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| 第22話 禁忌:Bパート | 目次 |
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「お?まだ食べてる…。」
病室に戻った祐一は、舞とぴろが手に付いたジャムを舐めているのを見て呆れたような声を出した。
出来るなら敬遠して通りたい味だというのに。
「お主ももう少し食べておいた方が良いじゃろ。」
舞が目の前にいるにも関わらず話し始めたぴろに、祐一は顔色を失った。
妖孤の存在が白日の下に曝されてしまう……。
「祐一、どうしたの?」
舞が不思議そうな顔で祐一を見ている。
驚いた様子はない。
「舞、お前、こいつが話してるのを見ても……。」
「え?妖狐がどうかしたの?」
舞はぴろと真琴を見ながらそう言った。
猫の姿をしたぴろだけでなく、人間の姿のままの真琴をもそれと見破るとは、舞はただ者ではない。
「…そうか、お前も抗う者だから、判るのか。」
「そうじゃ。多少なりとも能力のある者なら見抜くことが出来るじゃろ。」
何の不思議もない、とぴろは平然と嘯いた。
だが、力の無い者や衰えている者、封印されている者には判らないだろう、とも続ける。
「ってことは、舞は前は判らなかったけど、今は判るって事か?」
祐一は、以前舞が狐の姿のままのぴろを治療したことを思い出した。
そう言われてよくよく見れば、白猫にしては多少黄色味がかっているように見えるし、真琴も少しだけ鋭い目に見える。
「うん。だって、これ食べたから。」
舞はにっこり笑いながらそう答え、再びサンドイッチに手を伸ばした。
それは勿論、あのジャムが塗ってあったものだ。
「冗談言うなよな。」
祐一は笑い飛ばしかけたが、舞の顔に行き当たってやめた。
舞はこんな時に冗談を言うだろうか?
祐一が知っている彼女は、照れることはあっても冗談を言うことはなかったはずだ。
そんな基本的なことに気がつかなかったのは、さっきから舞が見せる、豊かな表情に原因があるだろう。
無表情がこびりついていた彼女の姿は既に無く、ちょっとした笑顔が自然に出る、彼女の年齢相応の可愛らしい表情が滲み出ている。
そんな彼女に微笑混じりに言われたから、冗談に聞こえたのだ。
「冗談ではないぞぃ?」
祐一の推理を裏付けるように、ぴろがそう言って首を傾げる。
その仕草は、”どうしてこいつは知らないんだ?”とでも言いたげだ。
「悪い。どうも…それが苦手だったんだが……。」
祐一は頭を掻きながら言った。
何とも表現は難しいが、とても食べるものとは思えない、あの独特の味。
「こんなに美味しいのに…。」
信じられないことを言う舞の顔をまじまじと見る。
「…そうは思わないんだが……あれ、いったい何で出来てるんだ?」
「神木(しんぼく)の実じゃよ。」
祐一の疑問に即答したのはぴろだった。
答える義務の無くなった舞は、手に持っていたサンドイッチの残りを口の中に放り込むついでに、申し訳程度に頷いた。
「神木?」
「そうじゃ。奴は能力を受け継ぐ資格を持った人間に直接面接に行くんじゃ。そこで奴の試験に合格すれば、神木の実と樹液を練り合わせた飴を渡すんじゃよ。それを口にすれば念力のようなものが身に付くという寸法じゃ。」
基本的には術者が持っている能力が全てだが、舞のように別の力を受け継いだ場合や、真琴のように記憶などを失うほど力の消耗が激しい場合など、その力を補うために服用されることもあるという。
そう言えば、祐一の頭痛がしなくなったのは、秋子がこれを持って現れてからだ。
あの時微かに感じた木の香りは、バスケットの香りではなく、このジャムの香りだったではないだろうか?
「いや、でも、かなり不味いと思ったけど?」
「本当に?」
舞が優しい微笑を含んだ顔を向けたので、祐一は思わず息を飲んだ。
そこにいるのはいつもの無骨な舞ではない。
力の源を補充したためか、表情の乏しかった舞に豊かな感情の表現が加わり、もともと持っていた抜群のプロポーションを引き立てている。
血色が悪く、土気色だった顔が白磁のような艶やかな白さに変わり、頬に浮かぶ薄紅のような生命力の証がそれを一層引き立てている。
常々佐祐理と一緒にいるがために目立たなかった、可憐な姿がそこにある。
どちらかと言えば華やかな出で立ちの佐祐理を欧風とすれば、落ち着いた出で立ちの舞は和風。
今の舞は”立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花”という表現がしっくりとくる大和撫子だ。
腰に帯びた木剣が如何に『舞はやっぱり舞なんだ』と主張していたとしても、それを補って余りある魅力が彼女を当代一流の美人へと押し上げている。
そんな彼女が、しっとりと濡れた瞳で祐一の顔を覗き込むのだ。
どぎまぎしない方がどうかしている。
「あ、いや、どうだったかな……?」
祐一は記憶を辿るついでに舞から目を逸らした。
冷静に振り返れば、ジャムの味を味わうほどの気持ちの余裕は無かったので、美味いか不味いかを判断することは出来なかった。
ただ、本能が”危険だ”と警告しただけだ。
「味なんぞ…力のない者が食うたら、あの嬢ちゃんのようになるだけじゃ。」
ぴろは顎をしゃくって佐祐理が運ばれていったドアを示した。
「って、ことは、名雪や香里が苦手だったのは?」
「そうじゃの。これは力のない者にとっては、毒に近いじゃろ。」
ぴろは腕組みをして机の上に胡座をかいた。
そう言われてみると納得できる。
意図せずに羮(あつもの)を口に入れれば、多くの者は吐き出すだろう。
しかも、その時の羮の味などは判らないに違いない。
何しろ”本能が危険を感じ取って吐き出させる”のだから。
祐一は深く頷きながら、依然として何かを考えるように首をひねっているぴろに尋ねた。
「なぁ、俺の場合はどうなんだ?俺もやっぱり苦手だったぞ。」
「お主も真琴も、最初にあれを食うた時は自分が能力者だと気づいてなかったんじゃろ?」
羮と判っていて食すのとそうでないのとでは身体の受け取り方が違う。
ジャムだと思って食いついたところが、実際は違ったので身体が反射的に吐き出したのだろう。
「それでも効力を持つのは、せいぜい霊体ぐらいじゃろうなぁ。」
「霊体…?」
「うむ。憑依しておることもあるじゃろうが、基本的に口に入れたものは養分になるからの。」
憑依された者に力がなかったり、変化している状態であったとしても、本来の自分は口に入れたものから無意識的に養分を確保できる。だから”狐であることに気づいていない”真琴でも、あのジャムを口に入れた後、変化を維持できたのだ。
「あれ?……ってことは、秋子さんって、何か能力あったの?」
考え込んでいたぴろがこてん、と倒れる。
余りに間の抜けた質問で気が抜けてしまったのだ。
「い、今更何を言っておるんじゃ?あれは”語りかける者”だと言っておろうが?」
「あ、そうだっけ?あれ?でも、語りかける者って、紡ぐ者と交渉するんじゃなかったか?」
そんなことをしていたら、病院に勤めることなど出来ないだろう。
「しとったじゃろう?毎日紡ぐ者の元に行っておったはずじゃ。」
口伝をまとめたりしていたのは秋子だ。
紡ぐ者は今足が弱っていてそうそう動けないので、身の回りの世話は秋子がしなければならない。
秋子が毎日のように出かけていた先は、倉田総合病院ではなく、老人の所だったのだ。
「その老人って、金持ちか?」
「う〜む。難しいの。奴の金銭感覚は止まったままだからのぉ…。」
今でも100円で家が建つと思っている。
そんな彼から金を貰おうものなら、一ヶ月働いても数円しかもらえないだろう。
だからこそ、秋子は木の実で貰ったのだ。
そう聞いた祐一は違和感を覚えた。
「木の実で貰うって……紡ぐ者が神木の実を集められるなら、足が悪いって言うのはおかしくないか?」
真琴が思わず吹き出してしまったのも無理はない。
祐一は能力者にしては余りにも察しが悪すぎた。
「じゃあからっ!神木が紡ぐ者なんじゃっ!」
ぴろの罵声は、防音の利いた部屋の壁が辛うじて受け止められるほど大きなものだったが、祐一の心に届くのにはようやく間に合う程度で、祐一の首が縦に振られるまでには、なおしばらくの説明が必要だった。
川を前に、山を背に。
開けた道の右手はなだらかな丘に向かい、その先に盆地が控える。
別の集落からの寄せ手が来ると思われる左手には峠があり、大軍でも食い止めてくれる。
「理想的だ。」
指導者は感嘆のため息をついた。
北の大地だ。
冬に凍てつくのは仕方がない。
だが、今の時期だけでも、太陽が燦々と降り注いでくれる、開けた平野。
生い茂る青草が証明する肥沃な地力。
守りやすく、逃げやすい、兵法に適った地勢。
戦を好まず、また、闘っても決して強いとは言えない我々には理想的な隠れ里。
「ここに我々のムラを作ろう!」
歩き疲れた一族も、疲れを忘れて一様に手を上げた。
ただ一人を除いて。
「いけませぬ。」
年老いた呪い師は歓喜の壁をものともせずに前に出ると、一声、強く宣言した。
「何故だ?」
指導者は困惑していて、自らが禁忌の言葉を口にしたことに気付かなかった。
占いや呪いが絶対だった時代のことだ。
彼らの託宣に逆らうなど以ての外で、そんなことをすればムラに災いを呼ぶ元として村八分にされるのが常だ。
呪い師の助言に疑問を呈するなど狂気の沙汰なのだ。
とはいえ、長旅に疲れた村人達の殆ど全員が、指導者と同じ考えだった。
もう一歩も動きたくないし、これ以上進んでもここより良いところがあるかどうか、その保障がない。
だが、呪い師は村人全員の困憊した姿を無視するように、その理由を説明し始めた。
「この土地は古の神のお住まいになられる地。その中には我らにとって良き神もおれば悪しき神もおられる。しかして、この地に住まわる良き神々の力は、残念ながら悪しき神々に及び申さぬ。この場にヒトの住処を作れば必ずや災いが訪れるであろう。悪いことは言わぬ。別の地を探すが良い。」
呪い師の言葉に、指導者は項垂れるしかなかった。
一同が疲れているのは判る。
だが、呪い師の言葉にも逆らえない。
悪意を持って言っているわけではない。
一時の安息を求めるより恒久的な安定を、という呪い師の勧めは頭では理解できるものだ。
だが、足弱の女子供や老人達を見るにつけ、これ以上の無理は言えない。
彼らを導く指導者として、どうしても譲れないところだった。
「…師よ。この者達をご覧あれ。もはや疲労困憊の極みに達し、もう一歩歩む力とてあり申さぬ。師が言われるには、この地には良き神々もおられるとのこと。如何であろう?彼らを守り、悪しき神々を退散せしめることで、どうにかこの地に住まわしめぬものか?」
指導者の言葉に、呪い師は眉を顰めて考え込んだ。
が、程なくして呪い師は指導者に一つの方策を示した。
「そこまで言うなら致し方あるまい。方法は無いことはないのだが、お主には辛い選択になるであろう。」
言うと呪い師は右手の小高い丘を指差した。
そこが悪しき神々の通り道になっているという。
「この地の更に北に一つ小さな集落を作り、災いを避けるが良い。そうすれば、北からの悪しきものどもの侵入を和らげることができる。」
おお、と歓喜の声をあげる仲間達を、指導者は複雑な表情で見ていた。
辛い選択の意味が判ったからだ。
「…贄を出せと……。」
大半の者が住むこの地を守るために、悪しき神々を食い止める人柱を出せと言うのだ。
人柱の住む”風除け”の街を作り、この地に流れ込む悪しきものどもの力を削ぐ。
「ただの贄では役に立たぬ。悪しきものどもに対抗し得る能力を持つ者が必要なのだ。」
「能力?」
指導者は呪い師の聞き慣れない言葉に首を傾げた。
超常の力ならば今目の前にいる呪い師が良く見せてくれる。
だが、能力とは?
「自然の力、神々の力と交信できる者のことだ。この中から選ぶのだ。」
呪い師はそう言って人々を見た。
人々は一様に俯いた。
長く苦しい逃避行に耐えてきたのは、ただひたすらに拡大を求めて戦を仕掛けてくる別の集落から逃れるためだ。
温厚で互いに仲が良く、働き者のそろっている集落のムラ人達が揃って安心して住める土地を求めて辛い長旅に耐えてきたのに、ここに来て離れ離れになるとは…。
人々は指導者がもう一度出立の決断をするかもしれないと、その言葉を待った。
だが、自身も疲れ切っていた指導者が呪い師に異議を唱えることは無かった。
<続き>