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| 第23話 変化の兆し:Cパート | 目次 |
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「おかえり…あら?」
麗は娘が一人で戻らなかったことに気付いて首を傾げた。
が、それが彼女と同い年程度の男女と知って納得がいったように頷いた。
「え〜と、あなたが”祐一”さんで、そちらが”なゆちゃん”ね?」
母親の言葉を聞いた舞が顔を赤くする。
彼女が彼らのことをどのように説明しているかが判ってしまったからだ。
「舞がいつもお世話になって…。どうぞ、あがって。」
「お、お世話してないっ!」
舞は顔を一層赤くすると、二人を置いて先に部屋に飛び込んでしまった。
置いて行かれた客人は行き場を無くしてぽつんと立っている他無い。
「すみませんね、礼儀知らずで…。お友達を連れてきたことがないものですから……。」
麗はそう詫びながら娘の代わりに祐一と名雪を招き入れた。
部屋に通された二人は、そこで膝を抱えて座り込んでいる舞を見つけた。
「ちゆ、他の友達はいないのか?」
名雪が止める間もなく、祐一は舞の隣に座るとすぐに核心を突いた。
慌てる名雪を後目に、舞は
「うん…あたしは普通じゃないから。」
と、素直にその指摘を受け入れた。
そしてそれは先日披露された、”不思議な力”によるものだそうだ。
「不思議な力ったって、良いことに使う力じゃないか。」
祐一は憮然とした表情で唇を尖らせた。
舞が使った力は、祐一が大好きだったあの”沢渡真琴”の治癒の力だ。
父親が複雑な表情で見ていたことを覚えているが、放映当時は大変な好評を博したものだった。
その後番組プロデューサーの不祥事が明らかになり、一部にヤラセがあったことが発覚すると、世の中の人は手の平を返して悪し様に言うようになったが、そんなことは祐一には関係なかった。
とはいえ、世間一般にはあの力は”紛い物”であり、”いかさま師”として糾弾されるべき力に成り下がってしまった。
そして、魔女狩りの魔女のように狩り出された沢渡真琴の役割を、この土地では川澄舞が担う羽目になったのだ。
もっとも、ここでの彼女の立場は沢渡真琴よりは幾分ましだろう。
母親である川澄麗が”治療師”としての立場を確立しているからだ。
祐一の”良いことに使う”という発言は舞の力を見ての感想だったが、土地の大人達の反応もそれほど遠くない。
が、舞は辛そうに
「そうでもない。」
と呟いた。
何が彼女にそんな態度をとらせるのか、祐一にはそちらの方が不思議でならない。
「変だぞ、それ。だって、怪我とか病気とかを治せる力なんだぞ。みんなありがとうって言うに決まってる。」
「それは……。」
舞はそう言ったきり、俯いたまま黙ってしまった。
「祐一。普通の人がお医者さんに行きたくないのと同じじゃないかな?」
舞が言い淀んでいるのを見かねてか、それまで黙っていた名雪が口を挟んできた。
言われた舞の方は肯定も否定もせずに沈黙していたが、祐一は従姉妹の言葉に納得して頷いた。
「なるほどな。」
確かに同じ”先生”でも医者や歯医者は学校や塾よりも近寄り難い存在であり、可能ならばお世話にならずに過ごしたいものだ。
「庭で取れた苺だけど、良かったかしら?」
沈黙が訪れたちょうどその時、麗がお盆を持って戻ってきた。
お盆の上には苺に牛乳をかけた皿が4つ載っている。
「私、苺大好きだおっ!」
苺、と聞いた名雪が両手を挙げて大喜びをする。
はしゃいだ勢いで『よ』と『お』が混じって、どちらかというと『お』だけが聞こえた。
「ぷっ!なんだよ、だお〜って。」
「あ、あぅあぅ…。」
祐一にからかわれて赤くなる名雪の前に、麗がそっと皿を置く。
「良いじゃないですか。可愛いらしくて。」
麗の絶妙なフォローのおかげで、名雪は再び元気を取り戻した。
もっとも最近の名雪は元気すぎるので、多少大人しくしてくれていた方が良いのだが。
「あなた達は兄妹なの?」
麗は祐一と名雪に話しかけた。
何しろ舞が二人について話すことと言えば「祐一は男の子」「なゆは女の子」などと言った役に立たない情報でしかない。
他人と接することに慣れていないせいとはいえ、余りにも断片的だ。
「ううん、違います。」
「従姉妹なんです。」
二人はばらばらに、それでも絶妙のコンビネーションで答えた。
「お名前は?」
「僕は相沢祐一です。で…。」
「私は水瀬名雪です。」
お?、と祐一は驚いて従姉妹を見つめた。
これまでは祐一が名雪を紹介しない限り、見知らぬ人に自分から口を開くことは稀だった。
親戚にさえ滅多に口をきかず、その度に『父親を亡くしてからちょっと…』などと言い訳をするのが常だったものだが。
「そう…不思議ね。」
麗はそう言って首を傾げた。
名前を聞いた後の反応としてはいささか変わっている。
祐一は麗よりももっと首を傾げた。
その様子を見た麗が得たりとばかりに説明する。
「あぁ。ごめんなさい。いえね。二人とも私の知っている人と雰囲気が似ているから、もしかしたらって思ってたんですけど……二人とも違うのね。私の勘違いね。」
麗はにこにこ微笑みながらそう言って謝った。
それから、『だとすると、ますます珍しいわ』、と麗は目を細めた。
自分達の持つ不思議な力を怖がることなく自然に接してくれる人間は、自分も似たような力を持っているか、逆にそれらの力に強い憧れを持つものが多い。
先入観も偏見もまるで無しに、全く自然に接してくれる人は本当に珍しい。
「だって、良いことに使うんだから、何も悪くないじゃないか。」
繰り返される祐一の言葉に、舞は俯き、麗は苦笑した。
それもまた何度も浴びせられた言葉だ。
最初の印象が素直であればあるほど、揺り返しが大きいことも経験的に判っている。
「治せるからこそ、嫌がられることもあるんですよ。」
言ってしまってから、麗は大人げないことをした、と後悔した。
子供には難しすぎる論理だ。
無理に判らせる必要もなかった。
その時が来れば嫌でも判ってしまうだろう。
それを早める必要はない。
「でも、麗さんは満足なんでしょう?」
祐一の声に、麗は驚いて顔を上げた。
感情の抑制の利いたとても静かな声だったが、力強く心を揺さぶられた。
いや。
何の気負いも感じられない祐一の表情を見るに、抑制しようと努力して言ったものでも、元気づけようとかお世辞を言おうとして言ったものでもなさそうだ。
単純に心に浮かんだ言葉をそのまま口にしただけで、これほど深い所まで声を届かせる能力。
「そうね。そうよね、祐一さんの言う通りね。」
麗はにっこり笑って祐一の頭を撫でた。
「祐一さんはきっと良い”動かす者”になれるわ。」
お世辞ではなく、心からそう思うし、そうあって欲しい。
麗は首を傾げて見上げている子供を見つめながらそう思った。
その子供がぷいっと首を回し、自分の娘の方を向く。
「なぁ、ちゆ。”動かす者”って何だ?」
麗は自分の希望が叶えられたことを感じて、とても嬉しく思った。
ナースステーションに飛び込んできた西山看護婦は、後ろ手に扉を閉めると身震いを一つした。
彼女のただならぬ様子に、ナースステーションに残っていた看護婦達が奇異の視線を送る。
一声かけるのも躊躇われるほど、いつもの彼女からは様子が違っている。
「どうしたの?」
西山の友人の一人が思い切って声をかけた。
その声でようやく息を吹き返したかのように、彼女はよろよろとよろめきながら動き出す。
だがそれも彼女の身体を支えきることは叶わず、一番近くの椅子に崩れるように座り込んだ。
心配した友人が駆け寄ってくる。
その耳に、西山の弱々しい声が聞こえてきた。
「わ、私、クビになるのかな…?」
「えっ!どうして?」
友人は驚いて声をあげ、そして声を潜めた。
残りの看護婦達が恐る恐る彼女達の周りに近寄ってきて、彼女達を囲むような小さな円が出来ていく。
それは彼女達を心配する行動であり、同時に、話を外に漏らさないためでもある。
西山は決して悪い看護婦ではないが、かといって特別優秀というわけでもなく、電話の取り次ぎミスや患者への配膳順番などを取り違えるなどの小さなミスを犯したこともあった。
それが遂に薬やカルテを間違えるような大きなミスをしでかしてしまったのだろうか……?
「だ、だって…さっき、倉田先生が擦れ違い際に、私に『西山君、さようなら』って…。これってどう思う?」
西山は全部言い終わらないうちに泣き出してしまった。
それが引き金になったかのように、
「え…そんなこと言われたの?」
「何か心当たり無いの?」
などと同僚達が口々に声をかけてくる。
残念ながら悪い予感が的中した模様だ。
『それって単なる挨拶じゃないの?』と、常識的に答える者はここには無かった。
それは西山の日頃の行いがもたらした懸念というよりは、倉田の日常の行動が醸し出した当然の帰結だ。
「聞いて〜〜っ!」
突然ナースステーションに明るい声が響き渡った。
たった今入ってきたばかりで、今繰り広げられている状況を把握できていない綿谷看護婦の声だ。
「ね、ね。さっき倉田先生に『綿谷君、パーマかけたのか?』って言われたの〜。すっっっごくびっくりしたけど、嬉しかった〜〜……って、聞いてる?」
綿谷は不満そうに看護婦達を見つめた。
彼女達はきょとんとした表情で、不思議な生き物を見るかのように綿谷を見ている。
これなら倉田と話していた方がまだ良かった。
「え?綿谷さんも、名前で呼ばれたの?」
「うん。最近ずっとそうだよ。」
綿谷は別段驚いた様子もなく答えた。
「最近は機嫌が良いみたいですね。」
ナースステーションにまた新しい声が響いた。
看護婦達があたふたと持ち場に戻っていく中、ショックが大きくて立ち直りきれなかった西山と戻ってきたばかりでさしたる仕事もない綿谷だけが取り残される。
「相沢先生、何かご存知なんですか?」
綿谷は春香の腕にすがるようにして甘えた声を出した。
内科と外科では事務室が違うが、春香と倉田の間に何らかの繋がりがあり、比較的交流があることはとして看護婦達の間では公然の秘密で、『不倫の匂いのしない不思議な交際』として七不思議の一つに数えられるほどだった。
「どうかしらね。綿谷さん、医局内での恋愛は程々にお願いしますよ。」
「え゛〜〜?」
綿谷が不満そうな声をあげると、ナースステーション内にこれまた意外そうな声が充満した。
特に西山は思わず『どこが…』と口に出てしまったほどだ。
耳敏く聞きつけた綿谷が真っ向から反論する。
「見る目無いわねぇ。あのいつもクールなところがいいんじゃない。顔だってダンディーだし。これで女性にも優しくなってきたら、もう申し分ないわよ。奥さんももういないことだし……。」
こつん、と頭を小突かれる前に綿谷は口をつぐんだが、少し手遅れだった。
蝿が止まりそうな春香の拳骨を敢えて受け止めたのは、自分に対する戒めだ。
「すみません…不謹慎でした…。」
「そうね。」
春香は反省した様子の綿谷をそれ以上責めることはしなかった。
だが、はっきりしておいた方が良いこともある。
「もうやめなさいね。」
後半を飲み込んで、春香は話を打ち切った。
綿谷は額面通り、”話を止めて”机に戻っていった。
春香はその背中を見送ると、更衣室に向けて歩き出した。
心理療法士をやっている春香には、その気になって注視すれば、大概の人の気持ちを些細な行動や言動、言葉の抑揚などから推察することが出来る。
個人的に何度か話したことのある倉田の気持ちなど、壁越しに聞こえてくる会話からすら推し量ることが出来るし、直接の会話が無かったとしても、これだけあからさまに変化すれば、最近機嫌が良くなった原因など、ガラスを通して見るよりも見え見えだ。
いや、何もそんな仕事をしていなくても、冷静に観察すれば一目瞭然のはずだ。
現に、久瀬には見えていた。
判らないのは自分の妹ぐらいなものだろう。
まして、綿谷のように常に倉田と接することの出来る位置にいれば観察するまでもないはず。
だが、恋は盲目。
今の綿谷には何も見えていないのだろう。
春香は更衣室のロッカーを開いた。
小さな鏡が自分の顔を映している。
心理療法士のバッヂがついた白衣を脱ぐ前に、春香はもう一度、壁の向こうにいるであろう綿谷に話しかけた。
もう、やめておきなさい。
残念だけれど、多分勝ち目が無いから。
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