転校生 R
作 : Ophanim
第6話 不協和音






 イタリアの空港待合い室・・・。

 「変ねぇ・・・確かにここで待ち合わせたのよ・・・。」

 お義母様はあんまりにもがっかりしている私の様子を見て、そわそわと辺りを見回したり案内を確認したりしている。

 「おい、ユイ。ちょっと大人しくしなさい。」

 お義父様はお義母様と反対に、全く同じ場所に立ったまま動かない。

 「で、でも・・・レイちゃんが・・・。」

 お義母様・・・。

 「すみません・・・私、大丈夫ですから・・・。」

 無理に笑おうとしたのが良くなかったのか、私はすっかり泣き笑いになってしまった。

 「お前がそわそわ動くと余計に不安になる。少しはシンジを信用したらどうだ?」

 うわぁ・・・。

 お義父様は少しも怒ってなかったけど、お義母様は大人しくその言葉に従った。そう言われてみれば、目の前をちらちら動かれないだけで何となく落ち着いた気持ちになるわ。

 頼もしい、ってこういうことなのかしら?

 お義母様は、きっと、お義父様のこういう所を好きになったのね・・・。

 「荷物に気をつけろ。今私達に出来るのはシンジを待つことだけだ。だが、その間にものを盗まれてしまっては折角の旅行が最初から台無しだ。」

 そんなに気を配らなくても・・・。

 私はのろのろと立ち上がった。

 「きゃぁ!

 背後からいきなり抱きつかれて思わず大声を上げてしまった。

 「だ、誰ですかぁっ!?止めて・・・止めて下さいっ!

 私は涙を流しながら振り解こうともがいた。

 碇君、助けて・・・。

 「綾波、僕だってば・・・。」

 あ、碇君、助けに来てくれたのね・・・。

 私は必死に身体を縮めながら、私の首にまとわりついている腕に噛みついた。

 「い、痛いってば・・・。」

 うぇえ・・・。

 細かい毛がいっぱいだぁ・・・。

 「綾波、やめてよ。」

 「碇君・・・?・・・じゃない。」

 私はきょろきょろと声の主を探した。碇君に似た声だけど、ちょっと違う。

 「僕だよぉ・・・判らないの?」

 私はおそるおそる頭を上げた。

 「え?碇君、なの・・・?」

 おっきぃ・・・。

 「あはは、こっち来てから背が伸びたからねぇ・・・。」

 うわぁ・・・。

 照れながら頭を掻く碇君は、私より頭一つも大きくなっていた。日本にいた、つい半年くらい前まで、私とあんまり変わらなかったのに・・・。

 「うわ、血が出てるよ。綾波、本気で噛んだね?」

 あ・・・。

 「ご、ごめんなさい!あ、あの・・・。ハンカチ・・・。」

 私は慌てて自分のハンカチを取り出して、碇君の二の腕に巻いた。私の小さな歯形に沿って、紅い円がついている。少しだけ毛深くなった二の腕も少し太くなったみたい・・・。

 「まぁ、判らないのも無理ないよね?声変わりし始めたし、背も伸びたし。でも、それはお互い様だよ。綾波だって肩の辺りまで髪伸びたし、身体も丸くなったような気がするし・・・。」

 「やだぁ・・・。もぉ・・・恥ずかしい・・・。」

 私は顔を紅くして、そしてそれを見られたくなくて、顔を両手で覆った。

 「あ、いや。変な意味じゃ無いんだけど・・・ほら、綾波だって自分で手紙に書いてたでしょう?あ、それに、二人三脚の時とかに比べると肉付きも良くなったっていう意味で・・・あ、あれ?それじゃ一緒か?」

 もぉ・・・変なところばっかり見ないでぇ・・・嬉しいけど・・・。

 「それに、綺麗になった。」

 

 本当?

 「お世辞でしょう?」

 「ううん!違うってば。本当に。」

 えへ。

 「ありがと・・・。い、碇君も・・・かっこいいよ・・・。」

 それっきり、私達はお互いに顔を紅くしたまま黙ってしまった。

 「はいはい、感動の対面はそれまで。」

 お義母様が碇君と私の間に入ってきた。

 「シンジぃ・・・ちょっとは親の目を気にしてくれないかなぁ?」

 「そうだぞ、シンジ。」

 あぁっ!言われてみれば・・・。私ってば、よりによって碇君のお父さんとお母さんの前でこんな・・・。・・・恥ずかしい・・・。

 「あ、ごめん。父さん、母さん。でも、ありがとう。綾波を連れてきてくれて・・・。」

 碇君はそう言って二人に頭を下げた。多分、親子の感動の対面も期待していたお義父様とお義母様は二人で顔を見合わせてしまった。そして仲良く小さなため息をつくと、私の手を取って碇君の手の中に入れた。

 「(後で覚えてなさいよ・・・。)」

 お義母様は私の耳元でそう脅かす。

 「(シンジのことを”あなた”って呼べるようになるまで許してあげないんだから・・・。)」

 「(えぇっ!そんなぁ・・・。お義母様ぁ・・・。)」

 私はお義母様の幸せな悪戯に困ってしまった。

 「でも、良く私だって判ったわねぇ・・・。」

 私は周りを見ながら碇君に聞いた。人混みはいっそう激しくなっていた。

 「髪の色だよ。」

 碇君は私の頭を撫でながらそう言った。

 私は反射的に身体を固くした。

 ・・・髪の色を言われるのは、嫌い・・・。

 飛行機の中でも、子供達の無邪気な言葉が突き刺さった。

 ”ねぇ、パパぁ。あの人、髪の色変だよ・・・。”

 胸の奥深くからどうしようもない気持ちが湧き上がってきて、眠ることにしたんだった。そして、悪夢を見た・・・。

 でも、碇君は私に構わず言葉を続けた。

 「この髪の色は、きっと世界でも珍しいから、どんな人混みの中にいても捜し出せると思うよ。だから、恥ずかしがって隠したりしないでね。他の人は何を言うか知らないけど、”僕は綾波のこの髪の色、気に入っている”んだから・・・。」

 それは、15年近く感じ続けていた私のコンプレックスが消えていった瞬間だった。




 私達はお義母様の予約していたホテルに入った。

 「私とこの人がダブルの部屋、この子にシングルの部屋、ね。」

 お義母様は碇君に通訳を頼んだ。

 それにしても、ダブルだって・・・。

 やっぱり、夫婦っていいなぁ・・・。

 「母さん、シングルは無いって言ってるよ。ここは日本じゃないんだからシングルなんて滅多に無いよ・・・。」

 碇君は流暢なイタリア語(誉め過ぎ?)で交渉してる。

 「あらそうなの?どうしてかしら?」

 「だって、ヨーロッパの人の旅行って言ったら家族旅行か新婚旅行に決まってるじゃないか。一人で旅行する人の方が珍しいんだよ。」

 碇君はそう言って私の荷物を二つ手に取った。

 ありがと・・・。

 「そんなこと言って・・・。本当はうまくいったらレイちゃんと同じ部屋に泊まろうと思ってるわけじゃないでしょうねぇ?」

 エレベーターに乗ってすぐ、お義母様は早速碇君をからかった。

 え?そうなの?碇君?

 「ばっ!馬鹿なこと言うなよっ!!そんなわけないだろっ!もしそうするつもりなら、ダブルを二つ取るってばっ!!

 碇君ってば・・・。

 「「ほほぉ・・・。」」

 お義父様もお義母様もにやにやしている。

 「あ、いや、その・・・。」

 はっきりしてよぉ・・・。

 「その、碇君。碇君さえ良ければ、私は別に・・・。」

 そうすれば夜もずっと一緒にいられるし、お話とか出来るし・・・。

 「「「ええっ!!」」」

 そ、そんなに驚くことかなぁ?

 「だ、ダブルを取ってきなさい、シンジ・・・。」

 え?

 お義母様?

 「ち、違いますぅ!つ、ツインだったら、碇君と一緒の部屋でもいい、っていう意味ですぅ・・・。」

 私は慌てて訂正した。

 「「なぁんだぁ・・・。」」

 お義母様・・・それに、碇君・・・。

 「び、びっくりさせないでよぉ・・・綾波ぃ・・・。」

 勝手に解釈したの、碇君でしょう?

 「”期待させないで”、の間違いでしょう?」

 お義母様も、もうそろそろ碇君を許してあげてぇ・・・。

 やっとエレベーターが目的の階に着いた。

 私の部屋はお義父様達の隣。碇君がふぅふぅいいながら私の荷物を運んでくれた。そのまま、私達は部屋の中にあった椅子に、向き合うように座った。

 「ありがとう、碇君・・・。」

 「いいんだよ。こっちこそ、ありがとう。わざわざイタリアまで・・・。身体はもういいの?」

 それから碇君は私の手紙を読んでびっくりしたこと、お義母様に早速電話して私の容態を確認したこと、それを聞いたお義母様が学校に談判に行って大変だったことなどを教えてくれた。

 「お義母様って怒ると恐そうだものねぇ・・・。」

 私は隣の部屋を振り向きながらそう言った。

 「ぷっ!綾波ぃ!誰だよぉ”おかあさま”ってぇ・・・?」

 碇君は私の言葉を聞いて大笑いした。

 「え?だ、だってぇ・・・。ユイおばさまがそう言えって・・・。」

 私は顔を紅くしながら、小さな声で事情を説明した。

 「なに言ってんだよぉ!母さんの言うこといちいち聞いてたら、いいように遊ばれるぞぉ?母さん、そうやってからかうの好きなんだから・・・。」

 碇君、さすが親子ねぇ・・・。

 「それにねぇ、どうせ”おばさん”って言われるのが嫌だっただけだってっ!」

 がたがたがた・・・。

 突然隣の部屋で何かが崩れる音がした。

 どたどたどた・・・。

 こんこんこん!

 「はぁい・・・。」

 私は笑いを堪えながら部屋の扉を開いた。

 「いらっしゃいませ。お義母様。」

 私はぺこ、と頭を下げた。

 「や、やっぱりねぇ、年頃の子供を二人っきりっていうのは良くないわよねぇ・・・。」

 はぁはぁ、と肩で息をしながらお義母様が入ってきた。

 「うふふ、お茶、入れますね・・・。」

 私は部屋に用意してあったティーセットを使って早速紅茶を入れた。

 「はい。どうぞ。」

 「ありがとう。」

 お義母様は一息ついたみたい・・・。

 「碇君は?」

 「あぁ、じゃ、もらおうかな・・・。」

 私はふんふん、と鼻歌混じりにお茶を入れた。

 「はい、どうぞ。」

 「ありがとう、綾波は?」

 ツインの部屋だから、カップが二つしかないの・・・。

 「私はいいわ。」

 「それじゃ、僕と半分こしよう。」

 もぉ・・・碇君ってば・・・母親似なのねぇ・・・。

 「新婚さんみたいねぇ。」

 お義母様ぁ・・・。

 私達は二人とも顔を紅くしてしまった。

 「そ、それはそうとさ。今度、僕、オーディションを受けるんだ。」

 碇君は慌てて話題を逸らした。

 「あら、それじゃもうプロになるの?慌てなくても、まだ甘えていていいのよ?」

 お義母様はちょっと寂しそう・・・。

 子供が自立するのって、どんな気持ちなんだろう?

 「でも、もう決めたんだ。後一週間くらいかな?」

 碇君は目を輝かせている。

 夢だったものね。

 合格しますように・・・。

 「ごめんなさい、そんな大切な時期に・・・。」

 私はちょっと罪悪感・・・。

 「いいんだ。綾波がいてくれた方がかえって気が楽だよ。」

 ちょっと、お母さんの立場は?と素早く口を挟むお義母様を後目に、碇君は立ち上がった。

 「ちょうどいいや。今から練習見に来ない?練習場所がすぐ近くなんだ・・・。」

 碇君はそう言って私達を誘った。

 「う、うん・・・。」

 「そ、そうね、レイちゃん、そうしましょうね。」

 ごめぇん・・・碇君。碇君の練習を覗き見するのも私達の予定コースに入ってたの・・・。

 私達は近く(ほんとに近く)にある練習場に移動した。勿論、お義父様も一緒。

 早速碇君の演奏を聞く。

 ・・・。

 「上手になったわね、シンジ。」

 演奏が終わると、お義母様は手を叩いて碇君を誉めた。

 「あぁ、良かったぞ、シンジ。」

 お義父様も腕組をしながら頷いている。

 「ありがとう、父さん、母さん。・・・ねぇ、綾波、どうだった・・・?」

 私は演奏が終わった後、ちょっと首を回していた。

 碇君は嬉しそう・・・。

 「えぇ・・・。」

 私は微笑みながら、軽く頷いた。

 「どう?正直に言ってみてよ・・・?」

 碇君・・・。

 「その・・・。上手・・・だけど・・・。」

 言いにくいなぁ・・・。

 「わ、私は、前に聞いたときの方が良かったと思うの・・・。」

 碇君の顔がこわばる。

 だ、だから言いたくなかったのに・・・。

 「そ、その、う、うまく言えないけど・・・前より、悪くなってるような気がするの。」

 「どこがさっ!

 碇君は怒ってしまった。

 「ご、ごめんなさい・・・。でも、うまく言えないのよ・・・。」

 「ひどいなぁ、綾波、自信無くなるじゃないかぁ・・・。」

 碇君は珍しく文句を言っている。

 当然よね・・・ごめんなさい。

 「せめてどこが悪いのか教えてくれればいいのに・・・。もういいよ。綾波が聞いても良く聞こえるように、もっと練習するからさ。今日はもう帰るよ。」

 そんな・・・。

 「お、怒らないで・・・。ごめんなさい、変なこと言ってしまって・・・。」

 「怒ってないってっ!!じゃ、僕練習に行くから・・・。」

 碇君はくるり、と背を向けて大股で私から離れて行った。

 碇君、怒ってるよ・・・それ・・・。

 「シンジっ!待ちなさいっ!!

 お義母様の声も効果は無かった。

 「ごめんなさいね。試験が近くて焦っているのよ・・・。」

 お義母様は申し訳なさそうに私に謝った。

 「いえ・・・その・・・すみません・・・。折角・・・。」

 後は言葉にならない。

 私は泣き出してしまった。

 「謝ることはない。正直に言ったのだから。シンジが怒ったことの方が間違っているのだ。」

 お義父様の慰めも、気休めにしか聞こえなかった。

 私はとぼとぼとホテルに帰った。

 (なにやってるんだろう・・・。わざわざイタリアまで、嫌われに来たようなものだわ・・・。)

 私、碇君に甘えてたのかな?

 もう、ダメなのかな・・・?

 私はホテルに帰っても取り留めの無いことばかりを考えて涙を流していた。


Mail or Back to Index