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| 第19話 運命の舞踏会:Cパート | 目次 |
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薄暗い部屋の中に小さな灯りが灯っている。
部屋の中央に、ぼうっと浮かび上がるふわふわのベッド。
香里はぶるっと一つ身震いをして後ろを振り向いた。
振り向かれた祐一は無言で顎を動かす。
その方向はベッドだった。
「…本気?」
香里は誰にも聞こえないような囁き声で尋ねた。
「当たり前だ。俺は命張るんだぞ。」
同じように囁いた祐一はついでに怖い顔をしようとしたが、さっきの舞踏会での香里の柔らかさを思い出してどうしても顔がにやけてしまう。
「わ、判ったわよ…。」
香里は観念したように自分からベッドに向かって歩き出した。
ベッドサイドに立ってもう一度祐一の方を見る。
「よし、それじゃあ……そこで服でも脱いでもらおうか?」
「わ〜っ!そんなこと言う人嫌いです〜っ!」
驚いた栞がベッドの中から飛び上がった。
声の主を捜してきょろきょろと見回す栞の目に、目を潤ませて立っている姉の姿が目に入った。
「お姉……ちゃん?」
「……そうよ。」
「ついでに、そいつが理緒だ。栞。」
「馬鹿。こんな時に水差さないでよ。」
栞を抱き締めかけた香里が泣き笑いの表情で祐一を振り向いた。
その隙に栞の方が香里に抱きつく。
「わ〜ん。お姉ちゃん、会いたかったよ〜……。」
「ごめんね、栞。お姉ちゃん、何も出来ないから……。」
隣にいても何も出来ない。
血が繋がっているのに助けることが出来ない。
どうせなら他人なら良かったのに…。
ただ一緒にいて慰めるだけで済む、他人なら良かったのに……。
「いいの。いいの。お姉ちゃん…。一緒にいて欲しかったの……。」
「電話切っちゃってゴメンね。病院からだと思って……。」
寄り添って互いに強く抱き合いながら涙を流す姉妹を見て、祐一は満足そうに頷いた。
その後ろで一部始終を見ていた佐祐理ももらい泣きをしている。
姉妹がひとしきり泣き終わったのを確認した祐一は折を見て香里の肩に手を置いた。
「さて、そろそろ償いをしてもらうぞ。」
「え…?栞に謝るのが条件じゃないの?」
香里は涙の残る目で祐一を見上げた。
ぞくっとするほど綺麗だ。
祐一は思わずつばを飲み込んだ。
「それはそれ、これはこれ。今まで栞のことを隠すためにさんざんなことをしてくれただろ?その、償い。」
祐一は悪戯っぽい顔を作った。
香里は胸を押さえて手をついた。
足下がふらふらする。
「…その…せめて…場所を変えて…。」
「勿論だ。栞、立てるか?」
祐一は栞に手を貸して立ち上がらせようとした。
香里が慌てて祐一にすがりつく。
「えっ!?や、やめて…。栞と一緒は…。」
「何言ってんだ?栞と一緒じゃないと意味がないだろ?」
香里は激しく首を振ってますます祐一にすがりついた。
「駄目っ!栞は…駄目!」
「はぁ?何言ってんのお前?」
「祐一が脅かし過ぎたのが悪いのよ〜。」
背後から忍び寄っていた佐祐理がぽかん、と軽く祐一の頭を叩いた。
その上で、改めて香里の手を取る。
「栞ちゃんと一緒に雪だるま作りましょう。香里さん。」
中庭いっぱいにするんです。
そう言って香里を助け起こすと、栞に着せるコートを手に取った。
「あ、いいんです。私はこれで…。」
「それじゃあ寒いじゃない。」
栞が手に取ったストールを見て、香里が心配そうな声をかけた。
だが、妹は小さく首を振った。
「でも、これはお姉ちゃんからのプレゼントだから。」
世界で一番暖かいの。
そう言って目を閉じた栞を、香里はきつく抱き締めた。
佐祐理は涙を隠そうともしないですすり泣いていた。
折角感動の場面を演出したのに、悪戯心を出したがために3人に置いて行かれそうになった祐一は、3人が病室の扉を出た頃慌てて走って追いかけた。
祐一の頭の中は、佐祐理がどうして敬語を使わなかったのか、という疑問だけが殆どを占めていた。
学校に着いた4人は雪だるまの周りが賑やかになっているのに気がついた。
「遅い。」
「ごめんね〜、舞。佐祐理、泣いちゃって…。」
途端に祐一の首筋に木剣が添えられる。
佐祐理を泣かせたことに対する反撃だ。
「って、何で俺だぁ?」
「他にいない。」
祐一と舞がそんな掛け合いをやっている横で、栞が嬉しそうに目を輝かせていた。
「可愛ぃ…。」
それを聞いた舞が顔を赤くして祐一の頭にちょっぷを見舞った。
「照れるな。って言うか、俺に八つ当たりするな。」
「うるさい。」
ごんごん、と容赦なく舞はちょっぷを入れる。
栞は舞が作った雪うさぎを一羽一羽丹念に眺めていた。
その度に舞は照れて祐一にちょっぷする。
「おい、こら。雪だるま作るぞ。」
祐一はたまらず逃げ出して本来の仕事に入ることにした。
表の大きな雪だるまを作ったときに比べると雪資源は少ない。
雪だるまは前のものと同じくらいの大きさにして、残りは舞が作ったような雪うさぎにすることにした。
病み上がりの栞には無理をさせないよう、香里の隣で一緒に丸めてもらう。
舞と佐祐理が雪うさぎを作る。
祐一は一人で雪球を丸めた。
5人でやれば作業はすぐに終わる。
病院からここまでの往復の方が時間がかかるくらいだ。
雪だるまは栞の希望通り、二つ並べられた。
栞が顔を付けただるまの隣に、香里が顔を付けた一回り大きな雪だるまが並んだ。
そしてその周囲をたくさんの雪うさぎが跳ね回っている。
「栞、満足したか?」
祐一は栞に優しい声をかけた。
「うん。」
栞は元気良く頷いた。
だが、その手に妙なものを見かけた祐一は、素直に笑い返すことが出来なかった。
夜中の一仕事を終えて病院に戻る道すがら、祐一は舞にさりげなく栞を連れて先に行くよう頼んだ。
舞は一言も尋ねずに小さく頷くと、香里から栞を上手に引き離して先に行った。佐祐理が一つ頷いてその後を追う。
無口な舞に栞がよく懐いているのが不思議だが、それが舞の魅力なのかも知れない、と祐一はそれを見ながら思った。
栞に会話が聞こえないところまで離れると、香里は祐一の手を取って自分の胸に抱き締めた。
「その……ごめんなさい。あたし、相沢君が1000億分の1の人とは思わなかったし…。」
「まぁ、それはたまたまだ。」
香里は今までになく穏やかな、それでいてやはりどこか不安げな表情で祐一を見た。
祐一に死ね、と頼むような危険な手術だ。
たまたま、運が悪かった。
そういう気分にもなるだろう。
香里は申し訳なさそうに項垂れた。
「まさかそんな確率が現実にあるとは思わなかったし…。」
「言ったろ。0でない限り、必ずあるんだ。」
その祐一の言葉は、同時に逆のことも意味する。
祐一が手術で命を落とす可能性は、0でない限り、必ずある。
香里の表情は暗く沈んだ。
その表情を見て、香里が不安に思っていることを感じ取ったつもりになった祐一は、香里を元気づけようと口を開いた。
「俺はこれから親や秋子さんに話をしてから手術を引き受けるつもりでいる。」
それがいつになるかは判らないが、出来るだけ早くするつもりだ、と続けた。
香里は祐一を拝むようにして深々と礼をした。
だが、その言葉で香里の表情を明るくすることは出来なかった。
適合者がいないうちは自分が絶望するだけで済んだ。
だが、いざ見つかってしまうと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
何の問題もない人生を送っていた人間を一人、死の淵に立たせることになる。
しかも、相手は赤の他人なのだ。
香里は顔を赤くしながら意を決して申し出た。
「その…あの…思い残すことがないように……その…………。」
「こら。それじゃあ死ねって言ってるようなもんだ。」
さっきまでのは冗談だ、と重ねて否定する。
「まぁ、無事戻ってきたら”お願い”するかもしれないけどな。」
祐一はそう言って、あはは、と笑ったが香里の方は力無い微笑みを浮かべただけだった。
重苦しい沈黙が流れる。
「なぁ、香里。」
祐一は静かに話しかけた。
「何?相沢君。」
「名雪の誕生会のこと覚えてるか?」
「えぇ…。」
香里はようやく少し力のある微笑みを浮かべた。
楽しかった。
久しぶりに多くの人とゲームをして楽しんだ。
家族のように、楽しんだ。
「あの時さ。お前とババ抜きして勝っただろ?お前俺に何て言ったか覚えてるか?」
「えぇ。あなたは、負けると思ってなかった、って言ったわ。」
祐一は力強く頷いた。
漠然としていたものが、確信に変わった。
「俺のように自然にそう思えたら?」
「何かが変わっていたかも……。」
香里は祐一の後を受けてそう続けた。
彼が何を言いたいのか判った。
無性に頼もしく思えて涙が出そうになった。
「そう言うわけだ。いいか。お前しかいなかったとき、栞が助かる確率は1000億分の1だった。俺がここに来てからは……。」
「100分の1くらいかしらね…。」
香里は即座にそう言って、言ってしまってから反省した。
そんな数字は徒に祐一に恐怖心を与えるだけだというのに、馬鹿正直に…。
「あ、違うの。手術の成功確率じゃなくて、手術が上手く行って、栞も治る確率の事よ…。」
「お前が頭いいのは判ってるから少しは俺の話も聞け。」
祐一は香里の頭をちょっとつついてから話を続けた。
「いいか。栞が助かる確率は。」
ごくっと香里が喉を鳴らした。
口を挟みたいけれども、我慢しないと…。
「1/2だ。」
「なんでそうなるのよ?」
余りに途方もない数字に耐えきれずに不満を漏らしてしまった。
楽観的すぎる。
「本当だって。だってな…。」
「だから、どうしてそうなるのよ?説明してよ?骨髄が一致したからって手術が終わってからそれが根付くかどうかは判らないのよ?」
「人の話を聞けっての。」
祐一はそれ以上香里が話せないように香里の頭を自分の胸に押しつけた。
こいつに喋らせると何も上手く行かない。
「いいか?お前は頭が良いから色々考えるかも知れないけど、俺は馬鹿だからそんなに色んなことを考えることは出来ない。だから、栞が助かる確率は1/2。助かるか、助からないか、それだけだ。それ以外にない。」
お前は負けたらどうしよう、と考えた。
だからババを引いた。
俺は違う。
俺は絶対勝つと信じていた。
だから、お前にババを引かせた。
そして今俺は絶対に栞は助かると信じている。
お前はどうなんだ?
香里は祐一の胸から聞こえてくる声を身体全体で受け止めていた。
彼女を覆っていた不安が嘘のように消えていった。
どこかかりかりしていた焦りが無くなっていった。
出来れば、このままこうしていたいと思っていた。
「だけど、栞にとって大事なのは、何が何でも生きるっていう強い意志だと思う。それを栞が持ち続けられるようにして欲しい。それはお前にしかできないと思う。」
祐一は栞の手首に見つけた小さな傷を思い出していた。
自殺未遂の跡だ。
折角助けられる道があっても、栞自身にその気持ちが無くなっていたらどうにもならない。
ぴろが言っていたではないか。
『生への執着を無くしているもの』の治癒は抗う者にも従う者にも出来ない。
語りかける者が寿命を延ばそうにも延びない。
動かす者にそれが可能かどうかは判らないが、少なくとも、ものを買いたいと思う人がいても相手が売りたいと思っていないことには始まらない。
それを祐一に出来るかどうか、ぴろに確かめなければならないだろう。
そうかと言って、この姉妹に運命についての詳しい話をするつもりはなかった。
初めは祐一でさえ胡散臭いと思ったのだ。
今からその話をして即座に理解できるとは思えないし、飛びついてくるようならむしろ危険だ。
そういう人の心の弱いところに”あらたの会”はつけ込んでいるわけだ。
何故あんな単純な、誰でも見抜けそうなトリックに人が簡単に引き込まれるのか、今こそ祐一はその理由を理解した。
「それは多分、大丈夫じゃないかと思うわ。」
香里は祐一の質問に静かに答えた。
呟くような声。
胸に押しつけられたままで話す香里の言葉は聞き取りにくかった。
『あなたがいれば大丈夫だと思う』と繰り返された香里の言葉も、栞のことを話したものなのか、それとも香里自身の気持ちを伝えた言葉なのか、やはり聞き取りにくかった。
<続き>