転校生 R
作 : Ophanim
第22話 宴の席で




 「立食形式だから好きなものをとっていいよ。」

 大和さんは私達を連れて会場に入った。

 香ばしい匂いが部屋の中を満たしている。

 でも、それに負けないくらいの、香水の匂い・・・。

 くらくらするような煌びやかな世界を目の当たりにして気後れしている私を取り残すように、直美ちゃんは目を輝かせた。

 「、あれって、鳥???丸焼き??

 「うん。食べる??」

 「食べる食べるっ!

 大和さんの腕にすがるようにして七面鳥の丸焼きをねだる直美ちゃんは、いかにも場違いだったけど、私にはそれがとても羨ましい。

 直美ちゃんはどんな形にしろ、とにかくこの風景に溶け込んでいる。

 それは、場違いではあっても、”浮いて”はいない。

 私は、と言えば、まるで映画か絵画を見るかのような感覚がしてとても現実の世界を見ているような気がしない。

 まして、その配役に自分を当てはめて考えることなど、思いもよらない・・・。

 突然、絵の中から手が伸びてきた。

 「はい、レイちゃん。」

 直美ちゃんが私の分までもらってきてくれたんだ、と気づくのにかなり時間がかかった。

 「あ、ありがと・・・。」

 「綾波さん、他に食べたいもの、ある?」

 大和さんも直美ちゃんに負けないくらいたくさんのお肉を持って来てくれた。

 うー・・・これじゃ太っちゃう・・・。

 「あの・・・何かお野菜・・・あ、あれ?何かしら?」

 私はオレンジ色のスティックお菓子のようなものを指差した。

 「あ、あれ?あれはキャロットスティックだよ。食べてみる?ドレッシングは?」

 大和さんはキャロットスティックを、それがたくさん入っていた綺麗なカップごととってくれた。

 「いりません。これだけで・・・。」

 私はカップごと受け取ると、早速一本齧ってみた。

 うん。

 美味しい。

 甘い感じがする・・・。

 「いいの?兎さんみたいで可愛いけどね。」

 大和さんは私を見てそう言った。

 「肉食べないと大きくならないわよ?」

 後ろから直美ちゃんが茶化してくる。口の周りに肉の脂がべっとり・・・。

 「あ、後で食べるわ。それより、直美ちゃん、口、口!」

 私はポケットからハンカチを出そうとした。直美ちゃんはそれより早く、

 「ん?あ、ほいほい。」

と言うなり掌で拭ってしまった。

 「豪快だねぇ。見ていて気持ちが良いよ。」

 大和さんはナプキンを直美ちゃんに手渡しながら笑っている。

 直美ちゃんは”もごもご(ありがと)”と言いながら受け取る。

 いつの間にかまた何か詰め込んでいたみたい・・・。

 「だぁって、ねぇ。もとがこんなだもの?気取ってたってしょうがないじゃん。」

 直美ちゃんはその言葉通り、気取らずに素のままで行動している。

 でも、私は・・・。

 こんなに人がたくさんいるところに来たことも少ないし、どう振舞ったら良いのかも、判らない・・・。

 私はカップに広がるキャロットスティックに目を落とした。

 一本手に取り、しげしげとそれを眺める。

 ふぅん。人参を細長く切っただけで出来てしまうんだ・・・上品だけど、割合簡単なのね・・・。

 ぽりぽりぽり・・・。

 ん?

 白いのは?

 ・・・ぽり・・・。

 大根?

 へぇ・・・。

 美味しい。

 ・・・そうだ・・・。

 こうやって、料理とか覚えて、碇君に何か作ってあげよう。

 私は料理を少しずつつまみ食いしながら時間を潰すことにした。

 「綾波さん、何か取って来てあげるよ。何がいい?」

 大和さんが料理の周りをうろうろし始めた私を目聡く見つけてそう言ってくれた。

 「あ、はい。ありがとうございます。で、でも、あんまり気を遣わないで下さい。他のお客様もいらっしゃるし・・・。」

 私は壁のように見える人の群れを見回しながら言った。

 ”いいんだよ、別に・・・”と、大和さんが言いかけた時、大和さんより少し小さめの、立派な身なりの人が現れた。

 「こんなところにいたのか、マサハル。ちょっとこっちに来なさい、ご挨拶申し上げろ。」

 渋い声がしたかと思うと大和さんに隠れて見えなくなってしまった。

 「判ったよ。父さん。」

 え!

 じゃ、じゃあ、あの人は大和さんのお父様?

 「あ、じゃ、綾波さん、また後で・・・。」

 離れて行く大和さんに小さく手を振ってみる。

 「レイちゃん、あれ美味しそうだよ。あれ食べよ!

 ぐいっ!

 「危ないよぉ・・・。」

 直美ちゃんに引っ張られて、もう少しでお皿落とすところ・・・。

 それに、みんなぐるりを取り囲んでいて、何があるのか見えないわよぉ。

 「みんなが集まっているから、美味しいんだよ、きっと。だから来たんだってば。」

 えぇ!?

 ・・・うーん・・・。

 「はい、どうぞ。」

 壁がくるぅん、と回ったかと思ったら、私達のお皿に何かの皮で包まれたお野菜が乗っていた。

 「あ、ありが・・・あ、あれ!?確か・・・。」

 直美ちゃんはその人の顔を指差した。

 知ってる人?

 「あの、ほら、レイちゃんが大和さんと最初に会ったとき、いた・・・。」

 「あ、覚えててくれた?嬉しいなぁ。」

 あー、そう言えば・・・。で、でも、名前、覚えて無い・・・。

 「あの時はどうも・・・。」

 「いや、また会えて嬉しいなぁ・・・。」

 直美ちゃんは覚えてるのかな?

 二人の間では会話が成り立ってる・・・。

 和気藹々とした雰囲気。

 折角知っている人が出てきても、また溶け込めない私。

 私って、つくづく社交性、無いのね・・・。

 「ところで、ごめんなさい。名前、覚えて無いの。」

 ほえ???

 な、直美ちゃんって名前も知らないでこんなに話し続けられるの???

 「僕は吾妻。吾妻シンジ。確か、”なおみ”ちゃんじゃなかった?」

 「当たりぃ!凄い凄い!!私、長門、直美。で、こっちは・・・。」

 「ああ、綾波さんだろ。マサがいつも話してるって・・・。」

 私は”碇君と同じ名前なんですね”と言おうとしたけど、どうしてもタイミングがつかめなかった。

 そうこうするうちに、二人は色々の話で盛り上がり始めて、私は一人残された。

 ぽつーん・・・。

 ・・・ぱりぽり・・・。

 あ、これ、美味しいわ・・・。

 何かの皮・・・鳥の皮かしら?

 「や、お待たせ。やぁ、北京ダック食べてたんだ。僕ももらおうかな。」

 大和さんが帰ってきた。

 へぇ・・・これ、北京ダックっていうんだ・・・。

 「マサ、直美ちゃん借りてていいかな?」

 「綾波さんは僕が案内するから別に大丈夫だと思うけど・・・でも、あんまり長いこと話しこむなよ。もうすぐプレゼント交換するからな。」

 吾妻さんはそんな大和さんの声に送られるように、直美ちゃんと一緒に人ごみに紛れていった。

 「綾波さん、お腹すいたんじゃない?それとも、フルーツがいい?」

 大和さんは気を取り直したように私に話しかけてきた。

 「え、えぇ、少し・・・。それじゃ、パスタ、もらえます?クリームソースとかあると嬉しいな・・・。」

 私はそれからしばらく、大和さんと楽しく会食した。

 大和さんと一緒にいるおかげで、ようやく私も風景に溶け込んだような気がする。

 「さて、と。もうちょっとしたら本当にプレゼント交換だって言うのに、吾妻の奴、どこまで行ったかな???」

 大和さんは時計と睨めっこしながら背伸びした。

 「あの、じゃ、今のうちにお手洗い、行きます。どこですか?」

 ちょっと髪とか整えたいし・・・。

 「ん?あ、あそこ。あのドア抜けて、すぐだよ。僕はここにいるから。」

 「ありがとうございます。」

 ふぅ・・・。

 汗もかいたかしら?

 顔を洗って、手を拭いて・・・。

 「ちょっとあんた!

 は、はい!

 急に声をかけられて、私は返事をしようとしたけど出来なかった。なんだか、この人、怒ってる・・・。

 私、何かしたかしら・・・?

 「なんであんた、あの人と仲いいわけ?あんた誰よ?」

 え、え?

 わ、私、あなたのこと、知らない・・・。

 「あ、あのぉ・・・どちら様・・・?」

 「あたしのことはどうだっていいの!なんであんたがマサハルと仲が良いのよ!

 知らない女の人はむっとした顔でお手洗いの入り口を塞いでいる。

 ど、どうしよう・・・逃げられない・・・。

 「あ、そ、その、わ、私、今日はご招待されて・・・。」

 「そんなみっともない格好で来てたらそのくらい判るわよ!

 み、みっともない???

 え?え?

 私は自分の格好を見回した。

 普通のワンピース・・・た、確かに、他の人に比べれば、大人しいかも・・・。

 「で、でも、今日は、大和さんに・・・。」

 その言葉はかえって逆効果だったみたい。

 女の人は本格的に怒り出したみたいで、顔を真っ赤にして、つかつか、と私の方に近寄りかけた。

 「だから、なんで・・・。」

 じゃーーーーーーーーーーー!

 不意にトイレから水を流す音がした。

 「はぁあっと!すっきり!!

 直美ちゃんだった。

 虚を突かれた形になった女の人が立ち止まる、その間を・・・私と女の人との間を平然と通り抜けて手を洗う。

 「あ!ちょうど良かった。ハンカチ持ってない?あたしさぁ・・・。」

 直美ちゃんはするするっと私の手を取ると素早く私を出口に押し出した。

 「あ、ごめんねぇ。手が濡れてて・・・。」

 外まで響くような大声をあげながら、直美ちゃんは私をお手洗いから連れ出した。

 ・・・??

 !そうだ!!

 「あ、あの。ハンカチ・・・。」

 「そんなの、持ってるわよ。」

 え?

 直美ちゃんはポケットからするするっとハンカチを取り出すとぱんぱんっと手を拭いた。

 「やぁれやぁれ、大変なことに巻きこまれているわねぇ。」

 「あの人なぁに?どうして私、怒られたの??」

 私が聞くと、直美ちゃんは呆れたように私を見た。

 「判らないの?大和さんを狙ってる人もいるってことよ。」

 そ、それはいくら私だって判るわよ・・・。

 「でも、私は別に大和さんとおつきあいしているわけじゃないのに・・・。」

 「そんなの、他人から見たらわかんないじゃない。」

 そ、そうかしら???

 「だぁって、他の人、見てみな?タキシードみたいの着てる人ばっかりでしょ?」

 う、うん。

 確かに、他の人達は絵本で見た舞踏会で着ているような綺麗な服を着ている・・・。

 「そんな中に”みっともない”私服で紛れこんでるのよ、私達?特別に招待されたって、ばればれじゃない。」

 でも、それは、みんなが大人だから・・・。

 「さっきレイちゃんを脅かしていたの、高校生くらいだと思うよ?」

 う、嘘!

 「だ、だって。お化粧してたよ???」

 「今時の女子高生は化粧するわよ、当たり前じゃない。中学生だって化粧覚えてるっていうのに・・・。」

 て、てっきり大学生くらいの人だと思った・・・。

 「で、でも、偶然直美ちゃんがいてくれて助かったわ。どうなるかと思って・・・。」

 「偶然じゃないわ。」

 え?どういうこと?

 「あの人、判らない?私達を追い越して行った車、あったでしょ?あの危ない運転の。あれに乗ってきた奴だったから、顔覚えてたのよ。そしたら、レイちゃんの方じーーっと睨んでいたからね。レイちゃんがトイレに向かっている間に先回りしたのよ。」

 直美ちゃんはふふん、と自慢気に胸を張った。

 「どうして?」

 私が聞くと直美ちゃんはずるっとバランスを崩してしまった。

 「だ、だからぁ!因縁つけるだろうと思ったのよ。」

 直美ちゃんはそう言いながら私にウィンクした。

 「あ、じゃ、知ってて助けてくれたの?」

 「今頃気づかないでよ!

 直美ちゃんは吹き出してしまった。

 だ、だってぇ・・・。

 「ごめんなさい。私、直美ちゃんが偶然お手洗いに行きたくなったんだと思ってて・・・。」

 「だったらその前に流すもの出した音がするでしょう!?

 や、やだ、恥ずかしいから大きな声で言わないでよぉ・・・。

 私は首を引っ込めながら周りの様子を窺った。

 幸い、大きな声だったのは直美ちゃんだけだったので、話の流れは聞かれていなかったみたい・・・。

 良かった。

 私はもう一度周りを見渡した。

 あ!

 さっきの人だ・・・。

 ちょっと顔が強張る。

 その人は大和さんの近くにいた。

 ここから見たら、さっきと同じ人と思えないほど、可愛らしい笑顔をしている。

 「別人みたい。猫かぶって・・・。」

 直美ちゃんが怒ったように囁いた。

 「判らないわよぉ・・・。さっきのが虎をかぶってたのかもしれないんだし・・・。」

 私が囁き返すと、直美ちゃんは人差し指と中指で私のおでこをぺちっと叩いた。

 ・・・痛い(涙)。

 「レイちゃんのお人好しにも困ったものねぇ・・・。」

 直美ちゃんのため息が呼んだのか、大和さんが私達を見つけてこっちに歩き出した。

 その途端・・・。

 背筋がぞくっとした。

 さっきの女の人が、あからさまに判る激しい憎悪の目で私を睨みつけていたから・・・。


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