Canon 〜外典〜前話
  by Ophanim次話
 第24話 契約の夜:Bパート目次





 遠慮がちなノックの音でも、しっかり聞きつけてくれたようだ。

 久しぶりに川澄家を訪れた祐一と名雪の前に、彼らの記憶よりも少し成長した舞が現れた。

 「こんにちわ。」

 「こ、こんにちわ。」

 二人は思い思いに再会の言葉を口にした。

 ちょっと見ない間にすっかり「お姉さん」になっていた舞を見て緊張してしまったのだ。

 舞が一瞬驚いたような顔をしたので、祐一は名雪を舞の視線から庇うように名雪の前に出た。

 長い間来なかったことに何か文句の一つでも言われるかと思ったからだ。

 だが、舞は何事もなかったように、すぐに以前と変わらない笑顔を友人達に向けた。

 「あ、久しぶり。」

 一年の年の差を感じさせるには充分な余裕。

 祐一は、急に自分の考えが非常に幼い、些少なものに思えて恥ずかしくなった。

 その気恥ずかしさを紛らせるために、名雪の腕から真琴を取り上げると、おもむろに舞の顔の前に突き出した。

 「ちゆ、今度はどう?」

 舞は急に目の前に現れた真琴の目を覗き込むように見ると、上品な手つきで木剣を抜き放った。

 以前は背負うしかなかった木剣の位置が背中から腰に移ったこともまた、彼女の成長を示している。

 祐一と名雪が固唾を飲んで見守る中、舞は木剣を顔の前にかざして何やら念じ始めた。

 木剣の根本に白い輝きが現れたかと見る間に、その輝きが剣全体に広がっていく。

 「去れっ、惑わせの者っ!

 さっと舞が剣を一振りすると、剣についていた白い光が真琴の歪んだ足に吸い込まれていった。

 そして光が消えると真琴の足が……。

 「曲がったままだね。」

 「あれ?」

 舞はおかしいな、と首を捻った。

 名雪が言った通り、真琴の足は骨折した当時の添え木が頼りなかった分だけ外側に曲がったままだ。

 真琴はその曲がった足をぷるぷるっと震わせると、きょとんとした表情で舞を見つめた。

 「ちょっと待ってね。」

 そう言い残して、舞は一旦家の中に退散したが、すぐまた頭を振りながら戻ってきた。

 「ごめん。患者さんが多くて、家の分の持ち合わせが無くなっていたみたい。」

 舞はそう言って頭を下げた。

 持ち合わせと言われても祐一や名雪には何のことか判らない。

 それを尋ねると、街外れにある木の実のことだという。

 「ごめんなさい。木の実拾いをしないといけないから、今日は難しい。」

 舞はすまなそうに頭を下げた。

 「その木の実がどうして……?」

 「それって遠いの?」

 祐一が質問をしようとしていると、突然祐一の背後から顔を出した名雪が舞に尋ねた。

 「えっと…ここからはそんなに遠くないけど…。ほら、あの大きな木。判るでしょう?あれの実なんだけど、ちょっと奥に入るから…。」

 舞は尻切れに終わった祐一の問いかけを気にしながら、先に質問を終えた名雪に答えた。

 「木の実は…。」

 「じゃ、一緒に行こうっ!

 説明しかけた舞を遮るように、名雪が元気良く提案した。

 祐一もそれに頷く。

 二人の提案に、 舞は一瞬嬉しそうな顔を見せ、すぐまた難しそうな顔に戻った。

 「でも、山は熊が出たりして危険だから…。」

 「だから、一人より三人で行った方が安心だよ。」

 名雪は細い目を更に細くしてそう言った。

 舞は困惑した顔を祐一に向けた。

 だが祐一には、喜びをどうやって隠せばよいのか困惑しているようにしか見えない。

 「ほら、どうせ真琴は山に帰すんだし…。」

 祐一はそれ以上は言わずに、先に立って歩き始めた。

 名雪と舞は一瞬顔を見合わせた後、笑顔を撒き散らしながらその後に続いた。



 「私の力はね。」

 舞は山への道すがら説明してくれた。

 それによると、舞の持つ不思議な力は、生まれつきのものではなく、ある日突然授かったものだという。

 もしもそれだけなら世界中にあるその類の力と大差ないのだが、舞の場合は授かった相手も判る。

 子供の頃、母親が死の淵に瀕していたとき、必死で雪うさぎを作っている時に、ある老人と出会った。

 老人の”運命を信じるのか?”という問いかけに”信じない”と答えると、彼は舞に飴を与えて満足そうに去っていった。その飴を舐めた舞の身体は真冬にも関わらず、まるで太陽を飲み込んだかのように温まった。

 後日、何故か病院の中庭に現れた老人に飴の礼を言いに行くと、彼はどこから出してきたのか、今舞が持ち歩いている木剣を与えた。その時の彼はこの上もなく嬉しそうだった。

 「使い方は判らなかったけど、私がお母さんと何とかしたいって思ったら、自分の体温が木剣に移ったように感じたの。だから、お母さんを暖めようと思って何気なくお母さんに触ったら、お母さんの顔色が良くなって。」

 より精神を集中して見ると、母親の身体の上にまとわりつく黒い影が見えた。

 それを剣で振り払う度、母親の顔色が良くなる。

 だから母親はまだ死んでいない、と直感した。

 が、病院側は容赦なく母親を霊安室へ連れて行ってしまった。

 母親はまだ死んでいない、という舞の主張は、死を受け入れられない舞の幼さと見なされ、鼻にもかけられなかった。

 だが、そこに居合わせた一人の看護婦が舞の手を取って霊安室に連れて行ってくれた。

 連絡を受けたのか、彼女によく似た女性の医師が鍵を持って現れ、拒絶しようと粘る他の二人の男性医師を説得してくれているようだった。

 そして母親は蘇った。

 「それって凄いね。生き返るなんて、あの治癒の少女でも無理だったよ。」

 祐一は素直にその奇跡を賞賛した。

 番組の中で”沢渡真琴”が治していたのは野生動物の怪我であり、死んだ動物ではなかった。

 とすれば、祐一の目の前にいる”ちゆ”は番組の”治癒”を越えている。

 だが、舞は慌てて首を振った。

 「でも、それは前にも言ったかもしれないけど、色々な偶然が重なったから。」

 必ずしもいつも成功するとは限らない。

 先ほど真琴の治療に失敗したのが良い例だ。

 「まぁ、いいや。じゃ、なんで木の実取りに行くんだ?」

 「あ、それはね。」

 さっきの話と繋がるんだけど、と舞は伸びてきた髪に手をやった。

 何かを考えるような、迷っているような仕草だ。

 「生命の源が詰まっているからなの。」

 余りに不思議な力を授かったため、さすがの舞も最初は自分の力とはなかなか信じられず、老人から与えられたこの木剣の力だと考えた。

 蘇ったとはいえなお治療が必要な母親のために、もっと新鮮な木を探そうと森に入った。

 一番目立つ、あの大きな木を目指して。

 そこに何故かあの老人がいた。

 「お主の母を治したのはお主の力じゃ。」

 優しい声でそう説明した彼は、この世に働いている力について説明してくれた。

 生命は紡ぐ者によって産まれ、また、消される。

 本来は変えられないその運命を変える力を与えられた者がこの世に存在する。

 「お母さんは運命に従う者、私はその逆の、運命に抗う者なんだけど、やることは同じよ。お母さんは運命に従うんだけど、自分の寿命を患者の代わりに差し出すことで、狩られる命を先延ばしに出来るの。」

 対象となる患者と”従う者”の寿命の和は変わらないが、患者の命は永らえる。

 不治の病も取り除かれ、結果として病気が治せる。

 「私の場合は、完全に運命に逆らって死に神を祓うの。霊力の籠もった剣で”紡ぐ者の使い魔”を斬り殺したり、患者さんに霊力を注入することで、怪我で歪んでしまったり弱ってしまった気の流れを元に戻すの。」

 そうすることで怪我が治せる。

 だが当然その代償として大きなエネルギーを使う。

 それを補ってくれる存在が…。

 「あった。これよ。」

 舞は足下に転がっていた木の実を一つ拾い上げた。

 どこにでもありそうな何の変哲もない木の実に見えるが、心棒と実の先を結ぶ線と木の実の中心がずれているため、くるくる回してみるとハート形になる。

 「でも、これはちょっと食べられないわね…。」

 舞の指摘通り、虫の食った実は既に中身が無くなっていそうだった。

 「他にもあるの?」

 「ん?何が?」

 祐一は二人の会話を無視してずんずん歩く従姉妹を見失わないように、従姉妹と一定の距離を保ちながら尋ねた。

 「そういう不思議な力だよ。」

 「うん。動かす者、語りかける者、狩る者、ってあるわ。」

 舞は祐一の視線を追ってその意図を把握したのか、歩調を早めながら答えた。

 祐一もそれに合わせて小走りになる。

 「それも全部特別な力なの?」

 「え〜と、語りかける者は特別。紡ぐ者と直接交渉できるの。」

 その分紡ぐ者の不興を買う可能性も高く、自分の本当の名前を隠して接触するのが普通であり、また、交渉には大きなエネルギーを使うのでやはり補充が必要だ。

 「で、他の二つは別に一人だけってことはないわ。例えば、狩る者は妖力を持った狐のことだから、何匹いても良いの。」

 妖狐は動かす者と共に紡ぐ者の決定に抗い続ける存在であると同時に、場合によっては紡ぐ者に従って命を狩る役目をも負う、諸刃の剣である。

 「もしかしたら、真琴もそうかもね。」

 「いいなぁ。僕にも何か無いかな。」

 祐一は羨ましそうに舞の木剣に目をやった。

 舞は苦笑しながら説明を続ける。

 「人間は基本的に”動かす者”だから、祐一もそうだよ。」

 「いや、でも、それじゃあ特別じゃないよ。」

 祐一は唇を尖らせながら文句を言った。

 みんなが持っている力なら、何も珍しいことはないのだ。

 「何かこう、僕一人だけの力がいいな。」

 祐一は無邪気にそう告げた。

 途端に舞の顔が真剣になる。

 「一人は、辛いよ。」

 舞はそれっきり黙ってしまった。

 居心地は悪いが、話しかけるのも憚られるので、祐一は名雪を追いかけることに集中している振りをしていた。

 『ほんとはね』という声が祐一の背中にかけられる。

 その声が雨の前の空気のように湿っていたので、祐一は敢えて振り向かなかった。

 「もう来ないかもしれないって思ってた。」

 今も、真琴が治ったらもう来てくれないかもって思ってる。

 舞は呟くような声でそう言った。

 「ふ〜ん。何だか難しそうに話すけど。でも、僕はやっぱりちゆの所に遊びに来ると思うよ。」

 だって、最初に会ってから今まで、治療だけを目的に遊びに来たことなんて無かったから。

 祐一は振り向かずにそう言った。

 舞の返事はない。

 黙々と運ばれる足の音だけが響く。

 「ねっ!

 突然背後から大きな声がした。

 祐一は足を止めて振り向いた。

 森の入り口が遠くに見える。

 光がそこから差しているので、舞の表情が見えない。

 「もし、もしだよ?祐一君の動かす力が、”特別”強くて、あたし何かよりずっと強くて、みんなの怪我も病気も治せるけど、みんなから怖がられるくらいだったら、どう思う?」

 舞は一気に質問をぶちまけた。

 余りに勢いを付けすぎて、肩で息をしている。

 「そうだったら凄いなぁ。」

 祐一は目を輝かせながら答えた。

 舞は大きく首を横に振っている。

 「どうして!?どうしてそう思うの?」

 「だって、困ってる人を助けられるんでしょ?良い事じゃない。」

 祐一は舞が何をそんなに恐れているのか判らなかった。

 人を治す力の、何をそんなに嫌がっているのだろうか?

 「…怖くないの?

 この、不思議な力が怖くないのか?

 場合によっては命をも左右するこの力を、恐れないのか?

 「別に?ただ、へぇって。不思議だっては思うけど、でも、それって恐いのとは違うっしょ?」

 祐一は前以上に首を傾げながら答えた。

 怖い?

 人を治すことの、どこがそんなに怖いというのだろう?

 「それとも、一人が怖いの?でも、嫌われる”一人”なら寂しいけど、他にいなくて頼られる”一人”なら、僕は余計頑張ると思うけど。」

 誰か困った人が居て、その人を助けられるのが世界中で祐一一人だと言われたら、自分に出来そうなことは何でもやってしまうと思うし、やりたいと思う。

 祐一は無言のままの舞に向かって話しかけた。

 沈黙の後、舞は静かに口を開いた。

 「それは……きっと、祐一君だからだよ…。」

 謎かけのような舞の言葉は、祐一にはさっぱり判らなかった。

 再び黙ってしまった舞を促すように、祐一は先に立って歩き出した。

 顔を上げると、少し先に行ったところで従姉妹がこちらを向いて焦れったそうに両手を振っていた。

 その足下にいる真琴も、名雪と一緒になって尻尾を振っているように見える。

 目的の巨木はすぐそこだった。


<続き>


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