| 転校生 S |
| 作 : Ophanim |
| 第15話 親子の絆 |
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「はい、霧島です。」
いつもより少し息の上がったような声がする。
電話に出るのが遅かったから、少し離れたところにいたんだろう。
「もしもし霧島さん?碇だけど・・・。」
「えっ!?嘘っ!?」
普段よりも2オクターブくらい高い声の後、受話器からとんでもなく大きな音がした。と思うと、後はぴーっぴーっという音しかしなくなった。こちらから何回声をかけてもうんともすんとも言わない。
「電話・・・切れちゃったよ・・・。」
僕はため息混じりに受話器を置いた。
これでもう手がかりはない・・・。
僕は絶望的な気持ちで天を仰ぐしかなかった。
やっぱり警察かな・・・。
ぴりりりりり!
「は、はい。碇・・・じゃないです。」
ま、まずい・・・。
反射的に受話器を取ってしまってから、僕はここが自分の家ではなかったことに気がついた。
「えーと、その、蒼龍です・・・あ、違う。その、ラングレーです・・・。」
「あ。良かった。碇君ね?私。マナ。」
電話の主は霧島さんだった。
良かったぁ・・・。
思わず日本語で応えたし・・・。
もしドイツの人からだったら結局お互いに一体なんなのかわかんなかっただろうな・・・。
「ごめんなさい。碇君から電話もらえるなんて思ってなかったからびっくりしちゃって・・・。電話機落っことしちゃったの。」
くすっと笑いながら舌を出す、霧島さんの仕草が目に浮かぶ。
「それに、私、さっきお風呂に入っていたの。大事な電話だったらどうしようと思って飛び出して来ちゃった。だから、すっごくだらしない格好だったの。だから焦っちゃって・・・。電話で判るはずないのにね・・・あ!自分でばらしちゃった。私って正直よねぇ・・・。」
霧島さんはそう言って笑った。僕も釣られて笑う。緊張感が極限まで高まっていただけに、こういう他愛もない話をしてくれると本当に助かる。
でも、大事な電話には違いない。
「ところで、何の用事?」
「あのさ。アスカが戻ってこないんだけど、何か聞いてない?」
最後の希望・・・。
「え?あら?そうなの?随分遠くに行ったのね・・・。」
霧島さんの反応には緊迫感の欠片もなかった。
「ど、どういうこと?何か知っているの?」
僕は受話器に噛みつけるくらい近くで声を出した。
「あ!・・・ごめんなさい・・・。」
霧島さんは急に声を潜めた。
やっぱり、アスカ、何かまずいことに巻き込まれたんじゃ・・・。
「霧島さん!何か知ってるなら教えてよっ!絶対霧島さんに迷惑かけないから・・・。」
そんな保証はない。
ま、強いて言えば、「迷惑かけるつもりはない」くらいかなぁ・・・。
「いいのかしら?アスカさん、なんだか碇君に知られたくなさそうだったのよ・・・。」
・・・???
あれ?
なんだか、霧島さんが遠慮しているのは・・・アスカ???
お互いの緊張感の質の違いが僕の緊張を解いていく。
「そ、そんなの、気にしなくて良いから。」
僕が根気よく説得すると、「絶対アスカさんに言わないでよ」と条件を付けて恐る恐る説明してくれた。
「今日の練習中にアスカさんが私を外に呼びだしたの。それから、なんだか”ちょっと出かけてくる”ようなことを言って、それで、”その間だけ貸してあげる”とか”ちゃんと世話しなさい”とか言われたけど・・・。それだけよ?」
・・・なんか・・・前にも似たことがあった・・・よね?
「何を世話するように頼まれたの?」
「判らないわ。でも、ちょっと、って言っていたから、私もあんまり気にしてなかったの。」
僕は霧島さんに丁寧にお礼を言って電話を切った。
電話してみて良かった。
僕はもう少しも心配はしていなかった。
何しろ、アスカには前科がある。
僕はゆっくりアスカの部屋に向かった。
電話で何か判った、と期待したキョウコおばさんが僕の後を小走りについてくる。
・・・アスカに部屋には”何も無かった”。
「何も無いですね。」
僕がそう言うと、キョウコおばさんは不思議そうに僕を見た。
「さっきそれは確認したでしょう?」
「いえ。本当に、何も無いんです。アスカの、旅行鞄まで・・・。」
イタリアから一切合切を詰め込んでドイツに来た、あの大きな鞄までない。
「それって・・・。」
「えぇ・・・。アスカ、またどこかに行ってしまったみたいですね・・・。」
僕は何とも言えない気持ちでがらんとした部屋を見回した。
「ど、どこかって、・・・どこ?」
キョウコおばさんはまだ心配そうにしている。
「それは僕にも判りません。でも、前にドイツに行ってしまったときのように、今回も誰かつてがあるんでしょう。アスカは無理はしても無茶はしない子ですよ。」
ほとんど唯一の例外があのイタリアでの生活だ。
あれにしたって(それが予想以上に厳しいものだったとしても)僕と一緒に暮らす、というあてがあったわけだし、それにあの状況でじっと待っていたら僕がいつ戻れるのか判ったものじゃない。綾波ならいつまでも待つだろうけど、アスカにそれは似合わない。
だからあの判断が早まっていた、とか間違っていたとか言いたくない。
アスカは精神的に追い込まれた状況で自分の出来る、自分が自主的に動ける最高の判断をしたんだと思う。結果は所詮、結果。だけど、アスカなら結果よりも可能性を信じる。アスカには「結果を恐れて何もしない」なんてことは絶対ない。アスカは・・・僕の好きなアスカは「可能性を信じて挑戦し、不可能を力づくで可能にする」子なんだ。
「でも、もし何かあったら・・・。」
キョウコおばさんはまだ不安そうだ。
「そうですね。警察に連絡することを含めて、プリンツおじさんが帰ってきてからじっくり話し合いましょうか。気分が落ち着くように、紅茶でもいれましょうか?」
僕がそう言うと、キョウコおばさんは「体を動かしていた方が気が紛れる」と言って、お湯を沸かしに階下に降りていった。
「やれやれ・・・。アスカにも困ったなぁ・・・。」
僕はとりあえず部屋に戻って落ち着こうと、自分の部屋に戻った。
扉を閉めるときに、紙がくちゃくちゃ、となる音が聞こえた。
・・・。
嫌な予感がする・・・。
部屋の扉の内側を見ると、少し大きめの封筒が扉につぶされて壁に張り付いている。
そこに見える、お世辞にも綺麗とは言えない、日本語の宛名・・・。
僕はくしゃくしゃになった手紙を丁寧に取り出して読んでみた。
「シンジへ。」
あたし、大学院に行くことにしたから。
2年か5年か、どっちになるかまだわかんないけど・・・。
ま、それはあんた次第ね。
2年であんたが一人前になれるとは思えないから、一応ドクトルのつもりで5年居ても良いようにはしてあるから。
あんたが居ない生活は寂しいけど、とりあえず、今の生活よりはましだわ。
留守番はマナに任せてあるから、お弁当でも何でも作ってもらいなさい。
浮気したら蹴るからね。
マナには貸しておくだけなんだから。
連絡先はまだ決まってないけど、ミュンヘンに着いたらまた電話でも手紙でも、連絡するからそれまで大人しく待ってなさい。
あたしの部屋をこそこそ嗅ぎ回ったりしたら殺すわよ?
・・・もう手遅れかも・・・。
僕は苦笑いをした。
アスカは僕の部屋の外から、扉の下の隙間に手紙を無理矢理滑り込ませていたみたいだ。映画と違って、部屋には部屋の事情がある。全ての部屋が都合良く外開きとは限らない。僕の部屋の扉は内開きだった。僕がそれに気がつかないで扉を開けたので、手紙は扉に押されて内側の壁まで滑っていき、そこで押しつぶされた。そして扉を閉めたときには壁とカーペットに挟まれて、扉と縁を切った。今僕がまた限界まで扉を開けなかったら、多分明日の朝まで、いや、それよりもっと遅くまで気がつかなかっただろう。
「それにしても、ミュンヘン?そういえば、アスカ、この前までミュンヘンに行こう、行こうって言っていたような気がするけど・・・。」
そう思っていると、お湯が沸いたのだろう、やかんがぴーっと鳴る音がした。それに釣られるように、僕は手紙を持ってキョウコおばさんの所に行った。
「・・・ミュンヘン・・・。そうね・・・あの子には、あっちがドイツの故郷なのかもね・・・。」
キョウコおばさんはしみじみとそう話した。
「・・・どういうことですか?」
僕の質問にすぐには応えず、キョウコおばさんはまず紅茶をいれてくれた。
「私たち、昔はミュンヘンに住んでいたのよ。仕事の関係でこっちに移ってきたのは去年なの。」
?
「そ、そうなんですか?」
「シンジ君は小さかったから”どいつ”としか覚えてなかったんでしょう?」
その通り。
そういえば、アスカが日本に来たとき、「ミュンヘン工科大学」の卒業生って言ってたような記憶が微かにある・・・。
言われてみれば、納得することばかり。
アスカが友人と遊んでいる様子もなかったし、僕の練習場の場所を何回も聞いたりとか、迷子になりかけたりとかしてたもんな・・・。
「あ、それじゃあ、今はミュンヘン工科大学にいるんですか?」
「多分ね・・・。」
そんなことを話している最中におじさんが戻ってきた。
「お帰りなさい。あなた。」
「お帰りなさい。」
僕達が声をかけると、プリンツおじさんは目を丸くした。
「なんだ?まだ起きてたのか?先に休んでいて良かったのに・・・。」
そう言いながらコートを脱いでハンガーに掛ける、革靴を脱ぐ、ネクタイを緩める・・・。
うちの父さんには無い威厳がある。
「あの・・・あなた・・・アスカが・・・。」
「ん?まだ戻らないのか?どうせ友達の所だって言っただろう?ミュンヘンあたりに居るんじゃないか?」
あぁ見えて寂しがりなところがあるからな、と続けたおじさんは、僕達のまん丸になった目を見て自分の予想が当たったことを知ったようだ。
「当たりか?ま、そんなもんだろう。無駄の嫌いな子だからな。大学に戻るとか言い出すだろうなぁ・・・。ま、その時はその時で・・・。」
呆気にとられている僕達を後目に、プリンツおじさんは悠然と自室に向かっていった。
「あ、後で私も紅茶をもらおうか。」
廊下の奥から声がする。
「はぁい・・・。」
キョウコおばさんの声にも少し張りが戻ったようだ。
プリンツおじさんが戻ってくる頃にはすっかり僕達は平静を取り戻していた。
「だから大丈夫だと言っただろう?娘のことは常に誰よりも気にかけているつもりでいるんだ。予想外の行動をとらない限り、あの子に関しては何も心配はない。」
おじさんは僕達の応対を聞いてひとしきり笑った後で、そう付け加えた。
「そ、それじゃあ、おじさんはアスカがどこに行ったか、判ってたんですか?」
「いや。いくら私でも正確な場所は知らない。だが、あの時点のアスカには2つしか選択肢がない。働くか、学校に戻るか、だ。家でぶらぶらする生活など、あの子に耐えられるはずがない。で、働くなら、君がここに居るんだからベルリンで働く場所を探すだろう。学校に行くなら、友達がたくさん居て、気心の知れているミュンヘンに行くに違いない。で、”アスカが居なくなった”。ならもうミュンヘン以外に考えられない・・・。」
僕はすっかり感心して聞いていた。
「でも、一人でミュンヘンなんて・・・。心配じゃないの?あなた?」
「心配ないさ。むしろ働かれる方が心配だ。仕事上のミスをしないかとか、取引先の機嫌を損ねるんじゃないかとか、ね。あの子が日本に行ったときだって心配はしてなかった・・・はずなんだが・・・。」
そこでおじさんはじっと僕を見た。
「どうも君が絡むとあの子は私の予想外の行動をとるんだ。私はそれの方が心配だ。」
おじさんが言うには、あの時、アスカは学び疲れていた。家にいるのも嫌になった。日本に帰りたい、といっていた。だが、ドイツから未成年が一人で外に出るのは難しい。となれば、行き先はせいぜい日本から来た友人の家だろう、と高を括っていた。ところがそれがまさか本当に日本に行くとは?
「イタリアのことだってそうだ。あの絶食も君が絡んでいないとは言えまい?」
今回のことも僕が絡んでいるなら、アスカの行動はおじさんの理解を超えている可能性が高い。それだけが怖い、という。
「た、多分・・・僕は何もしてないと思いますけど・・・。」
だって、それは僕が決めることじゃなくて、アスカの気持ちの問題だから・・・。
「うむ。そうだな。君に聞いても詮無い話だ。あの子の問題だからな。だが、あの子の今回の行動で改めて発生した問題については、君ともじっくり話をしないといけない。」
プリンツおじさんは「だが、今日はもう遅いから休もうか?」と言い残して去っていった。
僕はなんとなく落ち着かない思いとアスカの手紙を持って、足早に眠りの世界へ出発した。
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