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| 第19話 運命の舞踏会:Dパート | 目次 |
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「厄介なことになってしもうた。」
申し訳なさそうに詫びるぴろの言葉が、なかなか理解できなかった。
「何が問題なんだって?」
祐一は首を捻りながらもう一度ぴろに説明を求めた。
ぴろが話したところによると、祐一が美汐に冗談で渡したビー玉が発端だそうだ。それを手に入れた本屋の主人が、ビー玉についていた祐一の汗から祐一の宝珠を作ってしまったらしいのだ。
「宝珠が作られると何が問題なんだっけ?」
「強制的に力を吸い取ることが出来るんじゃ。妖狐や人間の場合、力そのものが生命エネルギーに等しいわけじゃから、それは死を意味するんじゃ。」
つまり、祐一の生殺与奪の権はその貸本屋の主人に握られてしまったというのだ。
「今日でちょうど一週間じゃ。宝珠は完成してしまった。昨日までなら何とか止められたかもしれぬ…なんてことじゃ…申し訳ない…。」
今までになくしょげきっているぴろに、祐一は軽く手を置いた。
ぴろは一瞬びくっと身を震わせたが、覚悟は出来ている、とばかりにそのまま逆らわなかった。
が、祐一の手は元気づけるようにぴろの背中を撫でただけだった。
「俺の命が狙われてるってことか?」
「そうじゃ。」
「何でだ?お前の話だと動かす者なら溢れるほどいるはずだろうが?そこが気になっていたんだ。何で俺だけが”動かす者”として特別に名前を呼ばれる?」
ぴろは祐一の質問に困ったように口を歪めていたが、やがて諦めたようなため息をついて話し始めた。
「事情が事情じゃ。話をせざるを得んじゃろう。ものの売り買いの話はよかったな?」
売買というものはものを買いたいと思う人、売りたいと思う人の二者がいて初めて成立する。治療も同様、生きたいと願う人、生かしたいと思う人が揃って初めて、治療が成功する。
「じゃが、一方的に片方から奪い取ることが出来るとしたらどうじゃ?」
生きたいと思わなくても生かしてしまう。
いや、それならまだいい。
死にたいと思わなくても……。
「売る側買う側、そのどちらの合意も無しに動かせる。それがお主の”動かす”力じゃ。非常に危険な力じゃから、今は封じられておるのじゃ。」
がつん、と衝撃が走った。
祐一は気分が悪くなって眩暈がした。
自分が強く願うだけで、人を殺せるだと?
恐ろしくて震えが止まらない。
これまで迂闊に人を呪ったことがなかっただろうか?
安易に不幸を招くようなことを口走っていないだろうか?
からかったつもりで致命的な何かを口にしていないだろうか?
このままでは不安で口も利けなくなりそうだった。
「安心せい。そう簡単には運命は変えられん。」
ぴろは祐一の震えの原因を正確に察知してそう助言した。
確かに危険な力だが、だからこそ全てを与えられてはいない。
祐一が充分な力を発揮できるのはこの町の界隈に限られており、それも余程強く願わない限り動かせない。
人一人を生かしたり殺したりするほどの願いは祐一自身にも深刻な打撃を与える可能性がある。
祐一はそれを本能的に知っているから、それをするのは余程の場合でないと本能が邪魔をしてその領域に立ち入れない。また、そこまでの強い願いをしていれば必ずその反動が現れているはずだ。
「じゃから、お主が怖がるようなことはない。絶対にないとは言いきれんがの。」
祐一はそれを聞いてようやく息が出来るようになった。
その瞬間、母親の言葉の意味が判った。
『自殺は身体に悪いわよ』
自分で自分が助からないのでは、と思うことは、祐一にとって自殺に他ならない。
そしてその助言が出来ると言うことは、母親もまた”動かす者”なのだ。
だから、自分は母親の言うとおりにしていれば必ず上手く行ってきた。
怪我をしない方向は命を永らえさえる。
幸せな体験もまた寿命を延ばすと言われている。
運命が寿命と密接に関わっているのはそのせいだ。
そして、動かす者が幸運を運ぶことが出来るのも、理解できることだ。
同時に、不運を運んでくることも、可能だ。
「なぁ、俺の命を狙ってる奴、いつでも殺せるのか?」
「まさかお主、奴を殺そうなどと考えてないじゃろうな?」
ぴろは疑い深い目で祐一を見つめた。
ところが見られた方はそう言われて初めてそれもあったな、と気がつく始末だ。
祐一の表情を見ていたぴろはにっこり微笑んだ。
「なるほどな。お主ら”動かす者”にも、その能力を受け継ぐための資格が要るというわけか。」
素直な心。
人の幸せを心から願える心。
騙されても虐げられても、それを冗談のようにかわせる余裕。
それがなければ動かす力を与えるのは危険極まりない。
「何のことだか判らないぞ?」
祐一が首を傾げるのを見て、ぴろはますます嬉しそうにした。
この男は最大級の力を受け継ぐ資格を持っているのだ。
だから、”あんなこと”も可能だったのだ。
「まぁ、いいや。そいつはいつでも俺を殺せるのか?」
「いつでもって事もないがの。その気になれば、すぐにでも。」
祐一が力を使ったとき、その力を吸い込むように珠を使えばいつでも殺せる。
そして厄介なことに、祐一は知らず知らずのうちに運命を動かしている。
相手にとっては甚だ有利だった。
「判った。それじゃあ、俺の命があるうちに有効に使わないといけないな。」
「あん?何の話じゃ?」
不思議そうに首を傾げるぴろに、祐一は栞の手術について説明した。
彼女の手術には自分の骨髄が必要なこと。
そのためにはもう時間が余り残されていないこと。
手術のために入院が必要なこと。
「命が狙われているならちょうどいい、すぐに手術してもらおう。」
死んだ後では手術をしてもいいという祐一の承諾を確認するのに手間がかかる。
手術をしてしまえば、たとえその後に殺されたとしてもとしても一人の命を救えたことになって満足感を持って死ねる。
祐一の顔は晴れやかだった。
迷いが無くなった良い表情をしていた。
どこまでも前向きなその考えに、ぴろは深く感銘した。
やはり動かす者は特別だった。
「急な話で申し訳ないんですが、そんなわけで余り時間が残されていないんです。」
祐一は秋子には自分の命が狙われていることは隠して、自分が栞に骨髄を提供することだけを伝えた。
倉田に連絡を付けて、保護者に承諾を得るために栞の病気について話をする許しを得ている。
事情が事情だけに倉田もその申し出を認めないわけには行かなかった。
「判りました。…それで、姉さんはなんと?」
秋子は目を閉じて深く息を吸い込んだ。
身体の震えは収まってくれなかった。
「おふくろ…母は、賛成してくれました。父にはまだ連絡が付いていません。」
「それなら早速連絡しましょう。」
秋子はそう言って立ち上がった。
足下がふらついたが、今は気丈に振る舞わなければならない。
「すみません、いつもいつも…。」
申し訳なさそうに頭を下げる祐一に、秋子はいいんですよ、と答えた。
だが、心の中に湧き出した疑問は拭えない。
昨日の今日。
どうして急に急ぎだしたのだろう?
昨日はあんなに悩んでいた。
今は、まるで何かを振り切ったかのように晴れやかになっている。
いや……。
まるで、死を覚悟しているかのようだ。
手術を恐れているのか?
…いや、それは無いだろう。相手は倉田総合病院の医師スタッフだ。信頼できる。
では、一体どうして……?
「はい、どうぞ。」
「あ、どうも。」
祐一に受話器を渡して考える。
おかしい。
自分は何かを間違えただろうか?
「もしもし。」
「あ、親父。俺。」
「あ、祐一か。」
今日は父が出た。
祐一は周囲に名雪がいないことを確認してから事情を説明した。
さすがに父は母よりも慎重に考えてくれているようだ。
どうしても祐一でないといけないのか、と何度も繰り返した。
「大丈夫。俺は死なないから。」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥で何かが熱く燃え上がったような気がした。
今の祐一にはそれが新しい生命力のようなものに感じられ、一層強くそう思った。
”死なない”と。”生きる”と。
「……判った。手術日はいつ頃だ?」
「早い方がいいから、明日書類作って今週末にはお願いするよ。」
健康診断や臓器の異常がないかどうかをチェックしないといけない。
学校にも診断書を提出して休みをもらわないといけない。
「早過ぎるよ……。」
「まぁ、そうかも……って、誰だお前?」
聞き慣れた声が混じってきて驚いた。
涙混じりの言葉は、確かに名雪のものだ。
「嫌だよ…。私、祐一がそんな危ないことをするの、嫌だよ……。」
「ボクも…。」
祐一は受話器をそのままにしておいて廊下を走り抜けると、リビングに飛び込んだ。
そこには子機を握って泣いている名雪とあゆ、それを不思議そうに見上げている真琴がいた。
「てめぇら……。」
怒り出したい気持ちよりも嬉しい気持ちが強くて困ってしまった。
怒鳴りつけたい激情に駆られているのに顔が笑ってしまう。
「泣いてる暇あったら入院の準備でも手伝え!こっちはまだ電話中だ!」
祐一は子機を名雪から取り上げてその電源を切った。
機械音痴だと思って甘く見ていた。
だが、祐一は自分自身で子機を使って名雪と美汐の会話を聞くところを実演して見せていたではないか。
祐一と秋子の態度からただごとではないと心配してくれたのだろう。
それを怒るわけにはいかなかった。
「だけど、祐一…。」
「それから、当然、快気祝いの準備もだ。」
ただ、寒いからイチゴアイスはやめろよ、と釘を差すと、従姉妹はようやく笑顔になった。
『快気祝いってなぁに?』と聞くあゆに説明する名雪に役を与えて、祐一は大急ぎで受話器の元に戻った。
国際電話では一分一秒に大金がかかる。
名雪達には後でゆっくり説明すればいい。
「もしもしっ!」
「ああ、祐ちゃん。元気だった?」
「…だからそれやめぇって。」
電話の相手はいつの間にか変わっていた。
自分の身体を気遣ってくれた父親が嬉しかったのだが。
「親父は?」
「荷造り中よ。手術前に会っておきたいからって。」
母親はいつものようにのんびりと、とんでもないことを宣った。
「おいおい。今からで間に合うのか?チケット取ったりホテルの予約取ったり…。」
海外を旅行するためには色々な準備が必要だ。
パスポートは勿論、滞在にビザ取得が必要な国もある。祐一の父のように働く場合には労働ビザが必要だ。
国内旅行のように毎日飛行機が飛ぶわけではない場合もある。週に何回かしか運行しない国もあるくらいだ。
それ以前に、これだけ間近になってから取るチケットは高額だ。
時差の関係もある。
日付変更線を越えれば1日ずれるところだってある。
間に合うかどうか微妙なところだ。
「時差…そうだ。今そっちは何時くらいなんだ?」
昨日も同じような時間にかけたが、両親がいる国は早朝だったり深夜だったりしないのだろうか?
「時間?8時くらいかしら?」
祐一は廊下の時計を見上げた。
ここも8時だ。
「朝の8時か?」
「ううん。夜の8時よ。」
母の声ははっきりしていた。
時差がない。
ということは、近くの国かオーストラリアとかその辺りか…。
それでもやはり飛行機を確保するのは難しいだろう。
「そっちは夏か?こっちは寒いぞ。」
「うん、寒いわ。」
……。
ふと、祐一の頭の中にある疑惑が浮かんだ。
それは自分の中にある、父親から受け継いだと思われる性格についてだ。
「おふくろ…親父に何て言われたか言ってみろ?」
「愛してるって言われてるわ。」
「それじゃねぇっ!」
母親は息子の問いに即答し、息子も母親の返事に即応した。
頭痛を通り越して脱力してしまう。
「じゃあ、何よぉ…。」
「海外出張に行くとき、何て言われたか言ってみろ。」
ごそごそ、と何かを探る音がして、ぱらぱらとページがめくられる音が続いた。
寝起きの名雪を思わせるほどのんびりした行動にも、祐一はもう焦らなかった。
頭の中では疑惑が次第に確信に変わっていた。
「長いわよ〜。」
「判ってる。」
親父の性格は。
祐一は後半部分を省略してその後に備えた。
「いい?えーとね、アメリカの隣のイギリスの隣のフランスの隣の………。」
ページをめくる音が続く。
国名が地球を2周するまで辛抱強く待つ。
「…韓国の隣らしいわ。」
「それは日本だっ!!」
祐一は溜まりに溜まった鬱憤を、水瀬家を満たしている空気が全てうなるほど大きな声で受話器に叩き込んだ。
<続き>