転校生 R
作 : Ophanim
第5話 夢の吉兆




 

 キーンコーン・・・。

 最後の授業が終わった。

 「はい、それでは成績表を渡しますからねぇ。相田君・・・。」

 どきどきどき・・・。

 「綾波さん。」

 「あ、は、はいっ!!

 私は飛び上がるようにして席を立つと緊張しながら先生の所に行った。

 「成績表と、夏休みの宿題ね。夏休み明けに葛城先生に渡すように・・・。」

 「は、はいっ!!!!

 声が裏返ってしまった・・・恥ずかしい・・・。
 席に戻ったらヒカリさんが早速私をつついてきた。

 「何やってんのよ。レイちゃんなら大丈夫でしょう?」

 恨めしそうな目で見ないでぇ・・・。

 「それがだめなの。今回は特別で・・・。」

 私はヒカリさんに事情を説明した。
 この間、私は碇君の所に行けるかどうかの瀬戸際でお母さんにからかわれてぺちぺち叩いてしまった。
 お母さんはそれを楯に取って、
 ”前回よりも良い成績を取らないとパスポートは渡さない”
という条件を出してきたの・・・。

 「え?それってきつくない?レイちゃん、いつも成績いいじゃない?」

 ヒカリさんはようやく事情が飲み込めたようで、やっと私のおかれた立場に同情してくれた。

 「そ、そんなことはないけど、言ってることはひどいでしょう?それも、一つでも前より悪かったらダメ、って言うのよ?もう、最低の気分・・・。」

 そうしているうちにヒカリさんの番になったのでヒカリさんは先生の所に行ってしまった。。
 私はその間におそるおそる成績表を開いた。

 (・・・+2・・・+10・・・あ、危なぁい!±0だったぁ・・・。)

 実は前回の中間テストは悪かったのよねぇ・・・。アスカさんや碇君がいなくなったから順位はそれほど落ちてなかったけど、お母さんはカンカンだったんだなぁ・・・。だからきっとそのせいだわ、この条件・・・。
 あ・・・。

 「どうしたの?だめだったの・・・?」

 席に戻ってきたヒカリさんが私の様子を見てそう言った。

 「うん・・・。」

 3点足りなかった・・・。

 「だ、大丈夫だよ、レイちゃんのお母さん、優しそうじゃない・・・。」

 嘘ばっかり・・・どこがぁ・・・。

 「だ、だってさぁ・・・行かせてもいいと思ったからパスポートとったんでしょう?き、きっと大丈夫だってば・・・。」

 「うん・・・。」

 でも、そんなに甘くないんだなぁ・・・。
 私はとぼとぼと家路についた。
 そんな私の様子を心配したのか、ヒカリさんもついてきた。

 「ごめんね。今日、鈴原君と帰るつもりだったんでしょう?私、大丈夫だから、行っていいよ?」

 でも、ヒカリさんは、”とてもそうは見えないわよっ!”と言って、結局ついてきてくれた。

 「ありがと。ヒカリさん。助かるわ。」

 何のかんの言っても、やっぱりショックだったのよね・・・。

 「いいのいいの。でも、お土産忘れないでねぇ・・・。」

 ヒカリさんはそう言って笑った。

 「ううん、いいの・・・。イタリア、諦める。」

 ごめんね、ヒカリさん・・・。
 そして、碇君・・・。

 「どうして?お願いしてみればいいじゃない。」

 ヒカリさんはそう言ってくれるけど、私のお母さん、厳しいのよぉ・・・。

 「ちょっと、お店入る?あんまり簡単に諦めない方がいいよ?絶対後悔するよ?もう一回じっくり考えた方がいいってば・・・。」

 ヒカリさんは私を引っ張るようにして手近にあった喫茶店に入った。

 「お願いはしてみるけど、きっとダメよ・・・。」

 「いいから頼んでみなよぉ・・・。」

 私達はそんな話をしながら空いているテーブルに席を取った。

 「あら、レイちゃん。何のお話?」

 あ・・・ユイおばさん・・・。

 「べ、別に・・・。」

 「ははぁ、なにか悩みごと?おばさんで良かったら相談に乗るわよ。」

 ユイおばさんは私達を手招きした。断れないのでおずおずとユイおばさんの前に座る。

 「あ、この子達に何か飲物、お願い。ケーキも食べる?」

 ユイおばさんは店員さんを呼んで注文をお願いした。

 「え?あ、そんな、悪いです・・・。」

 私は慌てて断ろうとしたけど、ユイおばさんが私の手を止めた。

 「だめよぉ。おごってあげるわ。でも、その代わり、主人や仕事場には内緒よ?」

 ユイおばさんはそう言ってウィンクをした。どうもさぼって出てきたみたい・・・。うーん・・・。

 「し、仕事は、いいんですか?」

 私はちょっと心配になって聞いてみた。

 「うちの人にやらせておけばいいの。で?何が悩みなの?」

 うーん・・・ゲンドウおじさん、大変そう・・・。
 黙っている私の代わりに、ヒカリさんが事情を説明した。ユイおばさんの表情が厳しくなる。

 「そ、そういうわけなので・・・行けないかもしれません・・・。」

 私はおそるおそるお断りした。

 「行きたいんでしょ?レイちゃん、それとも、もうシンジのことはいいの?」

 ユイおばさんはさらりと私に聞いた。

 「そ、そんなことありません!私はとても行きたいです。それに、碇君・・・好きです・・・。多分、これからも、ずっと・・・。」

 私は紅くなりながら答えた。

 「じゃ、行けばいいじゃないの。」

 ユイおばさんはハンドバックを取り出しながらそう言った。私達の前にミルクティが届いた。苺ショートもついてきた。

 「あ、でも、母が・・・。」

 私には全く構わず、ユイおばさんは携帯電話を取り出した。

 「もしもし、碇です。そうよ、ユイよ。チトセ、あんたね、なんてことすんのよ。レイちゃん泣きそうじゃないのっ!」

 え?う、うちにかけてるんですかぁ?あ、チトセって、私のお母さんの名前ね。

 「あれはレイちゃんの快気祝いだって言ってあったでしょう?何でそんな余計な条件勝手につけんのよっ!あははじゃないわよぉ!これ以上虐めるなら、レイちゃんは私の娘にしちゃうからねっ!え?そうよ。でも、もう今日からもらって行くから。ちょうどシンジもいなくて寂しかったのよねぇ・・・。」

 あ、あの・・・。

 「困るぅ?何言ってんのよ。私が可愛がってあげるから心配しないで預けなさいって。どうせそのうちうちの子になるんだし。なに?やっぱり嫌なの?じゃ、どうすればいいのか判るわよねぇ?はい、それじゃね。」

 ぴ!
 ユイおばさんは携帯電話を切った。

 「行ってもいいって。良かったわねぇ・・・優しいお母さんで・・・。」

 うー・・・その笑顔が恐いですぅ・・・。

 「あ、あの・・・ユイおばさん、ありがとうございます・・・。」

 ぴくぴく・・・。

 「お礼はいいから、”ユイお姉さん”と呼んでね。」

 えぇ!?
 じ、自分でも”おばさん”って言っていたのにぃ・・・。

 「あ、は、はい・・・。ありがとうございます、ユイお姉・・・。」

 「ストップ!やっぱりこの歳だと”お姉さん”にはちょっと無理があるわねぇ・・・。よし、じゃあ、”おかあさん”と呼んで。」

 お、お母さんって・・・。
 あれ?
 え?
 それって・・・。

 「お義母さんってことですか?」

 ヒカリさんが机に指で字を書きながら聞いた。

 「そ、そうよ・・・。」

 ユイおばさん・・・っっととと、ユイお義母さんは紅い顔になっていった。

 「は、はい・・・。お、お義母様・・・。」

 私達はお互いに照れながら喫茶店を後にした。



 イタリアについた私達は大聖堂に行った。
 私は白いドレス、碇君は黒い服を着ているので、まるで結婚式みたい。

 「碇君・・・。」

 私は碇君を見上げた。

 「綾波・・・。」

 碇君も私の方を見て微笑んでいる。
 私達の前にいたゲンドウおじさまが旅行のパンフレットを手に取って厳めしい顔つきを作った。

 「汝、綾波レイは、碇シンジを、生涯愛し続けることを誓いますか?」

 やだぁ、おじさまったら・・・。
 照れるじゃないのぉ・・・。
 それに、順番が違いますわ。
 先に碇君に聞いてくれないと、ね?碇君。
 そう思って碇君を見上げると、碇君も苦笑いしながら、でも、私の答えを待っている。
 そうよねぇ・・・男の人ってあんまりこういう形式にこだわらないし・・・。知らなくても変じゃないわよね。あ、知ってる方が変なのかな?

 「はい・・・。」

 照れるなぁ、もぉ・・・。
 顔が紅くなっているのが判る。
 私は碇君の背中に隠れようとしたけど、碇君がしっかり手を握っていたから動けなかった。

 「汝、碇シンジは綾波レイを生涯愛し続けることを誓いますか?」

 ”はい”って言って。
 もう、碇君・・・。
 照れてるんだからぁ・・・。
 私だって恥ずかしかったんだから、早く言ってよぉ・・・。

 「それでは次に指輪の交換を・・・。」

 あれ?
 聞こえなかった。
 もう・・・照れ屋なんだから・・・。
 って待って?
 指輪・・・?
 あったかしら?
 あ、あった・・・。
 はい、碇君。

 「では最後に、誓いのキスを・・・。」

 あれ?
 碇君からの指輪がまだ・・・。
 ま、いっか。
 私は目を閉じて顔を上げ、碇君の唇を待った。
 ・・・・・・。
 ?
 ・・・・・・。
 早くぅ・・・。
 私はうっすらと目を開いた。

 「ごめん、綾波。僕、他に好きな人が出来たんだ。」

 え?

 「僕は、この人が好きなんだ!

 ゆ、ユイおばさん?
 碇君、そうだったの?
 足元が無くなったような感触・・・。
 落ちていく・・・。

 「だめぇ・・・私を捨てないで・・・。」

 がくん。

 「レイちゃん、大丈夫?」

 ユイおばさん・・・。

 「やだ・・・お願い。碇君を返して・・・。」

 私は泣きながらユイおばさんにしがみついた。

 「な、何言ってるの?何か恐い夢でも見たの??」

 ユイおばさんはきょとんとした顔で私を揺さぶった。
 え?
 夢?

 「なぁんだ、夢かぁ・・・よかったぁ・・・。」

 私は一気に全身の力が抜けてしまった飛行機の椅子に身を預けた。

 「エアポケットに入ってちょっと機体が揺れたから、レイちゃんの方見たら、凄く苦しそうな顔で眠っていたのよ・・・。そしたら、そんな夢を見てたのねぇ・・・。」

 ユイおばさん・・・間違い!ユイお義母様は私の説明を聞いておかしそうにくすくす笑った。

 「し、試験勉強で徹夜が続いていたから・・・。」

 私は恥ずかしくてうつむいた。
 機内の映画でラブストーリーが流れていたところまでは覚えている。そうかぁ。あの二人、結婚したんだ。だ、だからそのBGMであんな夢かぁ・・・。

 「今、どの辺ですか?」

 私は目を擦りながら聞いた。

 「もうすぐアブダビで給油するわ。まだ半分よ。」

 ユイお義母様は航路図を開きながら説明してくれた。

 「それにしても許せないわね。シンジの奴。私のレイちゃんを泣かせるなんて・・・。大丈夫よ、レイちゃん。そんなことになったら私がシンジをとっちめてやるんだから・・・。」

 こ、恐いよぉ・・・。お義母様ぁ・・・。

 「お、お義母様、碇君にひどいことしないで下さい・・・。私は、大丈夫ですから・・・。」

 お義母様は私の顔をしげしげと見つめた。

 「レイちゃん、あなた、本当にシンジのこと好きなのねぇ・・・。」

 「あ・・・はい・・・。」

 私は照れながら答えた。

 「うちの子は幸せものだわ。こんないい子に好かれて・・・。でもね、レイちゃん、女は惚れさせないとダメよ。惚れちゃダメ。でないと簡単に捨てられちゃうわよ。」

 ちくん!

 「だ、ダメですか・・・?」

 好きになっては、いけないの・・・?

 「好きになってもいいけど、それ以上に相手から好かれないとダメよ。ほら、私なんてこの人の方から全て申し込んでもらったから今でも強いのよ。」

 そう言ってお義母様は寝ている叔父様を指さした。
 お義母様はおじさまを大好きだったけど、そんな素ぶりはみせずに接近したんですって。おじさまは無口な人で苦労したけど、何とかデートの申込や結婚の申込も叔父様の方からしてくるまで待って、やっと結婚にこぎつけたんですって。

 「で、でも、私はそんなに待てません・・・。」

 碇君をじらすなんて・・・出来ないわ。
 捨てられてしまうもの・・・。
 碇君は、優しくて、もてるし・・・。私は、こんな髪だし・・・。お義母様は今でも本当に”お姉さん”と呼んでもいいくらいの美人だからできたことだわ。私には、無理・・・。
 お義母様は小さなため息をついた。

 「そうやってね。尽くすタイプの女の子は相手を良く見ないとただ利用されて終わるわよ?レイちゃんみたいな、自分にコンプレックスを持っている子は、特に、ね。」

 私は見透かされたような気がして小さくなった。

 「大丈夫、私がついてるわ。安心なさい。」

 お義母様はそう言って私に毛布をかけてくれた。

 「さ、おやすみなさい。”私の娘”・・・。」

 あぁ・・・。
 碇君のお母さんにそう言ってもらえると、凄く安心できる・・・。
 私は今度はいい夢を見よう、と心に誓って目を閉じた。



 私達はイタリアの空港に着いた。

 「あはは、レイちゃん、そんなに急がなくても荷物は逃げないわ。」

 お義母様は急ぎ足の私を押さえてそう笑った。

 「でも・・・。」

 「判ってるわよ。シンジに早く会いたいんでしょう?でもね、どうせ荷物を取らないと先に行けないの。誰も知らないところで迷子になりたくないでしょう?」

 お義母様に言われて私はふと周りを見た。
 矢も楯もたまらなくなっていた私だったけど、周りを見ると、もう日本人はいない。話している言葉も全く聞き取れない。
 急に心細くなった私は、お義母様の陰に隠れた。

 「大丈夫よ、この人が凄いから・・・。」

 お義母様は、ゲンドウ叔父様・・・っととと、”お義父様”(言い慣れないなぁ・・・)を叩いた。

 「離れるな。イタリアにはそれだけで名物になるほどのスリがいるからな。」

 なにせ第二次世界大戦直後にはアメリカ軍から戦艦を盗んだこともある民族だ、とお義父様は冗談なのか本当なのか判らない話をしてくれた。
 えー?そんな話あるのぉ?

 「あなたったら、嘘ばっかり・・・。」

 「本当だっていうのに・・・。」

 二人は仲良くお話ししながら荷物を待っている。
 私はちらちらとゲートの向こうを見ながら待っていた。
 不安になってきた・・・。

 「どうしたの?シンジ、いないの?」

 お義母様は私の様子を見てそう言った。

 「え、ええ・・・でも、大丈夫ですよ・・・ね・・・?」

 でも、それらしい人は、いない・・・。
 ゲートを抜けても、碇君はいない・・・。
 どうしよう・・・。
 何か、あったのかな・・・?
 あぁ・・・夢なら、醒めて欲しい・・・。
 私は力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
 


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