転校生 R
作 : Ophanim
第16話 月の女神






 合同祭の後半は文化祭。

 私は今年も模擬店で頑張ることに決めていた。

 カラカラカラ・・・。

 「いらっしゃいませぇ・・・って、なぁんだ、直美さんかぁ・・・。」

 私は立ち上がりかけて、また腰を下ろした。

 「なぁんだって何よぉ。これでも客よ。」

 直美さんは笑いながら私の前の椅子に腰掛けた。

 「残念でしたぁ。注文しない人は”お客様”じゃないのよ。」

 ヒカリさんは直美さんの目の前に”メニュー”を差し出しながらそんなことを言った。

 「んー・・・じゃ、ミルクティー。さぁ、これであたしは”お客様”よ。」

 「ははー。」

 私は芝居がかった直美さんとヒカリさんのやりとりをみてくすくすわらってしまった。

 「面白かったかな?」

 直美さんは私が笑うのを見てそう言った。

 「うん。お芝居みたい。」

 うっかり口にしたその言葉を聞いて、直美さんは残念そうな顔をした。

 「そう思うんだったら、あの時どうして断ったのよ?」

 「え?何それ、初耳!

 この話題にヒカリさんが飛びついてくる。

 「今やってる演劇の脚本って、あたしが書いたじゃない?」

 総合優勝を狙うために、今年はクラス対抗の演劇を自作シナリオでやることにしたの。一種の賭け。去年は昔から良くやられている劇を上手に演じることで点数を稼いだ。自作の方が点数が高いんだけど、前後の脈絡が無かったり、目新しいものをやろうとする余り突拍子も無いストーリーを持ち出して来たりであんまり効果が無かった、っていうのが私の正直な感想。

 あとから粗筋だけ聞いた私がそう思うんだから、その場で聴いて見ていたお客さんたちは相当退屈だったと思う。自作で演劇をしたクラスは軒並み点数が低かった。その影響か、今年は自作シナリオで演劇をするクラスが無かった。私達のクラスを除いては。

 自作劇に催すに当たっては、当然クラス内部からの反対があった。ただでさえ分の悪い文化系を、更に評判の悪い自作シナリオでやる必要は無い・・・。

 唯一人自作が有利だ、と言い張る直美さんの主張は、他が避けるからこそ、ここで差をつけることが出来る、というもの。他がやらなければ、唯一の自作作品である自分たちのシナリオは無理に気をてらわなくとも目新しいものになる。後は内容さえしっかりしたものを作れば大きな得点源になる。

 それでも、自力で何か劇を描こうという人は現れず、結局言い出した張本人である直美さんが自分でシナリオを描く羽目になったんだけど、それをクラス全員で読んでみた結果、”これはなかなか良く出来ている”。

 それからはむしろ誰がこの主役をやるかでもめたほど。主役争いがヒートアップして、うちが自作で行く、ということを他のクラスに知られないようにするだけでもかなりの神経を遣った。

 「あれってさぁ、レイちゃんを主役にするつもりで書いてたのよ。」

 直美さんは今でもまだ未練があるようで、私の方をじーっと見た。

 「えーーっ!どうして引き受けなかったのよ?あれ、みんなやりたかったのよ?」

 カラカラカラ・・・。

 「い、いらっしゃいませぇ・・・。」

 私は渡りに船、とばかりに立ち上がった。

 「やぁ、ここにいたのか。」

 な、なぁんだ・・・渚君かぁ・・・。

 渚君はごくごく自然な足取りで直美さんのすぐ隣に座った。

 「それにしても、お客さん、いないなぁ・・・。これで大丈夫かい?」

 「まだ、開店して間も無いから仕方ないわ。」

 私は教室に備え付けの時計を見上げた。

 「それよりも、何か頼まないと。でないとお客さんじゃないみたいよ?」

 直美さんが笑いながら渚君にメニューを差し出した。

 「そりゃ勿論、売上げに協力するつもりで来たんだよ。朝御飯になりそうなもの、あるかな?」

 あぁ・・・それなら、サンドウィッチでも?

 私はそう身振りで示して、厨房に向かった。

 「それとコーヒー、ブラックで。」

 はいはい、もう、大人っぽいんだから・・・。

 「で、何の話?」

 渚君がヒカリさんに聞く。

 「レイちゃんが演劇の主役を断ったって話。」

 「なんだ、やればいいのに。」

 もう。折角逃げたと思ったのにぃ・・・。

 「だめだめ・・・。私、声が小さいもの・・・。」

 私は渚君の視線を遮るように顔の前で手を振った。

 「それはそうと、直美、演劇の方はいいのか?ついていなくて。」

 「いいのいいの。今更あたしの出番は無いわよ。後は客席辺りではらはらしながら見てればいいのよ。レイちゃーん。あたしもコーヒーね。」

 直美さんが甘えたような声を出す。もう!真似っこばっかり!!いつのまにか腕組んでるしぃ・・・渚君も直美さんの肩に手まで回して・・・。

 いぢわるしちゃえ(笑)。

 「ブラックね。」

 「・・・だめ。砂糖もミルクも入れて。」

 直美さんは恨めしそうな声で首を振った。

 「太るわよ。」

 ヒカリさんもいぢわる(笑)。

 「いいのよっ!今のうちに幸せ太りしておかないとねぇ。またすぐ離れ離れになって不幸窶れするんだからさぁ?」

 え?

 私はどきっとして直美さんを見つめた。

 でも、直美さんは微笑みながら話していて、少しも悲壮感が無い。

 「それはすまないねぇ。」

 渚君も笑いながら答えている。

 「すまないぃ?本当にそう思ってるなら、もうちょっとしょっちゅう帰ってきなさいよね?」

 直美さんは渚君を叩く真似をした。

 「OK、OK。でもなぁ、それはつまり、あんまり頻繁に帰ってくると、直美がぷくぷくと太るってことだよな?」

 渚君も混ぜ返す。

 「はいはい。砂糖は控えめにします。」

 直美さんはあっさりと負けを認めた。

 「どうしてっ!

 私はたまりかねて大きな声をだしてしまった。

 みんなきょとんとした顔でこっちをみている。

 でも、もう止まらない・・・。

 「ど、どうして・・・そんな・・・そんな、笑いながら・・・言えるの?直美さん、渚君と離れていて・・・、、辛く・・・、無いの?」

 あ・・・なんだか涙が出て来た・・・。

 「何言ってんの?レイちゃん?辛くないわけ無いじゃん?」

 直美さんは苦笑いしながら渚君のサンドウィッチをつまみ食いしている。

 「だったら・・・どうして・・・?そんなことが、できるの?・・・笑いながら・・・自分の不幸を・・・笑いながら・・・話したり・・・。」

 波だが後から後から流れてくるので、私は両手で顔を覆った。

 「ごめんね、レイちゃん。レイちゃんは今、碇君に会えないんだもんね。辛いんだよね。ごめんね、二人だけで盛り上がっちゃって・・・。」

 直美ちゃんは立ち上がってきて私を慰めた。

 「ち、違うの。・・・違くは無いけど、でも・・・違う・・・。」

 ヒカリさんがそっと立ち上って、扉にかかっている札を”準備中”に戻した。静かにカーテンを引く。

 「じゃ、何よ!?いい加減にしないと、怒るわよ?

 直美さんは両手を腰に当てて声を荒げた。その直美さんの気迫に押されて、涙も引いてしまったみたい。

 「わ、私は・・・ほ、ほら・・・髪の色とか・・・色々・・・辛くて・・・。・・・それで・・・。」

 こ、恐いぃ・・・。直美さん、睨んでる・・・。

 「馬鹿じゃないの?じゃあ何?泣いたらレイちゃんの髪の色って、黒くなるの?目の色が黒くなるの?寂しいって言って涙を流すと、日本とイタリアって地続きになるの?そんなわけないじゃないっ!!

 私は直美さんの激しい言葉にはっとなった。

 「そりゃあね。あたしも悪かったわよ。レイちゃんが来た時さぁ。もうちょっと優しく接してあげれば良かったかもしれないけどね?でもねぇ、はっきり言って、あの頃のレイちゃんって、態度悪かったもん。”あたしは一人でも生きていけるわ”みたいな雰囲気出しててさぁ?碇君が来て、レイちゃん、随分近寄りやすくなったわ。そう、昔は近づき難かったのよ。ただでさえ転校したばっかりで何話していいかも判んないしさぁ・・・。」

 直美さんはちょっと機嫌を直したのか、微笑みを交えながら話しているけど、私はもう、ひたすら恐縮するだけ・・・。

 「ご、ごめん、あれはあたしが悪いのよ・・・。」

 ヒカリさんが直美さんの後ろで両手を合わせた。

 「ううん、私も悪いから・・・。」

 私もヒカリさんに謝る。

 「そうやってさぁ・・・お互いに庇うのも良いけどさぁ・・・。しょうがないじゃない、起きてしまったものは?後はそれをどうやってプラスにするか考えようよ。だからさ、あたし、レイちゃんが髪、この色に戻した時、変な話かもしれないけど、凄く安心したんだよ?”あ、これで何かお話できるかな?”って。”髪の色、綺麗だねぇ?”とか、”これ、どうやってるの?”とかさぁ・・・。凄くいい色だと思うし、神秘的だし・・・。」

 直美さんはそう言って私の髪にちょっと手を伸ばした。

 反射的に身を屈めてそれを避けてしまう。

 「?どうしたの?」

 直美さんは不思議そうな眼差しで私を見る。

 「い、いえ、その・・・。私、自分の髪の色・・・言われるの、嫌で・・・。」

 私は頭を隠すようにした。

 「む?・・・じゃ、何?もしかして・・・あたしの演劇出なかったの、レイちゃん、髪の色で選ばれたと思ったからじゃないでしょうねぇ?もし、そうなら、絶交するからね!?」

 ひゃあ・・・また怒ってる・・・。

 「じ、実は・・・。」

 私は恐る恐る切り出した。

 「そうなの?」

 私はゆっくり頷いた。

 「もうっ!全くっ!いい?レイちゃん?他の人には、そんな髪の色、無いのよ?判る?染めた色じゃね、そんなに綺麗な色は出ないのよ?やっぱり自然の光沢って言うか、つやって言うかさぁ?本当に出ないのよ?自分だけの特徴だと思えばいいじゃない。おまけにこんな・・・お人形さんみたいな白い肌して・・・。」

 直美さんは本当にそう思っているみたいで、私の髪を何度も何度も撫でた。

 「ご、ごめん・・・なさい・・・。」

 私は身を強張らせながら、今度はどうにか逃げずに直美さんの手が頭を行き来するのを受け入れた。

 「ごめんじゃないわよ。もう。」

 直美さんはそう言いながら私の頬を引っ張った。

 「ご、ごめんなさい、直美さん。謝るから・・・。だから、これからも、ずっと・・・友達、やめないで・・・。」

 引っ張られた頬が痛くてひりひりするけど、それ以上にこっちが大事・・・。

 「どうしよっかなぁ?」

 直美さんはもう一方の手でも私の頬を引っ張って私の顔を覗き込んだ。その目の中にも、涙の跡がある・・・。

 「ほねがひ・・・(お願い)。」

 私は両頬を引っ張られて変な声を出しながら頼み込んだ。

 「嘘嘘。冗談。ま、本当なら絶交なんだけど、正直に言ってくれたからこれで許してあげるわ。」

 むにっと私の頬を捻りながら、直美さんはそんなことを言った。

 「こらこら。これでも一応うちの看板娘なんだから、あんまり苛めないでよ?」

 ヒカリさんが直美さんの手をつつく。

 「あ、そう言えば今日の”商売道具”だったわ。」

 直美さんは慌てて手を放した。

 「あ、ごっめーん。紅くなってるわ。」

 「涙の跡も消さないとだめよ?」

 私は二人から担がれるようになって厨房に行き、何度も顔を洗った。

 「あらら。髪が濡れちゃったわ。」

 「いっそのこと、これも売りにしちゃおうか?」

 二人がわいわいと騒いでいると、ひょいっと渚君が顔を出してきた。

 「あのさ。お客さん、外に来てるみたいなんだけど・・・。」

 わぁ、大変。

 私達は慌てて皿やカップを片付けた。

 「しょうがない、直美ちゃん、手伝ってよ?」

 ヒカリさんが直美さんにウェイトレスの制服を渡す。

 「な、なんであたしが?」

 「看板娘を傷つけたからよ。レイちゃんが給仕できるようになるまで代打、お願いね。」

 ヒカリさんは無理矢理直美さんにウェイトレスの格好をさせた。

 「ははは。なかなか似合ってるよ、直美。」

 渚君はそう言って笑いながら厨房を出ようとした。

 「待ちなさいって、渚君。直美ちゃんの”不始末”は彼氏であるあなたにも責任があるとみなすわ。さ、これ着て。」

 ヒカリさんは渚君にも服を手渡した。

 「ま、待ちたまえ。直美はここの生徒だからここに協力しても構わないかもしれないけど、ぼ、僕はまずいだろう?」

 渚君は明らかに狼狽した様子で断った。

 「ばれなきゃいいのよ。開店前から教室にいたのがばれたら困るからね。」

 ヒカリさんはぴしっと言い切った。

 「ば、ばれなきゃって・・・。ウェイターなんてやったらばればれじゃないか?」

 渚君は手渡された服をヒカリさんに返そうとした。

 「あら?それ、ウェイターの服じゃないわよ?」

 ヒカリさんが渚君に渡したのは、コックさんの服だった。



 結局午前中まるまるいっぱいを臨時コックとして働く羽目になってしまった。シンジと違って料理の経験の無いカヲルは綾波の助手のような仕事しか出来なかった。

 「ふえー・・・。ひどい目に遭った・・・。」

 カヲルは汗を拭きながら一息ついた。

 「ふふ。でも、楽しかったよね?」

 直美は満更でもなさそうに振り返った。直美のウェイトレスもなかなか様になっていたし、何より本人が結構気に入ってしまっていた。午後から演劇が無ければそのまま続けそうな勢いだったくらいだ。

 「明日は丸一日やってもいいな。どうせ、カヲル、帰っちゃうもんね。」

 直美は少し寂しそうに想い人を見やった。

 「またすぐ来ることになるし、今度は回りくどいことしないで直接教えてあげるよ。それよりも、喉が乾いたな。」

 カヲルはくるくると辺りを見回した。

 「じゃ、またうちのお店行く?」

 直美は元気良く立ち上がった。

 「い、いや。あそこに戻るとまた働かされそうだ。缶ジュースでいいよ。」

 カヲルは顔をしかめて断った。

 「それもそうね。じゃあ、あたし、買って来るよ。何がいい?」

 直美はカヲルから”炭酸以外”という注文を取ると、ぱたぱたと飛び出していった。

 カヲルはくるくると周りを見まわし、誰もいないことを確認した。イタリア語だから、たとえ聞かれたとしても大丈夫だと思う。だが、念には念だ。そっと、携帯電話を取る。

 「もしもし。・・・えぇ。私です。渚カヲルです。・・・えぇ。まだ無理でした。何せ、学校の演劇に出るのも断っているくらいですから。・・・いや、脈はありそうなんでね、また来月あたり来てみますよ。その節はまたよろしくお願いします。」

 カヲルはそう言って電話を切った。

 ・・・一石二鳥・・・。

 その口は、声を出さずにそう動いていた。



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