| 転校生 S |
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| 作 : Ophanim |
| 第11話 料理上手は愛情上手 |
今日も僕は練習に向かう。 アスカの視線を背中に浴びながら・・・。 「・・・わぁかったって・・・。早く帰ってくるからさぁ・・・。」 それでもアスカのじっとりとした視線は変わらない。 「嘘ばっかり・・・。昨日だってそんなこと言って遅く帰ってきたじゃないの。」 むぅ・・・。 「だっから・・・練習が長引いただけだってば。」 本当だぞ? 練習が長くなったのは、本当だって・・・。 「そぉお?じゃあ、晩御飯、どこで誰と食べたか、ちゃんと言えるわよねぇ?」 ぐ・・・。 「だ、だから・・・コンラートとかシュミットとか・・・その辺だって・・・。」 弦楽器の仲間・・・。 き、霧島さんとか・・・。 「ふぅん、へぇえ?」 し、信じてない・・・。 「た、確かに霧島さんも一緒にいたけどさぁ・・・別に、二人だけで食べたわけじゃあないんだから、いいじゃないかぁ・・・。」 僕がそう言うと、アスカはわざと大きなため息をついた。 「やぁっぱり浮気してたのねぇ?」 う、浮気って・・・。 ぺこ! 「こら!馬鹿なことばっかり言ってないの。あんたも、それが嫌なんだったらシンちゃんにお弁当作ってあげるとかもっと彼女らしいことしてあげたらいいのに・・・。」 おばさんがアスカの頭をつついた。 「で、出来るわけないでしょ?」 アスカは途端に顔を赤くした。 「おばさん、いいんですよ、アスカは・・・。僕は別に・・・。」 僕は取り敢えずアスカをかばって、玄関の扉を開けた。 「じゃ、出来るだけ早く帰ってくるからね。」 ぱたん・・・。 「全く・・・会話だけ聞いてりゃ、”夫婦の会話”なのにねぇ・・・。」 キョウコはシンジが去った後の扉を睨むようにして動かない愛娘を見ながら、小さなため息をついた。 「ねぇ、碇君。お昼・・・一緒に?」 マナはシンジに擦り寄るようにシンジの隣に座った。 「あ、あぁ・・・いいよ。霧島さん、何がいい?」 シンジはマナとの距離をじりじりと広げながら聞いた。 「あのね、今日、私、お弁当作ってきたから・・・。」 マナはなおもシンジに擦り寄りながら、大事そうに抱えてきたお弁当を広げた。 「あ!美味しそう・・・。」 シンジはマナが広げた見事なお弁当に、つい見とれてしまった。 「ありがとぉ!ね、一緒に食べましょう?はい、碇君のお箸。」 シンジにいくら料理が出来ても、材料の無いものは作れない。味噌や醤油、鰹節など、日本の香りのするものを口にするのは久しぶりだ。 「なんだか、懐かしい・・・。」 心がじんわりと暖かくなる・・・。 「そう?私、お父様に毎月送って戴いているから・・・。」 マナは不思議そうにシンジを見た。 「碇君も送ってもらえばいいのに?」 シンジはマナの言葉にたじろいだ。 その通りなのだ。 (そう言えば、父さん達に連絡とってない!) 仕送りは今でも銀行に振り込まれている。しかし、シンジから手紙を出したり電話をかけたりしたことはなかった。ドイツに来てからはアスカの容態を心配し、日々の練習をこなすのが精一杯だった。 ・・・いや、その状況に甘えていた。 その証拠に、こうして、アスカが退院し、無事オーディションを通過しても、両親に連絡しようという考えが浮かんでこなかったのだから・・・。 「あ、あの・・・霧島さん・・・。」 「なぁに?」 マナは左手で口を隠しながら答えた。 「どうやったら、日本と連絡とれるか、知ってる?」 マナは目をぱちくりさせた。 「どうって・・・?普通に・・・?碇君、国際電話、したこと無いんですか?」 マナにとってはあまりにも普通のことが、シンジにとっては初めての経験なのだ。 「い、いや・・・その・・・。」 シンジはもごもごと口篭もった。その様子を見て、マナはくすり、と笑った。 「いいですわ。あとで一緒にお電話しましょう。私も、自分の家からじゃないとかけられないんです。人のこと、言えませんもの・・・。」 あ・・・。 今日は早く帰らないと・・・。 「じゃ、今日の練習、早めに切り上げましょう?」 マナの提案は願ったり叶ったりだ。 「う、うん!そうしよう!!」 シンジは大急ぎでマナの手料理を掻き込んだ。 「うふふ・・・慌てないでぇ・・・。」 早くおうちの方と連絡とりたいのね・・・。 マナはシンジの様子をそう判断し、微笑みながらシンジの様子を見守った。 黙々と箸を伸ばす・・・。 アスカとキョウコは無言で昼食を摂っていた。 (あぁあ・・・こんなはずじゃなかったのに・・・。) アスカはすっかり怒ってしまっている母親を、上目遣いに眺めた。 シンジが出かけた後、料理の練習でもしてやろう、と思い立ち、母親を引っ張り出してきたのが朝の9時頃だったか? 「じゃあ、お昼ご飯は野菜炒めでもしようね?」 キョウコが軽い気持ちでそう言って買い物に出かけ、その間に人参を切っておくようにアスカに頼んでいった。 ものの30分もしないでキョウコは帰ってきたが、そこで皮付きの輪切り人参を発見したのだ。 「か、皮ぐらい剥きなさいっ!」 「皮?」 アスカはキョウコが怒っている理由が判らず、自分の”作品”を見た。 「剥いたわよ?ほら。」 と言ってアスカが差し出したのは人参の”へた”の部分だった。 「アスカ、これは違うの。人参の皮はここ・・・ちゃんと剥いてね?で、こんな大きく切ってどうするの?カレーやシチューを作るんじゃないのよ?もっと、薄く、小さく、均等になるようにね・・・。」 キョウコは料理の本を持ってきてアスカに例を示した。 「なぁんだ、こんなのあるなら、早く見せてくれればいいのに・・・。」 アスカはそう言ってあらためて人参切りに入った。 その間にキョウコは米を研いでいた。今日は久しぶりに日本食が食べられる、と思いながら・・・。 「アスカ、出来た?」 「まだ!さっきはちょっと失敗したからね。慎重に測ってるの。」 測る??? キョウコは嫌な予感がしてそーっとアスカの様子を見た。予感は的中していた。そこには台所にふさわしくないものが並んでいたのだ。 「な、何やってんのっ!!」 キョウコは驚きと情けなさから大声を上げた。 「ちょ、ちょっとぉ!大きな声出さないでよっ!曲がっちゃったじゃないっ!」 アスカは不服そうにキョウコを振り返った。 そこにいたのは定規と鉛筆を持って、人参に”均等に”印をつけているアスカだった。 「もうちょっと待ってて。あと二つなのよ。」 そう言いながら、アスカはカッターを手に取る。 「や、やめなさいっ!馬鹿なことばっかり・・・。」 かちん! 「ば、馬鹿って何よっ!ちゃんと教えてくれないのが悪いんでしょっ!?」 アスカはキョウコの言葉で怒り出した。 「こ、このくらい常識でしょう?」 「知らないものは知らないのよっ!」 二人の口論はいつ終わるとも無く続いていたが、時計が11時を告げるに及び、キョウコが折れた。 「もういいわ。アスカ、野菜は私が切るから、あなたは卵でも焼いて。」 キョウコはアスカにフライパンを手渡すと、遅れを取り戻そうと一心不乱に野菜の千切りを始めた。 ・・・? くんくん? ! 「アスカぁっ!」 キョウコは怒鳴りながらアスカのところに急いだ。 「な、なによ?」 アスカはべたべたとくっついてしまう卵に気を取られながら応えた。 「あんた、油は!?」 キョウコは聞くまでもない結果になっているフライパンを見ながら聞いた。 「はぁ?油?卵焼くのなら、ガスで充分じゃない?」 アスカは煩そうに答えると、どうやってもくっついてしまう卵を無理に宥めようと必死でフライ返しを振りかざした。 「だめだってば!アスカ!!」 「う、うるさいわねっ!邪魔しないでっ!」 がちゃがちゃがちゃ・・・。 「止めなさいっ!ほらっ!失敗したじゃないのっ!」 キョウコは慌ててガスを止めると、完全に焦げ付いてしまったフライパンを指差してアスカを叱った。 「なによぉ?」 アスカは不満そうにキョウコを睨んだ。 「卵を落とす前にフライパンに油を引くのよ!」 キョウコはアスカに手本を見せようとフライパンをアスカの手から取り返した。フライ返しで焦げた卵をこそぎ落とすと、卵の細かい殻がこびりついているのが良く判る。 「・・・殻ぐらいちゃんと取りなさい・・・。」 もはや何を言っても無駄と知ってか、キョウコの口調も不気味なほど静かだ。 「こういうやり方あるなら、教えておいてよ・・・。」 アスカは口を尖らせてキョウコの手つきを見た。 「じゃ、野菜炒め、いいわね?任せても?」 キョウコはアスカが油をフライパンに引くのを見て、切っておいた野菜と肉を持ってきた。 「いいわよ。じゃ、こっちによこして。」 アスカはむんず、と”野菜”を手に取った。 キョウコが止める間も無かった。 アスカが野菜を放り込んだ瞬間、野菜から滴る水滴は轟音とともに飛び散り、油滴に引火して激しい炎を吹き上げた。 「な、なにすんのよっ!」 キョウコは慌ててガスを止めると、ぱたぱたと炎を払って消火した。 「先に肉を焼くのよっ!常識じゃないのっ!!熱いとこに水足したらこうなるくらい、大学出てるんだから判るでしょう?」 キョウコは興奮しながらアスカを叱り飛ばした。 「い、いいのよっ!どうせお腹の中に入ったら一緒でしょっ!?」 アスカは鼻の頭に浮かんだ汗を拭った。 「愛情が無いわねぇ・・・。焦げたところを食べ過ぎると癌になるのよ?」 キョウコは一つ、小さなため息を吐いてアスカに背を向けた。 (え・・・?そうなの・・・?) アスカはあらためて自分のしでかした”破壊のあと”を見渡した。 黒焦げになった卵の山が二山。 野菜炒めの中には炭のようになったモヤシがまんべんなく混じっている。 試しに野菜炒め・・・という名前になるはずだったもの・・・を口に入れてみる。 (・・・苦い・・・。) なるほど、身体に悪そうだ・・・。 しかも、人参には火が通っておらず、まるで木でも齧っているかのように固いかと思えば、ピーマンは表面だけが黒焦げで、何とも言えないいやな臭いがする。 (あたし、・・・愛情・・・無いのかも・・・。) それから全ての料理に一切手を触れさせてもらえないまま、こうして少し遅めの昼食を摂っている・・・。 (あぁあ・・・ママ、まだ怒ってるかな・・・?) ちらっとキョウコの顔を覗いてみる。 むすっとした顔で食事を口に運んでいるキョウコは、お世辞にも機嫌がいいとは言えない。 はぁ・・・。 アスカは小さなため息をついた。 キョウコはそのアスカの様子をじろっと睨んだ。 「ほら、行くわよ。」 ? アスカはキョウコの顔を不思議そうに見上げた。 「もう止めるの?アスカらしくないわね?」 !! 「や、やめないわよっ!」 アスカは慌ててそう叫ぶと残りの食事を口の中に押し込んだ。 「ただいまぁ・・・。」 シンジは疲れた声を出した。 (参ったなぁ・・・。) 練習の後、シンジは約束通りマナの家に行き、マナから国際電話の掛け方を教わった。シンジはそれを紙に書き取ると、丁寧にお礼を言って部屋を出ようとしたが、マナはもう少し、とシンジを無理矢理座らせた。 「碇君、おうち、電話番号、いくつ?」 砂糖いくつ要る?と聞くのと同じような感覚で発せられた質問に、シンジは思わず素直に答えてしまった。 ぴぴぴぽぴ・・・。 「で、”登録”、と・・・。はい、これでいつでも掛けられるから。おうちに掛けたくなったら、いつでも来て。」 はい、これ。 マナはそう言いながらシンジに受話器を手渡した。 「え?あ?・・・ん?か、母さん!?」 「もしもし?え?シンジ?シンジなのっ!?」 真夜中だったにもかかわらず、ユイはゲンドウを叩き起こし、それから怒り出し、泣き出した。 どうして今まで連絡してくれなかったの? え?キョウコのところにいる? 試験、合格した?良かったわね・・・。 マナのところから掛けていると知らないユイはすっかり長話をしてしまい、事情が判ってから恐縮し切ってマナに謝った。 「いいんです、お義母様。」 それよりも、これからもよろしくお願いします・・・。 マナはそう言って微笑み、シンジは背筋を凍らせながらマナの部屋を出てきたのだ。 おかあさま、だってぇ? なんとなく後ろめたい気持ちで玄関を開くと・・・なにやら焦げ臭い・・・。 「なんですか?これ?ぼやでも出しました?」 シンジの質問に答える声は無い。 「いいからいいから・・・今日はうちの人、帰って来ないから、カレーにしたのよ?」 キョウコはそう言いながらシンジを食卓につかせた。 カレーなんてよく手に入りましたね? 買い置きがあったのよ。 まるで主婦同士の会話のような会話をしながら、シンジはすっかり準備の出来た食卓についた。 「?なんだか・・・黒焦げがありますけど?」 シンジは不思議そうに自分のカレーを覗き込んだ。キョウコの料理はかなり上手な方だ。こんな単純なミスのあるはずが無い。 「な、なによ!も、文句あるなら、代えてあげる。どこ?どこ?」 これまで地蔵のように沈黙を守って、身を固くしていたアスカだったが、シンジの言葉で弾かれたように席を立った。 「ど、どこって・・・?ぜ、全体に・・・。」 シンジはカレーの上に斑点のように浮かび上がっている黒い点を示した。 「・・・ま、待ってて・・・わけなおす・・・から・・・。」 アスカはシンジの皿を奪い取るようにして台所に走った。 「あ、いいよいいよ、アスカ。僕がするから・・・。」 シンジはアスカを追うようにして台所に向かった。 「き、来ちゃだめっ!」 アスカの叫びは少し遅かった。 「な・・・。」 シンジはあまりの惨状に絶句してしまった。 天井はすすで真っ黒。 油の飛び跳ねでガスレンジの周りは黄色っぽく変色しているし、ゴミ袋いっぱいに生ゴミ(と焦げ野菜)が詰まっている。 切りすぎた生野菜が所狭しと並べられたボールを占領している。 「見ないでよぉ・・・。」 アスカはシンジを押し戻した。 あぁ・・・そうだったのか・・・。 シンジはアスカが何をしたのか、良く判った。 アスカの泣き声で・・・。 涙の浮かぶ瞳で・・・。 そしてなによりも、バンソウコウだらけの指で・・・。 「アスカ、僕、これ、食べるよ?」 シンジはアスカの手からカレーを取り返した。 「だ、だめよ!こ、焦げは食べると癌になるって・・・。」 アスカはシンジから皿を取り返そうとしたが、シンジは一足早く、口に運んでしまっていた。 「平気平気。イタリアにいた時は、失敗した焦げは僕が食べてたんだから、今更、ねぇ・・・。」 ! ・・・そうだったの? そう言われてみれば焦げた料理なんて食べたことが無かった・・・。 シンジが・・・食べてたんだ・・・焦げたところ・・・。 アスカは、のそのそと食卓についた。 シンジは嬉しそうにスプーンを手に取る。 た、食べないで・・・不味いから・・・。美味しくないから・・・。 でも、・・・食べて、もらいたい・・・。 あ、食べちゃった・・・。 ごめんね、今度は、もっと、上手になるから・・・。 アスカはぎゅっと握りこぶしを作りながら、下を向いた。 「うん、これ、美味しいね。」 シンジの声がアスカを怒らせる。 「う、嘘ばっかり!あ、あたしが、自分で食べても、美味しくないのに・・・。」 アスカは心底腹を立てた。 「いや、嘘じゃないよ。料理って愛情だからね。アスカが僕のことを考えて作ってくれたら、美味しいんだよ。」 シンジは笑顔でアスカに説明した。 「あ、別にお世辞じゃないよ?アスカいなくなってからの僕のイタリアでの料理なんて、ひどい味でさぁ・・・。自分で食べても不味いんだよ、本当。やっぱり、誰かに作ってあげるのと、自分用に作るのじゃ全然気合の入り方が違っててさぁ・・・。」 シンジの言葉が嘘ではないことは、今のアスカには良く判る。 自分のために作っていた昼ご飯の時と、シンジのために作った夕ご飯の時ではアスカの気持ちが全然違っていたからだ。 失敗しないように、何か新しいことをする時にはどんなつまらないこともキョウコの指示を受けた。 お湯はいつ沸かすの? ジャガイモの皮って、どうやって剥くの? お肉って、いつ入れたらいいのかしら? おかげでカレーはすこぶる上手に出来あがった。 焦げ、以外は・・・。 昼からずっとそんなことばかりやっていたので、アスカは最後の最後でついうとうとと眠り込んでしまったのだ。キョウコが気がついた時には、カレーの底の方に小さな焦げがついてしまい、パニックになったアスカが焦ってそれをかき混ぜてしまったため、どうにも収拾がつかなくなったのだ。 「また、作ってくれるかな?」 シンジがアスカに声を掛ける。 「勿論よっ!」 アスカは泣き顔の上に、こぼれそうな笑顔を重ねて返事をした。 |