| 転校生 SS |
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| 作 : Ophanim |
| 第一話 バレンタインデー |
昼下がり。 暖かい日差しがぽかぽかと気持ちがいい。 何もすることがなければ、家で眠っていたい気分だ。 でも、今日はすることがある。 僕は、街の広場の時計台に背もたれて、道行く人たちの姿を見るとも無しに見て いた。 今日は2月14日、バレンタインデー。 それだけに心なしかカップルの姿が多いような気がする。 (みんな大変だなぁ・・・。でも、お返しするんだろうな・・・、きっと。もし かしたら、10倍返しどころでは済まない人だっているんだろうな・・・。) 僕はそんなことを思いながら、時計を見上げた。 時計台は主に太陽電池で動く仕組みで、こういう暖かい日には余分な電力を使っ ていろいろな仕掛が動き出す。小さな人形達のいかにも機械的な動きが、今日はな ぜか愛らしい。 (恋をすると心に余裕ができるものなんだなぁ・・・。昔だったら絶対あんなも のをかわいいとは思わなかったのに・・・。) 時間を見ようと思ったのに、いつのまにか人形達に見とれていた僕は、ふと、当 初の目的を思い出して、時計を見た。 「3時5分前か・・・。いくら何でも30分前に来たのは早すぎたかな・・・。」 3時の待ち合わせだったけど、あんまりにも早く準備ができすぎて2時半からこ こにいる。 (あ、もしかして、さっきの女の子達は僕を見て笑ったのかな?) さっき同い年くらいの女の子達がこっちを見て笑って行ったのを思い出した。昔 なら、明らかに違う方向を向いて笑っている人の笑い声さえ、自分を笑っているも のだ、と感じて落ち込んでいたのが嘘みたいだ。 (そうか、確かに、30分近くもここでぼーっとしているのは変かな?) 僕は頭を掻きながら、近くにどこか座るところはないか、と辺りを見回した。 その時、僕を見つけて遠くから走ってくる女の子の姿が目に入った。 人目も気にせず、大きく手を振っている。 全く、恥ずかしいったらありゃしないよ・・・。 でも、気がついたら僕も手を振っていた・・・。 「ごめぇーん・・・。待った?」 大きく息を弾ませながら、彼女はハンカチで汗を拭った。 「待ったことは待ったけど、早く来すぎた僕が悪いんだよ。気にしないで。」 僕は自分でも恥ずかしいような言葉がすんなり言えることに驚いていた。 「さ、何処に行こうか?」 僕は照れ隠しにそう言って場をつないだ。 「そうねぇ・・・。でも、走ったから喉が乾いたし・・・。先にお茶にしない?」 そう言って彼女は周りを見渡した。 「あそこに入りましょ。二階だし、窓際からなら景色も見られるし・・・。」 彼女は先に立って歩きだした。 「待ってよ、浅間さん。」 僕は慌てて後を追いかける。すると、浅間さんは僕の方を振り返った。じっと僕 を見る目が少し厳しい。 「今日は名前で呼ぶ約束でしょう?相田君。」 そう言ってしまってから、浅間さん・・・もとい、千恵美はしまった!という表 情をした。 「これでおあいこだね、千恵美。」 僕は小さな声で、それでも、はっきりと名前を呼んだ。 千恵美は真っ赤になっているけど、僕も多分真っ赤だ。耳たぶにもちゃんと血液 が回っているんだな、と感じることができるほど耳が熱い。 「・・・そ、そうね・・・けんすけ・・・。」 千恵美の声は僕の声に負けないほど小さかったけど、やっぱり僕にははっきりと 聞こえた。 雑踏の中にいることを感じないほど、はっきりと、聞こえた・・・。 「平和だなぁ・・・。」 僕は屋上で一人で弁当を食べていた。天文部の部室はこういう天気のいい日には 絶好の昼寝場所だけど、それすらもったいないほどいい天気だ。 「しかし友達甲斐の無い奴らだ。おかげで一人で弁当食う羽目になったじゃない か・・・。」 シンジは今日は教室で綾波や蒼龍と一緒にお昼をとっているし、トウジはなにや ら委員長に呼ばれて行った。 「なんやら、長なりそうやから、先食っといてや。」 トウジは気楽にそう言ったけど・・・。 ぶつぶつ文句を言いながら、半分自棄気味に弁当をかき込んでいた僕の耳に耳慣 れない飛行音が飛び込んできた。 「おっ!空自(航空自衛隊)の新型戦闘機だっ!」 僕はすぐに双眼鏡とカメラを手に取ると、上空を見上げて音の主を捜した。 「いた!!」 僕の持っている小型双眼鏡でも機体の腹の文字が読みとれるほどの超低空飛行で 飛んでいった戦闘機はそのまままるでスライドするように上昇していく。 「いいなあ。やっぱり・・・。」 僕はいつもの習慣で目に当てていた双眼鏡から目を離した。右手にはしっかりと カメラが握られている。望遠レンズのついたビデオカメラは残念ながら持ち歩くに は少し不便だ。そういう時は仕方がない。自分の目にしっかりと焼き付けるんだ。 「一人でいたおかげでじっくり見られたな。たまにはいいかもな・・・。」 さっきまで一人で弁当を食う羽目になったことをぼやいていたことなんかすっか り忘れて、僕は戦闘機が消え去った方向をずっと見ていた。余韻を楽しむ。 「本当に、そう思うの?」 不意に背後から声をかけられて、僕はぎょっとした。屋上になんて誰も来ないと 思っていたからだ。 「あなた、相田君よね?今言ったこと、本当?」 女の子だ。えっと・・・誰だっけ? 「ごめん、えー・・・顔は見たことあるんだけど・・・誰だっけ?」 僕は誤魔化すのも変な気がして、正直に謝った。 「呆れた・・・。クラスメートの顔と名前くらい一致させてよね。あたしは浅間。 浅間千恵美よぉ。もう、同じ出席番号一番でしょう?」 浅間さんは両手を腰につけて、怒っているポーズを作ったけど、顔はそれほど怒 っているようにも見えない。 「あはは。あんまり、そういうの気にしないし・・・。席順も遠いよね?きっと。」 驚いた・・・。 この僕が女の子と話をしているぞ・・・。 「もうすぐ合同祭なのよ?あたし達、二人三脚でペアになるのは確実なんだから、 少しは気にしてよね。でも、まぁ、たまにはそういう男子もいてもいいかもね。最 近はなんだか女子に媚びたような男子しかいなくって辟易していたのよ・・・。」 なるほど・・・。そういえば、浅間さんは少し人気もあったな。 名前は知らないけど、浅間さんの顔は知っている。(何故かって?写真がよく売 れるからさ。) でも困った。なんだかそう思ったらどきどきしてきた。まともに顔も見られなく なってきた。 「さて、ところで、最初の質問に戻るわ。本当に、良いと思うの?」 浅間さんは僕の方をじっと見る。 「それはそうだよ。だって、戦闘機は空自の花形じゃないか。」 この話題なら大丈夫だ。相手が誰だって平常心で話せる自信があるぞ。 「そう・・・。良かった・・・。」 浅間さんは静かにそう言うと、僕の方に向かって歩き出した。そのまま、フェン スに寄りかかるようにして外を見る。その視線の先には、さっきの戦闘機が作って いった飛行機雲がある。 「でも、風当たりは強いよね?この前も”騒音がひどい”とか、”夜間演習をや めろ”とかの集会があったでしょう?」 浅間さんは向こう向きのままでそう言った。 「何言ってんのさ?どこかの国に攻め込もうっていうんじゃなく、国を守って何 が悪いのさ?」 僕は自分の好きなものがけなされたような気がした。 だから、少しむっとして浅間さんに詰め寄った。 ・・・そして、見た。 浅間さんが涙を浮かべているのを・・・。 「・・・そうよね・・・。一生懸命、やっているのに・・・どうして・・・どう して、”出ていけ!”なんて言われなくちゃいけないのかしら・・・。」 こっちを向いた浅間さんはこれ以上は溢れる、というほどの涙を浮かべていた。 瞬きを一つすると、堪えきれなくなった涙が頬に流れる。あとはもう止まらなかっ た。 「どうして?どうしてなのよおぉ!」 浅間さんは僕の胸に抱きつくと、拳でぽかぽかと僕を殴りながら泣き続けた。 「え?え?えーと、その、泣かないでよ、あの、浅間さん?」 僕は浅間さんの涙の理由が判らず、ただ動転していた。 喫茶店の中で向かい合って座った僕たちの話題は、自然に僕らが出会った、あの 時の話になる。 「あの時はごめんね?」 千恵美はあの時のことを思いだして、にこやかに笑った。 彼女のお兄さんは自衛隊にいる。彼女の自慢のお兄さんだそうで、仲の良い兄妹 だったそうだ。 「絶対将来はお兄ちゃんのお嫁さんになる!!」 と言い張って聞かなかったそうだ。 それだけに、最近激しくなってきた”騒音問題を考える会”の活動に、身を切ら れるような思いをしたのだろう。加えて、兄には今は恋人がいる。もしも運動が激 しくなって出ていくことになっても、兄は自分を連れては行かない。 そういった、自分の周りから大切なものが奪われていく不安に耐えられなかったの だろう。 「でも、だからといって別に殴らなくても良いじゃあないかぁ・・・。」 僕は笑って応じる。千恵美も、僕にあわせて朗らかに笑う。今では二人ともすっ かり余裕が出来ている。 あれから、僕たちは二人で良く自衛隊の基地に行ったりした。今から思えば、あ れも外から見たら充分”デート”と呼べるものだったのだろう。恋愛の経験の少な い僕たちにとって、共通の話題と趣味を共有する時間は”恋愛の訓練”に欠くこと の出来ない要素だった。 あの転校生、渚カヲルの言葉のおかげで、周りの生徒もみんな僕たちをからかっ たりせずに祝福してくれた。 合同祭・・・。 あの時にはもう、言葉を交わさなくともお互いの考えていることが判るようにな っていた。僕たちの息の合い方はしんじと綾波よりも上だった、と思っている。 今なら蒼龍や綾波が自分の写真を売られるのを嫌がった気持ちも良く判る。 確かに、好きでもない人に自分の写真を持っていられたくはないし、逆に自分の 好きな人の写真に値段が付くのはあまり気分のいいものではない。 今日・・・。バレンタインデーの、今日・・・。 去年までは、正直、この日が来ることを嫌がったものだった。 かすかな期待と、それに10倍する諦めの境地で迎える朝。 やりきれなさと、憎しみにも似た怒りで過ごす午後。 そして、情けなさと寂しさで更けていく、夜・・・。 今年はそれは無い。全て無い。 そればかりか、今、目の前に差し出される、チョコレート・・・。 「上手くできなかったけど・・・。ごめんね?」 千恵美はそう言って包みを差し出した。包装も自分でやったようで、かなりがち がちにセロハンテープが貼ってあったけど、今まで見たどんなお菓子よりも綺麗に 見える。 「そんなこと無いって。嬉しいよ。」 僕はそう答えると、大急ぎで店員を呼んで紅茶を追加注文した。 「早速食べてみても良い?」 一応そう聞いたけど、僕は既に手を動かして丁寧にテープを剥がしている。千恵 美が前にプレゼントは目の前で開けて欲しい、と言っていたのを覚えていたからだ。 千恵美は何も言わず、じっと僕の方を見ている。 包みを開くと、確かに形の崩れた、もとはハート型だったチョコが出てきた。全 面にひびが入っている。 「・・・あ・・・。」 千恵美の目が一瞬大きく見開かれた。みるみるうちに涙が浮かんでくる。 「走ったから壊れたんだね。ごめんな。」 そういって、僕はチョコのかけらを口に入れた。味はかなり落ちる。毎日のよう に、しんじや委員長のチョコを食べていたから、舌が肥えているんだ。 だけど、今の僕には味も形も関係無かった。 だって、涙が出ているんだ。自分でも、意識しないのに・・・。どんな味がする って言われても、判らない。 「ごめん、あんまり、美味しくないかも・・・。」 千恵美の声はどんどん小さくなっていく。 「ごめん・・・。正直に言うと、味が判らない。涙が口に入ってきて・・・しょ っぱいんだ。」 僕の言葉で、半泣きだった千恵美の顔に笑顔が戻ってくる。やっぱり千恵美には 笑顔がよく似合う。 「でも、どう思うって聞かれたら、はっきり言える。嬉しいよ。千恵美、本当に ありがとう。」 笑いかけていた千恵美は、また泣き出した。 「嬉しい・・・。」 窓から漏れてくる陽射しに、千恵美の涙は虹色に光った。僕の目から溢れた涙も、 千恵美にはそう見えているのだろう。 笑い顔のまま泣いている僕たちは、他人には異様に見えるだろうか? でも、少しも気にならない。 他人の目なんか気にならない。 僕は、この子の涙にかけて、誓う。 たとえ人がどんなに非難しようとも、僕は自分の信じる道を行く。 そこにどんな苦難があろうとも、ただ前に向かって進む。 降りかかる火の粉は払って進む。 前途を遮るものには敢然と立ち向かう。 自分の身を守るために。 自分が信じたものを守るために。 そして、何より、自分を愛してくれたものを守るために・・・。 |