転校生 R
作 : Ophanim
エピローグ




 ちらほら、と桜の花びらが風に舞っている。

 雪みたい。

 うつらうつらしている新しいクラスメート。

 って、まだ一度もお話ししてないけど・・・。

 あの一晩で。

 ううん、あの5分で。

 私はヨーロッパで一番有名な日本の高校一年生になった。

 多分、アメリカでもそこそこ知られていると思う。

 顔は知られていないと思うけど。

 名前だけ・・・。

 何でかって・・・。

 それは、あの日の私の写真がないから。

 記事はね。

 色々なところに載ってるの。

 マルディーニさんっていう、渚君の面倒を見ている人が”ずっと目を付けていたんだ”、っていうコメントを新聞に寄せていた。

 その雑誌の他の特集に、会場で一度もフラッシュがなかったのは、みんなが見とれてたからだって書いてあった。

 ほんとかな?

 でも、ある編集長が『どうして写真を撮らなかった!?』って怒ったら、その記者が『あそこでフラッシュを焚いたら私は生きて帰れなかったと思うし、あそこで動けるようなら人間じゃない。それを理解できないあなたは編集者に向いてない。』って言い返したって。

 本当かどうか知らないけど、確かに色々な雑誌で編集とか担当が配置換えになってる。

 まぁ、たまたまだとは思うんだけど・・・。

 でも、本当に写真が一枚もないことを怒った編集長と撮れるはずがないって言うカメラマンの間では諍いが耐えないみたい。

 私にしてみれば、これ以上取材とか申し込まれるのは嫌なのでちょうど良いけど。

 とにかく、そう言う理由で、私の映像はまるで防犯カメラで撮られたみたいな”固定カメラ”の映像しかない。

 映像カメラマンも放心してたっていうから・・・。

 後から何度も見直したけど、暗くて全然判らないし、白黒の新聞だとお化けが歩いているみたいにしか写ってない。

 それなのに、噂が噂を呼んで、色々なファッションショーに来ないか、っていう案内がしょっちゅう来るの。

 引き受けてるのかって?

 とんでもない!

 あれは特別!!

 飛行機のお礼と、直美ちゃんに負けた分。

 もう二度と引き受けないんだから・・・。

 髪が目立つのは仕方ないけど、黒く染めてしまえばもう普通の人と同じ。

 ローマ空港でも混乱を避けるのに役立ったし。

 ただ、あの日のおかげでコンプレックスは完全になくなった。

 考えてみれば、デザインセンスがある直美ちゃんが”いい”って言い続けたんだから、特別ではあっても、おかしいはずはなかったのよ。

 要は、周囲の奇異の目に私自身が耐えられるかどうか、というだけ。

 アスカさんにも言われたことだけど、自分を判ってもらおう、と努力していれば何の問題もなかったはず。

 それに気がつくまで遠回りしてきた。

 そっと胸に手を当てる。

 内ポケットに大事にしまってあるアスカさんから届いた一葉の葉書。

 素っ気なく『合格おめでと』と書かれているだけなんだけど、その向こうから『あんたならそのくらい出来るって信じてた』って言われてるような気がしてとても嬉しくなる。

 きっとずっと応援してくれてる。

 私の大事なお守り・・・。

 「・・・続きまして、新入生代表挨拶。本年度新入生代表、綾波レイさん。」

 あ、出番出番・・・。

 私はもう一度胸に手を当ててから、私の肩により掛かって眠っていた新しいクラスメートを揺り起こした。

 「むにゃ?あ、ごめん。あたし、寝てた?」

 「・・・それで寝てなかったらちょっと感心。」

 私はにっこり笑いながらそう言った。

 「にゃはははははっ!そうかも〜〜〜。さすが良いこと言うねぇ、東洋の神秘。」

 え?

 日本では、私のことも、その二つ名を知っている人も、少ないはずなのに・・・。

 私は自分の出番も忘れて立ち止まった。

 「あ、あたし、桐生サツキ。桐生=ローレンツ=サツキ。これからよろしくね、みすっち。」

 そ、その呼び方だけは勘弁して欲しい・・・。

 私は出来るだけ平常心を保って、壇上に向かった。



 た〜ん、た〜ん、たた〜〜〜ん・・・♪

 まだ・・・。

 指揮者が動かない。

 まだだ。

 僕の視線を受けて、周囲が緊張感を保つ。

 くるり、と、指揮者が聴衆に向き直る。

 もう、いいよ。

 ご苦労様。

 瞬間、割れるような拍手が沸き起こる。

 嬉しいんだけど、でも、この前の綾波のファッションショーの拍手を聞いた後だと、あの1/10にも満たないように感じる。

 まぁ、僕もまだまだ未熟だってことだねぇ・・・。

 「あ、あの、碇君、今ちょっと良いかな?」

 コンサートが終わって楽器の手入れをしていたらさっき一緒にやっていた子が僕を訪ねてきた。

 2,3回顔を会わせただけの子なんだけど・・・。

 「弦直しながらでいいかな?明日もちょっと予定が入っていてさ。」

 いつも誘ってくれる”素人楽団”の人達だけど、明日は僕の独演会にしてくれるって言うんだ。

 休みが無くなるけど、折角の好意だからね。

 「う、うん。実はちょっと相談なんだけど・・・。」

 またかぁ・・・。

 最近多いんだよね、悩み相談・・・。

 「あ、えーとね。僕に聞いても悩みが解決するかどうか判らないよ?それでもいいかな?」

 相談されるのは辛くないんだけど、適切にアドバイスできてるかどうか自信ないんだよね。

 その子も、結局、”話を聞いてもらっただけで楽になった”と言って帰っていった。

 どうなんだろうねぇ、あぁいうの・・・。

 「そりゃあ、シンジが”頼りになる”って事だろう?」

 次の日、独演会に行く前。

 ジュリオに靴を磨いてもらっているときに、ふとその話をしてみたら、そんな風に即答された。

 「だけど、僕は何もアドバイスしてないんだぜ?」

 「そんなの欲しかったらシンジの所なんか行くかよ。」

 み、身も蓋も無いなぁ・・・。

 ジュリオは入念に僕の靴を磨きながら、やっぱり即答する。

 「みんな、”安心したくて”シンジの所に行くんだよ。何かあったときにシンジだったら話を聞いてくれる。その時、前もって悩みを話してあれば話しやすいだろ?」

 すっかりくたびれていた靴が新品のような輝きを取り戻す。

 ジュリオは物凄い腕利きの靴磨きになってきている。

 それでも親父さんの跡を継がせてもらえない、って言ってる辺り、親父さんがどれだけ腕の立つ人か想像できるってものだ。

 「だから、さ。いくら悩みを話してもらったって、”こうしたらどう?”とか言えないだろ?」

 「それを言わないから誰でも安心して相談に行くんじゃないか、馬鹿だなぁ、シンジは・・・。」

 即答で馬鹿って言われるとちょっと厳しいものがあるんですけど・・・。

 「具体的にあぁしろこうしろって言われるのって、精神的に参ってるときはそれはそれできついぜ?自分のやってたことが間違ってたって言われてるようなもんだからな?とりあえず、話をすることで自分が落ち着けるなら、そういう話し相手は貴重だろ?でも、そういう人ってあんまりいない。大概自分の経験に照らして何か言ってくる。親切で、だと思うけどさ。」

 ・・・まぁ、相手を更に追い込むつもりでアドバイスする人なんていないと思うけどねぇ・・・。

 「だけど、シンジが言うことも判るぜ?何のアドバイスもないって言うのは相談しがいが無い、って思う人もいるだろうし。」

 「だ、だろ?だから・・・。」

 ジュリオは僕の靴をポン、と一つ叩いて鼻を擦った。鼻の頭に黒い筋が2,3本加わる。

 「はい、終わり。もう一足くらい靴買ったらどうだ?」

 ・・・ぼ、僕の話も聞いてくれぇ・・・。

 「自分の話もしたい、って思っただろ?」

 ・・・。

 僕はジュリオに図星を突かれて渋々頷いた。

 「相談してみて、どうだ?かえって混乱してないか?」

 「あ・・・。」

 自分が思っていたことと違うことを言われると、話を聞いてもらいに来たのに、なんだか反発したくなってるなぁ・・・。

 そうか。

 相談って言いながら、人って、もう既に自分の中で何か解決法は見つけてるんだな・・・。

 そして、”誰かに賛成してもらいたくて”相談に来るのか・・・。

 「判った?シンジみたいに、アドバイスはもらえないけどそれでも相談したい、って思わせる人は貴重なんだよ。気にしないで今まで通りにしな。」

 ジュリオにそう言われると、なるほどな、と思ってしまう。

 実は僕なんかじゃなくてジュリオに相談した方がいいんじゃないのかなぁ?

 ・・・ってなことを言ったらまた何か言われそうだ。

 「ありがとう、ジュリオ。これ、料金。」

 「ぐらっちぇ。あ、釣り・・・。」

 ごそごそ、とポケットを探るジュリオに、僕は全部あげる、と言って腰を上げる。

 「何だよ。気味悪いなぁ?」

 「靴磨き代と、相談料だと思えばいいだろ?」

 僕はジュリオにもう一度礼を言ってその場を後にした。



 「お前、怖い人達と付き合ってるな?」

 ジュリオの父は呆れたように自分の息子を見下ろした。

 最近急に背が伸び始めたとはいえ、まだまだ小さい息子。

 だが、後何年見下ろして話が出来るだろうか?

 今のうちに言っておいた方がいいだろう。

 「怖い?誰が?」

 「今の客と、銀色の髪の客だ。」

 身体中から疑問の色を出す息子に、更に説明を加える。

 「この世には、リーダーの資質を持った奴がいる。残念ながら我々にはない。だが、確実に、ボスやドンと言われる人は存在する。彼らにはそれなりの資質があるんだ。」

 そして、あの二人の客はそうだ、と続ける。

 「これは儂の勝手な意見だが、傍にいるだけで恐怖を感じ、この人には叶わない、と思わせるのがボスだ。銀色の方はそうなる資質を持っている。」

 だが、それに逆に反発を感じる人だっている。

 その人達は別のボスの下に走り、結果的に抗争を繰り返す。

 「その逆がドンだ。この人のために何かしてやりたい。この人のためなら死ねる、と思わせる。黒髪の方はそれだ。人は彼の近くにいたいがために歓心を得ようと悪事にすら手を染める。」

 だが、ドンが望むものが平穏や協調であれば、いがみ合うグループのボス同士ですら抑えることが出来る。

 対立するものが無い分、強大な組織をただ一人でまとめ上げることだってある。

 問題はその資質が必ずしも遺伝しないため、彼の死後にグループ内に積もり積もった鬱憤が大爆発する点だが・・・。

 「あぁ、大丈夫だよ。あいつらは。」

 ジュリオは平然と父の言葉を聞き流した。

 「なっ、儂はお前のことを心配して・・・。」

 「判ってるよ、親父、ありがとな。だけど、あいつらは大丈夫だ。だって・・・。」

 あいつらは一人じゃない。

 ジュリオは小さい身体一杯に自信を漲らせた。

 あぁ・・・。

 父は思う。

 体が小さくても、こいつはとっくの昔に自分を追い越していたのかもしれないな・・・。

 「・・・んなことよりさっ、いつになったら他の色教えてくれるんだよっ!!

 不意に子供に戻る息子。

 だが、もう父の目を誤魔化すことは出来ない。

 彼は、もう、半人前のふりを、出来ない。

 父は満足そうに気難しい顔を作った。

 「教える気はねぇって何回言ったら判るんだっ!やりたきゃ勝手にやれっっ!

 それが、許可だった。



 「・・・立派な大人になるために、勉学に、交友に、部活動に、充実した高校生活を送りたいと思います。先輩方、諸先生方に、私達に温かいご指導、ご鞭撻をお願いして、挨拶の言葉と致します。」

 ふぅ・・・。

 終わった終わったぁ。

 ぺこっと頭を下げる。

 ごきっ!

 まだスイッチが入っているマイクが体育館全体に激しい音を伝えた。

 ・・・やってしまいました・・・。

 私はマイクにぶつけたおでこだけじゃなく、身体中を真っ赤にして壇を降りた。

 勿論、館内を埋める拍手と爆笑に見送られて。

 続けて在校生の代表が壇上に上がる。

 「え〜、最初のアドバイスとして、挨拶をするときも目は開けたままがいいと思います。」

 そのアドリブでまた体育館が揺れる。

 もぉ・・・。

 私はおでこをさすりながら笑うしかなかった。

 「はい、絆創膏。」

 私の隣にいる桐生さんが、子猫のプリントの入った可愛い絆創膏をくれた。

 「ありがと。」

 「みすてぃっく=おりえんたるだけにみすてぇぃく、って感じ?にゃははは。」

 ・・・桐生さんは全っ然面白くないことを言って一人で受けてる。

 「あの、桐生さん。どうしてそれ知ってるの?」

 「ん?東洋の神秘?だって、あたし、イタリアから来た留学生だもん。姉妹都市の。」

 受け入れ先の高校が資金難で無理って言われたから急にこっちになったんだよ、なんて、とんでもないことをさらっと言う。

 それってもしかして、虹越学園なんじゃ・・・。

 「コンラートも神秘がいるところだったらサインもらってきてくれ、何て言うしさ〜。だから、無理矢理ここにしちゃった。」

 ・・・?

 だ、誰?

 「ん?あれ?覚えてない?あたしの親戚の子。コンラート=ローレンツ。」

 ・・・聞いたことあるような、無いような・・・。

 私が首を傾げていると、困ったような顔をする桐生さん。

 「ほらぁ、魅惑の弾手、碇シンジ様と一緒にオーディション受かった・・・。」

 「あ〜〜あ〜〜。」

 思い出したわ。

 碇君より上手だった、あの人・・・。

 最優秀の人ね。

 「まぁ、今じゃあすっかり水を空けられているからそ〜んな反応だろうけど〜〜。」

 「わ、わ。ごめんなさい・・・。」

 私が謝ると、桐生さんは何とも言えない笑顔を作った。

 「うにゃ〜。許してあげるからみすっちの膝枕にさせて〜。」

 言うなりそのままごろんと私の膝に頭を乗せる。

 幸せそうな顔で寝ているところ、大変申し訳ないんですが・・・。

 「あの、桐生さん。寝たらまずいと思うんだけど・・・。」

 「だって時差ぼけで辛いんだもん。みすっちには迷惑かけないからさ。涎はかけるかもしれないけど・・・。」

 充分迷惑ですっ!

 「その、涎はご遠慮いただきたいのと・・・み、みすっちって呼ぶのもやめて欲しいんですけど・・・。」

 「じゃあ、マルディーニの至宝?」

 片目だけ開けて私を見る。

 「それもちょっと・・・普通に名前で呼んでもらえれば・・・。」

 っていうか、最前列で寝るのもやめて欲しいんですが・・・。

 「え〜綾波レイ?長いよ〜。」

 ・・・東洋の神秘だってマルディーニの至宝だって普通に呼ばれるより長いですっ!

 「じゃあ省略してレイちゃんね。」

 ・・・。

 うーん・・・。

 最初からそうしてもらえるととっても嬉しかったかも・・・。

 「その代わり私のことを”ローマの原石”とか”アドリア海の恋人”とか呼んでも良いから。」

 「・・・省略してさっちゃんって呼びます。」

 色々あった中学時代。

 でも、これからも色々ありそうな、楽しくなりそうな、そんな予感。

 外には桜色の陽光。

 膝の上に新しい友人。

 楽しくならないはずがない。

 私は自分でも気がつかないうちに微笑んでいた。


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