| 転校生 R |
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| 作 : Ophanim |
| 第三話 私の、夢 |
キーンコーン・・・。 今日の最後の授業が終わった。 私はいそいそと荷物を鞄にしまって帰り仕度をする。 「レイちゃん!」 ヒカリさんがいきなり私に抱きついてきた。 「わぁっ!・・・。驚いたぁ・・・。おどかさないでよぉ・・・。」 「ごめんごめん。びっくりした?」 ・・・突然背中から抱きつかれて驚かない方がどうかしていますぅっ・・・。 私はヒカリさんには構わず帰り仕度を整えた。 「あ、レイちゃん帰っちゃう?久しぶりに鈴原に何か作ってあげようと思ってさ、忙しくなかったら手伝って欲しかったんだけど・・・。」 ヒカリさんの言葉で私は胸の奥がちくり、と痛んだような気がした。 碇君がいなくなって碇君がいた天文部も調理部も人数が足りなくなって休部になった。天文部は新年度になっても希望者が少なくて再開の見通しは立たないまま。調理部は希望者があったこともあってめでたく再開できたけど、私は何となく行きにくくてまだ一度も顔を出していない。 「・・・嫌なら、無理しないで。」 ヒカリさんも私の顔色から私の気持ちを察したのだろう、それ以上誘おうとはしなかった。 「あ、いいの。行くわ。」 私は慌ててヒカリさんを引き留めると、鞄を持って立ち上がった。 「辛いんだったら、本当にいいのよ?」 ヒカリさんは優しく声を掛けてくれる。 「いいの。このまま料理が下手になってしまったら嫌われちゃうもの。」 私は無理に笑顔を作って、顔を見られないようにヒカリさんを追い越した。 (せっかく碇君が部にした部活動が二つとも無くなってしまったら、申し訳ないものね・・・。) 私は自分にそう言い聞かせながら、調理室に急いだ。 (あ、やっぱり、いる・・・。) 私は調理室に入るまえにちらっと中を見て”その人”がいることを確認した。 (当然よね・・・。顧問なんだし・・・。) 私は深呼吸を一つしてから中に足を踏み入れた。 「あら、綾波さん、久しぶりっ!今日はどういう風の吹き回し?」 ・・・伊吹先生は私の気持ちとは正反対に元気な声をかけてくる。 「え、ええ・・・。ちょっと・・・。」 口ごもる私に代わってヒカリさんが 「あの、あたしの付き合いで・・・。」 と答えてくれた。ヒカリさんはそのまま、 「何か美味しいお菓子でも作ろうかと思って・・・。」 と言いながら準備室に入っていった。私も引っ張られるようにして準備室に入る。 自分のエプロンと三角巾を纏いながら小さくため息をつく。 「・・・ごめんね?やっぱり、嫌?」 ヒカリさんが私の小さなため息を聞きとがめて謝ってきた。 「あ、違うの。ただ、こんな可愛いエプロンしても、もう碇君は見てくれないのねぇ・・・って思ったら、寂しくなってしまって・・・。」 私は少ししんみりとしてしまった。 「・・・先、行ってるね。泣き止んだら、来て。」 ヒカリさんはそう言って静かに出て行った。 え? そっと頬を撫でるといつのまにか涙が出ていた。 「やだ・・・。泣かないつもりで来たのに・・・。」 私は気を取り直して鏡の前に行こうとした・・・。 ! もう、だめだった。 私は壁によりかかるようにして泣き崩れてしまった。 そこに、碇君がいつも使っていたエプロンがかかっていたから・・・。 どのくらいそうしていたんだろう? 碇君が使っていたエプロンを抱きしめたまま、私は壁に背もたれて座り込んでいた。 急に頭の上の蛍光灯がついて明るくなった。 ヒカリさんが帰ってきたのかしら? 私はのろのろと顔を上げた。いつのまにか外には夕闇が迫っていた。 悪いことしちゃったな・・・。手伝うって言っていたのに・・・。 「いつまで泣いているの?」 あ・・・。 入ってきたのはヒカリさんではなかった。 私は反射的に顔を外らした。 「あらあら・・・。すっかり嫌われてしまったみたいねぇ・・・。」 伊吹先生はそう言いながら私の隣に座った。私はつつっと身体をずらして伊吹先生と距離をとった。 困った子ね、と言いたそうな伊吹先生のため息が胸に刺さる。 私だって、判ってる・・・。 それが単なる八つ当たりに過ぎないこと・・・。 でも、何かしないではいられない。 だって、この人も碇君を好きなんですもの・・・。 「それ、碇君が使っていたエプロンでしょう?」 伊吹先生は私が抱いていたエプロンをめざとく見つけて、顔を寄せてきた。 「え、はい・・・。」 私は伊吹先生に取られないように一層強く抱きしめた。 「そんなにしなくっても取りませんよ・・・。あのね、綾波さん・・・レイちゃんって呼ぶわよ?レイちゃん、あなた、最近授業もほとんど聞いていないでしょう?成績落ちてるみたいだし・・・。」 伊吹先生はそう言ってまた私のすぐ隣に移動してきた。私はそれにあわせるように無意識に伊吹先生から離れる。 「そんなことじゃだめよ、もうすぐ試験なのよ?」 そう・・・。 もうすぐ中間試験。 でも、少しも手につかない・・・。 「だって・・・無理です・・・。一人になると、寂しくて・・・。」 私は小さな声で答えた。 「教室で隣を見ても、もう碇君はいないの・・・。アスカさんも・・・。」 「洞木さんや鈴原君がいるでしょう?相田くんも長門さんも、浅間さんだっているじゃないの・・・。寂しくなんてないでしょう?碇君が死んでしまったわけじゃないのよ?」 伊吹先生はまた私の隣に移動してきた。でも、今度は私は逃げなかった。 「でも・・・。ヒカリさんは鈴原君と一緒だし・・・相田君もいつも浅間さんと一緒だし・・・。長門さんだって、渚君渚君って言いながら、高等部の人たちと一緒に遊びに行ったりしているもの・・・。でも、私は・・・。」 私は今までの心細さをぶつけるように、伊吹先生に話し続けた。自分でも、驚くほど、正直に・・・。 「レイちゃんも友達作ればいいじゃない。それで寂しくなくなるなら、いいと思うけど?」 伊吹先生は微笑みながら私の詮無い愚痴を聞いてくれている。私もついついその好意に甘えてしまう・・・。 「私は、嫌・・・。碇君に悪いし・・・。」 また胸がちくり、と痛む。大和さんのこともある・・・。 「でも、このまま成績が落ちていたら、碇君は心配するわよ?碇君のことだから”僕がいるから綾波はだめになっちゃうんだね”とか考えて別れかねないわよ?」 私ははっとなって伊吹先生を見上げた。 伊吹先生の顔と碇君の顔がだぶる・・・。 『もしも僕とつきあってるせいで苦しんでいるなら、一旦別れようか?またいつか会えればいいことだし・・・。』 『綾波、ごめんね。僕のせいで・・・。僕とつきあっていない方が成績も良かったよね・・・。僕がいるとダメなのかな?』 『折角のいい話も断らないといけないなんて・・・。やっぱり僕がいない方が・・・。』 「いやっ!!」 私は碇君に・・・いいえ、伊吹先生に抱きついた。 「行かないで・・・!私、もう、心配かけないから・・・。頑張るから・・・。」 伊吹先生は私の頭を優しく撫でてくれた。 「碇君が心配しないように、頑張ってね。碇君だって、あなたがいなくて寂しいと思うけど、あの子は頑張っていると思うわよ。碇君と釣合のとれる人になるためには、ここで泣いてばかりいては、いけないわ・・・。」 私は伊吹先生に甘えるように、伊吹先生の胸に顔を埋めた。 とても落ち着く・・・。 「何か目標を持つといいわ。碇君のような大きな目標もいいけど、どんな些細なことでもいいから目標があると随分違うわよ。レイちゃん、何かしてみたいことはある?」 伊吹先生は私の背中をぽんぽんと優しく叩きながら聞いた。 「何も無いです・・・。ただ・・・碇君のそばにいたい・・・。」 それを聞くと、伊吹先生は私から碇君のエプロンを取り上げてしまった。 「そうなの?じゃあ、これは没収。」 伊吹先生はエプロンをくるくる、と丸めてしまった。 「え?い、いや・・・返して・・・。」 私が手を伸ばそうとすると伊吹先生は厳しい顔で私の手を叩いた。 「だめっ!そんな人に碇君はあげられませんっ!!それに、これは学校の備品ですっ!」 その言葉で私の胸は今までにないほど強く痛んだ。それは、叩かれた手の痛みなんかよりもずっと痛かった。 「そんな・・・そうだけど・・・でも・・・。」 困っている私に構わず、伊吹先生は言葉を続けた。 「碇君に、あなたは何をしてあげられるの?いつもいつも守ってもらうつもり?それじゃ碇君が負担になるだけでしょう?碇君は今まで行ったこともない国で、全く知らない人たちと全く知らない言葉と全く知らない習慣に囲まれてあなたの何十倍も寂しい思いをしているはずだわ。そこに行って、ただ隣にいるだけだったら邪魔になるだけよ。」 言葉の一つ一つが胸の深いところに突き刺さるような気がする。そして、それと一緒に、淀んでいた気持ちが沸き上がって行くような気も、する。 「しかも、いつもいつもいいことばかりとは限らないわ。苦労が報われない時もあるだろうし、上手く行かないで困っているときもあるでしょう。そんな時、ただ側にいるだけだったら”この役立たずっ!”って叱られたって文句も言えないでしょう?それに・・・。」 伊吹先生はまだ続けようとしたけど、私が止めた。 「判りました。・・・もう、判りました・・・。私は、碇君の力になれるように頑張ります・・・。」 私がそう言うと、伊吹先生はにっこりと笑った。 「そう・・・じゃ、何をするつもりなの?」 「・・・イタリア語を勉強します・・・。碇君、言葉で困るかもしれないし・・・。」 私は首を傾げて、考え、考えしながら答えた。 「それだけ?」 伊吹先生は不満そうだ。 「え?どうして?」 通訳の仕事、って結構いい考えだと思うんだけど・・・。 「碇君、イタリアだけにいるとは限らないでしょう?」 あ、なるほど・・・。 伊吹先生の言う事ももっともだ。 「そう、ですね。じゃあ、主要な言葉はとりあえず、全部・・・。英語も、イタリア語も、フランス語も、ドイツ語も・・・。」 ドイツ語・・・。 アスカさん、どうしているかなぁ・・・。 私はふと彼女のことが心に浮かんだ。 もしもドイツ語を覚えたら、ドイツに行ってアスカさんに会おう。 何を話そうか? 学校の事? 去年の話? それとも、やっぱり・・・。 碇君の事・・・。 謝った方がいいのかなぁ・・・? 「蒼龍さんの事を考えているでしょう?」 「え、えええっ!!・・・は、はい・・・。」 伊吹先生に図星を突かれて、私は思わず声が裏返ってしまった・・・。 「気にしなくてもいいのよ。彼女は彼女なりに納得していると思うわ。もしもあなたが後ろめたく思っているなら、その方が彼女に対して失礼よ。」 伊吹先生・・・。 そうは言われても、やっぱり・・・。 「それとも、あなたの碇君に対する気持ちは、そんなにいい加減なものなの?」 私は慌てて首を振った。 あんまり激しく振ったので頭が少しくらくらする。 「じゃ、もっと堂々としていなさい。」 そう言うと、伊吹先生はぽんぽん、と私の肩を叩いた。 「はい・・・。ありがとうございます。」 私が顔を上げると、伊吹先生は丁寧に畳んだ碇君のエプロンを、私の膝の上にそっと置いた。 「え?」 私が意外そうな顔で見上げると、伊吹先生は悪戯っぽい微笑みを一つ浮かべた。 「そろそろ新しいエプロンにしようと思っていたのよねぇ・・・。」 ・・・ありがとう・・・ございます・・・。 「あ。そうだ、あれも持って行ってね。」 伊吹先生はそう言うと、碇君が使っていた三角巾を探してきた。 「うーん・・・。碇君、随分汚したわねぇ・・・。あ、もしかしたら、碇君の臭いがするかもよ?」 伊吹先生はしげしげと碇君の三角巾を見つめた後、いきなり私の顔に押しつけてきた。 やだぁ・・・。 あ、でも、本当にそうかも・・・って、違うぅ・・・。 「そうそう、さっき言った事、ちゃんと紙に書くのよ。私は通訳になります、って。そうねぇ・・・。原稿用紙10枚くらいに書いて持ってきて。」 「えええっ!!」 私は思わず大きな声を出してしまった。 「あ、試験終わってからでいいから。で、それ、レイちゃんたちの卒業文集に使うからねぇ。」 伊吹先生はにこにこ笑いながら鬼のようなことを言う・・・。 「えー・・・。嫌ですよぉ・・・。」 私は断ろうとした。 そんなの誰でも嫌だよねぇ・・・? 「あ、そーんなこと言うなら”それ”返してもらおっかなぁ・・・?」 伊吹先生は笑顔を絶やさずに私の方に手を伸ばした。 「・・・わ、判りましたよぉ・・・。やります、書きますよぉ・・・。」 私は諦めて、文集に使う”私の夢”という題の文章を書く事を承諾した。 「あぁ、良かった。誰に頼もうか悩んでいたのよねぇ・・・。ほら、私、今年卒業文集の担当だしぃ・・・。」 ・・・伊吹先生・・・。 ずるぅいぃっ!!初めから私に目をつけてたのねぇっ!! 私はちょっとだけ見直した伊吹先生の評価をまた修正した。 「・・・という訳なの。ひどいでしょう?」 私は帰り道、ヒカリさんと一緒に喫茶店でお喋りしていた。勿論、さっきの話題で。 「ふぅん、酷いわね、確かに・・・。」 そう言うと、ヒカリさんはアイスティーの残りを上手に飲み干した。 「でもさ、レイちゃん、調理室にいく前よりもずっと明るくなったよ。やっぱり、どんな形でもいいから目標は持った方がいいわよ。」 そう・・・かな? 「良かった・・・のかなぁ・・・?」 「いいと思うわ。頑張ってね。」 ヒカリさんはそう言うと、立ち上がった。 「さ、とりあえずは目の前の試験に集中しましょ。」 私は頷くと、ヒカリさんの後を追いかけるように立ち上がった。 ふと外を見ると、もう随分暗くなってる。 窓に映る自分は、確かに昼頃鏡で見た自分よりももっと活き活きしているように感じる。 目標を持つ事が大事だということが凄く良く判った。 どんなに小さな目標でもいいから・・・。 そうすればきっと、上を向いて歩ける、と思う・・・。 |