転校生 R
作 : Ophanim
第19話 駆引と取引と




 さて、頃は良し、と見る。

 カヲルは直美から逐一詳細を聞くと、しばし目を閉じて作戦を練った。

 それからおもむろに彼の”ボス”のところに向かう。

 しばらく待たされるか、と思ったが、すんなり通された。

 事がアレのことになるととことん優遇してもらえる。

 全く持って有り難い話だが、うまくいかなければ彼の命すら危険なのだから必ずしも良いことばかりではない。

 薄手のカーテンの向こうに向かって声を掛ける。

 「渚カヲルです。東洋の神秘さんのことで〜。」

 「ふざけてるとお前でも撃つぞ?」

 おやおや、機嫌が悪そうだ。

 カヲルはそれでもおどけたように首をひっこめた。

 この世界、たとえボスであろうと弱味を見せたらいけない。

 「面接に落ちました。どうします?近道と、遠回りの道と、二つあるように思いますが?」

 「ふむ?どういうことだ?」

 カーテンの向こうで居住まいを正す音がした。

 どうやら本気で聞く気になったらしい。

 「はぁ、つまり、この際ついでにこのまま裏から手を回して全部の高校を受けられないようにしてしまえば、向こうからこっちに来ると思います。同じ自宅学習するなら、魅惑の弾手、の近くにいた方が彼女も嬉しいでしょうから。」

 実際、怒りに任せて荒れ狂う直美の情報では、少なくとも推薦はまずどこも通らないらしい。

 最悪、受験できない、と言うことになれば、大学に行くためには大検を選択するのが一般的だろう。

 そうなったら多分彼女は間違いなくこっちに来る。

 「そうすれば、生活費を稼ぐ、と言う名目でモデルの話も受けるかもしれません。」

 これが”近道”だ。

 「なかなか魅力的な話ではないか。ちなみに、遠回りならどうなるんだ?」

 ボスの声が明るく弾む。

 表の顔は恐らくデザイナーなのだろう。

 そして、裏稼業よりも表稼業を大事にする。

 これが本場の”組織”だ。

 「高校に入れるようにこちらが裏から手を回します。その恩義を感じてくれればあるいは、引き受けてくれるかもしれません。」

 遠回りな上に不確実だ。

 裏から手を回している以上、おおっぴらに”恩義を感じろ”と説明するわけには行かない。

 「・・・もう一つぐらい考えていそうな顔だな?」

 さすがにこの世界で頂点を極めているだけのことはある。

 (いや・・・。)

 カヲルは心中で咀嚼した。

 (あるいは、表稼業の方で鍛えられた、人の表情を司るセンスの方がなせる技なのかもしれないな。)

 カヲルはこの日最大の賭けに出ることにした。

 「はぁ、実は彼女と私の共通の友人に面白いのがいます。これを使う方法があります。」

 カヲルはその内容を話して聞かせた。

 「ふむ・・・。少し待て・・・。」

 こつこつ、と、ボスが歩いている音がする。

 その足音が、止まる・・・。

 カヲルは一瞬目を煌めかせた。

 返答次第では・・・。

 「カヲル。私を試そうとするな。お前は、私が宝石と星を取り違えるとでも思ったのか?」

 ボスの静かで厳しい声がカーテンの隙間からカヲルを貫いた。

 カヲルはその声だけで苦もなく床に跪かせられた。

 圧倒的な存在感だった。

 「近道も遠回りの道も全く駄目だ。なってない。折角モデルを引き受けてもらっても、輝きを失っては意味がない。彼女が自主的に来る可能性のある、3番目の道以外は決して選ばない。何かの代償に嫌々引き受けてもらっても、彼女は輝かない。私の誇りに賭けて誓う。彼女の真の微笑みを得るためなら、数年どころか何十年でも待てる自信があるが・・・。中途半端に呼び寄せたとして、仮初めの笑顔に客がどれだけ満足しようと、私の精神は安らがない。」

 お前の要求は全て受ける。

 そいつに援助をしてやろう・・・。

 ボスの部屋を出てきたとき、カヲルの足取りは急に老け込んだかのようにふらふらしていた。

 説得のために日本に行く、と言えば旅費やら滞在費やら小遣いがもらえ、直美に会える。

 失敗しても何の文句も言われず、むしろ一層「宝石」にご執心となり、今や彼の至宝。

 成功すれば組織の中での地位も上がる。

 これに加えて、また新しい条件がつく。

 (一石二鳥どころか、三鳥だ。)

 嬉しくてふらふらする。

 だが・・・。

 (疲れるな〜。ジュリオと一緒にどっかで一杯引っかけるかな・・・。)

 カヲルは疲労の表情の上に笑顔を塗りつけた。



 最近は辺り夕方もすっかり暗くなってしまって、ちょっと寒い。

 玄関のドアノブ、冷たくて触るの嫌・・・。

 静電気がおきる時もあるし・・・。

 「ただいまぁ・・・。」

 私は手袋をしたままドアを開けて中に入った。

 玄関に見慣れた”よその家の人”の靴がある。

 「あ、帰って来たみたいね。・・・お帰りなさい。」

 お母さんがそう言って顔を出した。

 顔を見ただけでなんとなく何の話をしていたのか判る。

 誰がいたのかも・・・。

 お義母様が静かに顔を出した。

 なんとなく、寂しそう・・・。

 「あ・・・こんにちわ・・・。」

 「おかえり、レイちゃん・・・。・・・その、何て言うか・・・。元気出してね。」

 あぁ・・・やっぱり、そのことなのね。

 合格発表から数日してもお義母様が来ないのはかえって息苦しかった。

 きっと聞いているはず、と思って、それでいて聞いていて欲しくないような気もして・・・。

 でも、こうして面と向かうとやっぱり申し訳ない気持ちになってしまう。

 「ねぇ?何か、温まるものでも飲む?」

 お母さんが私にとても優しい。

 「あ、うん。ありがとう。」

 私はそのままの格好で応接室に入った。

 お義母様の顔やお母さんの態度を見ていると、一人だけ先に立ち直ってしまったのが悪いような気さえしてしまう・・・。

 「あの・・・お義母様。私、大丈夫ですよ?意外と平気ですから・・・。」

 私がそう言ってお義母様を気遣うと、お母さんも紅茶を運びながら私に賛成した。

 「ほんと。てっきり泣かれると思ったら、”落ちてた”ってけろっとしてるんだもの。」

 「やっぱり、あぁいう時って友達って良いなぁって思ったんです。友達と一緒にいるとなんだか気分が軽くなって。」

 私がそう言うと、ようやくお義母様も安心したような顔になった。

 「そう、良かったわねぇ。」

 お義母様はにっこりと笑ってくれた。

 「紅茶で良かった?」

 お母さんが紅茶を私に差し出す。

 「うん。ありがと。外はもう随分冷えるわ。」

 私は薄いコートを脱ぎながら話した。お行儀悪いけど、玄関からここまでも寒いから・・・。

 「これって、中学指定のコートなの?」

 お義母様が私の紺のコートを見てそう言った。

 えぇ、と、私が頷くと、お義母様は

 「こんな紙みたいなコートじゃ、寒かったでしょう?手が真っ赤よ?」

と、コートに文句を言いながら、私の手を揉んでくれた。

 そう言えば、霜焼けになりそうなくらい手が寒い。

 手袋をしていたんだけど、私の手製だから、網目が大きいのよね。今度また編み直さないと・・・。

 「ええ、でも、普通のコートなら何でもいいみたいです。最近は白いコートが流行みたいで、みんな着て来ているけど、怒られてなかったし・・・。」

 直美ちゃんも白いコートだったし・・・。

 「あんたが細いからでしょ?隙間から風が入るのよ。あとちょっとなんだから我慢しなさい。」

 お母さんはぴしっと厳しく答えた。

 むぅ・・・。

 でも、確かにその通り。

 ヒカリちゃんは私と同じコートなんだけど、暖かそうだったもんね。

 「うー・・・下にもう一枚セーター着て行ってもいい?」

 「確かセーターも中学指定のがあったでしょう?」

 え?

 だ、だから、それが今私が着ているこの、薄いカーディガンもどきみたいなのなのよ・・・。

 私はお母さんに見えるように、制服のボタンを取って開いて見せた。

 「薄いわねぇ・・・それじゃあ寒いでしょう?」

 「いいのよ、ユイ。これ以上目立ってどうするのよ・・・。」

 お母さんの言葉はさりげなかったけど、深い真実だった。

 何も言い返せない私が黙ってしまうと、部屋が静かになる。

 「あのさぁ。実は、レイちゃんにコート買っちゃったのよね・・・。」

 お義母様がお母さんの方を見ないようにしてそう切り出した。

 「え!?

 「ちょっと、ユイ!甘やかさないでよ。」

 「いいじゃないの。合格すると思って注文しちゃったのよ。残念賞になっちゃったけど・・・。」

 予想外の展開に驚いている私をそっちのけにして、二人は色々言い合っている。

 お義母様は笑いながら、お母さんは苦笑いしながら・・・。

 それでもどうやら話がまとまってきた。

 「ね、お母さん。戴いてもいいかしら?」

 「何を目をきらきらさせながら言ってるのよ。聞いてたでしょ?ちゃんとお礼言うのよ?」

 お母さんは苦笑いしながら認めてくれた。

 「はぁい。お義母様、ありがとうございます。」

 「高校もちゃんと入るのよ!?

 ふえぇ・・・。

 「あらまぁ・・・怒ること無いのにね。」

 「なんだか面白く無いのよ。”おかあさま”なぁんてさ。この子は私よりもユイの方を大事に思ってるみたいね。」

 そ、そんなつもりじゃ・・・。

 「そうやっていじめるからでしょ!さて、本題に入るけど・・・。」

 お義母様は少し怒ったような顔をしてお母さんをたしなめた後、急にまじめな顔になった。

 「昨日ちょっとした取引が成立して手に入れたものなんだけど・・・。」

 古くてごめんなさい、と前置きして、お義母様はハンドバッグを開けた。

 それは、私の運命を大きく変えた、魔法の鞄になった。



 「あなたの成績は大変優秀ですね。何か特別な勉強でもしているんですか?」

 「いいえ、普通に・・・。授業の前には予習をして、その日は復習をして、・・・判らないところを、参考書で調べて・・・。それだけです。」

 「部活動はしていますか?」

 「はい。えーと・・・。調理部と、天文部にいました。」

 じ、自分の声をテープで聞くって、恥ずかしいわぁ・・・。

 お義母様が手に入れた、と言っていたのは、なんと、私の面接の一部始終が録音されているテープだった。

 一体どうやって手に入れたのか・・・。

 「普通の面接風景よね〜?」

 お義母様の指摘に答えず、お母さんが諦めたような顔をする。

 そう、私にも判ってる。

 落ちた理由は、きっと一つ・・・。

 「一日の勉強時間ってどのくらいかなぁ?」

 これは向かって左側の人だったと思う。

 少し馴れ馴れしい口調で話してきたけど、聞くことはまともなことばかりだった。

 「2,3時間だと思います。」

 「それで全部の科目の予習、復習って出来るかな?ちょっと無理だと思うんだけど・・・?」

 「わ、判らないところは時間をかけています。・・・すみません、良く覚えていないんです。時間を決めて勉強しているんじゃないんです。判らないところは、授業が終わってから先生に聞いたりするので・・・。」

 これは、確か、自分でも勉強時間って決めてやってるわけじゃないから、曖昧になってうろたえたの。

 後から聞き直すと、自信無さそうに聞こえるかもしれないわ。

 「質問を変えましょうか?髪の毛を染めたこと、あるよね?」

 「・・・はい。・・・あります・・・。」

 どぉっと少しどよめきが起きる。

 正直に答えると思ってなかったと思う。

 でも、私は、私の髪の色で面接に行っただけだから・・・。

 「どうしてかな?」

 「私、生まれつき髪がこんな色をしておりますので、周りの人に合わせるために黒く染めていたんです。他の目的で染めたことはありません。」

 「ほう・・・それは、ご苦労をなさった。」

 これは、質問をした人じゃなくて、ずっと厳しい顔をしていた人が言ってくれたの。

 このときは合格するかもしれないって思えたのに・・・。

 「ところで、将来は通訳、とここに書いてあるけど?一体どうして?」

 「はい、色々な人の言葉が聞けるのは、とても良いことだと思います。」

 「例えば?英語??」

 「いえ、イタリア語とか・・・ドイツ語とか・・・。」

 お母さんもお義母様もぷっと笑う。

 な、何も笑わなくても・・・。

 「正直ねぇ・・・。」

 「ほんと。無難に”そうですね”、でいいのに・・・。」

 あ・・・。

 い、良いじゃないぃ・・・別にぃ・・・。

 「はぁ?・・・ふむ?・・・何故かな?」

 「い、イタリアとドイツに友達がいるからです。」

 「ふむ・・・男の?」

 「男の子も、女の子もいます。」

 お母さんとお義母様は顔を見合わせる。

 「馬鹿がつくほど・・・。」

 「・・・正直ねぇ・・・。」

 呆れたわ、とお母さんがため息をつく。

 「なるほど、良く判りました。合否は後日連絡いたします。今日はどうもお疲れ様でした。」

 「こちらこそ、今日はお手数をおかけいたしました。失礼いたします。」

 かちゃん、と音がしてテープを止める音がした。

 「どう?」

 「減点はあっても加点もあったわ。私なら合格を出せる。でも、残念だけど、私は試験官じゃないから・・・。」

 お、お義母様・・・って、き、厳しいわぁ・・・。

 「でも、これだけだったら、何もわざわざ取り引きしたりしないんでしょ?」

 お母さんがそう言うと、お義母様はにこっと微笑んだ。

 「冴えてるわね。ちゃんと続きがあるのよ」

 「馬鹿にしてるでしょ?」

 ・・・ごめんなさい、私は全然判りませんでしたぁ・・・。


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