| 転校生 R |
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| 作 : Ophanim |
| 第8話 栄光は誰の手に |
とうとうその日がやってきてしまった・・・。 碇君の、オーディションの日・・・。 「大丈夫だよ、みんなの方が緊張しているんじゃないの?」 碇君はそう言って笑う。 強いね、碇君・・・。 あんまり緊張してないみたい。 「そりゃあね・・・。ちょっとは緊張してるけどさ・・・。でも、別にこれでもうチャンスが無いわけじゃないし・・・。今回だめだったらまた受けるよ。」 ええ? 「だ、だめぇ・・・。」 私は半泣きで碇君の背中に抱きついた。 「ど、どうして泣くのさ?」 碇君は驚いたみたい。 「だ、だってぇ・・・。」 「そりゃそうでしょ?私達はもう帰ってしまうのよ?」 お義母様が私の気持ちを察して碇君に注意してくれた。 「あ、そうか。・・・なんだか急に緊張してきちゃったじゃないかぁ。」 ご、ごめぇん・・・。 「冗談だよ、綾波。そんな顔しなくてもいいじゃない。大袈裟なんだから・・・。」 碇君はにっこり笑って私の頭を撫でた。 私よりすっかり大きくなってしまった碇君はなんだかお兄ちゃんみたい・・・。 頼もしいなぁ。 碇君の説明では、オーディションは課題曲と自由曲の2曲を演奏することになってる。合計20分程度。課題曲は人によって違ってる。前もって何曲か種類が発表されていて、その場でその中の一つを指定される。 この前こっちで初めてクラシックのコンサートを聞きに行った。 そこで判ったんだけど、クラシックの場合は私達の音楽の授業なんかと全然違って、楽譜通りに弾けばいいというものではないみたい。指揮者が違うと、同じ曲でも雰囲気が全然違ってる。だから単にミスをしないだけじゃなくて、指揮者の気持ちを読み取ってそれにあわせる表現力も要求されてるみたいなの。 だから、正確さを要求される課題曲とは別に表現力、感受性を問われる自由曲の二つが試験科目に設定されているのね。 「ところで、オーディション会場に入るのにチケットが要るって知ってた?」 え? し、知らない・・・。 私は首を振った。 「えぇっ!?持って無いの?オーディションって結構人気あるから今からじゃとても手に入らないよ?」 えぇ!? 私はお義母様お義父様達と顔を見合わせた。 「ど、どうしましょう?」 「どうって・・・ねぇ。あなた、何とかならないの?」 「うーむ・・・。」 私達は困ってしまってただ難しい顔をするしかなかった。 「しょうがないなぁ・・・。じゃ、このチケット、どうしようかな・・・?」 ・・・? ば、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! 私は悪戯っ子のような顔で笑っている碇君を両手で叩いた。 私達は会場の一番いい席に陣取った。 ちょっと気分が落ち込んでいる・・・。 なんだか、この前から色んな人に苛められっぱなし・・・。 えぇと、伊吹先生でしょ、碇君でしょ、お母さんでしょ・・・。 お義母様に言われた言葉が胸に蘇る・・・。 ”尽くすタイプの女の子は相手を良く見ないとただ利用されて終わるわよ” 私って、苛め易い性格なのかな・・・。 壇上に10個のボックスがある。黒い暗幕で覆われたそのボックスのどこかに、碇君が入っている。人種差別や賄賂を防ぐため、どのボックスに誰が入っているか判らない状態で演奏が行われる。そして、その音だけを聞いて、合格者を一人、決めるの。 早速演奏が始まった。課題曲を弾いている最中、その一人目の演奏者は私が聞いても判るほど大きな失敗をした。それが後を引いたのか、続く自由曲でも・・・。審査員をチラッと見ると、みんな首を振っている。この子は、だめだ。どうか、碇君ではありませんように・・・。 でも、きっと違う。 碇君、あんなにリラックスしてたもの。 一度のミスを引きずるほど弱くない。 二人目・・・。 はっとするほど巧い。 演奏中、私は審査員たちを見た。首を縦に振る仕草が続く・・・。 演奏が終わった。 『これが、シンジかな?』 お義母様は首を回しながら私に話しかけた。 私は微笑みながら、何も答えない。 審査員たちは、みんな頷きながら、時折首や肩を回している。 『これがシンジだといいなぁ・・・。』 お義父様もそんなことを囁きあってる。 碇君、大丈夫? ”この人に、勝てる?” そう、これは絶対、碇君じゃない。 この人に、負けないで・・・。 私は目を閉じた。 耳だけで、碇君の演奏を待つ。 自分のことじゃないのに、緊張が続く。 ちょっと疲れて来た・・・。 ふっと・・・。 眠気を誘うような音楽が流れてきた。 私は引き込まれそうになって慌てて目を開けた。 そっと審査員たちを見てみると・・・。 みんな目を閉じている。 曲が終わった後、慌てていかめしい顔を作り直している。 頬がすっかり緩んでしまっていたからだ。 どうだろう・・・? 3時間近くのオーディションでも、こうやって一人づつ聴いているとあっという間だ。 審査に入った。 会場がざわめき出す・・・。 「どう?レイちゃん。シンジ、採れそう?」 お義母様が大きな伸びをしながら、そのままお義父様にもたれかかる。 「判りません。最初の方に、巧い人がいましたから・・・。」 私はつい、本音を言ってしまった。 「え?あれ、シンジじゃないの?」 お義母様はがっかりしたような顔をしてしまった。 「?ユイ、なんでレイちゃんのいうことがそんなに気になるんだ?」 お義父様は当然の疑問を口にする。 「だって、レイちゃんが、シンジの曲なら練習場で聴いても判るって言うんですもの・・・。」 お義母様はすっかりお義父様に甘えている・・・。 羨ましい・・・。 ちょ、ちょっとだけね? 「そうなのか?じゃ、何人目だったんだ?」 お義父様は私に質問する。 こ、こうなるから嫌だったのに・・・。 「えーと・・・その・・・8人目・・・です・・・。」 私はおずおずと答えた。 「え?あの、眠くなっちゃいそうな奴?あんなのだめじゃない・・・。」 案の定、お義母様もすぐに私の意見を否定した。 「で、でも・・・それなんです・・・。」 「じゃ、違ってたらどうする?」 お、お義父様ぁ・・・。 「そ、それは・・・。」 ・・・。 「じゃ、こうしよう。明日シンジとデートするんだろう?当たってたら、その時かかったお金は全部私が出してやろう。外れてたら、それは無し。ただし、居残りで宿題をすること。」 ええええええええ? お、お義父様まで私を苛めるのね・・・。 「あ、泣かせた!」 お義母様がちょっと怒った声を出す。 いいえ、違います。 その条件が厳しくて泣いているんじゃありません・・・。 「い、いやそんな本気にしなくても・・・。」 お義父様が慌てて私を宥める。 「あ、その・・・違うの・・・。・・・それでいいです。」 私はそっと目を押さえながらお義父様の出した条件を飲んだ。 「いい?別に守らなくてもいいのよ?」 お義母様が私の耳元で囁く。 「違うんです・・・。その・・・みんな私を苛めるから、お義母様が私に言ったことが気になって・・・。」 私は自分の気持ちを正直に打ち明けた。 「あはは・・・それはちょっと違うわよ。レイちゃんが可愛いからからかいたくなるだけよ。健気だし・・・。」 お義母様は笑いながら私の心配を打ち消した。 「そう・・・なんですか・・・?」 私は過去の自分の色々な経験と照らし合わせた。 そんなことも無いような気がする・・・。 何もしなくても、苛められた時がある。 みんなにあわせようとしても、苛められた時がある。 逆に、出来るだけ一人でいよう、としても、やっぱり苛められた時が、ある・・・。 碇君がいなければ・・・。 そう、碇君でなければ、もう、誰も私を振り向かない・・・。 あ。 『友達になって下さい。』 ・・・大和さん・・・。 そう言えば、私の周りには、最近友達が増えた・・・。 『ね、今日調理部に来ない?』 ヒカリさん・・・。 『すごいわ!レイちゃん!!』 長門さん・・・。 前では、考えられなかったこと・・・。 碇君と一緒にいると、きっと私も変わってるんだと思う。 私が持っている、雰囲気が変わっているんだと、思う・・・。 だったら、中身も変わらないといけない。 「あの・・・。」 私はお義母様に声をかけた。 「なぁに・・・?」 「こ、これからも、よろしくお願いします・・・そ、その・・・ふつつかですが・・・。」 馬鹿ね。 お義母様はそう言って私の頭を撫でた。 当たり前じゃないの。 その声はとても優しかった。 「では、合格者を発表します。」 緊張が走る。 「その前に・・・。」 がく・・・。 「もぉ・・・なんなの?」 一斉に力の抜けた私達はふぅっと大きなため息をついた。 「協議の末、今回は合格者を二人にすることになりました。」 お義父様がそれを訳してくれた時、私は天にも上る気持ちだった。 「よかったぁ・・・、これで・・・。」 「静粛に!」 ごめんなさい・・・。 「それでは改めまして、合格者は・・・2番!」 あ・・・。 さっと幕が上がった。 そこに座っていた少年は、金髪の男の子・・・。 立ち上がって天に向かって祈りを捧げている・・・。 「さ、こちらへ・・・。」 司会者が彼を連れていく。 楽器を手に持って、嬉しそうに微笑みながら・・・。 「もう一人の合格者は・・・。」 お願い。 8番・・・。 「8番!」 良かった! 「ま、まだ早いわよ、レイちゃん・・・。」 お義母様が私を座らせる。 知らない間に立ち上がっていたみたい・・・。 幕が上がる・・・。 ほら、やっぱり・・・碇君・・・。 「き、君、どうして楽器を片付けてるんだ?」 碇君はチェロをすっかりケースに入れてしまっていた。 「あ?え?あ、そうか。合格すると、もう一回演奏するんでしたっけ?」 「そうだよ。君、合格する気無かったの?」 審査員にぶつくさと文句を言われて、碇君は頭を掻きながら出てきた。 壇上に座り込んで楽器を作り直し、音合わせしてる・・・。 もぉ・・・恥ずかしいなぁ・・・。 二人の合格者は並んで演奏をした。 さすがにこの試験に合格するだけあって、いきなりの合奏でもぴったりお互いの意思があっている。曲の最中に、碇君がふっと上を見るような仕草をする。相手の男の子が頷く。その数小節後、碇君は高音部、相手の子は低音部に見事に分かれた。 「すごい・・・。」 聴いたものを出してしまうのが勿体無くて、ため息も出ない・・・。 曲が終わった時、みんなが深いため息をついたのが良く判る。みんな息を止めてたのね・・・。 結果、最優秀賞は相手の子・・・コンラート=ローレンツさんに決まった。その代わり、碇君には奨学金が出るの。イタリアで頑張ってる外国人だから、かな? 「ちょっと違うね。審査員が感動したんだよ。」 あ、渚先生・・・。 「お久しぶりです・・・。」 私はちょこんと頭を下げた。 碇君が戻ってくる。楽器は手に持ったまま・・・。 壇上からいきなり客席に降りてきたんだもの・・・。びっくりしちゃう・・・。 「あれ?先生、カヲル君は?」 碇君は渚先生とちょっと抱き合うようにして喜びを表現すると、すぐに渚君のことを口にした。 「一足先に合格したよ。あれはイタリアの友達と合格祝いに行っているんじゃないか?」 渚君は声楽の方で今日オーディションだったらしいけど、無事合格してる。ルックスもいいから、少年役のオペラ歌手として、もういろんな所からオファーが来ているみたい。 「や、綾波、どうだった?」 碇君はいろんな人から握手を求められて、それに応じながら、私に感想を聞いた。 「それよりも、碇君、どうしてあの時楽器しまってたの?」 私は観衆の目の前でいそいそと楽器を作り直して、ぎーこぎーこと音合わせまでした碇君の気持ちが判らなかった。審査終了後の受験者は、合格するかもしれない、と思って、普通は最後の最後まで楽器をしまわないものだと聞いていたし・・・。 「言ったじゃないか。別に今日合格しなくてもいいんだって。その分、今日は綾波や父さん、母さんのためだけに弾いたんだから・・・。あの試験で今日はおしまい。今日はもう弾く気無かったんだけどねぇ・・・。」 碇君ってば・・・。 しれっとしてそんなこと言えるようになったの? 「気障過ぎよ・・・。そんな碇君・・・も、好き・・・。」 私の言葉の最中に、碇君がそっと私の腰を抱いた。 抱き合う私達の姿に、会場から祝福の拍手が沸き起こる。 恥ずかしい・・・。 みんな、見てたんだ・・・。 碇君・・・。 ? あ、もう・・・。 碇君は手を上げて観衆に応えている。強くなったんだ・・・ほんとに・・・。本当に、こんな大会、通過点だと思ってたんだ・・・。それほど、強くなったんだ・・・。 あ、やだ・・・調子乗らないで・・・。 でも・・・。 私も、変わりたい・・・。 強く、なりたい・・・。 強さを、下さい・・・。 私は割れるような口笛が鳴る中、碇君の唇を受け止めた。 こうすれば、きっと強くなれるから・・・。 |