| Canon 〜外典〜 | 前話 |
| by Ophanim | 次話 |
| 第21話 失うもの達:Cパート | 目次 |
-
「お待たせしました。」
途方に暮れている一同の前に、買い出しを終えた真琴が戻ってきた。
手にいっぱいの肉まんを抱えて幸せそうだ。
「あ、ありがとう。」
「おお。暖まりそうだなぁ。」
真琴が差し出す肉まんに、思い思いの感想を述べながら手を伸ばす。
”私の独断で決めさせて頂きました”と、にこにこ微笑んでいる真琴を、香里は静かに見つめていた。
前に会ったとき、この子は手掴みで料理を食べたり祐一のプレゼントにじゃれついたりと、どう見ても”幼い”行動を取っていた。あれは記憶を失った人が時にとることのある、幼児退行だったのだろう。その証拠に、記憶を取り戻したらしい今、彼女は年齢相応の落ち着いた行動を取っている。
「香里さんもどうぞ。」
真琴は香里に袋を差し出した。
香里は軽く礼を言って肉まんを受け取りながら、ゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、沢渡さん。沢渡さんはここに住んで長いのかしら?」
真琴の体が一瞬固くなる。
「どういう……ことでしょうか?」
この人は何か勘付いたのだろうか?
だが、真琴の心配は全くの杞憂だった。
「どういうって言われても…。言った通りの意味よ?あたしも北川君もここに引っ越してきたのよ。沢渡さんはずっとこちらに住まれてるのかしら?」
香里は何かおかしなことを聞いたかな?と首を傾げながらそう付け加えた。
真琴は安心して頬を綻ばせた。
大丈夫、この人が言っているのは、”人間の真琴”の話だ。
「はい。生まれも育ちも、ここですよ。」
真琴の答えに、香里の顔がぱっと明るくなる。
「それじゃあ、昔、この町で誰から見ても判るような目印になりそうなものってあったかどうか覚えていない?」
「えぇ、ありましたよ。」
そう言ってしまってから、真琴は表情を曇らせた。
それこそまさに今彼らが置かれている状況の発端なのだから。
「あった…って、今はないのか?」
北川の声が残念そうに響く。
「無くても、痕跡ぐらいはあるんじゃないの?」
香里の励ましが心に響く。
真琴は言ってしまったことを後悔する気持ちになっていたが、こうなってしまっては最後まで伝えなければなるまい。
「えぇ。どこにあったのかは判ります。少し歩きますが。」
明日にしますか?と時間を稼ぐように促すが、皮肉なことに、真琴が選んだ肉まんが彼らの気持ちを再び高揚させているようだ。
「ううん、早い方がいいわ。そうよね?月宮さん。」
「うん!」
辺りは既に暗くなってきており、いつものあゆなら”怖い”と断るところだ。
それを頷かせるのは、香里が彼女に与える安心感が大きかったからだろう。
姉のようでも母のようでもある香里と一緒なら、暗闇だろうと怖くない。
それに、”武器”もある。
「もう暗いんじゃないか?」
北川が帰宅を促す。
彼は勿論、暗いのが怖いわけではない。
彼らは人数がいるとは言え女3人。
この間雪だるまを作ったときも女3人だったが、あの時は祐一もいた。
今は北川一人。何かあったとき、3人を守れる自信がない。
「ほら、こうすれば明るいよ。」
北川の気持ちを全く読みとることなく、あゆは祐一からプレゼントされた時計を操作した。
途端に懐中電灯のような灯りが時計の表面から立ち上がった。
あゆは蓋の角度をずらして光が正面を向くように調節すると、”怖くないでしょ”とにっこり笑った。
そう言う事じゃないんだが、と北川は一縷の望みを託して香里に視線で合図を送った。
香里が頷く。
良かった、判ってくれたか、とほっとする北川に向かって、香里は
「それじゃ、北川君が先頭お願いね。」
と、少しも判っていない返事を返してよこした。
「それは、出来ない。」
祐一は長い沈黙の後でそう答えた。
既に結論を出していることだ。
覚悟もある。
自分にしかできないことだ。
「でも、もう良いんです。私、怖いんです。私が治っても、祐一さんがいなくなっていたらと思うと、怖いんです。」
栞は顔を振りながらそう訴えた。
自分のために、誰かが犠牲になる。
それですら耐え難いのに、今犠牲にならんとしているのは自分の知り合いで、しかも、とても大事な人なのだ。
とても耐えられない。
「栞。大丈夫だから。心配するなって。」
「嫌です〜。」
栞は一層首を横に振って少しも聞いてくれる気配がない。
極度の緊張がもたらす錯綜状態に近い。
こういうときは、黙って待つのが賢明だ。
祐一の脳裏にそんな警句が浮かんだ。
それは、まるで遠い昔にいつも経験していたかのような、懐かしい感じがした。
「ね、祐一さん、聞いて下さい。私はもう、今のままで充分幸せなんです。大きな雪だるまも作れたし、お姉ちゃんとは仲直りできたし、祐一さんとか名雪さんとか、色々な人と知り合いにもなれたし…。だから、幸せなんです。」
栞は笑顔でそう言った。
出会ったばかりの頃なら、その笑顔に騙されていたかもしれない。
だが、今は違う。
彼女が”偽りを演じる”と判っている今なら、その笑顔の端に覗く辛そうな表情を見逃すこともない。
「こんな私のために一生懸命頑張ってくれて…。これ以上皆さんにご迷惑をかけたくないんです。特に祐一さんには、危ないことをして欲しくないんです。」
栞の台詞はそれなりにショックだった。
自分のやっていることは迷惑なんだろうか?
「いや、俺はお前を助けたくて…。」
「あ、ごめんなさい。そう言う意味じゃないんです。」
祐一が申し訳なさそうに頭を掻いたのを見て、栞は慌てて否定した。
ごそごそと左手の袖をまくって祐一に差し出す。
「私はもう、祐一さんに一度助けられているんです。」
栞はあの日の絶望を、そして、時を同じくして見つけた希望を、切々と語った。
絶望に出会った、あの日。
自ら命を絶つつもりで出かけた、あの時。
羽を背負った天使が飛びかかってきた、あの場所で。
栞のドラマは始まっていた。
「それからは毎日が楽しかったんです。死ぬのも、もう、怖くなかった。満足でした。でも、祐一さんがいなくなるのは、嫌なんです。怖いんです。今でも。多分、これからも…。」
栞はそこで一旦目を閉じた。
ドラマなら、ここで何か音楽でも流しながら二人の想い出をリフレインさせるところだろうが、現実にはそんなものはない。
自分の想像の中で出会いから今までを思い出すほか無い。
もし恋愛ドラマであったなら、祐一が告白などをするところだろう。
栞がそんなことを思っていると、絶妙のタイミングで祐一が口を開いた。
「栞…。」
「祐一さ…。」
抱きつかれたりするだろうか、と想像して目を開いた栞の瞳に飛び込んできたのは、予想外の祐一の表情だった。
「そんなこと言う奴は、嫌いだ。」
祐一はとても怒っていた。
「お前らはいつもそれか?じゃ、きっとあれだろ?会わない方が良かったんだろ?」
祐一は怒鳴りつけるような口調でそう言った。
「え?え?」
栞はシナリオにない祐一の行動に面食らっていた。
こういうシチュエーションでこんな行動を取った小説やドラマはあっただろうか?
「栞の親の論理を使えば、最初から俺なんかいないことにすればいいんだろ?そうしたいのか?」
祐一の言葉は栞の心を鷲掴みにした。
これまで現実に面と向かうことを避けてきた彼女は今、否応なしに正面を向かされている。
「そ、そんなことは…。」
「だろ?栞だって、そうされて嫌だったんじゃないか。だったら、どうしてそんなことを言うんだ?」
確かに祐一の言う通りだ。
だが、栞にだって言い分はある。
「…自分の命より、祐一さんの命が大事だって…そう思ったから……。」
だから、祐一を危険に晒すわけには行かない。
栞は思い詰めた表情でそう答えた。
祐一は首をゆっくり横に振って深いため息をついた。
やはり、姉妹は姉妹だ。
「栞。簡単な質問をするから、自分で考えて答えろ。頼むから、ドラマとか小説から台詞を借りてくるな。」
祐一はため息混じりにそう言った。
いかにも渋々と栞が頷く。
「生きたいか、死にたいか?」
「え!?…それは生きたいですけど、でも、祐一さんが…。」
祐一は栞が反論しようとするのを、栞の手を握って止めた。
「余計なことは言わなくて良い。じゃ、次。栞が助かって俺が死ぬのと、栞が助かって俺も生きてるの、どっちがいい?」
「それは勿論、祐一さんも生きている方が良いです。」
ぽんぽん、と祐一は栞の手を叩いた。
「判ってるじゃないか。それを手に入れるためには、手術する他無いんだよ。」
「だけど……。」
栞はまだ不満そうだ。
なまじ小説に感化されている分だけ香里よりも騙されにくいな、と思わず苦笑が漏れる。
「じゃあ、お前は俺に”俺が助かって栞が死ぬ”っていう選択をさせたいのか?」
「あ……。」
栞は目を見開いて固まってしまった。
自分がされて嫌なことを、他人にしてはならない。
同様に、自分がしたくないことを、他人にさせてもいけないだろう。
「俺はお前を助けると決めた。栞がしなくちゃいけないことは、手術が終わって退院した後、佐祐理さんと舞と俺と一緒に昼飯を食べることだ。」
祐一はそう言って栞の鼻をつついた。
その拍子にくしゃみが出た栞は、そのおかげで溢れそうだった涙を誤魔化すことが出来たことに感謝した。
何をしているんだろう、と混乱する頭をどうにか首の上に置いておく。
”2足歩行のこつは脊髄に頭蓋を載せることじゃ”。
真琴は師範の言ったことを忠実に守りながら一歩一歩、自分が飛び出してきた里に向かって歩いていた。
「まだ?」
「もう少しです。」
疲れたような問いかけに、しっかりとした口調で答えること数度。
一行はようやく目的の場所に着いた。
「…で…でかい…。」
北川が思わず感嘆の声をあげた。
大人が20人両手を繋ぎあっても一回りできるかどうか。
それほど巨大な木の切り株がそこにあった。
「なるほどねぇ。こんなのが立っていたら、街からでもはっきり見えたわね。」
香里は切り株を撫でながらそう感想を漏らした。
見上げれば冬の夜空に星が瞬いている。
森の中にぽっかりと空いた空間は、他の木の枝が視界に入らないほど広い。
それは即ち、そこにあったはずのこの木が占めていた空間である。
この木は一体どのくらいの高さだったのだろう。
「見えましたよ。遠くまで。ずっと遠くの街までも。」
そうでなければならないのだから、という言葉を、真琴は飲み込んだ。
さもなければ、重しの役割を果たさない。
災いの力を食い止めることは出来ない。
だからここにいなければならなかったのに。
ここに止めておかなければならなかったのに。
「さぁ、探しましょうか。もう随分遅くなってしまったわ。」
香里の一言で、ようやく何をしに来たのかを思い出す。
真琴はそっとあゆの髪を撫でた。
透き通るような首に直接触れそうになってびくりとする。
北川と香里の視線が真琴から外れたその瞬間、真琴は一瞬だけ変化を解いた。
あゆの臭いから場所を特定するにはそれで充分だ。
「多分、ここです。」
再び人間に戻った真琴はそう言って二人を誘導した。
その様子を、あゆは疲れたような瞳で見守っていた。
二人が掘り始めてほどなくして。
かつん、と。
シャベルの先が何かを捉えた。
石とは違う感触がいやが上にも期待感を高める。
「何だ?ガラスか?」
「ううん、金属の箱ね。お菓子か何かの。…まぁ、厳重に密封してあるんだけど…。」
密封の仕方が幼い。
継ぎ目をビニールテープでぐるぐる巻きにしてあるだけだ。
だがそれは、それが何らかの意図を持って埋められている何よりの証拠だ。
「よく埋まってる場所が判ったなぁ?」
北川が感心したように真琴を見る。
「え、えっと、それは、そう、何か隠そうとしたら、来た道の反対側かなって……。」
真琴は大慌てで口から出任せを言った。
理由など後からいくらでもこじつけられると思っていた。
が、こうして口にしてみるといかにも取って付けたような理由にしかならない。
人を欺くことはかくも難しい。
「確かにね…。まぁ……常識的ね…。」
香里は半信半疑のようだが、結果を見せつけられてそれ以上追求するのはナンセンスだ。何はともあれ、目的のものは手に入ったのだ。
「まだ判らないわ。開けてみないと。」
香里は慎重に慎重を期して箱に手をかけた。
<続き>