転校生 R
作 : Ophanim
第12話 恋の季節








 ぴんぽぉん・・・。

 ・・・。

 ぴんぽぉん・・・。

 誰?

 こんな夜中に・・・。

 がちゃ

 え?

 「こら!いつまで寝てる気?」

 お、お母さん?

 私はうっすらと目を開いた。

 眩しい・・・。

 強い太陽の光と、じーじーじーという蝉の声が、私の感覚とは逆に今が真昼であることを主張している。

 「今、何時?」

 私は鉛のように重い身体を起こしながら聞いた。

 「もう2時よ?午後の2時!いつまで向こうにいる気でいるの?」

 あ、そうか・・・。

 帰ってきたんだっけ・・・。

 私は時差ぼけでつらい身体を無理に引き起こした。

 「お友達が来てるからね。そんな格好で出て来ないでよ?」

 お母さんはそう言って出て行った。

 そんな格好?

 別に変じゃないわよねぇ?

 普通のパジャマだし・・・。

 私は念のためサマーカーディガンを羽織り、目をこすりながら階段を降りた。

 「おはよぉ。レイちゃん、今起きたの?」

 あ、ヒカリさん。

 「おはよぉ・・・。」

 「あははは。レイちゃん、なにそれぇ?」

 直美さん?

 「あ、ほんとだぁ。レイちゃん、変な髪ぃ。」

 え?

 あ!

 「ちょ、ちょっと待ってぇ・・・。」

 私は眠気も忘れて洗面所に飛び込んだ。

 ・・・すごい寝癖・・・。

 お母さん、お願いだから、”そんな頭”とか”そんな髪”とか、もっと判りやすく教えてぇ!



 「遅くなってごめんなさい。これ、イタリアのお土産ね。」

 私は二人を部屋に上げてお土産を手渡した。

 「時差ぼけでつらいんでしょう?楽にしてていいわよ?」

 二人は買ってきたジュースを開けて私に出してくれた。

 「わ、これ、センスいいわねぇ・・・。」

 ヒカリさんと直美さんが私のお土産を誉めてくれている。

 「あ・・・それ・・・その、お義母様が選んで・・・。」

 あ・・・失敗・・・つい、癖で”お義母様”って言っちゃった・・・。

 私は当然冷やかされると思って首を引っ込めた。

 でも、二人はきゃぁきゃぁと声をあげて喜んでいて、私の言葉は耳に入っていなかったみたい。良かった。

 ひとしきり大騒ぎすると、二人は喉が乾いたのか、冷たいジュースに口をつけた。

 ヒカリさんは直美さんをつついて何か私に聞くように促している。

 私は不思議そうにそれを見ていた。

 不意に直美さんが私を見た。

 「それはそうと、レイちゃん、宿題、やった?」

 あ!

 私の顔を見て、ヒカリさんと直美さんは顔を見合わせて、”やっぱりね”と言い合った。

 「ご、ごめんなさい・・・。」

 忘れてたわけじゃないの。でも、ちょっとの時間も碇君と一緒にいたくて、ついつい・・・。

 あれ?二人とも不思議そうに私の顔を見ている。

 「どうしてレイちゃんが謝るの?」

 直美さんは首を傾げながら聞いてきた。

 「え・・・?だって・・・宿題、見せてあげられないから・・・。」

 私がそう言うと、ヒカリさんは苦笑い。

 「レイちゃん、別に見せてもらいに来たんじゃ無いわよ。」

 「そうそう。そりゃちょっとは見せてもらえたらいいなぁって思ってたけどさぁ・・・。」

 直美さんもヒカリさんに合わせるようにして苦笑いした。

 そうなの?

 「なぁんか、レイちゃんがいじめられるわけ、判るわ。」

 ヒカリさんが渋い顔で私に忠告した。

 自分一人で全てを解決してしまう。しかも、面倒見がいい。加えて、見返りも求めない。

 初めはみんなありがたがって近寄ってくるかもしれないけど、そのうちただ便利に使われるだけの存在になっていく。

 いつしかやってもらうのが当たり前になり、たまたま忙しかったりして自分がそれを忘れた時、本来なら感謝するべき人々が全て、”糾弾”する側に回る・・・。

 「去年の夏、アスカが言ってたこと、あたしも今は判るわ。」

 ヒカリさんがぺちぺちと私の頭を軽く叩いた。

 「そういえば、あれ・・・夏祭りの頃?」

 去年、ヒカリさんに鈴原君と一緒にお祭りに行きたいから、それとなく碇君を誘って欲しい、って頼まれた時だったっけ・・・。

 「そうよ!そうだわ!今年ももうすぐ夏祭りだもの。それまでになんとか宿題のめどつけないと・・・。」

 ヒカリさんは思い出したように、持ってきたバッグから宿題の山を取り出した。

 「どうするの?」

 「分担して取りかかりましょう。えーと、あたしは国語の宿題をやっておくから、直美ちゃん、数学、頼める?レイちゃん、社会。」

 ヒカリさんはてきぱきと分担を言い渡した。

 「ちょ、数学はちょっと・・・。」

 「やってよぉ。出来るとこだけでいいから・・・。」

 「か、家庭科なら大丈夫。保健もやるから・・・。」

 変な取引を始めた二人を部屋に残して、私は階下に降りて行った。

 「あら?どうしたの?」

 お母さんは私が仕事場に顔を出したので驚いている。

 こんぴゅーたーなんて、良く判らないから・・・。

 「あのぉ・・・社会の宿題で・・・。新聞が・・・。」

 私はドアから顔だけ出してお願いをした。

 「あら、じゃ、いい機会だから覚えなさい。」

 ほら来た・・・。

 「えー・・・。や!

 私がここに来たくないのは、お母さんがこんな風に何かにつけてコンピューターの使い方を覚えさせようとするから。別に嫌いだったわけじゃないんだろうけど、毎回言われるうちにだんだん嫌いになっちゃった。学校の掲示板とか見せてもらってた時も、お母さんに一から全部やってもらってたし・・・。

 「悪い子ねぇ・・・観念して親の言うことを聞きなさい。」

 お母さんってば・・・。

 「そうやって無理強いするから嫌いになるんじゃないのぉ!」

 あ・・・つい・・・。

 「あらぁ?随分強くなったじゃないの?ユイに甘やかされたせいね、きっと。でも、お生憎様。ここにはユイはいないのよ?」

 うぅ・・・泣きたい・・・でも、泣かないもん・・・。

 結局私は「ぶらうざぁ」の開き方やら「あどれす」の書き方やら、「だうんろーど」の仕方を細かく教えられることになった。

 「こんなの、慣れよ慣れ!」

 お母さんはそう言ってかたかたと手際良く、私に教えたことよりもはるかに高度(に見える)なことをやっていた。

 「やってる人はみんなそう言いますけどぉ・・・興味も無いもの、慣れるまで続けてやる人、そんなにいませんよーだ。」

 えへ、一本取ったでしょ?

 あれ?

 お、お母さん???

 「れぇいぃ!!あんたって子はぁああああ!

 ひぃん・・・ごめんなさい、ごめんなさぁい・・・。



 それからしばらく・・・。

 それぞれが担当する宿題が一段落した私達は一休みをしていた。

 「あ、そうだ、レイちゃん。イタリアの写真無いの?」

 直美さんが思い出したように私を見た。

 「え?あるけど・・・。」

 う・・・顔が紅くなってくのが判るわ・・・。

 「けど?なによ?」

 ヒカリさんは興味津々・・・。

 「その・・・い、碇君と撮ったのしか無いわ。」

 やっぁぱりぃ!

 二人は待ってましたとばかりに喜びの声をあげると、見せてくれるようにせがんだ。

 「いいじゃない、どうせ、もう、”お義母様ぁ”って呼ぶ仲なんでしょう?」

 え?

 な、直美さん、どうしてそれを・・・?

 やっぱり、さっき、聞いてた???

 「う・・・ごめん、レイちゃん、あたしが喋った・・・。」

 ヒカリさんが決まり悪そうに手を上げた。

 もぉ・・・黙っててってお願いしたのにぃ・・・

 「いいじゃないの・・・仲が良くて・・・。」

 あれ?直美さん、ちょっと元気無いな・・・。渚君と、うまくいってないのかな?

 「あ!これ、映画に出てきた奴でしょ?わ!信じらんない!こんなとこに無造作にブランド品が・・・。」

 ヒカリさん、目が開いたままになってる。

 へぇ・・・そういうところだったんだぁ・・・って感じしかないけど。ヒカリさんが行ってたら買い物ばっかりだっただろうね。

 「あ、これ。いいなぁ・・・。あたしも行きたいなぁ・・・。」

 直美さんがいいなぁって言うのは、私と碇君が手を繋いだり腕を組んだりしている写真だけ。

 やっぱり、何かあったのかもしれない・・・。

 「直美ちゃん、聞きなよ。はっきりさせるために来たんでしょ?」

 ヒカリさんが直美さんの肩を強く掴んだ。

 「わ、判ってる・・・判ってるわ・・・。」

 ・・・どうやら・・・宿題も口実だったみたいね・・・。

 「何かしら?私が判ることなら・・・。」

 私が促しても、ヒカリさんにせっつかれても、直美さんはなかなか口を開こうとしなかった。心の中で、不安と戦っているように見える。ぎゅっと握られた拳が小刻みに震えていた。

 私は静かに待つことにした。

 「あ、あの、さ・・・。」

 直美さんはぽつり、と声を漏らした。

 「あの・・・や、やっぱり、いいや・・・。」

 直美さんは両手を振って話をするのを止めた。

 「もぉ!ちゃんと話しなよぉ!」

 ヒカリさんはじれったくなったのか、直美さんの身体を揺らすようにして続きを促した。

 「ひ、ヒカリさん、いいから・・・直美さんが話したくなるまで、待とうよ・・・。」

 私はヒカリさんを宥めると、直美さんのすぐ隣に座った。ちょっと暑苦しいけど、ここは我慢。

 直美さんはそれでもしばらくもじもじとしていた。

 ヒカリさんが呆れて飲み物を手に取った時・・・。

 「あの・・・あいつさ・・・向こうで・・・その・・・他に、女の子、いた?」

 ここで良かった。

 身体が触れるほど近くにいないと聞き取れないほどか細い声が流れてきたから。

 「あぁ。大丈夫よ。少なくとも、渚君が誰かと付き合ってるって感じは無かったもの・・・。」

 私はわざと明るい口調で答えた。

 「で、でも!この前電話の向こうに女の子の声がしたもの!

 しかも日本語の!

 直美さんの言葉で、私はあぁ、あの人だ、と判った。

 「うん、判る。霧島さんだと思う。」

 私はあんまり気乗りがしなかったけど、直美さんのため、と心に言い聞かせながらもう一つのアルバムを持ち出した。

 「この人なの・・・。」

 受賞者全員の記念写真を一枚分けてもらっていたので、それでまずどういう人なのかを説明。

 ヒカリさんも直美さんも”霧島”と聞いただけで”あの霧島!?”という反応をした。やっぱり、私が鈍かっただけなんだわ。

 「じゃ、じゃあ、ますます・・・だめじゃない・・・。」

 直美さんががっくりと肩を落とした。

 それを見て、私も少し不安になる。

 「あの・・・大丈夫、霧島さん、バイオリンの人だから・・・。碇君と一緒にいることの方が多いの。渚君、声楽でしょう?それに、もう、子役でいっぱい公演依頼が来てるみたいよ?」

 私はそう説明しながら、また少し不安になった。

 大丈夫よね?碇君。

 信じて、いいよね・・・?

 「じゃ、じゃあ、レイちゃん、心配じゃない?」

 私が不安になる分だけ、直美さんの不安が取れて行く。

 「う、うん。心配だけど、碇君、約束してくれたから・・・ほ、ほら。ここで・・・”真実の口”のところ・・・。」

 私が一生懸命説明しても、二人はあんまり聞いてくれない。

 ど、どうして?

 「調子に乗ってのろけてるんじゃないわよ!」

 「そうよそうよ!」

 あ、あれ?

 そんなつもりじゃ・・・。

 「でも、ありがと・・・。」

 直美さんは少し潤んだ目で私を見つめた。

 「あ、いいのよ?私、役に立って、嬉しいから・・・。」

 私はそう言って直美さんの手を握った。

 「ね、これ、もうちょっと見せてよ。」

 ヒカリさんは私が持ってきたアルバムを開いている。

 「あたしもイタリア行こうかなぁ?レイちゃん、パスポートとか、いくらかかった?」

 直美さんが私に切実な瞳で訴える。

 「ごめんなさい。私が入院している間にお母さんが取ってきたから、知らないのよ。飛行機とか向こうの滞在費も、ちょっと判らないわ・・・。」

 旅行に関してはお母さんとお義母様が全部やってくれたし、お土産や食事もお義父様がほとんど・・・。

 「そう、でも、別にいいわ。どうせ行けないんだし・・・。あぁあ!あいつが向こうから来ればいいのよっ!全く・・・。」

 あ・・・忘れてた・・・。

 「あのぉ・・・ごめんなさい、今更、言い難いんだけど・・・。」

 私は恐る恐る机の引出しから封筒を取り出した。

 「何?手紙?」

 直美さんは私の手から封筒を受け取ると、大事そうに封を切った。

 「?・・・チケット???」

 クラシックオペラのチケット・・・。

 「あ、別にいいわ。興味無いし・・・。」

 直美さんは無造作にチケットをしまうと、私に返してきた。

 「あの・・・それ・・・渚君が・・・。」

 出るのよって、全部言う暇も無かった。直美さんは私からひったくるようにチケットを取り返すと、今度は穴が空くほど隅から隅までじっくりと見つめた。

 「ちょっと!それ、早く言ってよっ!どこで?え?この近くじゃない?いつ???えぇっ!!もうすぐじゃない!

 すぐって言っても・・・来月だし・・・。

 でも、良かったわね・・・。

 ん?

 直美さんはゆらぁっと私の方を振り向いた。

 「レイちゃぁん?これ、教えてくれたら何も悩まなくて済んだのにぃ・・・。」

 だ、だから、ごめんなさいって・・・ううう・・・許してぇ・・・眠かったのよぉ・・・。


Mail or Back to Index