転校生 R
作 : Ophanim
第11話 真実の口は己の心にうちにあり




 

 私の目の前で、綺麗な・・・とても、綺麗な女の子が・・・碇君の隣で・・・笑ってる・・・。

 お義母様に戴いたネックレスよりも高価なアクセサリーをふんだんに身につけて・・・それでいて、少しも嫌味が無くて・・・なんて言うか・・・とても良く似合ってる・・・着こなしてる。

 常日頃からそれが当たり前になっているから、違和感が無いのね。

 私なんて、こんな小さなネックレスにさえ圧倒されているのに、霧島さんは、逆にアクセサリーを完全に向こうに回して、単なる引き立て役として、家来のように扱っている。

 本物の、お嬢様・・・。

 「いやだぁ、渚君。そういう言い方やめてよね?私のおうちはお金持ちかもしれないけど、私はお金持ちなんかじゃないのよ?」

 霧島さんは渚君を叩く真似をした。

 「だって、それってKスクウェアの最新モデルだろ?」

 「これ、宣伝用なのよ。私がコンクールとか出る時はこうやって自社製品をつけることになってるの。そうねぇ・・・。アルバイトみたいなものなのよ、これも。お小遣いはこういう”営業”をしないともらえないんだからぁ・・・。」

 そ、それでも・・・雲の上の話です・・・。

 「あ、本当だ。綾波、どうしたの?珍しいね?ネックレスなんて・・・。」

 碇君は霧島さんに指摘されて初めて私のネックレスに気がついたみたい。二人の会話から離れて私の胸に手を伸ばした。つい身体を引いてしまう・・・。そんな・・・珍しいものを見るような目で・・・見ないで・・・。

 「あの・・・お義母様が・・・。」

 私は消えてしまいたいくらい恥ずかしくなった。

 似合わないことをするんじゃなかった・・・。

 「”おかあさま”って?」

 霧島さんが私の言葉を拾って聞き返してきた。

 そ、それは・・・その・・・。

 「あ、紹介がまだだったよね?霧島さん。これは綾波。綾は綾瀬の綾に、海の波の波。下の名前は・・・うーんとれ、レイ。カタカナで、レイ・・・。恥ずかしいなぁ・・・名前で呼ぶの、慣れてないんだ。」

 碇君は私の方を見ながら、照れて顔を赤くしていた。

 私も想像以上に照れて顔が紅くなった。

 でも・・・。

 嬉しい・・・。

 これからも、名前で呼んでくれないかな・・・。

 あ、でも・・・。

 霧島さんの方が・・・碇君にはいいのかな・・・。

 音楽も一緒に勉強できる、仲間だし・・・。

 お金持ちだし・・・。

 「日本のお友達?」

 霧島さんは驚いたように碇君に聞き直した。

 そうよね・・・こんな髪だもの・・・初対面で日本人だなんて、判らないわよね・・・。さっきの男の人も、私が日本人だなんて、最初は気がつかなかったみたいだもの・・・。

 「うん。そうだよ?」

 碇君!

 私は目の前が真っ暗になったような気がした・・・。

 渚君がじろっと碇君を睨んでるけど・・・碇君は気がつかない・・・。

 「僕のね。彼女なんだな・・・ははは・・・。」

 え?

 ・・・・・・ありがとう・・・。

 「まだ彼氏らしいことは一つもしてないんだけどねぇ・・・。」

 碇君は照れたような顔で頭を掻いてる・・・。

 渚君も安心したように優しい目になってる。

 ううん。

 その言葉が、一番の贈り物なのよ・・・。 

 「これはジュリオ=チュザーレ。僕の親友だよ。昨日もわざわざナポリまで来てくれたんだ。」

 渚君がさっき私を助けてくれた男の子を紹介してくれた。日本語判らないみたいで、ただにこにこしてるだけだけど・・・。いい人そうねぇ・・・。

 「?ぼんじょるの。じゅりお=ちゅざーれといいます。

 「ぼんじょるのはこんにちわだって教えただろ?」

 「こにちわ?」

 「こーじーこーじー・・・まぁまぁだね・・・。」

 二人は二人だけで面白そうに話している。

 まぁ、いいんだけど・・・。

 私だってそのうち・・・イタリア語・・・話せるようになる・・・のかなぁ・・・?

 「渚君がいつも一緒にいて通訳しちゃうからさ、僕もなかなかイタリア語覚えないんだよね。」

 碇君が冗談っぽく私に話しかけてくる。

 やぁん・・・そんなに近寄らないでよ・・・さっきの今だと照れちゃうじゃない・・・。

 「おいカヲル、腹減ったぞ?」

 「おーけーおーけー・・・。みんな何か食べる?」

 ちゅざーれさん(?)がお腹をさすりながらとぼけた顔をしたので、私はつい笑ってしまった。

 「そうだね。ちょうどお昼だし・・・。みんなで食べようか?」

 そうね。

 「わ、私も?」

 霧島さんはちょっと嬉しそう。

 「午後は僕らはちょっと抜けるからね。」

 碇君は私の肩をぐっと抱き寄せた。

 びっくり・・・。

 「いいよいいよ。いってらっしゃい。今日の午後はどこ行っても大丈夫だから・・・。」

 ?

 それって・・・どう言う意味なの?渚君?



 「左がヴェネティア宮殿、で、右がヴィットーリアーノだよ。イタリア独立の時の王様なんだって。綺麗だね。」

 うん・・・とっても綺麗・・・。

 それに大きい・・・。

 でも、違ってるわよ。ヴィットーリオ=エマヌエーレ2世はイタリア”統一”の王様よ?

 「あ、ほんとだ・・・。あはははは・・・。」

 碇君は私に言われて、説明を読んで、自分の間違いを認めた。

 ごめんなさい。

 碇君、それ、間違いじゃないかもしれない。

 私が社会の教科書で機械的に記憶していることを、碇君は肌で感じているのね。じゃあ、きっと、イタリアの人にとっては、これはほとんど独立と同義に感じていたんだわ・・・。

 それなら、きっとそれが正しい。

 字で書かれたことより、人の心が伝えることの方が正しいような気がするから・・・。

 「あはは。そうかもね。綾波、そういうのが向いてるかもねぇ・・・。」

 ?

 どういうことかしら?

 私は形だけ頷いた。

 この言葉に意味が出てくるのは、もうちょっと先のことだった。

 「この先にはフォロ=ロマーノっていう昔の遺跡があるんだ。」

 ひ・・・ひっろーーーーーーーーい・・・。

 しかも、何も無い・・・。

 大昔の石造りの遺跡が建ち並んでて・・・しかも、ほとんど手が加えられてない・・・。

 見たいけど・・・。

 い、いちまんにせんりら・・・???

 入場料・・・高いの・・・?

 「高くないよ?気にしないの。どうせ父さんのおごりだろ?」

 どうやら1000円くらいらしい・・・。

 ほっとしたわ・・・。

 私達はいろいろな遺跡を見て歩いた。

 資料集の写真に出てくるような古い遺跡がたくさんあった。

 これを・・・昔の人たちは・・・生活の場にしてたのね・・・。

 なんだか不思議な感覚・・・。

 私は手近にあった大きな石の塔に背もたれて、そっと目を閉じてみた。

 この塔は戦勝記念の塔・・・。

 大昔、戦に出かけていった、たくさんの兵士たち・・・。

 碇君だったら、きっと寓話や何かに出てくる、音楽で戦士の心を鼓舞する軍楽隊みたいな役割をするんだろうな・・・。

 そして、私は、ここで、碇君が帰ってくるのを待つの。

 きっと、帰って来てくれる、って信じて・・・。

 「大丈夫?綾波、疲れたんじゃない?」

 え?

 「ごめんね。日傘でも買っておけば良かったね。」

 あ、私がこんな格好してるから・・・。

 「ち、違うの・・・ただ・・・ちょっと考え事・・・。」

 あれ?

 碇君・・・?

 「・・・やっぱり、お店、入ろう・・・。」

 私、何か悪いこと、言った???



 ふぅ・・・。

 「やっぱりちょっと疲れてた?」

 碇君が心配して私の顔を覗き込む。

 「そう・・・みたい・・・。ごめんね、気を遣わせて・・・。」

 「いいんだって。僕こそごめん、気がつかなくて・・・。」

 碇君は店員さんを呼び止めて、アイスコーヒーを二つ頼んでくれた。

 「それで・・・さ・・・。」

 なぁに?

 「一休みしたら、”真実の口”の前に行こう・・・。」

 どうして?

 私はちょっと元気の無さそうな碇君が心配だった。

 碇君に連れられて、”真実の口”の前に・・・。

 わ・・・いっぱい人がいる・・・。

 ?

 あれ?人が・・・いなくなる???

 ねぇ、碇君、人がいなくなっちゃったよ?

 でも、なんだか、碇君は思いつめたような表情でそんなこと、気になってないみたい・・・。

 「あのさ・・・。これ、その、”ローマの休日”で有名になった奴でさ・・・。ここに手を入れて、嘘をつくと、手が抜けなくなるっていう伝承があるんだよ・・・。」

 碇君はそう言いながら、口の中に、手を入れた。

 「ごめん、綾波。その・・・霧島さんのことだけど・・・。」

 

 やっぱり・・・?

 私は無理に隠してきた自分の心の中の不安が急に頭をもたげてくるのを感じていた。

 「あの人、いい子だと思う。正直、僕も、”綾波がこのくらい、いつも明るく笑ってくれたらいいのに”って思ったくらい・・・。」

 ・・・。

 私は・・・大丈夫だから・・・。

 「わ、私も・・・そ、そうだと・・・思う。・・・だから、碇君には、私より・・・。」

 目が熱くなってきた・・・。

 「違う!違うんだ、最後まで聞いて・・・。僕がそんなこと思ってたから、綾波、きっと不安になったと思っててさ・・・やっぱり、良かった。思いきって話してみて・・・。不安だったんでしょう?」

 うん・・・。

 私は小さく頷いた。

 その勢いで、我慢していた涙が一粒、流れ落ちた。

 「だから、ここに来たんだ。嘘は言えないから。本当のこと言うよ。僕は、霧島さんはとても可愛いと思う。お金持ちだけど、きどってないし、性格もとてもいい人だ。あんな人と一緒にこれから練習できて、とても嬉しい。」

 う、うん・・・そうだよね・・・仕方ないよね・・・。

 不思議と、悲しくない・・・。

 ただ・・・どうしようもなく・・・寂しい・・・。

 「だけど、僕はそれでも、綾波が・・・。」

 !?

 「霧島さんといると、ものすごく緊張するんだよ。なんだか別な世界にいる人を見てるみたいで・・・。なんだか別の自分を演じないといけないような気がするんだ。上品な自分を、ね・・・。さっき、綾波が来てくれた時、何とも言えないけど、うーん・・・安心?したんだ。とても、リラックスできた。正直、僕は・・・その・・・。」

 綾波が好きだ。 

 碇君の言葉は、夢の中で聞いているみたいにふわふわしてた。

 これは夢?

 夢なら、さめないで・・・。

 「綾波、聞いてた?」

 碇君が照れ臭そうに私に確認する。

 私は慌てて何度も頷いた。

 「よいしょ・・・ああ、良かった。抜けたよ。これで手が抜けなかったらどうしようとか思っちゃった・・・。」

 碇君はにこにこと笑った。

 照れてるんだわ、きっと・・・。

 私は返事をする代わりに、自分の左手を真実の口の中に入れた。

 「なにを・・・。」

 「聞いて。私も・・・言うことがあるの。」

 言わずに、いられない・・・。

 「あのね、さっき、碇君が霧島さんを紹介してくれた時、霧島さんが碇君に”お友達?”って聞いたの・・・。覚えてる?」

 碇君は首を振った。やっぱり。

 「それで、碇君、”うん”って・・・。だから、私、すごくがっかりして・・・。それで、ちょっと・・・悲しくなって・・・。ごめんなさい・・・。信じてたのに・・・なんだか・・・碇君に、悪くて・・・。」

 恥ずかしい・・・。

 碇君はこんなにも私のことを思ってくれてるのに・・・。私は、つまんないことに、やきもち妬いて・・・。

 「嘘?そんなこと、僕言った?」

 碇君には、少しもそんな気無かったのにね・・・。

 「わ、私には、そう聞こえたの。じ、自分のコンプレックスのせいなの。私の、せいなの・・・。」

 本当に、そう・・・。

 「だ、だけど、これから、ちょっとずつ、頑張るから。自分に、自信、持てるように、頑張るから・・・。」

 だから、ずっと私を好きでいて・・・。

 私も、碇君を、ずっとずっと、好きだから・・・。



 「お疲れ。」

 カヲルはジュリオを出迎えた。

 「あの二人、どこ行くかわっかんねぇんだもん。苦労したぜよ・・・。」

 ジュリオは口ではそう言いながら、笑顔で腰を下ろした。カヲルがオレンジジュースを差し出す。

 「安心しな。ローマ市内なら街中、あの二人には一本も指触れさせないようにきつく言っておいたし、二人が行くところには余計な人間がいなくなるように手配してあるからさ。」

 奥の方から声がする。

 それは、振り向かないのが、ルールだ。

 「ありがとうございます。」

 カヲルはこちら向きのままで御礼を言った。

 「いいなぁ、しかし・・・。カヲル、君の父さんは”魅惑の弾手”と”東洋の神秘”を二人とも抱えているのか?」

 ”声”が心底羨ましそうな声を出した。

 「”魅惑”だけですよ。”神秘”は”魅惑”のものです。」

 カヲルは笑いながら答えた。

 「ちっ!もし抱えてたんだったら”神秘”を次の”ミラノ”で貸してもらおうと思ったのに・・・。」

 ”声”は残念そうに舌打ちをした。

 「まだ中学生ですよ?モデルは無理でしょう?」

 「いやいや、子供服だって作っているのだ。それに、朝刊を見ただろ?カラーになるってことは、それだけ受けが良かった、ってことだぞ?充分だと思うがなぁ・・・。」

 ”声”は諦め切れないように饒舌になった。

 「へっへぇ。俺、さっきその”神秘”の微笑を生で見たもんね。」

 オレンジジュースを飲んでいたジュリオが中断して軽口を叩く。

 「なにっ!

 「さっき、俺が”腹減ったぞぉ”って言ったら、にこってね。いやぁ、あれが”モナリザの微笑”って奴?いいなぁ、あれ・・・。」

 ジュリオがわざととろんとした目つきをして見せる。

 「な、なんと羨ましい奴だ!!

 「ボスもたまには外にでりゃあいいんですよ。あれは金払ってでも見る価値ありますぜぇ?」

 ジュリオが”声”をからかう。

 「アルカイックスマイルって奴ですね。オリエンタルな響きですよね。」

 カヲルは静かに説明を加えた。

 珍しいこともあるものだ・・・。

 カヲルは”声”にそれほどまで固執させた自分の友人を誇らしく思った。

 「でも、仲いいくせに手もつながねぇんだな、あれ。見てるこっちが照れてくるぜ?」

 ジュリオはカヲルの隣でオレンジジュースを飲み干すと、グラスに残った氷を頬張った。

 カヲルはジュリオに笑いかけた。

 「それが日本人だからね。」

 今頃は二人仲良くお土産でも選んでいることだろう。

 そうだ、直美にも何か届けてもらおう。

 電話で合格を知らせた時、とても喜んでたしな。

 一度、帰ろうかな・・・。

 日本へ・・・。

 カヲルは夕暮れの近くなった空を見上げた。

 明るい真夏の太陽が、恋の季節を告げていた。


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