僕はいつもの台詞を口にした。引っ越す時にはいつも、こう言って別れる。

 「ま、また会えるわよね?」

 目に涙を浮かべて、女の子が僕を見上げる。
 ふぅん・・・この子はこういうタイプだったんだ・・・。
 僕は、別れる間際に女の子が見せる典型的なパターンの中にしっかりと入っている相手の行動を無感動に眺めた。しげしげと見つめてみる。まるでショーウィンドウの商品を眺めるかのように・・・。

 「いや、無理だよ。僕はもう外国に転校するからね。」

 僕は頑なに冷たく冷たく突き放した。

 「そんな・・・でも、手紙とか・・・。」

 「あぁ。僕、筆不精だから。それじゃ。」

 それっきり、僕は振り向かなかった。
 家に帰ると、すっかり引越しの準備を終えた父さんが出迎えてくれた。

 「なんだ?またガールフレンドと別れてきたのか?」

 ふぅん・・・判るんだ・・・。

 「あぁ、そうさ。」

 僕は努めて普通に言葉を返した。

 「お前にもいつかきっと”ずっと一緒にいたい”と思えるほどの女が現れるから、それまで待つがいいさ。」

 そんなこと言われてもな・・・。

 「その”一生一緒にいたい”と思った女に振られて独身生活の男が言っても、説得力が無いねぇ・・・。」

 僕の憎まれ口に父さんが苦笑する。

 「まぁそう言うな。その分お前が幸せになればいいことだ・・・。それに、私は今でも母さんが戻ってきてくれることを信じている。」

 そうだね・・・。
 僕は父さんがいつも肌身離さず持っている母さんの写真を思い出した。それでも、未練たらしく見えないのが父さんのいいところだろう。

 「さ、次はイタリアだぞ。カヲル。」

 僕は父さんの声を合図に、さっきの女の子に心の中で文句を言った。

 『だから好きになんてなるなよって言ったじゃないか・・・。』

 どうせ別れることになるんだから、無駄なことだよ・・・。
 僕は寂しさを隠すように、きざっぽく笑顔を作った。



 イタリアには僕の母さんの遠縁にあたる人がいる。
 今は離婚してしまったけど、昔はよく日常会話もイタリア語で行っていたので、イタリア語に困ることは無い。

 だけど、実際にイタリアに行くのは初めてだった。
 わくわくした期待感とそれを打ち消すような気持ちが半々だった。
 どうせまたすぐに引っ越すんだ。
 いいことがあっても、そうでなくても、別に何の関係も無いさ。
 僕の気持ちは必ずそこに行きつく。

 今まで特に親しい友人も作らず、好きな女の子にもそっけなく接してきたのは、必ず期待を裏切られるからだ。
 引っ越す間際には必ずみんな”連絡をとる”と約束してくれる。だけど、実際に手紙を出しても、返事が返ってくるのはほんの僅かで、それも回数を重ねるごとに減っていく。電話をすれば次第に煩がられるのが関の山。

 ・・・どん。

 「は?」

 いきなり肩を掴まれた僕は驚いて振り向いた。

 「おい、君。未成年だろう?」

 男は居丈高に僕に質問してきた。

 「はぁ・・・。そうですが?」

 「なんだ?外国人か?ならしょうがないか・・・。あのね、このあたりは未成年者立ち入り禁止の区域なんだよ。外国人なら知らなくても仕方が無いから、罰金は安めにしておいてやるよ。」

 僕はその胡散臭そうな相手を眺めた。

 「あ、言い忘れたが、私はこう言うものだ。」

 ちらっと警察のロゴの入った手帳を見せる。

 「私服警官なものでね。」

 「あ、そう。私服警官なら、罰金を自由に決められるわけ?」

 僕の疑いの目は消えなかった。
 なんだ、その、”罰金を安めにする”って・・・。
 ぴりぴりぴり・・・。
 笛が鳴ると男は弾かれたように逃げ出してしまった。

 「あぁ、良かった。君、なにも取られてないかい?」

 今度はまた別の男がやってきた。口に笛をくわえているところを見ると、こいつがさっき笛を鳴らしてくれた人だ。

 「はい、今のところは・・・。」

 僕は緊張から開放されて、ちょっと微笑んだ。

 「あいつ、外国人らしい人を見つけては何のかんの難癖つけて”罰金”をとる、まぁ、こそ泥さ。私服警官なんて嘘八百。あいつのいつもの手だからね。なにか警察らしきものを見せられなかったかい?」

 男はぺらぺらと良く喋る。

 「私は本物さ。ほら。」

 男はそう言って、金属製の警察紋章の入った警察手帳を見せた。
 ずしりという感触がする、皮製の年季の入ったものだ。

 「なにかあったらここに連絡して欲しい。君の名前は?」

 「渚、カヲル。」

 「@?なんだって?どこから?日本??うーん・・・日本人の名前は聞き取りにくいな・・・。すまないが、旅券を見せてもらえないかな?」

 男はそう言って手を出した。

 「はいよ、旅券・・・のコピー。」

 僕はにやにや笑いながら男に紙を手渡した。

 「なかなかよかったよ。君。」

 僕はそう言って男の肩を叩いた。
 はっと振り向いた彼の背中に、本物の警官が立っていた。男は逃げ出そうとしたが、もう遅い。さっき逃げた仲間も捕まっていて、もう一人の仲間とあわせた3人の窃盗グループは一網打尽になった。
 最初のイタリアのイメージは最低だった。



 「それ、どうして判ったんだい?」

 僕のイタリアの友人、ジュリオ=チュザーレがパスタを口いっぱいに頬張りながら聞く。全く、この状態でどうして声が出るのか判らない。

 「お前に教えるとまたなにか悪さしそうだからなぁ・・・。」

 僕は苦笑いしながら答えた。

 「いやね、警察手帳に年季が入っている割に持ってる本人が若かったからね。これは盗品だな、と判ったわけさ。」

 僕は種明かしをしてあげた。

 「なるほど、僕がやる時は気をつけよう。」

 ジュリオは表情を変えずにそんなことを言う。

 「だから教えたくないんだよぉ。」

 「あ、いいっていいって、名前は出さないから・・・。」

 こんなとぼけたことを言っているけど、ジュリオは本当にこの町では珍しい”まっとうな”職業についている。
 といっても、靴磨きだけど・・・。

 「ねぇ・・・ジュリオ、君、靴磨きやめる気無いの?」

 僕は思い切って聞いてみた。

 いつも「”父さんがお前はまだまだだ”っていって茶色をやらせてくれない。」とか「靴磨きはあんまり稼げないから一日中やらないと食べていけない。」とか文句を言っているからだ。

 「無いよ。どうして?」

 ジュリオは不思議そうに聞き返す。僕は思っていることをそのまま伝えた。

 「だって、今やめたら父さんの後を継げないじゃないか。」

 ジュリオは何を言っているんだ?という顔で僕を見た。
 僕もジュリオも13歳だ。僕はまだ働くことも無い。

 「だって、今から学校行って頑張れば靴磨きなんかじゃなくて、もっといい仕事に・・・。」

 「だからさ。靴磨きのどこが悪いんだよ?」

 ジュリオはむっとしている。

 「じ、自分でいつも言ってるじゃないか・・・。」

 「僕はそれでもやめたいと言ったことは無いぞ。だいたい、学校に行って何するんだよ?政治家にでもなるのか?やだね。働いて、働いた分だけお金もらう。それのどこが悪いんだ?」

 綺麗にパスタを平らげながら、ジュリオは自分の主張を曲げない。

 「だから、他の仕事ならもっとお金を稼げ・・・。」

 「いやだね。僕の父さんも、その父さんも、ずっとこの仕事でやってきたんだ。ローマ皇帝の靴磨きだったかもしれないだろ?」

 最後のほうはちょっと冗談を言っているようで、いつものジュリオだった。
 それが僕の気持ちを狂わせた。

 「でも、靴磨きは靴磨きだろ?」

 僕とジュリオはその日以来、話をしていない・・・。



 僕はジュリオがいるはずの街角に行った。謝ろうと思ったからだ。
 父さんに話したら、父さんからも怒られた。
 この国は、誇りの国だ。日本が恥の文化なら、この国の文化は誇りだ。それを踏みにじるような真似はするな・・・。
 僕はそんな気持ちで言ったのではなかった。
 靴磨きなら、いつでも戻れる。今より悪くはならないなら、他のことをしてもいいんじゃないか?
 そう言いたかったんだ。
 だけど、それはジュリオのプライドが許さなかったんだろう。
 今日もいない。
 あれ以来、ジュリオは働く場所を変えたのか、いつもの場所に行っても会えなかった。

 「仕方ない・・・。」

 僕はちょっと回り道をして帰ることにした。

 「あれ?」

 ジュリオだ・・・。
 数人の男に囲まれている。

 「ここもだめなのか?」

 ジュリオの声だ。

 「だめだ。ここもうちの親分のシマになったからな。」

 あ!
 あの男だ。
 旅券がどうのこうの言っていた男だ。
 僕は反射的に身を隠した。

 「だけど、うちは特別だって言われてたんだぞ!」

 「じゃあ、新しい親分のとこいって挨拶を済ませな。紹介料と場所代も持って来い。」

 挨拶=入会金みたいなものか?
 僕は”その日の食費も出ない”というジュリオの言葉を思い出した。

 「いやだね。僕の家は代々続く・・・。」

 がすっと鈍い音がする。

 「うるさいんだよ!払うもん払いな。」

 「?何だお前?」

 反射的に飛び出していた。
 ジュリオと男の間に入る。

 「あん?こないだの外人か?引っ込んでな。これは俺達の問題だ。」

 凄みがある。

 「そうは行かない・・・。」

 自分でも驚くほど冷静な声がする。

 「残念ながら、ジュリオの商売道具は手先なんでね。喧嘩は出来ない。」

 ここまできたら、引っ込みも、つかない。

 「我が友、ジュリオ=チュザーレの代理として、渚カヲルが相手になる!



 ・・・いててて・・・。

 「無理しおって。」

 父さん・・・?

 「おじさん、すみません・・・。」

 ジュリオ?
 僕は体を起こそうとして、痛みで飛び上がった。

 「あ、起きた?カヲル・・・。」

 ジュリオが心配そうな顔を見せる。その顔も青黒く腫れあがっている。

 「さて、私はちょっと友人のところに行って来るよ。」

 父さんはそう言って出ていった。

 「ごめんな?」

 僕はジュリオに謝った。

 「ん?何が?」

 「靴磨きの話・・・。」

 僕はゆっくり体を起こして謝った。

 「あぁ・・・そんなの気にしてたの?別にいいじゃん。気にしなくて・・・。」

 ジュリオは顔を歪めて笑い、その痛みにまた顔をしかめた。

 「でも・・・。」

 「じゃ、こうしよう。カヲルが偉くなったら、僕にカヲルの靴を磨かせてくれよ。専属で。」

 そう言って彼はにこやかに笑った。
 勿論、その後で顔をしかめないといけなかったけど・・・。
 ジュリオ・・・。
 僕は心の底から感動した。
 そうなんだ。
 この国は、こうなんだ・・・。
 仲間が偉くなるのは、嬉しい。
 その仲間に、引きたててもらえるのも、嬉しい。
 だけど、そうであっても、仕事は変えない。
 自分の仕事に、誇りを持つ限り、変えない。

 「判った。その時のために、靴はいいものを買うよ。」

 僕はジュリオに微笑み返した。
 勿論、顔をしかめながら・・・。



 「カヲル、また日本に戻ることになったぞ。」

 父さんがそう言った時、僕は自然に顔をしかめていた。

 「嫌そうだな?」

 「嫌だね。」

 即答。
 この国に来る時はもとより、日本でどこに引っ越す時にも出なかった反応だ。

 「だが、決まったことだ。引越しの前に友人にお別れをしてきなさい。」

 そんなことを言われても・・・。
 僕は飛び出すように家を出ると、ジュリオの所に走った。

「あぁ、カヲルか?君の父さんのおかげでここでも普通に靴磨きできるんだよ・・・。」

 ジュリオは嬉しそうに僕を見た。
 僕はその笑顔を見るのがこれきりかと思うと胸が痛んだ。

 「あのさ・・・ジュリオ、僕日本に帰ることになったんだ。」

 「そう?じゃ、またね。」

 ジュリオの反応は素っ気無いものだった。
 今まで自分がやってきたことをやり返されたような気がして、僕の胸は痛んだ。
 今度からは、もっと相手の気持ちを思いやれるようになろう・・・。

 「も、もう少し他に言うことは無いのか?」

 未練たらしい、といわれても言い・・・。
 もっと、別れを惜しんで欲しい・・・。

 「あん?なんで?」

 ジュリオは手を休めずに聞き返した。

 「もっと、こう・・・”さよなら”とか”元気でいろ”とかさぁ・・・。」

 僕は照れながらジュリオに例題を示した。

 「ああ、そう。じゃ、元気でいろよ。」

 むぅ・・・。

 「なんでそうなるんだよ?これでもう会えないかもしれないんだぞ?」

 僕がそう言った時、初めてジュリオは驚いたように顔をあげた。

 「なんでさ?そんなこと言うなよ?」

 ・・・?

 「カヲル、約束忘れたのか?」

 ・・・???

 「な、なんの・・・?」

 「お、お前、僕にお前の靴磨かせてくれるって言わなかったか?だから、また帰って来るんだろ???」

 あぁ・・・。
 そうだった・・・。

 「う、うん。帰ってくる。」

 「じゃ、いいだろ?早く帰ってこいよ。」

 ジュリオはそう言うとまた仕事に戻った。
 僕は走って家に戻った。早く引越しの準備をするためだ。早く帰れば、それだけ早くこの国に戻ってこられるように感じたからだ。

 はっきり言って、イタリアは日本に比べればとんでもないところだ。
 人がいない赤信号で止まる車はほとんどいないし、町の下水道は二千年以上も修理されていない。
 道路のアスファルトをめくれば昔の石畳が出てくるし、当然道幅も昔の馬で引く戦車に合わせてある。
 町では昼日中から誰も彼もがナンパをしている。女の子もそれを簡単に受け流し、決して重大には取らない。男の方でも振られて落ち込む奴はいない。

 ”だって僕には太陽があるさ!”

 この陽気さ!
 屈託の無い明るさ!
 これはもう一つの文化といっても言い。
 南ヨーロッパの明るい太陽が育んだ、温和で陽気な人々の表情。
 僕はこの町が気に入った。
 この国が好きになった。

 ”どうせ別れることになるんだから、長続きさせようなんて無駄なことだ”

 そんな馬鹿げた屁理屈が間違いだと、はっきり気づかせてくれた、この国が大好きだ。


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