転校生 R
作 : Ophanim
第30話 東洋の神秘




 ほろっ・・・。

 あ、いけない・・・。

 そう思ったときはもう手遅れ・・・。

 うう、もう止まらないよ〜。

 「可愛いことしてる人発見〜。」

 あっさり直美ちゃんに見つかって私の負け。

 一番最初に泣いた人がケーキセット奢ることになってたの。

 でも、もう我慢できなかった。

 色んな事があった中学校生活。

 それが今日で終わりかと思ったら、急に・・・。

 「ハンデ必要だったかもね〜。」

 ヒカリちゃんは委員長なので他にも色々やることがあってまだ落ち着かないみたい。

 「やっぱりレイちゃんだったわよ。これであたしも安心して・・・泣け・・・るわ・・・。」

 直美ちゃんの笑顔も急に泣き笑いに変わる。

 私は直美ちゃんと抱き合って心おきなく涙を流した。



 「さ〜て、何を奢ってもらおうかな〜〜〜。」

 目を真っ赤にした直美ちゃんが舌舐めずりをしている。

 もう、結局私より長く泣いてたくせにぃ・・・。

 「あ、でも、あたしはパス。トウジと予定があるの。」

 ヒカリちゃんはすんなり権利を放棄してくれた。

 直美ちゃんは”え〜え〜、女の友情ってそんなものですよね〜”なんて言ってたけど、ヒカリちゃんも”そんなものでございます”って笑顔で返して帰っていった。

 他の日に3人で集まることを約束して・・・。

 「さて、あたしはどうしようかな〜。」

 「いつもの喫茶店で良ければ何でも奢るわよ?」

 直美ちゃんの場合、変に遠慮された方が後が怖いもの。

 「そうは行かないわ。実はもう決めてるのよね。」

 直美ちゃんはそう言って、胸ポケットから”何か”を取りだした。

 なんだか、微妙に見覚えがあるんですけどぉ・・・。

 「レイちゃん、ホワイトデーに何をもらいましたか〜?」

 や、やっぱり?

 碇君が送ってくれた飛行機のチケットにそっくりなのよね・・・。

 「・・・私もね、おかしいな、って思ったのよ。いつもだったらそんなに気が回る人じゃないし、って・・・。」

 ホワイトデーまでまだまだ間があるのに、”卒業祝いを兼ねて”とか言ったりして・・・。

 しかも、気前よくビジネスクラスを5人分なんて・・・。

 大喜びで家族みんなで休み取ろうよって言ったのがほんの2日前。

 でも、2列シートのうち5つ決まってるから、私の隣に誰が来るんだろうって、ちょっとどきどきだったの。

 とはいえ、こうやって種明かしされるとむ〜〜って感じよね・・・。

 「あたしの両親も一緒だからね。カヲルってば、急にどうしたのかしら?で、レイちゃん、もう言わなくても判ってるわね?」

 ・・・。

 直美ちゃんは、すちゃっ、と音を立ててコートのポケットから小さいノートを取りだした。

 あれ以来直美ちゃんがいつも持ち歩いている、デザインノート・・・。

 はぁ・・・やっぱりそう言うことになるんですか・・・。

 「あの、一つだけ、いい?」

 「ん?」

 小首を傾げる直美ちゃん。

 絶対、小悪魔・・・。

 「・・・もしかして、最初からこれを狙って私に”誰が最初に泣くか勝負”とか言ったりしてない??」

 「そんなの、当ったり前じゃん!

 直美ちゃんはまだ涙の跡が残る顔に、とびっきりの笑顔をトッピングした。

 

 「モデルとデザイナーご一行様ご到着、と・・・。」

 カヲルは思わずそんな呟きを漏らしてしまった。

 普段の彼からは考えられないほど浮かれている証左である。

 とはいえ、傍らに立つ少年達が彼より遙かに浮き立っていたので、彼はいつもよりもむしろ落ち着いて見えたのだが。

 「なぁ、シンジ、さっきの飛行機がそうかな?」

 「多分、そうだと思うんだけど・・・。」

 だからさっきからそう言っているのに、とカヲルは内心苦笑いをする。

 カヲルの隣に立つのは、言うまでもなく、ジュリオ=チュザーレと碇シンジの二人である。

 何も面白いことはないから家で待っていろ、と口を酸っぱくして言ったにも関わらず、ジュリオは一目だけでも”あの人”を見ようと着いてきたのだ。

 (全く、飛行機が着いたからと言ってすぐに出てくるわけでもないだろうに・・・。)

 まず機内を出て、入国審査して、手荷物が出るのを待って・・・。

 「・・・カヲル君、もう行くの?」

 いつの間にか歩き出していたカヲルをシンジが呼び止める。

 「い、いや。ほら、ビジネスクラスはエコノミーより先に出るだろう?だ、だから少し早めに行った方がいいかと思っただけだよ。」

 カヲルが動揺するのはいつ以来だろう?

 「それはそうだけど、ビジネスクラスの前にメダリオンクラスが出るはずだよ。もうちょっと待ってよ。ジュリオの方が・・・。」

 「来たっ!!

 ちょうどその時、ゲートが開いて黒山の人だかりが波のように移動を開始する。

 ジュリオはその身体の小ささを遺憾なく発揮して波間を縫って前へと進む。

 ”あの人”を一目見るために・・・。

 「ディノ〜〜っ!サインくれ〜っっ!

 ジュリオは待ちこがれていた”あの人”に向かってT−シャツを差し出した。

 警備員に阻まれながら、必死にもがくジュリオを可愛いと思ったのか、そのイタリア代表・・・アズーリのファンタジスタは仲間の列を離れると足を止め、さらさらとサインをして去っていった。

 ジュリオは嬉しそうに身体を翻すと、今度は床を転がるようにして警備員の手を逃れ、ぐるりと大回りして持ち場へと移動していく。

 「ふぅ、夏頃は”綾波さんにもう一度会いたい、写真でも良いからもう一回見たい”、ってうるさかったのに、もうあれだ・・・。」

 カヲルはすばしっこく消えていくジュリオを見送りながらそんな悪態をついた。

 「あはは。綾波とサッカーのイタリア代表を比べたら綾波が可哀想だよ。」

 シンジはゆっくりとその恋人の着くゲートへと移動を開始する。

 「それに、自分から警備を買ってくれたんだから感謝しているよ。」

 シンジは空港からホテルまでの警備に当たってくれる、というジュリオの申し出を引き合いに出した。

 「どうせたまたまアズーリがここに来るって判っただけだって・・・。」

 「それでもいいよ。知らない人に頼むよりはずっと。」

 ぶつくさと文句を言うカヲルは、ゆったりとした笑顔で宥める。

 その二人の耳に、日本からの到着便が荷物の搬出を開始した、というアナウンスが聞こえる。

 「あっ!急ごうか?」

 「そうだねぇ。でも、まぁ、慌てることはないよ。」

 数カ月ぶりに恋人に会える、とはやる気持ちを抑えきれなかったのは、カヲルの方だった。

 飄々と、悠然と、自分のペースを乱すことなく歩くのは、シンジだ。

 小走りになりがちなカヲルに、歩いたままでぴったりと着いていく。

 とても不思議な感覚・・・。

 折角差を広げたものの人の波に遮られて立ち止まったり、急ぐ余り道を間違えて後から来たシンジに指摘されたり・・・。

 結局、カヲルは今、ゆったりと歩くシンジの背中について歩いている。

 ゆっくりしているように見えて、確実だ。

 シンジに合わせていれば自分を取り戻せる。

 それは。

 まさしく、一流の音楽家のそれだ。

 彼は確実にその域に近づいている。

 その、証だ。

 (・・・なぁ、碇シンジ君よ。この一年で君と僕の立場は逆転していたのかい?)

 声を掛けるのは躊躇われた。

 聞けばきっと、”そんなことはないよ”と返ってきそうだった。

 「だって、カヲル君は独唱が多いじゃない。僕はみんなと合わせないといけないから。」

 何の邪気もなく、そう答えられそうだ。

 (違うんだ。声楽だって、曲と合わせることが必要なんだよ。それを、僕は最近悟ったばかりなんだよ・・・。)

 ちょっと声がよいから、と言ってそこら中を引き回され、つい天狗になっていた。

 声変わりの時期が来て仕事が減り、はたと気がつくと、音楽よりも闇社会に浸っている時間の方が長くなっていた。

 このまま落ちても構わない、この世界で行けるところまで行く、と自暴自棄になりかけたところに、また彼に会った。

 「ん?喉休めてるんだよね?」

 一言で、またやってみよう、と思う気になれた。

 彼と一緒にいると心が落ち着いた。

 そう、何も焦ることはない。

 まだ15じゃないか。

 そう思い直させてくれる。

 (ジュリオに僕の靴を磨いてもらう約束があるからな・・・。)

 カヲルはシンジの背中を透かして自分の未来を見つめていた。



 ・・・。

 だ、だからぁ〜っ!

 「こ、こんなの駄目だってばっ!

 私は思わず泣き声を上げた。

 直美ちゃんのデザインに従って準備された私の服は、水色のフィルムのような素材。

 勿論、胸とか腰回りとかには銀色のラメがあしらってあるんだけど、角度によっては下着見えるかもしれないじゃない・・・。

 「下着見られるの嫌だったら全部脱げばいいじゃないの。」

 ばっ!

 「馬鹿なこと言わないでよ〜っ。」

 「冗談よ、本気にしないでよね・・・。」

 直美ちゃんは真剣な顔で予備の生地をチェックし始めた。

 声掛けにくいかも・・・。

 「う〜ん、多分、これを上に掛ければ良いんじゃないかな?それから、中にちょっと深い青のドレス着てもらおうかな。そうしたらレイちゃんの希望に添えるし・・・。」

 ぶつぶつ、と文句のようなことを言っているのは、きっと、直美ちゃんの想像と違うのが出来てたんじゃないかと思う。

 やっぱり自作しないと、とか、せめて作る過程で一度見せてもらえれば、とか色々言ってる・・・。

 い、一応、これだって、こっちの一流の人がアレンジしてくれたんじゃないかと思うんですけどぉ・・・。

 全然恐縮してないっていうか、平気で文句言うその度胸。

 ちょっとだけ貸してもらえないかなぁ・・・。

 これから私、ステージに立つんですけど・・・。

 扉が開いて、誰かが何かを言ってくる。

 「そろそろ準備して、って言ってるわね。」

 渚君がつけてくれたイタリア人の通訳の人が流暢な日本語で説明してくれる。

 「わ、わ、ど、どうしよう・・・。」

 「レイちゃんはこの1着だけだから、そんなに慌てなくても良いわよ。」

 モデルの人達が慌ただしく着替えているその雰囲気にすっかり飲まれている私・・・。

 あぁ〜、やっぱり不安だよぉ〜〜。

 変なこと引き受けなければ良かったぁ〜・・・。

 でも、私が引き受けると思ったから上司がビジネスクラス、ぽ〜んと取ってくれた、って渚君が言ってたし・・・。

 ・・・あれ、すっごく快適だったわぁ・・・。

 ・・・だ、だまされちゃ駄目ぇ!

 こ、こんな調子でずるずる流されたら駄目駄目駄目ぇ・・・って、でも、結局直美ちゃんの思惑通りにステージ立つんだから私の意志の強さも底が知れてるわね、はぁ・・・。

 とりあえず、下に着るドレスを身につける。

 てきぱきと着替えを済ませて出ていく他のモデルさん達と違って、すっごく手際が悪い・・・。

 もっとスムーズに着替えないといけないわね・・・・・・って、ち、違うぅ・・・。

 こ、今回だけで終わりっ!

 絶対もう引き受けないっ!

 ・・・説得力、無い・・・。

 はぁ・・・。

 私は直美ちゃんに着替えを手伝ってもらいながら、”なんとなくこのまま続けちゃうんだろうな”って、半分諦めたように悟っていた。



Ladies and Gentlemen!

I'd like to thank, all of you, to coming our collection!

Today!

Very today!

You all, really, lucky.

You all, even us, have to give thank for all saints and the God.

I want to say, ・・・・・・NO, NO, NOOO!

We should!

Add her for new, very new, Saints.

Or!

WE MUST!

Call her.

GODDES!

All right, all right!

Don't worry!

I also do not want to wait you any more!

Please Advent!!

Please give us your smile!

Please smile for the every mortal!

Heeeeeeeeeere we areeeeeeeeeeeee!

"The great asset of Mardini"

"THE MYSTIQUE ORIENTAL!!!!!"




 一歩。

 進みかけて止まった。

 暗い。

 照明が落とされていて道が見えない。

 暗闇に目を慣らすために一度目を閉じる。

 それから顔を上げる。

 うん。

 行こう。

 とっても静か。

 何だか白けてるのかな?

 仰々しい紹介があった割に期待外れ?

 ・・・そうよねぇ・・・。

 他のモデルさんと比べたら全然・・・。

 ・・・って、人、帰ったのかも・・・。

 呼吸の音もしないわ・・・。

 あと、もう少しで、真ん中の丸い広場につくわ。

 練習でやったみたいに、そこで一旦くるっと回って、後は来たときと同じスピードで帰ればいいの。

 人が居ないなら、そんなに緊張しなくても良かったわ。

 履き慣れない高いヒールで足を挫かないように気を付けながら、焦らずゆっくり戻る。

 ふぅ・・・。

 何て事無いわねぇ・・・。

 まぁ、人が居たらこんなに平然と歩けないと思うけど・・・。

 控えに戻る前に、もう一度振り返って一呼吸。

 あぁ・・・。

 肩の荷が下りたわぁ。

 失敗だったけど、これでもう二度と頼まれることがないって思うと、駄目って思っても緊張がほぐれるわぁ・・・。

 出来るだけ表情は変えないで、って言われたけど、なんだか緊張しすぎると笑いたくなったりしない?

 意識しなくても表情が崩れていく。



 ・・・後悔って先に立たないから、”後”悔って書くんだったわ・・・。



 大地が揺れた。

 誇張ではなく、真に揺れた。

 伝統あるホールはその歴史が敢え無くなりそうなほど、気の毒なほど、激しく揺れた。

 それが表現だけのことでないことは、天井から振ってきた塵が雄弁に語っていた。

 声にならない、音。

 身体の奥から漏れ出す、魂の叫び。

 ようやく許された呼吸に感謝する脳細胞。

 肌が裂けるほど手を叩き、骨が砕けるほど足を踏みならしてもなお表現しきれない、圧倒的な感動。

 若年者はこの感動を表す言葉を知らないことを嘆き、年長者は新たな言葉を作れない自らの不才を嘆いた。

 自然に流れる涙。

 理由もなく許しを請いたくなるほどの決定的な神々しさ。

 『gracious!』

 より長くその微笑を目に焼き付けたくて、ただその一言だけを叫ぶ。

 『encore!!』 『encore!!』

 その声はやがて舞台の袖の向こうに消えていった女神への呼びかけに変わる。

 『bravo!!!』 『bravo!!!』 『bravo!!!』

 ・・・。



 東洋の小国で孤独をかこっていた少女は、今、天使の翼をはためかせ、世界の至宝へと華麗にその姿を変えた。


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