転校生 R
作 : Ophanim
第28話 豊かな、日常




 「レイ、夜食作ろうか?」

 私が二階に上がろうとすると、お母さんから声がかかった。

 「あ・・・うーん・・・今日は、いいかな?太ると嫌だし、ね?」

 私はくすっと笑って断った。

 「頑張るのもいいけど、無理はしないでね?頑張り過ぎは良くないわよ。」

 お母さんの言葉に、向こう向きのお父さんも少し頷いて賛成する。

 「ありがとう。気をつけるわ。」

 とことことこ、と階段を駆けて上がる。

 もうすぐ最後の模擬試験があるの。

 それが終わったら、いよいよ本番の試験。

 なんだか、受験生してるわ。

 えーと、この式はこれを代入して・・・。

 1492年にはえーと・・・。

 ・・・・・・。

 「レイ、お茶が入ったわ。」

 「あ、はい。ありがとう。」

 ちょっと、休憩しましょ。

 お母さんが淹れてくれた紅茶を手に取る。

 あつーい・・・。

 猫舌の私にはちょっと・・・。

 仕方ない、少し冷めるまで待ちましょう。

 碇君にもらったオルゴールをかける。

 綺麗な音がする・・・。

 両手を天井に向けていーっぱい伸びをする。

 お母さんの紅茶を飲んで、手作りお菓子を食べて・・・。

 さ!

 もう一頑張りしましょ!



 「そう言えば、そろそろバレンタインチョコ作らないと間に合わないなぁ。」

 2月に入って少しした頃、日の暮れかけた教室で、私達が他愛もない会話をしていると、直美ちゃんがそう言ってため息をついた。

 「ね。レイちゃんはバレンタインデー、どうする?あたし、今年はもう買って済ませることにしたわ。」

 ヒカリちゃんが聞いてくる。

 「私はもう送ったわ。」

 私がそう言うと二人とも驚いて私を見た。

 「えーっ!はっやーい。」

 「よくそんな時間があったねぇ・・・。さっすが、優等生は違うわね。」

 そ、そんなぁ・・・。

 何だかそう言う言われ方をすると一人だけ仲間はずれみたいで嫌だわ・・・。

 「わ、私一人じゃなくて・・・お、お母さんにも手伝ってもらって・・・。」

 この間、お母さんに無理を言って手伝ってもらったの。・・・後片づけを、ね。



 「そんな時間あったら勉強したらいいのに・・・。」

 お母さんは文句を言いながら台所の色々な場所にチョコレート用の容器を置く場所を空けてくれている。

 「だって、特別だもん・・・。」

 と、言いながら私の目はさっきから壁の時計ととっても仲良し。

 折角準備してもらっているのに、ふと気がつくと手が止まっていて、じっと時計を見ている自分がいる。

 「だから、作ってあげるって言ってるのに・・・。どうせ判らないでしょう?」

 見かねたお母さんが何度目かの同じ台詞を言った。

 「ぜーったいだめ!!

 私は慌ててチョコづくりに戻った。

 邪魔されないようにお母さんに背中を向ける。

 「じゃ、手伝ってあげない。」

 お母さんはすねたような口調で台所から出ていこうとする。

 私はチョコレートの小さな粒がはねた両手を合わせてお願いした。

 「お願いぃ・・・。手伝ってよぉ・・・後片づけだけ。」

 「い、嫌な子ねぇ・・・。」

 お母さんは思いっきり引きつった苦笑いをした。



 なーんてやりとりしながら作ったっけか。

 「すっかり忘れててさぁ。・・・どうしよう?」

 直美ちゃんはぶつぶつと、誰にともなく文句を言っている。

 「電話したらどう?受験もあるし、事情説明したら判ってもらえると思うんだけど・・・。」

 私が提案すると、直美ちゃんは

 「やだよ。高いじゃん?」

ってきっぱり断った。

 「はっきりしてるわねぇ。そこまできっぱり言われるとかえって気持ちいいわ。」

 ヒカリちゃんがそう言って笑ったので私もつられて笑ってしまった。

 直美ちゃんは服や靴にとんでもないお金をさらっと出すかと思うとこういうところで妙に細かかったりしてとっても不思議。

 「何よぉ、笑うことないじゃないの・・・。」

 直美ちゃんがぷーっとしながらそう言うのがおかしくてまた笑ってしまう。

 「ところでさ。大和さんには何かあげるの?」

 うーん・・・それが悩みの種なんだけど・・・。

 年賀状は届いたんだけど、以前”是非来てください”って誘っていただいていた新年会にはご招待いただけなかったのよね。

 どっちみち、忙しかったしあんな事があった後で行けなかったとは思うんだけど・・・。

 何か私、失敗したかもしれないわね・・・。

 「えぇ。もう出来ているから後は渡すだけなんだけど・・・。この前のことがあるから行き難くて・・・。」

 私は消せるものなら消したい記憶を辿った。

 「郵送にしたら?」

 事情を判っていないヒカリちゃんまでが私のことを心配してくれるのがとても嬉しい。

 「失礼じゃないかしら?」

 私は心の中では半分くらい賛成しながら最後の確認をしてみる。

 「事情が事情だし、判ってもらえるでしょ?」

 直美ちゃんがそっと背中を押してくれる。

 「うーん・・・じゃ、そうしようかしら?」

 私は心の中で大和さんに”ごめんなさい”を言いながら、郵送にすることを決めた。

 「速達にしたら?」

 直美ちゃんがにこにこ笑いながらそう提案する。

 「やだ。・・・高いから。」

 私がそう言うと、二人はそれを待っていたように、あはははははは、と笑った。

 「決めた!あたしは買って済ませる。で、送るのが少し遅れたことにして、15日に買う!

 そうすれば良いのが安く買えるもの、って直美ちゃんが笑う。

 うわぁ・・・。

 そ、そこまで・・・。

 私が思っていることを感じ取ったみたいに直美ちゃんが付け加える。

 「だってさぁ、最近夜食にお金使うから厳しいんだもんね。」

 「あ、それある!夜遅くてさぁ・・・。」

 ため息混じりに話した直美ちゃんにヒカリちゃんが即座に同意した。

 直美ちゃんとヒカリちゃんは夜更かしするみたいね。

 「レイちゃんは?」

 どうなの?ってヒカリちゃんが聞いてきた。

 「わ、私は夜食は作らないから・・・。」

 規則正しく、が一番って、お母さんも言うし・・・。

 それに、夜食べると太るんだよ?

 ふぅん、と気が無さそうに聞き流す直美ちゃん。

 うーん、素っ気なかったかしら?

 「そうそう、レイちゃん、ヒカリちゃん、ごめんね。あたし、私立に決めるわ。KI。」

 「「え!」」

 私とヒカリちゃんは驚いて直美ちゃんを見た。

 KI女学園は私立女子校。

 制服が直美ちゃんが自分で作ったデザイン。

 大学進学率はそれほど高くなくて、付属のデザイン専門学校に進む人が多いの。

 「うん。カヲルに相談したら、別に失敗したっていいんじゃないの?ってあっさり言われたのよ。」

 あははは。

 「ど、どさくさに紛れてのろけないでよぉ!

 「おぉおぉ、レイちゃんも言うようになったわ。」

 直美ちゃんは嬉しそうに笑う。

 もぉ・・・。

 「まぁ、そうしたら、急に気が楽になってね。本格的にデザインの道に進むことにしたわけ。のろけって言われるかもしれないけど、実際、一人で悩むより同じ方向見ている人と一緒に相談した方がいいんじゃないかしら?」

 あ・・・。

 それって、もしかして私に言ってる?

 「そうよね。あたしもトウジと話して、女医目指すことに決めたのよ。あいつ、やっぱりそっちの方は詳しくてさ。”医者やったら会っとる暇無いで?”とか言うのよ。でもさ、肝心の時に他の医者に任せたくないじゃない?だから、って言ったら、”こっちは気付かれんと浮気できるほど器用やないから、心配すんなや”って。無理かもしれないけど、やれるところまでやってみるわ。」

 はぁ・・・。

 結構みんな将来の相談とかするのね。

 私は文集に”通訳になりたい”って書いたからもう良いけど・・・。

 碇君も、”細かいことに拘らないでやりたいことをやって欲しい”って言ってくれたし。

 ・・・んー・・・。

 なんか、曖昧?

 私だけ、あんまり励まされた気がしないのは、私が悪い子だからかな?

 「で、でもさ、直美ちゃん、デザインだけじゃなくて、脚本とかの才能もあるから、デザインだけにするのはもったいないと思うんだけど・・・。」

 合同祭の時のオリジナルシナリオは贔屓目じゃなくて良く出来ていたと思う。主役になるのが嫌だ、と思いながら読んだ私が「いい」、って思えたんだから・・・。

 「だけど、もう勉強するの嫌なんだよぉ・・・。あたしはお二人ほど成績良くないの。」

 直美ちゃんはそう言って胸を張った。

 「ま、レイちゃんは確かに勉強しているし、それに見合った成績だけどね、あたしはどうだかね。やってる割には成績伸びないし・・・。」

 ヒカリちゃんがため息混じりにそんなことを言った。

 「わ、私だってそんなに伸びてないよ〜?」

 「まるであたしが勉強やってないみたいな言い方よね?」

 直美ちゃんがヒカリちゃんに文句を言う。

 「勉強してるの?」

 「してないに決まってるでしょ?」

 あはははは、と直美ちゃんが笑いながら答えた。

 私たちもつられて笑う。

 直美ちゃんがいると本当に楽しいわ。

 「その割には成績いいわよね?」

 直美ちゃんは20番くらいから落ちたことがない。

 「ヤマかけるのは得意だからね。」

 えっへん、とまた直美ちゃんは胸を張る。

 それはそれで凄い才能かも。

 直美ちゃんって、そういう才能があるんだ。きっと。

 効率よく、綺麗にまとめる才能。

 だから、デザインがシンプルにまとまるし、脚本を書かせてもまとまりのある文章になるし、試験勉強も効率よく要点をまとめられるんだ・・・。

 「まぁ、でも、あたしはデザインにするって決めたんだから、まずはそっちに集中するわよ。一辺に色々出来るほど器用でもないし・・・。」

 「じゃあ、夜食食べるほど何しているのよ?」

 ヒカリちゃんが直美ちゃんに聞く。

 そう言われてみればそうよねぇ・・・。

 「デザイン書きためてるのよ。勿論、学校でまた一通り習うんだろうけど、あぁいうのって、感性の問題になるじゃない?基本は大事だけど、先生についてしまうと個性を忘れがちだから、自分の色をどこかに残しておきたいの。そうすれば、いつかそれを見直したときに原点に戻れるでしょう?」

 直美ちゃんは迷いを振りきったような、清々しい顔を見せてくれた。

 これ以上言っても迷わせるだけだよね。

 何より、直美ちゃん本人がこんな凄くいい顔見せてくれるんじゃ、何も言えないよ。

 「うん、判った。応援する。」

 「あたしも。」

 私達は”その代わり高校違ってもずっと友達だよ?”と確認し合った。

 いつものように、鈴原君がトレーニングから帰ってくると、家に帰る時間。

 ヒカリちゃんと鈴原君と別れて、直美ちゃんと二人で帰る。

 「あ、そうそう。レイちゃん、相談があるんだけど。」

 ぴた、と足を止めて直美ちゃんがそんなことを切り出す。

 「うん。なんだろ?」

 お義母様から戴いた赤いコートは寒さを完全に遮断してくれる。

 寒い中に立ち止まっても、全然辛くない。

 「あのね、カヲルがね、本気でデザインのことするなら、イタリアの知り合いを紹介してくれるって言うの。」

 「うんうん。」

 そういえば、イタリアはファッションの国でもあるものね。

 夏に写真を見せたときも直美ちゃん、興奮してたっけか・・・。

 「で、あたしのデザインした服とかをちょっとしたコレクションとかで発表させてくれるらしいのよ。」

 「わぁ、凄く良い話じゃない。」

 直美ちゃんは目を輝かせてとっても幸せそう。

 私もつられて微笑んでしまう。

 「でしょでしょ?協力してくれる?」

 にこっとした顔を私にぐぐっと押しつけてくる直美ちゃん。

 「・・・?」

 そ、そういえば、何か、協力する話だったのよね?

 何か、良くない予感・・・。

 「だからね、あたしのデザインした服を着るモデルになって欲しいの。」

 「え〜〜っ!?

 やっぱり、そう言う話ぃ〜??

 「お願いっ!一生のお願いっ!!

 直美ちゃんは頭を下げ、両手を頭の上で合わせて私に”お願い”をしている。

 でも、駄目!

 「・・・やだ。向こうの人に頼めばいいのに。綺麗な人一杯いるし。」

 同じ人間と思えないわよね〜。

 ちょっと、ずる、って思う・・・。

 「あたしはレイちゃんが良いの!それに、そんなのお願いしたらどれだけお金かかるか判らないもの。」

 「む・・・や、安上がりですか・・・。」

 なんだか、今日の直美ちゃんはとことん”経費削減”の人なのね・・・。

 「ほ、ほら、言葉だって通じるしさ。サイズ取りとか、どこがきついとか、仕立ての時とかでもスムーズじゃない。」

 私が気を悪くしたと思ったのか、直美ちゃんは慌てて言葉を繕った。

 う〜ん、でも、怒ってるわけじゃないのよ?

 ちょっと、嫌なの。

 あ、髪の色のこともあるけど、それだけじゃなくて・・・。

 「でも・・・。」

 「やっぱりね・・・。はぁ、絶対断るんじゃないかと思ったんだ・・・。」

 私が口を開きかけると、直美ちゃんは案外あっさり諦めてくれた。

 良かった。

 今日は物分かりが良くて・・・。

 「うん、ごめんね・・・。」

 「あ〜あ、折角カヲルが持ってきてくれた良い話だけど、断るしかないわね。」

 私が笑顔で謝ろうとした瞬間、直美ちゃんはとんでもないことを言った。

 「え、え??」

 「あ〜〜〜あ〜〜〜、親友に裏切られ、あたしの夢は消えるのね〜〜〜。」

 わざと大きな声で悲劇っぽく嘘泣きをする。

 それでも、内容が内容だけに、私もあんまり冗談っぽく笑えない。

 「ちょ、ちょっとぉ・・・。」

 「だいたい、どうして嫌なのよっ!?

 直美ちゃんはきりっと振り返って私を恨みがましく見つめる。

 う・・・。

 で、でも、もう、私、断るって決めたんだもんっ!

 「・・・私、見たもん。」

 「ん?」

 私の言葉に、直美ちゃんが首を傾げる。

 「ファッションショーの服、この前お母さんがインターネットで見ているの、見たもん。」

 「え?それがどうかした・・・って、あ・・・。」

 直美ちゃんはちょっと考えただけですぐに何のことか判ったみたい。

 やっぱり・・・。

 「あ〜〜んな透け透けの服着せられたりするんでしょっ?下着も付けないでっ!私、絶対嫌っっ!!

 「わ、わ、そんなの、たまにしか着ないって・・・。」

 「たまにでも嫌っっ!

 「わ〜、お願い。あんなの作らないから・・・多分。」

 「やだやだやだっ!

 「お願い〜〜。」

 私は家に向かって逃げるように走る。

 本気じゃなくて、ただ、走る。

 直美ちゃんが追いつけるくらいの速さで、二人で笑いながら走る。

 ずっと憧れていた生活が、今こんなに身近にあることを心底幸せに思っていた。


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