転校生 R
作 : Ophanim
第7話 協奏曲


 

 今日はみんなで市内を観光。でも、碇君は練習に行ってしまった・・・。

 あれから碇君は会ってくれない。電話も、くれない・・・。

 “練習しないといけないから”ってそればっかり・・・。

 もうすぐオーディションなんだって・・・怖いくらいの顔をして・・・。

 でも、うまくいってないみたい。

 あれからすっかり調子を崩してしまったみたいで、表情もとても固い。

 私は碇君のためになると思って言ったんだけど、でも・・・良く考えたら、そうだよね・・・。本番までそんなに日が無いのにあんなこと言われたら、誰だって・・・。

 お父さん、お母さんまで呼んでの大舞台なのに・・・。

 私のせいだ・・・。

 碇君が失敗したら、私のせい・・・。

 今日一日で回る予定だった場所を午前中で回り終わってしまって、お義母様と私はお義父様と別れてお昼にしていた。買い物とかするつもりだったのに、なんだか気分が乗らなくて・・・。あ、いけない・・・。どこを見て回ったのかも良く覚えていないわ・・・。

 「元気無いわね。」

 お義母様は明らかに無理に作っていると判る、妙に明るい声を出した。

 「はぁ・・・。」

 私はイタリアでもどこででも、気落ちしている、と判ってしまうほど力の無い声で答えた。

 「昨日の、気にしているんでしょう?」

 ちく・・・。

 い、いきなり核心をつきますのね、お義母様・・・。

 「えぇ・・・。

 私は顔が引きつったような答えかたをした。

 「元気出して・・・。」

 「でも・・・。」

 無理ですよぉ・・・。

 私は涙目でお義母様を見上げた。お義母様の綺麗な口元からため息が出てくる。

 「あのね、レイちゃん。あなたが聞いて、だめだと思ったんでしょう?」

 「・・・えぇ・・・。」

 そ、それはそうですけど・・・。

 「じゃあ、胸張ってだめだって言いなさい。みんなで誉めてばかりいたら、あの子のためにもならないわ。」

 うう・・・。

 それはそうだと思いますけどぉ・・・。

 「でも、どこが悪いのか、判らないんです・・・。」

 私は申し訳無くて顔を伏せた。お義母様はもう一つため息をつきながら、何か考えるように細い指を自分の頬に当てた。

 「そうねぇ・・・もう一度、シンジの演奏を聞いてみるっていうのはどう?」

 そう、ですね・・・。可能なら、それが一番いいと思います。でも・・・。

 「でも、碇君、会ってくれるかしら・・・。」

 それが一番の問題。

 あの碇君が怒ってしまったくらいだから、きっとまだ許してくれないと思う・・・。もしこのまま碇君に嫌われてしまったら、私、どうしたらいいだろう?

 「シンジ、馬鹿だからきっともう忘れているわ。だから、大丈夫・・・。」

 お義母様、ありがとうございます・・・。本当に優しい・・・。でも!

 「はぁ・・・でも、お義母様・・・。」

 私はきっと顔をあげた。

 「なぁに?レイちゃん。」

 お義母様は私が元気になったと勘違いして微笑んでいる。

 「碇君は馬鹿じゃありません!

 私はぷぅっと頬を膨らませた。




 私達は早速バスに乗って碇君がいる練習場に向かった。ちょっとした手続きをしてから、中に入る。

 外にいたときはあんまり聞こえなかったけど、中に入ると本当にすごい音・・・。まるで音の海の中にいるみたい。

 ちょうど体育館のような感じのフロアがあって、パイプ椅子がそこらじゅうに置いてある。練習する人と、それを見学に来た人が自由に使っていいみたい。部屋の正面には一段高くなった場所があって、なんだか良く判らない小部屋がいっぱいあった。

 「あ、いたわよ。レイちゃん。」

 お義母様が私の肩を叩いた。その指の指し示す方向に、碇君がいた。

 碇君は部屋の奥の方で練習していた。

 音の海の中で、大波と必死に戦っているみたいに見える。

 「あ・・・。

 私を見つけた碇君はぷいっと向こうを向いてしまった。碇君、やっぱりまだ怒っている・・・。

 嫌われちゃった・・・。

 私の目に涙が浮かんだ。

 「シンジ・・・あの馬鹿・・・!」

 碇君の様子を見たお義母様・・・あ、もういいのかな?・・・ユイおばさまはかんかんに怒って、碇君に向かって今にも走り出そうにしている。

 「待って、お義母様、いいんです・・・私、ここで聞いてます・・・。」

 私は慌ててユイおばさまを止めた。

 これ以上嫌われたくない・・・。

 もうだめかもしれないけど・・・、私が悪かったんだし・・・。

 私は部屋の隅の椅子にちょこんと座った。

 あぁ・・・。

 こんな時、アスカさんだったら、逆に碇君を叩いているんだろうなぁ・・・。

 “男のくせにみっともないことすんじゃないわよっ!”とか言って・・・。

 あ・・・。

 アスカさんのことを考えたら、ちょっと気持ちに余裕が出てきた。深呼吸を一つして、もう、大丈夫。涙もおさまったみたいだし・・・。

 「ここでってねぇ・・・。レイちゃん、たまにはあの子を怒ってもいいのよ?」

 ユイおばさまは呆れたように私を見た。

 「えぇ・・・。でも、今は、いいんです。あんまり碇君の邪魔したくないですから・・・。なんだか、私が側にいると縁起悪いとか思っているかもしれないし・・・。」

 あ、言っててまた悲しくなってきちゃった。

 その私の表情を見たユイおばさまは“それじゃあ私がシンジを叱っておくから”、と言って立ち上がった。

 「だ、だめですぅ・・・。ユイおばさま、やめてください。碇君を叱らないで下さい。今、大事なときなのに・・・。私が悪かったんです。試験終わってから、謝りますから・・・。」

 ユイおばさまは私の頭をそっと撫でた。

 「レイちゃん、あなたがそういうならいいけど・・・。でも、こんなところで聞いたって、シンジの音を聞き分けられないんじゃない?」

 ユイおばさまは首をふりふり碇君のところに歩いていった。

 大丈夫です、おばさま。

 部屋の中そこかしこに人がいて様々な音を出している。

 でも、私には、判る。

 碇君の音は特別なの!

 どこで弾いていても、私の耳に、心に、染み渡るように響いてくるの!!

 ・・・。

 ・・・?

 ・・・・・・。

 「どう?」

 あ、お義母様・・・。

 「・・・判らない・・・。」

 私はうつむいたままで答えた。

 「?」

 お義母様は怪訝そうな顔をした。

 「どれが碇君の音だか判らない・・・。」

 私は顔をあげた。

 「でしょう?さ、こっちいらっしゃい・・・。」

 お義母様はにこにこしながら私に手招きをした。

 「シンジには私から言っておくから、ね?」

 大丈夫です、お義母様。

 「ええ。行きます。もう、判りました。」

 私は椅子から立ち上がった。

 「??」

 私の態度が急に変わったので、お義母様はびっくりしているみたい。でも、ちょっと待ってて下さい。私はぽんぽん、とお尻の周りを叩いて、埃をはたいた。よくみると、とっても汚れてた。あは、こんなに汚れてたのに、気がつかなかったんだ・・・。

 「碇君の悪いところ、判りました。」

 私はお義母様ににっこりと笑いかけた。

 「???どういうこと?」

 お義母様は目をぱちくりさせている。

 「碇君の悪いところ、今なら説明できます。行きましょう。」

 私は碇君のほうに向かっていった。お義母様よりも、先に立って・・・。

 碇君は私に気がつくと、くるっと背中を向けてしまった。

 それでも、私は構わない。

 碇君に向かってどんどん歩く。

 「碇君。」

 私は碇君の背中に向けて話しかけた。

 アスカさんみたいに腰に手を当てようと思ったけど、やめた。似合わないし・・・。

 「なに?」

 声がちょっと怒っている。

 「お、怒らないで聞いてね。」

 私は碇君の声に気圧されながら、それでも言わなくちゃいけない、と気を強くした。

 「私、碇君の演奏の悪いところ、判ったの。」

 碇君の背中がぴくっと緊張する。

 私はその背中にそっと胸をあわせた。碇君の緊張が伝わってくる・・・。

 「そのままで聞いて。あのね、技術的には何にも問題無いと思うわ。とっても上手になってます。頑張ったのね・・・。偉いと思います。」

 碇君の緊張が少し、解ける・・・。

 「でも、技術ばっかり見ているうちに、聞いている人のことを考えられなくなってたんじゃない?」

 碇君の背中が急に小さくなったような気がした。私は、碇君が消えてしまわないように、しっかりと抱きしめた。

 「あ、あの・・・自信無くさないでね。だめになったって言っているわけじゃないから・・・。でも、前は聞いていて、とっても優しい気持ちになれたの。でも、でも、昨日は、聞いていてとっても窮屈で、終わった後・・・なんだかすごく肩が凝ったの。」

 本当にそうだった。なんだか、疲れた。ずっと緊張して聞いていたような感じがして、碇君の曲じゃないみたいだった。すぐに気がつかなかったのは、目の前で碇君が弾いていたからだと思う。

 「綾波・・・。」

 あれ?

 碇君、そんな怖い声で・・・。

 怒ったかな?

 「お、怒らないでぇ・・・。」

 私は涙目になって、碇君の背中に顔を隠した。

 「いや、怒らないよ。・・・本当に、そうだった?」

 そう言いながらも、碇君の声はやっぱり怖い声だった。

 「・・・うん・・・。」

 私は慎重に頷いた。このままじゃ逆効果になってしまう。やっぱり、やめておけばよかったかなぁ?

 「そうか・・・。そんな風に思っていたのか・・・綾波は・・・。」

 え?碇君・・・怒ってる?

 碇君の声は昨日、怒ったときの声そのままだった。

 「ご、ごめんなさい・・・もぅ、言わないから・・・許して・・・。」

 私は泣き出してしまった。

 碇君に嫌われてしまったら・・・、もう・・・、生きていたくない。

 ・・・死んでしまいたい・・・。

 「許すも許さないも無いさ。謝るのは僕の方だから。ごめん、綾波。僕が間違ってた。」

 「え?」

 私は不思議な感じがして碇君の顔を見上げた。

 背中ごしだから良く判らないけど、なんだか怒っているのとは違うみたい。

 でも、声は怒っているんだよねぇ・・・。

 「基本もできていないくせに、譜面ばっかり追って・・・お客さんのことなんか考えてなかった。審査員に受ける、小手先の技術ばっかり気にしていた・・・。点数のことしか、頭に無かった・・・。聞いてくれる人を、楽しませようなんて気持ち、忘れていた・・・。」

 碇君はがっくりと肩を落としたまま、まるで独り言のように話している。

 でも、その表情や態度とは裏腹に、声はまだ怒っているように聞こえる。

 

 あ!

 そう言えば、碇君、声変わりしたって言ってた!!

 じゃ、じゃあ、今までのは全部、声変わりしているから怖い声に聞こえてただけ・・・?

 そう考えると、そんな気もしてきた。

 もしかして、昨日も怒って出ていったんじゃなくて、もっと練習しないと、って思って出ていったのかもしれない。

 だとすると、今日だって、本当に練習したかっただけなんだ、って思える。

 私、一人で勝手に最悪のシナリオを想像して、一人でその悲劇に浸っていたのかもしれない・・・。きっと、そう・・・。

 「碇君・・・。」

 ごめんなさい、碇君・・・。

 「僕は、馬鹿だった・・・。綾波は本当に僕のことを考えて言ってくれていたのに・・・。自分が壁に当たっていたことを、人のせいにしていた・・・。自分を本当に判ってくれる人を、失うところだった。」

 あぁ、違うの、碇君。私も悪かったの・・・。

 「碇君、もういいの・・・。」

 「点数じゃ、どんなに頑張ったって100点までしか取れない・・・。その先なんてありっこない・・・壁があって、当然だよね・・・。」

 あぁ、困った。

 碇君は泣きそうなほど落胆していた。

 今まで自分のやってきたことを、間違っているわ、って言われたんだから、そうだよねぇ・・・。

 でも、このままじゃ碇君、本当に自信を無くしてしまう・・・。

 何とかしないと・・・。

 私は碇君の前に回って、碇君の頭を抱きしめた。

 「碇君、お願い。もう自分を責めないで・・・。私がついているから・・・。ね、試験なんて、何回受けても、落ちてもいいわ。私のことを考えて弾いて。碇君の曲を聞かせて。碇君の音を、聞かせて・・・。」

 私はまるで子供をあやすように、碇君を優しく撫でた。碇君は最初驚いたみたいだけど、でも今は目を閉じて落ち着いた表情になってる・・・。

 「・・・ありがとう、綾波・・・。」

 「そんな・・・。」

 声はまだ怖い感じがするけど、声変わり中だもの、仕方ないよね。

 「それと、ごめん。僕、馬鹿だから・・・。綾波をおいて練習ばっかりで・・・。いまさら焦ってもしょうがないのにね。今日くらい練習忘れて綾波に付き合ったって良かったんだ・・・。」

 碇君ってやっぱり優しい・・・。

 「そんなことないわ。でも、・・・寂しかった・・・。」

 「・・・ごめん・・・。」

 あ、ちょっといじめちゃった。

 だって、こうしてるとまるで子供みたいなんだもの・・・。

 「だから、もう私を寂しくさせないで。」

 「ああ・・・判ったよ、綾波・・・。」

 今なら何言っても許してもらえそうな感じぃ。

 「えへ・・・もう少し、こうさせてぇ・・・。」

 私は今度は碇君に何をお願いしようか考えながら、碇君に頬をすりすりした。そしたら、碇君に産毛のようなひげがあってびっくり・・・。

 「碇君。これ・・・。」

 私は碇君のひげを引っ張った。

 「あ、痛いよぉ・・・。綾波ぃ・・・。」

 あはははは。

 「碇君、背中も大きくなったわ・・・。背もどんどん大きくなってくし・・・。声変わりもしていくし・・・。どんどん大人になっていくのね・・・。なんだかおいて行かれそうな気がしてちょっと怖い・・・。」

 私は少し寂しくなって碇君の目を覗きこんだ。

 「そ、そうかな?でも、綾波だって胸、大きくなったじゃない?」

 え?

 あ!

 「い、碇君のえっちぃ!!

 私は思いっきり碇君を突き飛ばしてしまった。



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