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| 第22話 禁忌:Cパート | 目次 |
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「だから呪いって嫌なんだよ。」
祐一は軽蔑の声を挙げた。
自分の地位が保障されたところから他人に指示を出す。
その指示が相手にとって辛い決断でも容赦がない。
「話は終わっとらん。」
ぴろは祐一の口調から彼が呪いを嫌う理由を察して話を続けた。
能力者は呪い師が一方的に選んだわけではなかった。
翌日の朝、一同の食事には見たこともない木の実が添えられていた。
珍しさも手伝ってその木の実を口にした者の大半は吐き出したが、数人は特に変わった様子もなく食事を終えた。
呪い師が選んだのは後者だった。
「お主らは神木の実を受け入れられる者だ。辛かろうがこのムラのために立ち上がってくれ。」
呪い師にそう頼まれると、彼らの中に逆らう者はなかった。
彼らが出かけると決まると、その家族や友人の中にも共に行くと志願する者が現れ、最終的にムラの1/10ほどの人間が更なる困難を背負いに旅立った。
その先頭には呪い師がいた。
責任をもって自分が行く、と主張した指導者に対し、ムラに残って人々を導くように、と諭した呪い師は、この時からある決意を持っていたようだ。
神木の苗を街の北に植え、南のムラを見下ろす丘に物見台を作ってしまうと、呪い師は神木の苗の前で祈祷に入った。
数日後、呪い師の元に食べ物を運ぼうとした街の者は驚いて空を見上げた。
昨日までは確かに苗木だった木は、一夜のうちに高い梢に青々と緑を湛える巨木になっていた。
呪い師の姿はなかった。
ただ、彼の額に刻まれていたの皺によく似た皺が、その木の根本に浮かび出ていた。
人々はこの木を神木として祀り、その木の実を食用とした。
「じゃ、神木ってのは、元は人間なのか?」
「そうではない。人間と神の融合体じゃ。人の命を紡ぐ部分は神、狩る部分は人、と言えば判りやすいかの?」
似たようなもんじゃないか、と祐一は不満げに鼻を鳴らしたが、こういう時のぴろに口を挟むと尻尾が飛んでくるので黙っていた。
「私達の祖先ですね。」
じっと話を聞いていた舞がにっこり笑う。
「ま、そう言う事じゃ。能力者と言うても当時は幼い力じゃったし、もともと神ならぬ身なれば自ずと限界があるわけじゃ。その足りない部分を補う存在が儂ら”妖狐”というわけなんじゃよ。」
ぴろはそう言って胸を張った。
出来たばかりの小さな集落には、呪い師の危惧通り、悪しき神々が次々と訪れた。
自然神…神木の力を借りたとはいえ、元は人間。
突然大きな力が備わるはずもなく、多大な神々の力をまともに受け止めるだけの力はなかった。
悪しき神々がもたらす災厄は天災や疫病、不慮の事故など、様々な形態をとっており、人々は下級神の力にすら為す術もなく翻弄された。
こんな神々の力がまともにムラに注ぎ込まれたら、確かに呪い師の危惧通りムラは全滅していただろう。
それでも彼らが持ちこたえられたのは、呪い師が見込んだ力もあったが、その地に持ち込まれた異なる神、神木によるところが大きい。悪しき神々は、主として神木に対して攻撃を加えた。神木はよそ者でもあり、命を紡ぎ出す新しい土地神でもあるためだ。
妖狐はその過程で集落の人々の仲間となった。
彼らは元々人間好きだった上に、悪しき神々とは敵対関係にあったので、敵の敵は味方という力の論理からもそれが自然の成り行きだった。
が、神木とは微妙な距離感を保つ必要がある。
神木には、そこに行けば妖狐の寿命をも補充してくれる”命を紡ぎ出す力”があるが、同時に”命を奪い取る作用”も持っているからだ。殊に、神木が次第に大きく育ち、地域の悪しき神々を凌駕し支配するようになってからは、神木こそがこの一帯の命を刈り取る唯一の死神として、生死の一切を司るようになっていく。
「それでは困る。如何なる場合でも、生き物の生死をただ一つの力の元に委ねることは危険すぎるのじゃ。」
全ての生き物が神木におもねるようになり、神木自身も自らの意に添わぬ命を排除するようになる。
それは腐敗を意味し、地域が諸共に滅びることになる。
よって、神木は自らの力が強まると同時に”抗う者”や”語りかける者”など、己に逆らう力をも強める。
それは巡り巡って自らをも守ることになる。
「ん?じゃあ、この街の人間はみんな親戚になっちまわないか?」
長い年月が経って、なおかつ人の流入がなければいずれそうなる。
それは非常に危険なことでもある。
「ん?ああ、そうじゃの。詳しく話しておらんかったの。」
”語りかける者”や”抗う者”と言った能力を持つ者は、神木の実を食べて潜在的な力を持つと判った者の中から産まれる。
彼らの力は本質的に神木から”与えられる”ものだ。
従って、如何に”抗う者”とはいえ、それは神木が『命を奪いに来て』初めて発動される力でしかない。
”従う者”も然り。
『命を奪われる』者に寿命を”与える”など神木に一時的な対抗は出来るが、彼らは主体的に行動しているように見えて、実は受動的にしか動いていない。神木の力を削いだり遅らせたりは出来るが、神木の力に直接対抗できるわけではない。
「それらと別に、自らこの街についてきて、後から力を付けた者は、神木による影響を受けないんじゃ。」
それらこそ、”動かす者”。
自らの意志で自然と共存することを望んだ素直な心の持ち主。
彼らに与えられた力は、一般的な人間が持つ”動かす力”とは比べものにならない破邪の力。
真に能動的に力を発動できる者達。
「特に儂らは”動かす者”と共に奴と闘わなければならぬ。よって契約する相手を慎重に見定める必要があるのじゃ。」
さもなければ悪しき神々の手下として働くことになる。
妖狐が時に人間に悪さをし、時に人間を助けるのは、人間が時と場合によって善であったり悪であったりするからだ。
「幸いに、この街の人間は皆、能力持ちの良い人間ばかりじゃったからの。」
そのために集められたわけだから当然と言えば当然なのだが、妖狐にしてみれば気兼ねなく相手を選べる、気を許せる場所でもあったわけだ。
自分の力に話が及んで、祐一はふと違和感を感じた。
「待てよ?俺は、何だ?」
祐一は自分自身を指差してぴろに尋ねた。
「お主は、動かす者じゃ。」
ぴろは首を傾げながら答えた。
祐一は更に続ける。
「おふくろは?」
「あれも、動かす者じゃよ?」
「じゃあ、どうして、妹の秋子さんが動かす者じゃないんだ?」
祐一は最後に一番の疑問をぶつけた。
それだけではない。
力の伝承が親子間で行われれるなら、兄弟姉妹がいる場合、同時代に複数あっても良い、”動かす者”以外は矛盾が生じるではないか。
「兄弟姉妹の中でも、適性を持った者とそうでない者に分かれるんじゃよ。不思議は無いじゃろ。」
というよりも、そうでもなければ説明が付かない。
春香には”動かす者”の力が色濃く受け継がれ、妹の秋子に受け継がれた力はそれほどでもなかった。彼女達の場合はたまたま姉が受け継いだだけで、場合によっては後から産まれる弟や妹の方が適性があることも珍しくないという。
「これで判ったじゃろ?」
祐一は慌てて首を振った。
ぴろがそれっきり話をやめてしまいそうにしたからだ。
「何じゃ?判らんのか?」
「いや、お前の今の説明は判った。だけど、俺が言いたかったのは、秋子さんが”語りかける者”なんだったら、どこからその力が来るんだってことだよ?おかしいだろ?」
”動かす者”である春香の力はその親、祐一の祖父母のどちらかから”伝承”されたものだろう。
だが、だからこそ、祖父母4人の中に”動かす者”と”語りかける者”の双方がいない限り、”語りかける者”の力が入り込む余地はないはずだ。
姉妹で異なる力を”伝承する”ためには、それ以外に可能性はない。
だが、祐一のあやふやな記憶の中でさえ、祖父母の中に”語りかける者”がいた形跡はないし、この種の不都合は地域が小さい時期にこそ深刻な問題としてあったはずだ。
「おかしくはないじゃろ?語りかける者は”継承”によって力を得たのじゃから。」
「も、物好きな……。」
祐一はぴろの説明を聞きながら呆れる一方、秋子の性格上それも納得できる部分がある自分を理解していた。
”語りかける力”は以前にぴろが説明したように、神木の決定に異議を唱える危険な役目だ。
抗う者や従う者など、その他の力も使用する毎に危険を伴ったりすり減ったりと間接的に命を落としかねないが、語りかける者は紡ぐ者の気分次第で直接命を奪われかねない。
問答無用で伝承されるならいざ知らず、好き好んで継承するなど、常識的には狂気の沙汰だ。
「ん、それは…う……。」
祐一の言葉に、ぴろは急に口ごもった。
事情を知らないわけでは無さそうだが、それを祐一に伝えて良いものかどうか悩んでいるようだった。
「この一、二週間で随分強くなったように思うわ。」
春香は妹を見ながらそう言った。
そしてその感想は間違っていない。
「最初にお電話を頂いたときは、そうでも無かったんですけど…。」
「そうだったわね。」
春香は固まってしまった妹に必死に語りかけていた時のことを思い出していた。
この短い間に彼女に起こった変化には本当に驚かされる。
それは恐らく、今彼女を支える人間の力だろう。
「祐一さんのおかげです。」
秋子はそう言って頬を赤らめた。
「そんなことは…。」
「いえ、そうです。きっと。」
周囲の状況を動かしてくれたのは明らかに祐一だ。
それのおかげで状況が好転し、ひいては彼女の決心に繋がり、夫の死を乗り越えることが出来た。
「それじゃあ、そう言うことにしましょうか。」
春香は頑固な妹の主張に苦笑しながら頷いた。
秋子は姉の言葉に少し不満そうに頬を膨らませたが、すぐに気を取り直して背後の倉田を見た。
彼女に向かって『一人の患者に拘っていると百人の患者を殺すぞ?』と嘯いていた当時の姿はそこにない。
彼自身が認めるほど腐っていた倉田を変えたのは、秋子の『あなたにとっては百人の患者さんかもしれませんが、患者さんにとってはあなたがたった一人のお医者様なんです』という言葉だった。
倉田は今、これから臨む大手術に向けて手順の確認に余念がない。
今の彼は、唯一人の患者のために手術器具やスタッフを揃えて機会を待つ程、真摯に問題に取り組んでいる。
その問題が解決した先には、また新しい道が見えてくる。
「でも、祐ちゃんにはまだ内緒なんでしょ?」
姉の声で視線を切った秋子は小さく頷いた。
「今度の件が片づいたら、お話しします。その方が祐一さんのためにもなると思うんです。」
「そうね。どうしてそうなったのか、理由を説明しようとするとあのことに触れないといけないから…。」
妹の言葉に、姉も深く頷いて応える。
今の祐一はとても微妙な立場にある。
精神的な負担は出来る限り除きたかった。
だが、当の祐一は姉妹の気遣いを理解できるほどの知識を持ち合わせていなかった。
握りしめる手の力が弱っていくのを感じて、香里は思わず妹の手を握る手に力を込めた。
「美坂さん、大丈夫ですから。」
看護婦が苦笑いをする。
症状が進んだわけではなく、麻酔が効き始めているだけなのだ。
「お姉ちゃん……。」
眠りに落ちかけたところで手を強く握られた栞は再び意識を取り戻して姉に呼びかけた。
「大丈夫、ここにいるわ。」
香里は握った手を頬に当ててその肌触りを確認した。
体温が下がっていてひんやりする。
「私、戻ってこられるよね……。」
「うん。大丈夫。相沢君と一緒に戻ってきてね。」
大丈夫。
大事なお守りを渡したのだから。
香里は心の中でそう思った。
真琴に預けたお守りが今も彼女の手の中にあり、未だに二人のどちらにも預けられていないとは、夢にも思っていない。
まして、香里の親友が、突然いなくなった同居人を思って夜通し悩んでいたとは、想像もついていない。
姉の呼びかけにゆっくり頷くと、栞は静かに笑顔を作った。
「治ったら、祐一さんと一緒にお出かけするんです。」
そして、映画を見たりスケッチしたりするんです、と、戻ってきてからの希望ばかりを楽しそうに語った。
それを聞いた香里は一瞬息を飲んだ。
(栞も…やっぱり、相沢君のことを…。)
自分の悪い予感が当たったことを悟った香里は思わず栞の手を放してしまった。
手術が成功して栞が戻ってきたとき、果たして自分は妹を笑顔で迎えることが出来るだろうか?
唇を噛む香里の目の前で、栞は静かに目を閉じた。
その顔は安らかだったが、それを見守る姉の心中は複雑だった。
<続き>