転校生 R
作 : Ophanim
第二話 ラブレター






 私の後ろからすさまじい音が近づいてくる。

 「おおおおおおおおおお!」「ほら!鈴原!!ラストスパート!!」

 びゅっという音を残して鈴原君の乗る自転車が私を追い越していった。自転車の後ろの座席にはもちろんヒカリさんが乗っている。
 二人はあっという間に見えなくなった。

 (いいなぁ・・・。)

 いいなぁ、っていうのは、自転車で通うことではなく、二人で一緒に通学できること・・・。碇君は今イタリアで音楽の勉強をしている。私も頑張らないと・・・。私はそう思いながら、右手をちらっと持ち上げた。

 「いっけないっ!もうこんな時間・・・。」

 私は時計を見て、遅刻寸前なことに気がついた。
 充分時間を見てきたつもりだったけど、碇君のこととかいろいろ考えながら、ぼうっと歩いているうちに随分時間が過ぎていたみたい。
 私は少し歩調を早めた。

 「乗っていく?」

 突然背後から声をかけられて、私は心臓が飛び出しそうなほど驚いた。

 「え?い、いいえ!け、結構です・・・。」

 そう言いながら振り向いてみると、全然知らない人が立っていた。傍らにオートバイをとめている。
 え?誰?・・・。
 私は少し恐くなって早足でその場を離れた。
 学校の自転車置き場は校舎の裏手にあるので、自転車できた人は遠回りをしないといけない。校門をくぐってからなら、歩いて登校した人の方が早く着いてしまう。それでも、あの二人はいつもああやって登校する。家がある程度離れている人は自転車で通学する許可が出る。・・・でも、本当は二人とも圏外なんだけど(つまり、近いのね)・・・これ、内緒・・・。
 てくてく歩いていると自転車置き場から走ってやってくる二人と一緒になった。

 「おっはよー。」「ま、待ってや、いいんちょー!」
 「あ、おはよう、ヒカリさん。さっき私を追い越しの、判った?」

 ヒカリさんが元気に挨拶してきたので、私もついついさっきあったことなんて忘れてしまっていた。鈴原君はヒカリさんの荷物まで持たされてなんだかかわいそう・・・。

 「あ、判ったよ。でも、一瞬だったから通り過ぎてから気がついたの。手、振ろうと思ったんだけど、こいつがすごい勢いで飛ばしてたから恐くて・・・。」

 ヒカリさんが全然平気な顔でそんなことを言うのがおかしい。

 「うふふふふ。信じてますって顔に書いてあるわ、ヒカリさん。」

 私がそう言ってからかうと、ヒカリさんは真っ赤になった。

 「こ、こいつぅ!言うようになったじゃないっ!」

 ヒカリさんは私の首に腕を巻き付けて絞めるふりをした。

 「あぁん、降参ですぅ・・・。」

 私は身体の自由がきかないので、ヒカリさんを半分背負うような格好になって、靴を片方だけ脱いだ。そのまま二人でぴょんぴょん跳ねながら靴箱を開く。

 「そないなへんてこな格好せんでも離れたらええやん・・・。」

 鈴原君が向こうの方から声を掛けている。
 でも、私たちの目は私の開いた靴箱から離れなかった。
 私の靴箱の中には、真っ白い封筒が入っていた。



 「・・・誰からだろう?」

 朝のショートホームルームが終わると、私は件の手紙を取り出した。

 『初めまして、綾波レイ様。
  いきなりのお手紙で、申し訳ありません。
  実はあなたを見て一目惚れしてしまいました。
  友達になって下さい。』

 これって・・・。

 「ラブレターね。」

 私の席の近くでおしゃべりをしていた長門さんが顔を出した。長門さんは渚君とおつきあいしていたんだけど、今は一人。碇君と渚君がイタリアに行ってしまったから・・・。私たち二人は”超”がつくほどの遠距離恋愛仲間なの。
 ヒカリさんが微笑みながらこっちを見ている。
 やぁだ・・・。碇君からももらったこと無かったのに・・・。

 「そんなあからさまに迷惑そうな顔したら可愛そうじゃないの。いい人みたいじゃない?碇君に隠れてつきあってみる?」

 な、長門さん!

 「う、嘘嘘。冗談だってば。そんな顔してると碇君に愛想つかされるわよ。」

 え・・・?

 「レイちゃん、あなた、随分気持ちが顔に出るようになったみたいけど、ちょっと出過ぎだよ?そんなんじゃこの先大変だから今のうちに直しなさいな。ところで、誰からなの?」

 ヒカリさんは私のお姉さんのようにいろいろと気遣ってくれる。アスカさんがいなくなった後、私が困ったときにいちばん頼れるのはこの人かな・・・。伊吹先生の所に行くのは、本当に最後の手段・・・。
 ヒカリさんに言われて、差出人の名前を探した。名前は封筒の裏に小さく書かれていた。

 「・・・”やまと”さん?」

 差出人は大和マサハルとなっていた。

 「ヒカリさん、やまとさんって人知っている?」

 私はその名前に全く心当たりが無かった。ヒカリさんも首を傾げている。

 「え?それって、”だいわ”さんじゃないの?」

 長門さんが私の手から手紙を取ってそう言って目を丸くした。

 「”だいわ”って?まさか、あの”だいわ”?」

 ヒカリさんがびっくりしたような声を出した。大和百貨店は私たちの街にも大きなお店を出している大手デパート。すごくお洒落なブランドものの服とかバッグから庶民的な日用品まで全て扱っている利用者には便利なお店。高い、大きなビル一つをまるまる自分のお店で賄えるほどいろいろな産業で成功している。

 「そうでしょ?そこの社長の息子がうちの高等部にいる、って聞いたことがあるわ。」

 長門さんは高等部と合同の練習もする部活動をしているからそう言う話題には詳しい。

 「すごいわ!レイちゃん!!そんな人とつきあったら・・・って嘘!じょ、冗談だってば・・・あはははは・・・。」

 長門さん・・・ちょっと本気だったでしょ・・・。



 お昼休み、私は長門さんとヒカリさんを誘って屋上に上がった。

 「長門さん、どの人だか見せてくれる?」

 ヒカリさんが長門さんが先輩に借りてきた卒業アルバムを覗き込んだ。

 「ふぅん、意外と普通の人ね。もっと”社長!”って感じかと思った。」

 ヒカリさんってば・・・。まだ高校生なのにそんなに貫禄があったら困るでしょうに・・・。

 「どう?レイちゃん、少しは好み?」

 長門さんが私に写真を見せてくれた。
 あ!

 「あれ?意外と気に入ったの?」

 私の表情の変化を見て、ヒカリさんが驚いたような顔をした。違うの・・・。

 「違うの、あのね、今朝この人に会っているの。オートバイに乗っていて、私が遅刻しそうなら送っていくって言ってくれた人なの。」

 私の話を聞いて二人は顔を見合わせた。

 「送ってもらえばいいじゃない。私だって鈴原に送ってもらっているわよ?」

 ヒカリさぁん・・・。さりげなくのろけないでよぉ・・・。

 「会うだけ会ってみたら?返事無しにするのも失礼でしょう?断ればいいんだし・・・。」

 長門さんは敢えてヒカリさんを無視して、私の方を見ながらそう言った。

 「ちょ、ちょっと。ごめん、悪かったわ。でも、会ってみてもいいと思うわよ。はっきりしないといけないことだし・・・。」

 ヒカリさんは慌てて会話に参加してきた。

 「でも、知らない男の人と二人きりで会うなんてできないわ。変に誤解されたり、妙な噂がたって碇君に無駄な心配をかけたくないもの。」

 私がそう言うと二人は一理ある、と言っていろいろ知恵を出し合った結果、結局3人に鈴原君を加えていくことに落ちついた。

 「ところで、レイちゃん。さっきのさ、”碇君に心配をかける”じゃなくて”碇君に疑われる”の間違いじゃないの?」

 ヒカリさんがそう言って私を見た。

 「ううん。違うよ。だって、碇君は私を信じているもの・・・って、みんなぁ、おいていかないでよぉ・・・。」



 「は、初めまして・・・。」

 それから数日して、私達は4人、大和さんは友達と2人で、近くのファミリーレストランで会う約束をして落ち合った。

 「はははははは。初めまして、ではないでしょう。」

 実物の大和さんは写真よりももっと爽やかな好男子だった。初めはぎこちなかった私達も、しばらく話しているうちに少しずつ打ち解けてきた。大和さんのおおらかな雰囲気も手伝って、だんだん悪い人ではない事が判ってきたし・・・。

 「でも、どうして私を?」

 私の疑問に、大和さんは笑顔で応えた。

 「魅力的だからに決まっているじゃないですかぁ!」

 あははは・・・そ、そんなことないです・・・。

 「こいつ、学校でもいつも綾波綾波ってしか言ってないんですよ、な、マサ?」

 大和さんのお友達はそう言って大和さんをからかった。

 「変なことばらすなよぉ!」

 大和さんはくだけた表情で普段着の話し方・・・。緊張している私達とは全然違うし、なんか大会社社長の息子さんとは思えない気さくさ・・・。

 「あ、あの・・・。申し上げ難いんですけど・・・、私、もう心に決めた人がいますので・・・。」

 私は私の言葉で大和さんが気を悪くしないように気をつけながらお断りをした。

 「そんな事知ってますよ。大好きな人の事くらいちゃんと判ってます。」

 大和さんは少しも動じないで返事した。

 「え・・・?」

 私達が一番の難関だと思っていたところが、あまりにも簡単に通り抜けられたので私達は難関が去った事に気がつくまでに少し時間がかかってしまった。

 「あの・・・。どういうことですか?」

 相手が怒ってしまった時のために頼み込んで付いてきてもらった鈴原君がどっちらけの顔でジュースをすすっている・・・。ごめんねぇ・・・。

 「あのね、”つきあって下さい”なんて書いてないでしょう?あなたが笑っている顔が見たいんです。最近、元気無いでしょう?だから、少しでも元気になってもらいたいんです。僕はあなたの友達として、あなたを元気にしたいんです。」

 大和さんはそう言って笑いかけてくれた。

 「あ・・・え・・・?そ・・・その・・・あ、ありがとうございます・・・。」

 さすがに高等部の人は考えとかも大人なんだなぁ・・・。

 「どうかな?考えてくれない?」

 そ、そんな事言われても・・・。

 「すみません、大和さん、私達ちょっとお手洗いに・・・。」

 ヒカリさん?
 え?
 あれ、引っ張らないでよぉ・・・。

 「いい話じゃない、レイちゃん。友達でいいんだから、オーケーしたらいいのに・・・。」

 ヒカリさん・・・。でも、やっぱり何だか恐いよぉ・・・。長門さん、どう思う?

 「うん、でも・・・あそこまで言ってくれてるのにむげに断るのもどうかと思うわよ?」

 長門さんも・・・。でも、それもそうだよねぇ・・・。
 私達は”作戦会議”を終えてまた自分達の席に戻った。

 「あ、あの・・・。あの、それでも・・・あんまり良く知らないし・・・。た、たまにみんなで遊びに行くくらいなら・・・。」

 私は両脇からつつかれてそう答える事にした。

 「あはは。無理しなくてもいいです。人見知りするんですね?今日はこの位で帰りますか?」

 私達は大和さんの言葉を合図に外に出る事にした。

 「今日は私が払いましょう。」

 会計の前に大和さんがそんな事を言った。

 「見栄張るなって!大して貰ってないくせに。」

 大和さんの友達が横から茶々を入れる。

 「そうです。困ります。今日会ったばかりなのに・・・。」

 私も払った方が気が楽だし・・・。

 「そうですか?助かります・・・。」

 大和さんは照れたように頭を掻いて、それでも少し多めにお金を払ってくれた。

 「でも、社長さんの子供なのに、私達と変わらないみたいですね?」

 長門さんはそう言って大和さんを見た。

 「ええ。僕は長男ですけど、別に親父に僕を社長にしてもらうつもりはないですから。」

 大和さんは素っ気なく、あっさりと凄い事を言った。

 「えええっ!もったいないっ!!

 長門さんは大声を出した。

 「え?家業を継ぐつもりはないんですか?」「どうして?」

 私もヒカリさんも、多分鈴原君も同じ気持ち・・・。

 「いや、継ぐつもりはあるよ。でも、僕は社長に”なる”んだ。別に親父に譲って貰うつもりは無いよ。」

 大和さんは少しきりっとした顔になってはっきりした口調で話した。私達は自分達の認識に誤解があったことが判った。

 「だから、もし僕が親父の会社でやっていけなくとも、自分で会社を作ってみるつもりだよ。何もしないで椅子に座っているだけ社長にはなりたくないからね。」

 そうやって熱っぽく語る大和さんは少しかっこいいかも・・・。
 私達は大和さんと別れた後も大和さんの話題でしばらく盛り上がった。

 「少し格好いいかもねぇ・・・。」

 長門さんはそう言ってまんざらでもないような顔をしている。

 「そうね。」

 ヒカリさんもしんみりした感じになっているし・・・。

 「偉いやっちゃな。わいも見習わなあかん・・・。」

 鈴原君のいいところはそうやっていつも相手のいいところを認めて見習おうという姿勢・・・。

 「ね、レイちゃん、どうだった?感想は?」

 長門さんが私の肩に手をかけてぶら下がる格好をした。

 「そうね、偉いと思うわ・・・。」

 アスカさんもそうだったし、大和さんもそう。私の周りには前向きに生きている人が多く集まっている。碇君も今、とても前向きに生きている。そして、みんな、私を応援してくれている。
 ・・・私も、変わらなくちゃね・・・。

 「違うわよぉ!結構いい人だと思わない?ってことよぉ!」

 長門さんは両手を腰に当てて”怒ってるんだぞ”のポーズを作った。

 「あ、そ、そうね。いい人だわ、大和さん・・・。」

 私の感想にみんなが頷く。

 「でも、やっぱり碇君の方が・・・きゃっ!(ぽっ)・・・って、だから、おいてかないでってばぁ・・・。」


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