転校生 R
作 : Ophanim
第20話 暖かい冬




 テープは再び回り始めた。

 「・・・さて、今の子、どう思います?」

 「ま、良い子でしたな。残念ですが・・・。」

 「ほぉ、それでは先生もやはり・・・。」

 「はい、不合格でしょう。成績も性格も申し分ありませんが、あの髪では・・・。」

 あ・・・。

 私が見ている前で、お母さんが一瞬だけ肩を落とした。

 ごめんなさい・・・。

 やっぱり、私のせいです・・・。

 一人で立ち直って”強くなった”つもりでいた・・・。

 私一人でここまでこられたわけでもないのに、いつの間にか、自分勝手な都合で振り払っていた。

 それは、自分の都合で落ち込むのとそれほど大きな違いはない。

 むしろ、見た目に平気そうに見える分だけ根が深いかもしれないわ。

 いくら私が”もう気にしてない”と言っても、私がこの先も一人で生きていくわけではない以上、私だけが強がっても意味がない。

 お義母様、ありがとうございます。

 これを一緒に聞いていなければ、私、ずっと勘違いしていたかもしれません。

 強さと、孤独とを・・・。

 「特例と言うわけにはいきませんか?」

 しばらく沈黙していたテープから、あの馴れ馴れしかった先生の声が聞こえた。

 「一人許せば後は無数に出てきますからな。”生まれつき茶色なんです””金なんです”赤です青です・・・。きりが無い・・・。」

 「同感ですな。何せ特例の対象があんな色では・・・。」

 「理由はどうするんです?」

 「素行不良でいいでしょう。実際髪を染めたり、外国人の異性と交遊したりしているわけですから。」

 「そうですな。私の入手した資料によると喫煙歴もあるとか無いとか・・・。」

 「はぁ・・・人は見かけによらんもんですなぁ・・・。」

 「全くです・・・。」

 はははは、という笑い声とともに、椅子が片づけられる音。

 面接会場が複数用意してあったりして、時間に余裕があったのが幸いして、(あ、私にとっては災いして、だけど)こんな”後日談”が手に入ってしまった・・・。

 よく調べてるわ・・・さすがに・・・。

 これじゃあ、髪の色がどうこうする前に落ちていたかも・・・。

 「・・・なによ、これ?」

 「ひどいわね。」

 お母さんが、お義母様が怒ってる。

 私のせい?・・・よね・・・。

 「ご、ごめんなさい・・・。」

 私が謝ると、二人は苦笑いをしながらこっちを見た。

 「レイちゃんは悪くないわ。チトセ、抗議しましょう。」

 「そうね。」

 二人はむっとした顔のまま話し合いに入ろうとしてる。

 なんだか申し訳ない。

 「あ、いいんです。特別に入りたかったわけでもないし・・・。」

 私は慌てて二人を宥めようとした。

 「だめよ。こんなあることないこと言われて、黙っていられないわよ。」

 お義母様は私よりも真剣に怒ってる・・・。

 うーん・・・なんて言ったらいいのか・・・外国人っていうの以外は全部あることなんだけど・・・。

 「そうよ、煙草なんて吸うわけ無いわよね?」

 あう・・・。

 お母さんはよりによってすっっっっごく答えづらいことを聞いてくれた。

 ご、ごめん、お母さん・・・。

 即答できずに俯いている私を見て、その目がきゅーっと細くなる。

 「なによ?あんた、まさか・・・。」

 「そ、その・・・い、一本だけ・・・。」

 恐る恐る指を一本立てる私を、馬鹿っ!という声が襲う。

 私の頬も大きな音を立てたので、その声はちょっと遠くから聞こえたように感じた。

 「ご、ごめんなさいっ!!・・・で、でも、本当にちょっとだけなの・・・見せただけ・・・。」

 二人とも呆れてる・・・。

 情報が根も葉もないことばかりじゃないことが判って、拍子抜けしているみたい。

 「全くもう・・・何を考えているのよ・・・。」

 「シンジが知ったら悲しむわよ?」

 お母さんとお義母様は何とも言えない情けない表情で私を見ている。

 何だか悲しい・・・。

 「で、でも・・・そのぉ・・・実は、・・・碇君に見せるために・・・一本だけ・・・。」

 私は今日初めてその時の話を二人に説明した。

 「あ・・・あの馬鹿っ!!私にそんな大事なこと黙ってたのねっ!!しかも、どうして信じてあげられないの!?

 お義母様は今度はかんかんに怒ってしまった。

 わ、わ、話さなければ良かったかも・・・。

 「だ、だけど、あ、あれは私が悪くて・・・。そ、その、碇君は悪くないと思います・・・。」

 「あんたもあんた!どうして今の今まで黙ってたの!?

 私はこれもまたかんかんに怒っているお母さんから耳を引っ張られた。

 い、痛くて涙が出る。

 痛くて、悲しくて・・・。

 悲しすぎて、ずっと黙っていたことを、つい話してしまった。

 「だ、だって・・・お母さん、折角・・・折角良いところに引っ越して来れたって・・・あんなに喜んでいたのに、言えないじゃない・・・そんなこと・・・。」

 ずっと、心の奥にしまっていたのに、どうして話してしまったんだろう。

 どうして、放して、しまったんだろう・・・。

 言えば、きっと一層負担に思わせるだけだと、判っているのに・・・。

 とうとう私は泣き出してしまった。

 「あんたって子は・・・。」

 「いい子過ぎるくらいね。」

 静寂に包まれた部屋の中に、私のすすり泣きの声だけが響いていた。



 凄く長い時間が経ったような気がする。

 いつもよりもずっと紅くなった私の目の前で、お母さんとお義母様が今後の対策の話を始めた。

 「今のところ、どうにも動きようがないわ。推薦してもらえるかどうかも怪しいから。」

 お義母様はそう言って、”じっくり待つしかない”と結論づけた。

 「どういうこと?」

 「推薦した生徒が落ちるっていうことは、中学校としては出来れば避けたい問題なわけよ。来年度以降の推薦枠を減らされたりとかするし。」

 そ、そうなの?

 そうなんだ・・・それじゃあ、生駒先生があんなに取り乱したのも、判る気がする。

 産休中の間、仮に引き受けただけの生徒なのに、落としてしまったら、葛城・・・加持先生だけじゃなく、学校にも来年以降の生徒にも申し訳ないし・・・。

 なんだか、申し訳ないことをしてしまったみたい。

 明日謝りに行こう・・・。

 「そう?でも、今度受けるところは市立よ?私立の結果は忘れても良いんじゃないの?」

 お母さんは出来るだけ前向きに考えようとしているようだった。

 「はぁ、やっぱりチトセも私と同じようなこと考えたわね。私もそう言ったら、”コンピューターばっかり相手にしているから”って言われちゃったわよ。」

 お義母様は苦笑いをして頭を掻いた。

 きょとんとしているお母さんに、お義母様が説明を始める。

 「先生達だって人間だから、今度受験に来る生徒が前にどこかの面接受けていたらその情報欲しくなるでしょう?そんなわけで、学校って意外と連絡取り合ってるのよ。私立と公立でも。だから、最悪の場合、全ての高校から門前払いを食ってしまうってわけ。」

 「そ、それって、面接の事よね?」

 お母さんが真っ青な顔で聞く。

 「違うわ。申請しても受験票が届かない、ってこと。形式的には書類審査を兼ねているから、そこで落ちたことにされるかもしれない、ってこと。」

 お義母様の一言は、多少楽観的に構えていた私の心に厚い雨雲を起こすには充分過ぎるほどだった。

 私の顔が曇ったのを見て、お義母様は急に笑顔を作った。

 「まぁそうなっても、大学は受けられるんだけどね。やっぱり、何かと高校に行っていた方がいいでしょうから・・・。」

 お義母様は小さくため息をつきながら私の方を見た。

 「は、はい・・・。行きたい・・・です・・・。」

 神妙になる。

 しーんとした静寂の中、ぴんこーん、と陽気な時計の鳴る音が響く。

 「あら?もう、こんな時間?お夕飯どうする?」

 「そうね、レイの今後のこともあるし、今日はお外で話しながら食べない?」

 二人は時計を見てもう夕飯の準備を諦めたようだった。

 お義母様がお義父様に電話をしに部屋を出ていく。

 あぁ、それだったら、なんとなくパスタとか食べたいかも・・・。

 「レイちゃん、イタリア料理でいいわよね?」

 ついでにお店の予約をしてたらしいお義母様の声が微かに聞こえてくる。

 「あ、、は、はいっ!今食べたいと思ってたんです・・・。」

 「本当に?合わせて言ってるんじゃないの?」

 お母さんが不思議そうに私を見た。

 私が答えに困っていると、お義母様が私に代わって説明してくれた。

 「今日は絶望に近いくらい寂しいことがあったんだから、恋人のことを考えて当然でしょ?そしたらさぁ・・・。」

 ・・・す、凄い・・・。

 私自身でも判らない気持ちの流れをちゃんと汲み取ってる・・・。

 「なるほどねぇ。」

 「まぁ、そのうち家の娘になるんだから、このくらいはね。」

 ふわさっ、と柔らかい香りと一緒に私の目の前が暗くなった。

 「ちょっと、何よそれ!?

 「だから、コートだってば。」

 えっ!?

 私は慌てて頭の上に乗っている服から頭を出した。

 途端に広がる、紅い世界・・・。

 ・・・真っ赤な、コート。

 「着てみてくれない?」

 「は、はいっ!

 わ、ぴったり!

 それに、とっても暖かぁい。

 私はお義母様に言われるままに腕を伸ばしたり手を上げたり、くるっと回らせたりさせられた。

 だけど、少しも嫌な感じがしない。服にも違和感が無かった。

 「それにしても、あんた、こういう色も似合うのねぇ・・・。」

 お母さんは感心している。

 「ほんと?似合ってる???」

 えへぇへ・・・。

 私は何度もくるくる回ってみせた。

 「気にいってくれた?」

 「はい!勿論!

 早速今晩のお出かけに着ていこうっと!!



 静かなBGMが流れる中、私達はちょっと遅目の夕食を摂っていた。

 「バチが当たったってことでしょ?自分が選んでもらう立場だっていうこと、少しはわきまえなさい。」

 お母さんはちょっとおどけたようにそう言ってくれた。

 気を紛らそうとしてくれているのが判って嬉しい。

 「そうだな。高校に行けない、と言うことも、ある程度覚悟しておいた方がいいかもしれないな。」

 お父さんも珍しく真剣な表情でそう言った。

 「高校、行かないってこと?」

 「大検っていう手があるからね。相当頑張らないといけないけど、大学には行けるわ。」

 お義母様も一旦お食事を中断して会話に参加する。

 大検って、自宅で勉強できていいように思うけど、そんなに楽なものだったらみんな高校行くはずがないものね。

 あ!

 良いこと思いついちゃった!

 「大検の勉強、イタリアでやったら駄目かしら?」

 碇君と一緒に暮らしたりして、えっと、ご飯作って待ってたりとか、一緒にお買い物とか・・・。

 わ、わ、すっごくいいかも・・・。

 「碇。うちの娘はこんな事を言ってるが、下手をすると中卒になる娘だぞ?それでもいいのか?」

 あ・・・。

 そうだわ・・・。

 私はすっかり恋人気取りでいるけれど、結婚するとなったら相手の親御さんの気持ちや立場も考えないといけないわよね。私の気持ちや都合だけで決めて良いようなことじゃなかった・・・。

 ちょっと反省・・・。

 「それ言ったらうちのシンジはもう中学中退じゃないか。そっちこそそれでいいのか?」

 ゲンドウ叔父様はふざけたような口調でとても大切なことを口にした。

 「ふん。決めるのは私じゃないからな・・・。」

 え?

 お父さんは私の方をじっと見ている。

 私が決めて、いいの?

 深呼吸をして、おずおずと口を開く・・・。

 「お父さん・・・私、碇君の学歴なんて、どうでもいい。お願いだから、彼と真剣なお付き合いをさせてください。」

 凄く照れるけど、恥ずかしいけど、大事なことだから、真っ直ぐ目を見て答えた。

 それから、碇君のご両親にも・・・。

 「ふつつかものですが・・・まだまだ未熟ですが・・・一生懸命頑張ります。よろしくお願いします。」

 お父さんもお母さんも、碇君のご両親も、何も話さない。

 でも、そのにっこり笑っている顔を見れば、答えは判る。

 とても嬉しい。

 なんだか、凄く安心した。

 「それなら、何が問題なんだ?高校行けないくらい、悩む話でも無いだろう?」

 い、言われてみれば・・・。

 お父さんの言葉ですっかり迷いが消えた。

 私は今私に出来ることをやる以外にない。

 大丈夫。

 きっと道は開けるし、開けなくても私はみんなに守られてる。

 私は愛されてる。

 私は生きていける。

 それでいいじゃない。

 私はお店に入るときとはまるで逆の、満ち足りた気持ちでお店を後にした。

 新しいコートはお店のロビーに出ても、お店の外に出ても、とても暖かった。


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