| 転校生 R |
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| 作 : Ophanim |
| 第一話 届かぬ、手紙 |
「・・・さん、綾波さん!」 ぼーっとしていた私は、誰かに呼ばれている声でふと我にかえった。 「はい?」 自分でもはっきりそれと判るほど間の抜けた声で返事をする。 「はい、じゃなくて!!今の所を訳して!」 あ、洞木先生が怒っている・・・。 そうか・・・。 今、授業中なんだ・・・。 「はい。えーと、孔子は『美辞麗句を並べる人に限って仁、つまり思いやりの心が少ないものだ』といいました。」 後ろから誰かが私をつついている。 あ、ヒカリさん・・・。 「違うってば。それは一時間前の国語の授業の範囲でしょ。今は英語よ・・・。」 そうささやいて、私の間違いを教えてくれた。 「あ、ありがとう・・・。」 教室中がくすくすという笑い声に包まれていく。でも、恥ずかしいとかそういう気にもならない。 「今は英語なのね・・・?じゃ、これかな?『人の命は星の命に比べれば少しも長いものではない。』」 周りのくすくす笑いが一層大きくなる。 「そ、それはまだ習ってないところでしょ!」 ヒカリさんはほとんど叫ぶような声で私を抑えると、ここ、ここ、と教科書を指さして教えてくれた。 でも、もう、手遅れ・・・。 「・・・もういい!綾波。廊下に立っていなさい!」 ヒカリさんはあーあ、という顔で私を見るけど、私はその方が嬉しい。今は、一人になりたい。 でも、そういう私の願いも神様には聞き届けてはもらえないみたい。 「ヒカリ!お前もだ!」 洞木先生は自分の娘にもやっぱり厳しかった・・・。 「ごめんなさい・・・。私のせいで・・・。」 私はヒカリさんに謝った。 「ううん、いいの。私も初めからここだよ、って教えなかったし・・・。」 ヒカリさんはそう言って笑う。ヒカリさんは優しい人なの。 「それに、なに考えていたかもだいたい想像がつくわ。碇君の事でしょ?」 ヒカリさんの言葉に、私は敏感に反応してしまう。耳が火照って熱い。 「ほぉらね。紅くなった。」 そう言う声に、恥ずかしい、という感情は沸いてこなかった。気のしれた仲、という事もあるけど・・・。今は、とても一人でいる事に耐えられない・・・。 風景が歪んで行く。 「あ、あれ?ご、ごめんね?そう言われるの、嫌だった?」 ヒカリさんが心配して私の顔を覗き見る。慌てて首を振るけど・・・涙が散っただけだった・・・。 「ううん・・・。嫌じゃないけど・・・。違うけど・・・。」 声にならない。どうしよう・・・。 私の様子をじっと見ていたヒカリさんは、優しい笑い顔をしている。 「ね、レイちゃん。私の胸、貸してあげるから、泣いたら?心細いんでしょう?」 ヒカリさんはそう言って私の右手を両手でそっと挟んだ。何だか落ち着く・・・。ヒカリさんは、”アスカほど大きくないけどね”と冗談に言っていたけど、今の私にはその言葉に微笑む余裕さえも無かった。 気がつくと、ヒカリさんにしがみついてわぁわぁ泣いていた。ヒカリさんは私の頭を抱き抱えるようにして優しくさすっていた。ヒカリさんの言った通り、ひとしきり泣いたら、随分落ち着いてきた・・・。 「もういい?あららら・・・。随分泣いたのね。」 そう言われて見てみると、ヒカリさんの制服は私の涙でぐしょぬれになってしまっていた。少し下着が透けてる・・・。慌ててハンカチで涙を拭き取ろうとしたけど、なかなかとれない。 「いいってば。後で伊吹先生の所にアイロン借りに行こうね。」 ヒカリさんはそう言ってにっこり笑った。 「・・・あ、ありがと。ひっく・・・。ごめんね・・・。」 声を出そうとするとまだ少し泣きそうになる・・・。 そんな暗い雰囲気を吹き飛ばしたのは教室の中の喧噪だった。 「そないなこときいとらへんって!!何で委員長まで外に出さなならへんのか聞いとるんや!!!」 鈴原君の大声が響いてくる。 「あの馬鹿・・・。」 ヒカリさんは迷惑そうな、恥ずかしそうな顔をしている。今年もヒカリさんは委員長に選ばれた。やっぱり、人望があるから・・・。そして、鈴原君とヒカリさんはみんなが認める仲・・・。 「で、でも、ヒカリさんをかばってくれてるわけだし・・・。」 私はそう言ってちょっと鈴原君の味方をした。この二人は仲がいいのにいつも喧嘩ばっかり・・・。逆なのかな?仲がいいから、喧嘩しても平気なのかな?絶対こじれない信頼があるから、平気で喧嘩できるのかも・・・。 「そうね。それは嬉しいわ。」 ヒカリさんは少し顔を赤くして素直に認めた。 「あ・・・それとも・・・。鈴原君が将来のお父さんと喧嘩しているから心配しているの?」 私はふと思いついた事をそのまま口にした。 とたんにヒカリさんは耳まで真っ赤になった。 「ち、違うわよ!レ、レイちゃん、気を回しすぎ!」 ヒカリさんは痛いほど私の手を握りしめて抗議した。でも、当たっていたみたいで、ちらちらと教室の中の情勢を窺っている。 突然教室の後ろの扉が開いた。 「なぁ!委員長!!そうやろ!?」 扉から鈴原君が顔を出した。彼はどんなに席替えしてもいつも教室の一番後ろの席をとるから・・・。 あれ? 鈴原君が赤くなってく・・・。 「す、すまん!」 ??? 私達は顔を見合わせた。 なんのことかしら? 「あ!」 ヒカリさんは慌てて両手で自分の肩を抱いた。 「どうしたの?」 私は何の事か判らなくてヒカリさんに聞いた。 「・・・レイちゃんのせいだからね。」 ヒカリさんは頬を膨らませて、文句を言った。でも、目は笑ってる。 「ね、他の人が出てくる前に伊吹先生の所に行こう。」 ヒカリさんはそのままの姿勢で立ち上がった。 「あ!涙・・・。」 私は何があったか理解して、ヒカリさんと一緒に小走りに伊吹先生の所に向かって走っていった。 「はい。洞木さん、これ着てなさい。」 伊吹先生は赤城先生の白衣を借りてきてヒカリさんに渡した。ヒカリさんのブラウスにアイロンをかけて、涙を洗った部分が乾くまでの間ヒカリさんが着る服を探したけど、他に適当なものが見つからなかったみたい。 「意外と似合うわよ。」 伊吹先生はそう言うと、写真をとる真似をしてヒカリさんを困らせた。 「それで、一番の問題はこの泣き虫さんね。」 ヒカリさんをからかうのに飽きると、伊吹先生は私の方を見てそう言った。 私はまた泣きそうになりながらこくん、と頷いた。 碇君がイタリアに行ってしまってから、ここの環境は随分変わった。アスカさんは早々とドイツに帰ってしまうし、葛城先生は新年度から加持先生に名前を変えたけどすぐに産休に入ってしまった。 私は大抵一人で登下校しているけど、去年の今ごろみたいな”いじめの結果”じゃない。お友達がみんな”二人で”登下校するから邪魔にならないようにしているだけ。帰り道は遠回りして碇君のおうちに寄ってから帰る。碇君のご両親と三人して電話を囲んで毎日碇君の連絡を待っている。電話があると帰りが遅くなるので、そういう日は碇君のおうちに泊めてもらう。電話が無い日でも、碇君のお母さんがとても寂しそうにしている時は碇君のお父さんから”一緒にいてやって欲しい”、と頼まれる事がある。そういう時はできるだけ一緒にいる事にしている・・・。だって、自分も寂しいから・・・。 でも・・・。 碇君はどうしてお手紙くれないんだろう・・・。 声も聞きたい・・・。 でも、国際電話はお金がかかるのでそうそう頻繁にはかかってこない。 電子メールを出すにも、碇君がコンピューターを持っていない。 だったら、お手紙一つくらいくれたらいいのに・・・。 住所が判らないと向こうにも、行けない・・・。 「シンジは一体何をしているんだ?」 碇君のお父さんはそう言って腹を立てていた。 「ちゃんと出しているのに届かない、って言っていましたよ?」 その言葉に、碇君のお母さんは疲れたような声で応えていた。 「ふぅーん・・・。」 私の話を聞き終わると、伊吹先生は唇に指を当てて目を閉じた。 「ね、今度私も電話に出させてもらっていいかしら?」 伊吹先生は不意に目を開けるとそう切り出した。 「え・・・・・・う・・・ど、どうしてですか?」 私は少し警戒しながら返事をした。 碇君が出かけるときに伊吹先生が”碇君の事を好きだ”という発言をしたとかしないとかいう噂がちらほら聞こえてくるので少し不安・・・。 「私だってたまには碇君と話したいじゃない。独り占めはずるいぞぉ。」 ・・・やっぱり・・・。 「大丈夫。とったりしないから。それに、何となく理由も判ったし・・・。」 伊吹先生はそういうと、軽く片目を閉じた。 ・・・可愛らしい・・・。 だ、だから不安になるんでしょうっ!! trrrrr・・・。 碇君から久しぶりに電話がかかってきた時、電話を囲んでいたのは伊吹先生を含めた8人だった。ヒカリさんや鈴原君、相田君も碇君の声が聞きたいって言ってついてきたから・・・。相田君とお付き合いしている浅間さんも相田君に釣られるようにして一緒についてきたし・・・。 碇君が人気があるのはいい事だからしかたないけど・・・。やっぱりちょっとやきもちやいちゃうな・・・。 碇君のご両親に続いて、私が電話に出る。 「あ、碇君?ひ、久しぶり・・・。」 みんながはやすから顔が紅くなって行くのが自分でもわかっちゃうよぉ・・・。 でも、電話の向こうから懐かしい声が聞こえてくると、すごく安心する。そして、もっともっと切なくなる・・・。会いたくて、胸が苦しくなる・・・。 気がついたら、また泣いていた。静かだな、と思ったらみんなもなんだか神妙な顔になってしまって・・・。 ・・・私が悪いわね・・・。 私は自分で涙を拭くと、無理に明るい声を出した。 「そ、それでね。もう聞こえてると思うけど、今日はみんなもいるの。だからみんなと替わるね?」 名残惜しいけど受話器をヒカリさんに渡す。 「そんなことしなくてもいいよ。こうすればみんなで話せるから。」 機械に詳しい相田君が電話機を操作して、受話器をとおさなくともみんなの声が拾えるように設定してくれた。スピーカーから碇君の声が流れてくる。 「あ。みんなそこにいるの?元気だった?」 碇君の弾んだ声が聞こえてくる。 やっぱり碇君もみんなと話せるのが嬉しいんだ・・・。 みんながそれぞれ思い思いに自分の近況とか最近学校であった面白い話とかを話している。 「それで、この前レイちゃんが泣き止まなくてさぁ。レイちゃんの涙で私のブラウス透けてるのをこいつ覗き見したんだよぉ!」 ヒカリさんがこの前の話をおヒレをつけながら話している。 「ち、違うがな!い、碇!わいは無実や!親友と委員長、どっち信じるねん!?」 鈴原君が真っ赤になって否定している。 「そうだねぇ・・・。トウジは日頃の行いがなぁ・・・。」 望遠鏡で高等部の女の子を覗き見した前科があるからなぁ、と碇君が鈴原君の過去の悪行をばらしながら楽しそうにからかっている。碇君のご両親も久しぶりに心から笑顔を作って楽しそうにしている。 「これは責任とってもらわないとねぇ・・・。」 浅間さんがヒカリさんにそんな事を言ってる・・・。 「お、おう!そんなもん、いつでもとったるわい!」 !!! 鈴原君の言葉で場が一瞬静かになった。 ヒカリさんは両手で口を覆ってる・・・。 「良かったね。ヒカリさん。」 私はそう言って肩をゆすったけど、ヒカリさんは固まったように動かない。誰からともなく拍手がおきると、ヒカリさんの目から涙が流れ出して止まらなくなってしまった。 「あははは。結婚宣言の第一号かぁ?」 相田君が鈴原君をつつきながらそう言ってからかっている。 「違う違う!」 電話の向こうで碇君が叫んだ。 「僕がこの前綾波に言っているからトウジは二号だよっ!!」 今度は私が涙を流す番だった。 「おい、碇。そこまで言っておいて手紙の一つも無いっちゅうのはどういうことやねん。」 鈴原君が電話に向かってすごんでいる。 さっきの一言で私はすっかり満足していたので、どうしてみんながここに集まっているのかそもそもの理由を忘れてしまっていた。 「いや、出しているんだけど届いてないみたいなんだよ。」 碇君はいつものように困ったような声を出した。伊吹先生が顔を出す。 「碇君、私の声判る?」 ・・・どさくさ紛れに色々話した後で、伊吹先生は本題に入った。 「ところで、住所なんて書いたか判る?」「ええ・・・えーと・・・。」 ・・・・・・。 ・・・碇君・・・。 ・・・・・・。 「碇君。それ。日本語。」 伊吹先生は笑いを堪えながら碇君の”根本的な”間違いを指摘した。 「え?あ、そうか!」 碇君は今ようやく気がついた、と声だけでも判るほど明かな驚き方をした。 「シ、シンジっ!!この大馬鹿ものっ!!!」 碇君のお父さんが電話機を壊しそうな勢いで怒っている。お母さんも呆れた、と言って頭を押さえている。私はお母さんの背中をさすってあげながら涙が出るほど笑った。 「ごめんなさいね、レイちゃん。こんなしょうがない子で・・・。」 碇君のお母さんがそう言ってため息をつく。 「うふふ。いいんです。一人で何でも出来てしまったら、私のやる事がなくなってしまいますもの。」 私はそう言って電話機を見つめた。 私にはその向こうで頭を掻いている碇君が見えたような気がした。 |