転校生 R
作 : Ophanim
第18話 推薦入試




 ぴんぽーん・・・。

 「次に名前を呼ばれる生徒は速やかに職員室まで行って下さい。3−Aの綾波さん。綾波レイさん。速やかに職員室まで・・・。」

 あ、私だ・・・。

 「レイちゃん、何したの?」

 直美ちゃんが心配そうに私に聞く。何もしてないわよ。

 「直美ちゃんと一緒にしないでよ。きっとこの前の試験の結果が出たんだよ。結果、教えてよね?」

 ヒカリちゃんが私より先に直美ちゃんに説明してくれた。

 「う、うん・・・。なんだか、面接の時より緊張するわ・・・。」

 私はそっと左胸を押さえながらそう言った。

 「馬鹿言ってないで、早く行きな。これ、片付けておいてあげるから・・・。」

 ヒカリちゃんは私の分の給食お盆を持って私を急かした。

 「うん。ありがとう。・・・じゃ、また後で・・・。」

 私は二人をおいて教室を出た。

 「失礼します。」

 職員室の扉を開ける。

 「あ・・・。」

 ?

 私が入って行くと、そこかしこでそんな声が上がった。私が声のした方を見ると、みんな決まって下を向く。

 「あ、綾波さん、ちょっと・・・。」

 生駒先生がばつが悪そうに手招きをした。近くに行こうとすると、進路指導室の方に歩いていく。

 ここでは話せないってことかしら?

 私の予感通り、生駒先生は進路指導室に入ると、ぴしゃっと扉を閉めきった。

 「綾波さん、あなた、試験、受けたのよね?」

 何を言い出すの???

 「はい・・・受けました・・・。」

 私はもくもくと浮かび上がってくる過去の嫌な記憶を押し留めようと努力していた。

 「あなた、面接でなんて答えたの?何か変なこと言ってない?」

 生駒先生は眉をひそめるようにして書類を眺めている。どうも、良くない結果だったみたい・・・。

 「別に・・・。普通に答えましたけど・・・。」

 声が、沈んで行く・・・。

 「それじゃ、どうしてこんな結果になるのかしら?」

 生駒先生は投げ捨てるように私に通知をくれた。

 「・・・不・・・合格・・・ですか?」

 開けなくても判る。

 それ以前に、私が見るより先に封が切られていたことがちょっと嫌だった。

 「えぇ・・・。困るのよね・・・。推薦で不合格になられると・・・。来年度以降の推薦枠にも問題が出てくるし・・・。ね、本当におかしなことは言って無いの?」

 生駒先生は頭を抱えながらもう一度同じことを聞いた。

 「はい。」

 私は所在なげに通知書を眺めた。

 葉書よりもちょっと小さいくらいの紙に、不釣合いなほど大きく、”不合格”と書いてある。

 (最近はワープロ書きが主流だと思ってたけど・・・わざわざ手書きにしてくれたんだ。)

 「じゃあ、どうしてこういうことになるのかしら・・・?」

 生駒先生は同じ言葉を繰り返しながら、ため息をついた。

 「判りません・・・。」

 私はどうせ聞いていない、と思いながらも相槌代わりに答えた。

 「いい?そこには書いてないけど、こっちには”素行に問題あり。再調査が望ましい。”って、まで書かれているの。何か変なこと言ったんでしょう?」

 そ、素行???

 「言ってません。」

 今度は私も顔を上げて、しっかり答えた。

 でも、生駒先生は少しも聞いてない。首を傾げて紙と睨めっこ。

 午後の始業を告げるチャイムが凄く遠くに聞こえる。

 「おかしいわねぇ・・・。」

 生駒先生はもう一度首を傾げると、そう呟いた。

 もう、たくさん!

 「おかしくないです。それに、ここでどうこう言う問題でもないです。結果は変わりませんから。午後の授業が始まりますので、私はこれで・・・。」

 私は立ち上がるとそれだけ一気に話して生駒先生に背を向けた。急ぎ足で職員室への扉まで行く。

 「ま、待ちなさいっ!話は終わってないわ。」

 生駒先生は慌てて立ち上がった。

 「話すことなんて、無いです。失礼します。」

 私は生駒先生の顔を見ないように頭を下げると、そのまま逃げるように職員室を後にした。



 教室に帰ると、授業はもう始まっていた。

 「すみません・・・。」

 伊吹先生は何も言わずにそっと頷いてくれた。

 ありがとうございます・・・。

 私は心の中でお礼を言うと、自分の席に戻った。

 戻るなりすぐに手紙が回ってきた。

 ”ねぇ?どうしたの?随分遅かったじゃない?(なお)”

 私は心配そうにこっちを見つめている直美ちゃんに微笑むと、返事を書いて渡した。

 ”落ちたの(れい)”

 「えぇっ!!

 直美ちゃんがあっちで大声をあげた。た、立ち上がってる・・・。

 みんなの目が一斉に直美ちゃんに注がれる。

 「・・・え、えーと、・・・えっくしょん。」

 直美ちゃんは困って下手なお芝居をした。

 クラス中が大笑いした、その後で・・・。

 「えぇっ!!!

 今度はヒカリちゃんが大声をあげた。

 みんなが今度はヒカリちゃんを見る。

 「・・・え、えーと・・・えっほえっほ・・・。」

 ヒカリちゃんは咳き込むふりをして誤魔化そうとしたけど、さっきの今だから全然だめ。

 みんな大笑い。

 もちろん、私も・・・。

 辛いはずの出来事も、こうして仲間がいると紛れてしまうから不思議・・・。

 また手紙が回ってきた。

 ”よくも笑ったわね!(笑)後で詳しく聞かせなさいよ(ヒカリ)”

 ”喫茶店に集合!(なお)”

 私はその下に

 ”おー!(れい)”

 と書いて送り返した。



 「あんたが一番明るくてどうすんのよ。」

 直美ちゃんが笑いながら私を小突いた。

 「だってぇ・・・。」

 まぁまぁ、とヒカリちゃんが仲裁に入る。

 「で?どういうこと?」

 ヒカリちゃんはさすがに本題を忘れていなかった。

 「うーーん。まぁ、どうもこうも・・・。理由はどうせまたいつもの通りだと思うし・・・。」

 面接していた時はちらっとしか聞かなかったから”あ、意外と大丈夫なのかな?”と思ったんだけどね。

 「いつもって、髪とか、目とか?」

 直美ちゃんがむっとしたように言うけど、いつもと違って私に向けられたものじゃないから平気。むしろ、心強い。

 うん、と私が頷くと、直美ちゃんはぷんすかと怒り出した。

 「全くもう!!完璧染めてる奴だっているじゃないのっ!!少しくらい何よっ!!レイちゃんの髪の色は芸術的なんだから!馬鹿じゃないの!?そいつら??

 直美ちゃんは怒鳴るような声で文句を言っている。

 良かった・・・他にお客さんがいなくて・・・。

 「そうよねぇ・・・。」

 ヒカリちゃんも直美ちゃんを止めない。

 「青いのはそんなにいないからねぇ・・・。」

 なんとなく口をついて出た言葉に、自分で驚く。

 まるで、私を落とした相手を庇っているみたい・・・。

 「肌だってそうよ。気味悪いくらいどす黒いのは良くて、こんな透き通るような肌はだめだっての?おかしいよ?」

 直美ちゃんは私の腕を引っ張って”演説”している。

 「うーんと・・・肌の色のことは、関係無いと思う・・・。」

 私の小さな主張は無視された。

 「もうっ!!あたし、頼まれたって虹越なんて行ってやらないっ!

 「なおちゃんには頼まないって・・・。」

 ヒカリちゃんが混ぜ返すと、直美ちゃんも

 「そりゃそーだ。」

と言ってジュースを飲み干した。

 その絶妙のやりとりがおかしくて私は”あはは”と声を上げて笑ってしまった。

 「もーーーーーーーーっ!レイちゃんのことでこんなに怒ってるんでしょう?少しはレイちゃんも怒ったらどうなの?

 私があんまり応えないからとうとう直美ちゃんは私に文句を言い始めた。

 「もうこの話題には慣れたわよ。それより、私が怒りたかったのは、生駒先生よ。私が何か失敗したから落とされたって決めてかかってるんだもの・・・。」

 私がそう言うとヒカリちゃんが困ったような顔をした。

 「それは、・・・んー・・・また・・・うーん・・・。」

 そうなのよねぇ・・・。

 「ごめんね。だから、ここで言いたく無かったの。でも、それが今日一番ショックだったから・・・。落ちたのは、多分、実力不足もあったと思うし・・・。」

 私はヒカリちゃんに謝りながら、直美ちゃんにも説明した。

 「そうかなぁ。」

 直美ちゃんは不満があるのか、口を尖らせたまま黙ってしまったし、ヒカリちゃんも”あの話題”で黙ってしまった。

 「ごめんね。今日、私のために怒ってくれてたのに・・・。ね、ケーキセットおごるから、気分直して?」

 「お代わりつけてくれたら直るかもね?」

 私が全部言い終わる前に、直美ちゃんが注文をつけた。

 「はいはい、つけますから・・・。」

 「うむ。わらわは機嫌が直ったぞよ。」

 直美ちゃんのその一言に釣られて、ヒカリちゃんも微笑んでくれて、ケーキセットが運ばれてくる頃にはすっかり明るい雰囲気に戻っていた。

 「でもさぁ?これでレイちゃん、市立に行く可能性出て来たんじゃない?」

 ケーキを頬張りながら直美ちゃんが話しかける。

 ・・・直美ちゃんだと平気なんだけどなぁ・・・。どうして、最近お父さんがこうすると気になるんだろう・・・?

 「う、うん。もともと第一志望だし・・・。市立・・・。」

 私は少し直美ちゃんから距離を取りながら答えた。

 「変な話だけど、また同じ高校に行けるかと思うとほっとしてるところもあるんだ。市立って付属だからクラス持ち上がりでしょう?また同じクラスだよ。」

 ヒカリちゃんが本当に嬉しそうに説明してくれた。

 そうなんだ。

 そんな風に言われると、ますます市立に行きたくなるわ。

 「あ、でも、直美ちゃんは制服の可愛いKIに行くんでしょう?」

 私は半分からかうように聞いてみた。

 「え?嘘!それ、誰から聞いたの?」

 直美ちゃんは驚いたように私に聞いた。

 「誰からって言うか・・・。生駒先生がそういう生徒がいるって面談で言ってて・・・。そういうのって多分直美ちゃんだと思って。やっぱりそうなの?」

 聞いた私も驚いたわ・・・。

 「良く判ったわねぇ。」

 ヒカリちゃんも驚いている。

 「んーなんていうか、直美ちゃんってデザインとか芸術関係強いじゃない?だから、きっとそういう目で制服を見てるんじゃないかと思って・・・。」

 私の解説をそっちのけで、直美ちゃんは怒り出した。

 「全くっ!!あああもうっ!あいつめ・・・。人の面談の時の話題を他の人に話すなんて信じらんないっ!!」

 ・・・?

 照れてるのかな?

 「で、でも、他の人は判らなかったと思うよ?」

 「うん。あたし判らなかった。」

 私とヒカリちゃんでフォローしたけど、直美ちゃんは顔を真っ赤にして・・・怒ってるって言うか、やっぱり照れてる・・・。

 「冗談のつもりだったのよぉ・・・。もう・・・。」

 どうしたんだろう?

 「ねぇ・・・誰にも言ったらだめよ?」

 直美ちゃんが急に声を潜めた。

 顔は真っ赤のまま・・・。

 「どうしたの?」

 「何を?」

 私達は顔を見合わせて直美ちゃんの言葉を待った。

 「あの制服のデザイン、私なの。」

 直美ちゃんは消えそうな声でとんでもなく大きなことを言った。

 「「えええええええええええええええええええええええええっ?」」

 「しーっ!しーっ!!

 直美ちゃんは必死に私達を押さえこんだ。

 「だ、だって・・・あのデザイン決まったの、去年だよ?」

 ヒカリちゃんは驚きが収まらないみたいで、まだ声が大きい。

 「だ、だから。私が一年生の時に公募に出てた奴なの。授業中に落書きしてたら”結構いいの出来たじゃん?”とか思って、適当に応募した奴なのよ・・・。”こんなふりふりの着て学校行く奴見てみたいわ”なぁんて思ってたら、大流行になってしまって・・・。」

 すごい・・・。

 直美ちゃんは申し訳なさそうに言っているけど、それって、すごい才能・・・。

 「すごいよ、直美ちゃん。才能あるって!

 私は思わず大きな声を出していた。

 「そうだよね。合同祭の演劇も直美ちゃんのおかげで優秀賞だったし・・・。」

 ヒカリちゃんも私に賛成。

 そういえば、あの時の衣装も直美ちゃんがデザインしたんだっけ・・・あ、シナリオも直美ちゃんが書いてるんだ。

 「うーん・・・才能があるかどうかは別にして、自分であんな恥ずかしい制服作っておいて、自分が着ないのもどうかと思ったんだけどねぇ・・・。」

 なぁんだ、そういう理由かぁ・・・。

 「別にいいじゃない。直美ちゃんのは冗談としても、あの制服が目当てでKIに行く人、本当にいるらしいから。」

 ヒカリちゃんも早速説得に入ってる。

 「私も、この前お母さんに、制服可愛い方がいいって言っちゃった・・・。」

 あれ?あんまり説得力無いかなぁ?

 直美ちゃん、黙ってしまった・・・。

 「だ、だからね。直美ちゃんが入ってから、市立の制服もデザインしてくれればいいじゃない?」

 うん、我ながらいい考え。

 「そうじゃなくて・・・。」

 直美ちゃんはいつになく大人しかった。

 「どうしたの?」

 「直美ちゃんらしくないわよ?どうしたのよ?」

 私達は元気のない直美ちゃんを励まそうとした。

 「・・・みんなは、そう言ってくれるけど、あたしにしてみれば、あれって、本当に思いついたまま書いただけなの。それを才能って言われても、あれ一度きりだったら、とか、仕事としてやっていけるか、とか言われると、とてもそんな自信がないのよ・・・。」

 直美ちゃんは顔を上げなかった。

 私もヒカリちゃんも何も言えなかった。

 直美ちゃんにとっては、高校を選ぶ、ってことが、私が予想していたのより、ずっと大きな悩みになるんだな、って実感した。

 考えてみれば、私はこの先大学まで行くつもりでいるんだから、推薦でどうなっても、まだまだ人生が大きく揺らいだ訳じゃない。

 でも、直美ちゃんにとってはここでどっちを選ぶかは人生そのものを大きく左右すること。

 それなのに、私は・・・。

 急に、あの人のことが頭に浮かんできた。

 私が悩んでいた・・・ううん、くよくよしていたときには、いつも”しっかりしなさい”って言ってくれた人。

 今までは、直美ちゃんがあの人の代わりをしてくれていたんだ、って思った。

 その直美ちゃんが悩んでいるなら、私があの人のようにならなくて、どうするんだろう?

 私は大きく息を吸い込んだ。

 「直美ちゃん、私、無責任なことは言えないけど、少なくとも直美ちゃんが作ったものがこれまで失敗してないって事だけは知ってるわ。失敗を恐れていたら、何も出来ないし、失敗したってやり直せばいいだけじゃない。渚君だってきっとそう言うわよ。」

 どうかな?

 アスカさん・・・。

 私、強くなってるかな?

 「・・・そう、だね。うん。悩んでても、仕方ないよね。やってみないと・・・。カヲルにも聞いてみるわ。」

 直美ちゃんは顔を上げて、いつもの笑顔を見せてくれた。

 私は、いつの間にか今日あった出来事、辛い出来事が心の隅に追いやられていることに気がついた。

 心は既に新しい目標に向けて動き出していた。


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