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「あの、それじゃ、やっぱり、私・・・。」
感謝に震えるアスカと対照的に、レイチェルの表情は急におろおろとし始めた。
肉食獣を恐れる小動物のようにきょろきょろと落ちつきなく瞳を動かす。
「あれ、嫌だなぁ。レイチェルはアスカと家族なんだろ?それに、今日はクリスマスパーティだけじゃなくて、アスカの誕生祝いなんだから、全然問題ないじゃないか。」
シンジはそう言いながらプリンツの腕をつついて立ち上がった。
「後は僕だけで運べます。」
「いや、車を駐車場に移動するから私も行く。」
シンジとプリンツはそんなやりとりをしながら、レイチェルが突然飛び出せないようにさりげなく玄関先を塞いでいく。
その間にキョウコがレイチェルの腕を捉え、男二人に”もう大丈夫”と合図を出した。
シンジとプリンツはそれを確認してから最後の荷物を取りに出発する。
「そうよね?レイチェル?だったら、私達とも家族でしょう?」
キョウコはそう話しながら、幼い子供にするようにレイチェルの頭を優しく撫でた。
その手の動きに合わせるようにゆっくりとレイチェルが頷く。
今や”二人の娘”の母となったキョウコが娘達を使って机にクリスマスらしいテーブルクロスを広げたり、窓に装飾を施したりしているところに、男手が帰ってきた。
「丁度良いところに来たわ。机、これじゃ狭いからそっちのとくっつけたいのよ。運んでもらえる?」
「シンジ君、頼めるか?」
プリンツの言葉にシンジは快く頷いて持ってきた紙袋をプリンツに手渡した。
紙袋の中身は飾り付け用のモールなどの軽いものだ。
父親からより重い物を任せられる、と言うのはなんだか家族の一員と認められているようで嬉しい。
「チキンの丸焼きを買ってあったんだけど、温められる場所あるかしら?」
「え、えっと、オーブンレンジがありますけど・・・。」
キョウコの言葉にレイチェルが応えてキッチンに案内する。
ぱたぱたとなるスリッパの音が消えていった。
「コールスローとかは?」
「ラザニアとかと一緒にしまってありますよ。冷蔵庫片づけておきましたから、結構大きいものもまだ入ります。」
テーブルを運んでいたシンジは、そのままの体勢でキッチンに向かって声を投げかけた。
アスカは椅子に乗ってプリンツに手渡されるモールを窓枠に飾り付けていたが、シンジの声を聞いて『冷蔵庫を片づけていたのはその準備だったのね』と一人納得していた。
「おい、シンジ君が折角作った小型ツリーも忘れるなよ?」
「はいはい。それじゃ机の真ん中に置いておいてもらえますか?」
キョウコはオーブンのスイッチを入れてキッチンから戻ってくると、プリンツにツリーの場所を示した。
植木鉢に盆栽のように植えられた樅の木の枝がなるほど、クリスマスツリーに見える。
「凄いです〜〜。こんなの、初めて見ました・・・。」
レイチェルは目を輝かせて、弾けるような笑顔を見せた。
「そりゃそうだよ。僕が作ったんだもの。不格好だろ?」
シンジは苦笑いをしながらツリーを机の真ん中に据えた。
ベルリンの家の庭に生えていた天然の樅の木から、それっぽい枝を切り取って使っているのだが、やはり一から育てたものではないのでどこか無理がある。
それでも、どうにか見てくれを良くしようと努力した跡がそこかしこにある。
雪に見立てた白い綿や、赤や銀の飾り糸を被せれば、心持ち本物に近づくだろう。
「そ、そう言う意味で言ったんじゃありません・・・。」
「判ってるよ。アスカにプレゼント、って思ってたんだけど、アスカが帰ってこないって言うからさ。」
7人乗りの大きなワゴンに3人で乗ってきたのにへとへとになっているのは、荷台や空いているシートにまで荷物を詰め込んだためほとんど身動きがとれなかったからだ。
その上、このツリーに象徴されるように、本来”ベルリンでアスカを迎える”ためにある程度準備が済んでいたものを、形を崩さず運ぶために想像を絶するほど神経を使ったのだ。
「そう言う意味でもなくって・・・ただ、みんなで楽しく、こんなに綺麗にお祝いするクリスマスは、初めてなんです・・・。」
レイチェルの言葉で部屋の中は一瞬静かになった。
窓際のアスカとキョウコ、テーブルの周りのシンジとプリンツがそれぞれ顔を見合わせた。
誰からともなく、微笑みが広がっていく。
それなら、どうすればいいのかはもう判りきっている。
「それじゃあ、これからは毎年ね?」
一同を代表したアスカの言葉で、止まっていた時間がまた流れ出した。
「あ、レンジ、もう良いかも。シンジ君、盛りつけ手伝ってもらえる?」
「いいですよ。」
シンジはキョウコと一緒に立ち上がった。
「あ、私も行きます!」
レイチェルが嬉しそうな声を上げて二人を追う。
「ちょっと!あたしだって盛りつけくらい出来るわよ!」
アスカが口を尖らせて文句を言う。
「まぁいいじゃないか。部屋の飾り付けだって盛りつけのようなものだろう?」
プリンツが宥めていると、香ばしい匂いとともにキョウコが帰ってきた。
「ちょっとちょっと、テーブルの上避けてもらえる?」
プリンツは大慌てで飾り付け用の星やモールを避けて、熱々のチキンが乗る場所を作った。
間一髪でトレイが机の上に収まる。
「ひゃ〜、さすが夫婦ねぇ、息ぴったり。」
アスカは椅子の上から振り返って冷やかした。
思わぬ娘の反抗に、夫婦は思わず自分たちの顔が赤らんでくるのを感じてしまった。
「変なとこばっかり見てないで早く終わらせて手伝ってよ。」
「そ、そうだぞ。そうすれば盛りつけだって出来るじゃないか。」
自分で冷やかしておきながら、その冷やかし通りの”息のあった”反撃を食ったアスカはひとたまりもなく言い負かされた。
とはいうものの、小さく舌を出しているその姿はどことなく嬉しそうだった。
「レイチェル?この”手抜きリスト”って何?」
キッチンからシンジの声が聞こえてきた。
(しまったぁ!冷蔵庫の壁に貼ってたの、忘れてたぁ!)
まな板に隠れていたので今の今まで忘れていた。
「あぁ、それはアスカさんが簡単な料理を出来るだけ教えてって・・・。」
素直に答えるレイチェルが恨めしい。
「わぁぁっ!ちょ、ちょっとそれは絶対見せちゃ駄目ぇぇっ!!」
アスカは椅子を駆け下りてキッチンに向かって走り去っていく。
「あらあら。」
「仕方ない、残りは私が・・・。」
質素だった部屋は、そんな賑やかな喧噪とともに飾り付けられていった。
「父と子と精霊の御名において、アーメン・・・。」
レイチェルの本格的な祈りの言葉が続く。
2分近く捧げられた祈りの間、クリスチャンではないシンジも見様見真似で手を組み合わせていた。
「さぁ、いただきましょう。」
キョウコはそう言ってチキンを切り分けて一同に配る。
オードブル代わりのコールスローサラダと、ワインの代わりのリンゴジュースがそれぞれの器を満たしている。
「ホテルに着いたらさすがにワインが飲みたいぞ?」
「もう準備してあります。」
キョウコはバッグからワインの瓶を取り出してプリンツに見せた。
滅多に飲酒をしない彼がお酒を飲むとき、好んで選ぶ南ドイツの赤ワインだ。
それがわざわざ準備してある。
アスカはプリンツとキョウコの関係がいつの間にか良好になっていることに気がついた。
お互いに少し気を遣わなければならないシンジが間に入ることによって、冷え切っていた二人の関係が改善されたのだろう。
シンジも自然に二人の会話に溶け込んでいるし、アスカが心配していたような板挟みは無さそうだ。
(それに、さっきあたしが感じたような、シンジのいい雰囲気がいつも家の中にあったら、喧嘩なんて自然に無くなるかもしれないわね。)
アスカは改めてシンジの顔を見た。
シンジのおかげでキョウコとプリンツの仲が回復し、その良い雰囲気をここに持ち込んでくれたおかげでレイチェルもすっかりリラックス出来ている。
音楽家に限らず、芸術家というものはその存在だけで場の雰囲気を変えられるのかもしれない。
少なくとも、今のアスカにはそう信じることが出来た。
食事が一段落すると、シンジはレイチェルが買ってきてあったケーキとキョウコが作って持ち込んだケーキの両方に蝋燭を立て始めた。
「それは何ですか?」
レイチェルが不思議そうに小さな蝋燭を見つめた。
ひぃふぅみぃ、と首を振って数える。
「あぁ、これは日本だけなのかな?バースデーケーキには自分の年齢と同じ数の蝋燭を立てて消すでしょ?」
シンジが説明しようとすると、レイチェルは一旦目を逸らしたものの、話は聞いているようだ。
アスカはどきどきしながら会話の行く末を待った。
「え、えぇ・・・?はい・・・?そうなんですか?お誕生日って、お祝いしたこと無いですから・・・。」
「そう?それじゃあ、今度はレイチェルの誕生日にもケーキを焼いておくから遊びにいらっしゃいな。」
折角の良い雰囲気を暗くするかと思われたレイチェルの告白も、キョウコの絶妙なフォローでより明るい話題へのステップになる。
「そうそう。あたしもベルリンはまだ良く知らないのよ。」
「アスカが案内してくれないから僕もまだだよ。」
子供達がそう言い合って苦笑いをしているところに、
「それなら、次の長期休みは地中海じゃなくてベルリン近郊で過ごすか?」
と、プリンツが大人の余裕を持ち込んでいく。
「レイチェル、あなたのお誕生日はいつ頃かしら?」
キョウコは、一瞬話の輪から外れかけたレイチェルが、再び会話に取け込めるような話題を持ちかけた。
「え、えぇと、8月の22日です。」
レイチェルは照れ隠しか、ポケットを探って自分の滞在許可証を見るような仕草をした。
そうすると自然に俯くことが出来るからだ。
「ばっちりじゃないの!一緒にベルリンに行こう?レイチェルさえ良ければ、だけど。」
ぎゅっと勢いよく手を握られたレイチェルは、目をぱちぱちさせながらアスカを見た。
それから嬉しそうに、少しだけ恥ずかしそうに、こっくりと首を縦に振った。
これも変化かもしれないわ、とアスカは思う。
以前の彼女なら、こんなに強く握りしめたら頑なに俯いたままの姿勢を保ったはずだ。
「アスカ、先輩のパーティっていつやるの?それが終わったら、ベルリンに来ればいいんじゃない?レイチェルと一緒だったら問題ないでしょ?事情は判ったから、ベルリンでもう一回クリスマスパーティしてもいいんだし。」
シンジがもっともな意見を出す。
夏来られるなら今でも良いはずだ。
だが、その意見を”居候のはずの”シンジが言い出すことに意味がある。
彼が口火を切って申し出る、ということは、それだけ彼が溶け込んでいることの証明だ。
「・・・あ、えっと、あたしは行くんだけど・・・。レイチェルはどうする?」
「わ、私はどっちでも・・・。アスカさんはどうした方が良いと思いますか?」
ぺち、とレイチェルの頭の上で手を叩く音がした。
「こぉらっ、自分で考えなさい。」
キョウコはレイチェルの頭の上で叩いた手をそのまま下ろしてきてレイチェルの頬を挟んだ。
「どう決めたって怒らないから。」
アスカは今のこの二人のやりとりが、先ほども廊下で繰り広げられたに違いないと確信した。
立ち往生しているレイチェルにキョウコが話しかけ、たまらず事情を話す。
そして、今のように”部屋に戻ったらいいか、他の場所に行ったらいいか、どっちが良いと思います?”と聞いたに違いない。
アスカはまた少し嬉しくなった。
レイチェルはキョウコに諭されて戻ってきたのではなく、自分でここに戻ることを選んだのだ。
「だ、だけど、もし行って迷惑かけたら・・・。」
「そう言うときのためにアスカがいるんじゃないの。」
キョウコはそう言ってアスカの頭を撫でた。
「そうよ。レイチェル。なんか文句言って来る奴いたら、あたしがぶっ飛ばすから。」
「物騒だなぁ・・・。」
シンジが苦笑いしているが、レイチェルはその言葉にも過敏に反応せず、自然に聞き流している。
それにしても、シンジといいキョウコといい、よくもこれだけあっさりとレイチェルの心を捉えるものだ。
キョウコに至っては初対面にも関わらずすっかりレイチェルに懐かれている。
こつがあるなら聞いておきたいところだ。
「ママ、レイチェルって人見知りするんだけど、ママは普通に話しているわよね?どうしてかしら?」
思い立ったら即口にする辺りは如何にもアスカらしい。
レイチェルは”自分は人見知りするんだ”と、今思い出したように顔を真っ赤にして俯いてしまった。
問われたキョウコの方でも余りに突然の質問にぱちくりと目を瞬いた。
くすくす、と言う笑い声が別の方角から聞こえてくる。
キョウコもアスカもその源・・・シンジの方に目を送った。
シンジは答えない。
だが、そのシンジの笑い声は、次第にプリンツに、そしてキョウコに、それぞれ伝染していった。
「ちょっと!そっちだけで笑ってないで教えてよっ!気持ち悪いじゃないのっ馬鹿シンジっ!」
久しぶりのアスカの決め台詞が出たところで、シンジはようやく種明かしをする。
「アスカ、最初に会ったときのこと覚えてる?ずっと無言でむくれたようにして・・・。ぼそっと”アスカよ、よろしく”なんて言ってそれっきりだった、あの時の?」
勇気を出して公園に行ったはいいものの、珍しがられて酷い目にあった、あの日の想い出。
あの時、アスカは仲間に入れて欲しいとみんなに声をかけただろうか?
おどおどしている自分の内心を隠すために、無意味に強がっていたのではなかったか?
その態度があの仕打ちを招いたのではなかっただろうか?
「そうよねぇ。うちにも一人そういう女の子がいたものねぇ。人見知りというよりは、意地っ張りな寂しがりやさんだったけど・・・。」
キョウコは微笑みながらアスカの顔を見つめた。
アスカは顔を真っ赤にして俯いた。
初めて見るようなアスカの顔とキョウコの顔を、驚いた表情で見比べていたレイチェルに向かって、プリンツも言葉を添える。
「それに比べればレイチェル君は素直で礼儀正しいよなぁ?だから我々にとっては遙かに楽だということだ。」
そのプリンツの言葉が合図になって、また3人が笑い始める。
前と違うのは、今度はレイチェルもアスカまでもが、苦笑いで参加することが出来たことだった。
自分自身の価値を求めて放浪していた少女は、人の輪の中で、思いやりのある淑女に姿を変えていった。
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