| 転校生 S |
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| 作 : Ophanim |
| 第8話 栄光は誰の手に |
今日も僕はアスカの病室に来た。 アスカの顔色は日に日に良くなる。 でも、リハビリは進まない。 こればっかりは焦ってもだめなんだってさ。 僕と入れ違いに、看護婦さんが部屋を出ていった。しょんぼりしていたアスカが、僕の顔を見てぱっと微笑む。一日の疲れが癒される瞬間だ。 「怒られたの?」 僕は椅子に腰掛けながら聞いた。 「う、うん・・・夜更かしするなって・・・。」 夜更かし?その割に、よく眠れているみたいじゃない?顔色、いいよ? 「うん。ありがとね。シンジの子守唄のおかげよ。あ、はい、昨日の分。25点。」 ・・・一日で最も疲れる瞬間だ・・・。 「あ、ありがとう・・・うーんと、今日の分・・・。」 僕は複雑な気持ちで今日の分のテープを渡した。 「ごめんね。大切な時期に・・・。毎日来てたら、練習できないでしょう?」 アスカの口からそんなことを聞くと、アスカが元気に笑えるようになるまで、まだまだ時間がかかりそうな気がする。 「そんなこと言うなよ。アスカを放っておいて合格しても、少しも嬉しくないよ。」 僕は鞄の中をもぞもぞ探りながらそう言った。 「馬鹿!」 アスカが大きな声を出した。 「アスカ・・・?」 僕は驚いてアスカの顔を見た。 アスカはぷんぷん怒っていた。 「ほんっとに馬鹿なんだから・・・。そんなこと言われたら、ますますあたしが負担に感じるって、判らないの?」 腕組みをして、病院の服の上から、桃色のカーディガンを羽織っている。こんな色、今まで着てたっけ??? 「アスカ?」 僕はまじまじとアスカの顔を見つめた。僕がじーっと見ていると、アスカの顔が見る見るうちに赤くなっていった。 「こっち見ないでよっ!馬鹿なんだから、もう・・・。」 アスカはそう言うと、もぞもぞと布団の中に戻っていった。カーディガンが取り残される。 「あ、あのさ・・・アスカ、僕のオーディション、秋にもあるみたいだから、そっちにしようと思うんだ。それなら、アスカも来られるだろ?」 僕は試験の日程表を見ながらアスカに話しかけた。夏の試験には、多分、アスカが間に合わない。 「あんた馬鹿ぁ?ちょっと、それ、見せなさいよ!」 アスカは僕の手から日程表をひったくった。 「ほら、ここにもあるじゃないの!こっちにしなさい!!」 僕は目を白黒させながら、アスカが示したところを見た。 「こ、ここにはアスカが間に合わないだろ?」「あたしのことなんて気にしなくていいの!」 アスカは僕の言葉を遮るようにして話した。 「あんたがあたしに構ってたせいで試験落ちたり、試験受けるの延びたりしたら、あたしだって負担に思うわよ・・・。」 ・・・そ、そんなものか・・・? 「それに、あたしにも目標になるしね。予定よりも早く治そうって励みになるわ。」 アスカ・・・。 僕はアスカがアスカらしくなってきたことを喜んだ。 そうだね。 この調子なら、アスカは予定よりも早く治るかもしれない。 「あ、でも、あんたの練習の方が間に合わないかもね?なんてったって、ここのとこ25点前後を行ったり来たりだからねぇ・・・。」 ぐ・・・。 「だ、だいたい、その点数ってどうやってつけてんだよ?」 僕は元気を取り戻すにつれて厳しくなっていくアスカの評価基準を聞いてみた。 「それは言えませぇん。」 アスカは元気よくあかんべぇをした。 ・・・アスカめ・・・。 あとでおしおきしてやる。 とうとうその日がやってきた。 僕の、オーディションの日だ。 アスカは・・・間に合わなかった・・・。 とても、立てる状態じゃないって・・・。 「行ってらっしゃい・・・。」 すっかりがっかりして元気の無いアスカ。 どれだけ焦っても、身体は正直だ。ここで無理してしまって一生を棒に振るよりここは我慢をしろ、と言われたらしい。 僕は萎れた花のように元気の無いアスカの頭を撫でた。 「行ってきます・・・。」 僕は肩を落としながら、くるり、とアスカに背を向けた。 病室の扉のところでちょっと振り返る。 半分泣きそうな顔で、それでもアスカは無理に笑ってる・・・。 ちょっと、可哀相だったかなぁ・・・? 「あ、あのさ・・・アスカ・・・。」 僕は後ろめたくなってきたので後戻りした。 「僕、ドイツ語、ちょっと勉強してさ。一生懸命頼んだんだ。」 アスカは僕が何を言っているか判らないみたいで、不思議そうに僕を見ている。 「これ、なぁんだ?」 僕はアスカに紙を一枚見せた。 「あ・・・。外出許可証・・・。」 アスカの目がみるみる潤んでいく。 可愛いなぁ・・・。 「早く言いなさいよっ!このっ馬ぁ鹿シンジっ!!!」 どげしっ! ゆ、油断した・・・。 アスカはぷんすか怒りながら、すっかり伸びてしまった髪に櫛をいれた。 車椅子を押しながらオーディション会場に入る。 「いたっ!揺らさないでよっ!昨日も寝不足で頭痛いんだから・・・。」 ・・・。 オーディションは課題曲と自由曲の2曲を演奏することになってる。合計で20分程度。課題曲は当日発表で全員が違う曲の可能性がある。でも、同じ曲の可能性もあるから、消去法で自分の曲を予想することは出来ない。 「いい?クラシックは指揮者によって曲の雰囲気が変わるけど、基本は楽譜に忠実なのよ?だから、正確に楽譜を再現することを心がけるのよ?」 アスカは車椅子から僕を激励してくれた。 「判った。それじゃ、行って来る。」 僕は短く答えた。 緊張してきた・・・。 足が震えて、うまく前に進まない・・・。 お客さんの前での演奏は久しぶりだ。 そう、これは、僕にとってはイタリア以来の演奏会だ。 未来の音楽家の登竜門ともなるこのオーディションは人気が高くて、聴衆には素人ばかりでなく、玄人の人もやってくる。 オーディション会場に入るにも、いっぱしの入場料が必要だ。 ってことは、今日の僕は、試験を受ける受験生であると同時にプロの弾き手でもある。 恥ずかしい演奏は出来ない・・・。 「なぁに固くなってんの?」 アスカが僕の服を引っ張った。 「ちょっと、座って。あっちむいて・・・。はい、襟が変だったよ?大丈夫よ。ここ落ちてもいいんだし・・・。」 僕は驚いてアスカを見た。 アスカの台詞には思えない・・・。 「だ、だけど、落ちたら・・・また・・・。」 「あたしは、待つわよ?どこにも行かないから、安心しなさい。あんたが合格するまで、あたしが、頑張る。いい?」 ふっ・・・。 気が楽になる。 そうだ・・・そうだよ・・・。僕の幸せは、ここにあるじゃないか・・・。 あとは、おまけみたいなもんだ・・・。 僕はしっかりとした足取りで控え室に向かった。 足の震えはもう、消えていた。 壇上に10個のボックスがある。黒い暗幕で覆われたそのボックスのどれかに、シンジが入ってる。人種差別や賄賂を防ぐため、どのボックスに誰が入っているか判らない状態で演奏が行われる。そして、その音だけを聞いて、合格者を一人、決める。どこも同じだ。 審査員は片耳に正しい音階の流れるヘッドフォンをつけ、もう片方の耳で演奏を聞く。課題曲は間違えたところから減点していって、残った点数の高い人、自由曲はいいところから加点していって、得点の高い人が優秀賞。 演奏が始まった。 あたしに出来ることは、ここでシンジを待つこと。 戻ってくるまで、待っていよう。 もしも、落ちてしまったら、採点の基準を教えてあげる。 シンジ、あんた、集中力がもたないのよ。 今のところ、もって25分。 早い番号のボックスをひかないと、とても不利だわ。 今回は時間が無かったから、それを教えてしまうとプレッシャーになると思って教えなかったわ。もしもだめだったら、そこ、直そうね?合格してたら?・・・その時は、あたしよりも優秀な先生がきっと気づくわよ。その時は、あたしの役目はもうおしまい。あとは・・・そうねぇ・・・あんたを応援するわ。それこそ、一生・・・。 二人目・・・。 はっとするほど巧い。 あたしは審査員たちを見た。ペンが動かない・・・。 減点されていない・・・。 続いて自由曲・・・。審査員たちの手がせわしなく動く。 シンジ・・・この子に、勝てる? そう、これは、シンジじゃない・・・。 あたしは面白いように動く審査員たちの手を恨めしそうに眺める他無かった。 (うーん・・・まだかな・・・?) 僕はじわじわと汗ばんできた掌を眺めた。 ボックスは8番だった。 後半の方がいい印象が残りやすいから有利かと思ったら、自分の番が回ってくるまでの時間、ずっと緊張していないといけない、という不利があった。 (仕方がない、何か他のことを考えよう・・・。そうだ!アスカの採点基準なんてどうだろ?) だいたい、なんだって? アスカが気に食わなくなった時点で聴くの止めてるんだろ? だったら、その後の分は評価に入ってない。 極端な話、3時間のテープの初め一分で聞くの止めたら、残りの179分は全く評価されないことになる。アスカの気に入らない一分間で評価されるんだから、評価は悪いに決まってる・・・。 (そうだよなぁ?変だぞ、あの評価・・・。やっぱり全部聴いて、その上で評価してくれないとなぁ・・・。ちぇ、あすかのために毎回毎回、子守唄を弾いてあげてたのに・・・。全部無駄だったかなぁ・・・?) 誰かの自由曲の音が漏れてきた。 あ・・・この曲、使われちゃったか・・・。 なんか、無いかな・・・。 アスカ・・・昨日も寝不足って言ってたな・・・。看護婦さんに怒られるんだぞぉ、夜更かしなんてして・・・。 その割に、顔色、悪くないよな。ぐっすり眠れている証拠だな・・・。 終わったら、子守唄でも・・・。 ”うん。ありがとね。シンジの子守唄のおかげよ。” !? 僕は、本当に馬鹿だなぁ・・・。 な、なにこの子・・・? これが課題曲だって判ってんのかしら? 巧いんだけどさぁ・・・じ、自由に弾いてるから・・・ほらぁ、審査員が減点しまくりじゃないの・・・。 ・・・でも・・・なんだか、落ち着くわ・・・。 長かったから、たまには、こういうのがないとねぇ・・・肩凝っちゃったわ。きちきちの課題曲ばっかりだったし、その割に自由曲もかちこちだし・・・。 ”音楽”聴いてるって言うより、”音”聞いてる感じだった。”楽”が無いから、少しも楽しくなかった・・・。 この子、多分、落ちるだろうけど、ありがと。 はじめて聴衆のことを考えて弾いてくれてる感じ・・・。 これなら、お金払って聴きに来た人も満足だろうね。 自由曲も期待できるわ。 ・・・!? こ、これは・・・子守唄??? じゃ、これって・・・シンジ??? ・・・あの・・・馬鹿・・・。 でも、ないか・・・。 あたしは深く腰を掛け直した。 また、別のところ受ければいいよ。 待ってるって言ったんだから、いつまでも待ってるわ。 「えぇ。お待たせしました。協議が長引きまして・・・。」 審査委員長は深深とお辞儀をした。 「合格者は、2番のボックスです。課題曲92点。自由曲88点。総合180点でした。2番のボックスの方、どうぞ。」 会場から拍手が起こる。 「はい。コンラート=ローレンツです。」 コンラートはさも当然、という表情で立ちあがり、中央に出て聴衆の拍手を受けた。 「待って下さい。それで、まぁ、今回、その・・・なんというか・・・。」 審査委員長は困ったような顔で口篭もった。 「この大会で初めて、もう一人、合格者を出すことになりました。8番の方・・・。」 おおおおおっというざわめきと、よくやった!という怒号のような拍手。 「て、点数は、えぇと、課題曲13点。自由曲・・・・・・ひゃ、”167”点の総合180点・・・。」 あははははは・・・。 なんとか大会の趣旨を保とうと、わざわざ同点にするように苦労した様子が窺える。だが、会場からはそれを不満に思うどころか、歓声があがり口笛も吹かれ、その処置を賞賛していることがはっきりわかる。 音楽は、楽しむものだ。 曲を楽しむのは、聴衆の権利だ。 聴衆を無視した音楽家は、音楽家では無い! 試験の基準が変更されることもあわせて発表された。 これまでの試験基準が如何に音楽の源流に反したものであったかを思い知らされ、自らの不明を恥じ入った審査委員長がお詫びの言葉とともに決定したものだ。 「では、8番の方、どうぞ。」 万雷の拍手が沸き起こる。 拍手を受ける権利を持ったのは・・・。 ん? ツヴァイ・・・って2か・・・。 じゃ、落ちたな。これは・・・。 でも、いいんだ。 あれが僕の精一杯だ。 それに、アスカが聴いてくれれば、それでいいや。 ・・・? へ? ぼ、僕??? 僕の目の前にかかっていた暗幕が開かれた。 拍手の洪水が僕に圧し掛かってきた。 僕は係員に手を引かれて壇の中央に向かった。 アスカ、なんだか、合格したみたいだよ? 僕はアスカに手を振った。 拍手が大きくなる。 その中で、アスカが立ちあがって・・・転んだ。 「アスカっ!!」 僕は係員の腕を振り解いて壇を飛び降りた。 人ごみを掻き分ける。 アスカは周囲の人の手を借りて、車椅子に戻っていた。 「ま、まだ無理だろ?無茶して・・・。」 僕は肩で息をしながら、アスカに話しかけた。 「あはは・・・漫画とか小説だと、これで立てるようになったりするところじゃない?」 アスカは真っ赤になった目で微笑んだ。 「・・・馬鹿だなぁ。せ、精神的なものじゃないんだから・・・無理だよ・・・まだ・・・無理なのに・・・。」 それ以上は言えなかった。 涙が止まらない。 「馬鹿はあんたでしょ?なによあれ・・・。あの演奏・・・。・・・良かったけど・・・。」 アスカも、泣き出した・・・。 「ほ、ほらぁ。戻りなさいよぉ・・・審査員が待ってるでしょう?」 アスカは、照れ隠しだろう、僕の視線を逸らそうと、そんなことを言った。 「じゃあ、一緒に行こう。」 僕はアスカを抱き上げた。 「ば!馬鹿!!なにすんのよ、ちょっと、降ろしなさいって・・・。」 口笛の中、僕はアスカを両手で抱いたまま、壇上に向かった。 アスカが暴れても僕が持ち上げられてしまうほど、まだまだアスカの身体は軽い。 こんなにしてしまったのは、僕のせいだ・・・。 「ごめん、アスカ・・・。あのテープ、毎日最後まで聞いてくれてたんだね・・・。」 僕は耳元で囁いた。 「え・・・う、うん・・・。最初はさ、3分くらいでシンジの集中力が切れるから、次の曲まで早送り出来たんだけど、最近は30分近くもつから・・・。寝不足になったわ。」 それも今日でおしまい。 アスカは嬉しそうに微笑んだ。 「碇シンジ君。君はその、私達の試験方法を一新させるほどの優れた表現力を持っている。よって、奨学金を出す。これからもその持ち味を無くさぬよう、努力して欲しい。」 何か言ってる・・・。 アスカに翻訳してもらう。 へぇ・・・良かった! 「じゃ、僕一人の力じゃなく、アスカがいたから出来たことですって伝えてよ。」 僕はアスカに翻訳をお願いした。 「い、言えるわけ無いでしょ!」 アスカは顔を真っ赤にして断る。 じゃあ、こうだ! 「なにすんの・・・むぅ・・・ん・・・。」 僕は、祝福の拍手の鳴る中、アスカと唇を重ねていった。 |