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〜外典〜
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Ophanim
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第18話 hundred-billionth:Bパート
目次
「これなんてどうですか?」
「そ、それはちょっと派手すぎるよ…。」
祐一は佐祐理が持ち出した純白のタキシードを見てたじろいだ。
そんなものを着ていったら結婚式か仮装パーティだ。
祐一は佐祐理が他の服を選んでいる間に服と服の間をすり抜けて別の列に移動した。
お金持ちとは聞いていたが、まさかここまでとは…。
ちょっとしたブティックよりも多いくらいの服の数、種類、そして、その豪華さ。
これなら確かに祐一とぴったり合ったサイズの服も見つかるに違いない。
だが、佐祐理が選んでくるものでは駄目だ。
余りに派手すぎる。
というか、完全に遊ばれている。
祐一は服の森の中に身を隠しながら自分で選ぶことにした。
「…おっと、すみませ……ん。」
思いもかけず森の中で人に出会った。
どこかの国の王女か貴族の娘か……どちらにしても、思わず息を飲むほどの気品に溢れた佇まい、吸い込まれるような魅力、同じ空気を吸うことが罪に思えるまでの雰囲気……。
「どう?」
聞き慣れた声が聞こえた。
きょろきょろと左右を見回して声の主を捜す。
「舞、何処だ?」
「ここ。」
不機嫌そうな声が
”正面から”
した。
王女がその美しい眉を顰めて祐一を見下ろしていた。
「
えっ!?お前、舞か?
」
「そう。」
一層不機嫌な声が降りかかる。
高いヒールが元々高かった舞の身長を押し上げていたのだ。
いや、それ以上に印象が違いすぎた。
常に二人分くらいの弁当を平らげ、頭の後ろでまとめた髪をなびかせながら細い身体に似合わぬスピードで木剣を振り回すイメージが定着していた。
だが、長い髪を下ろしてドレスを着ただけで、香り立つ気品。
冷たいと思っていた瞳が、心地よい涼やかな視線を放っている。
昆虫を思わせるほどきゅっと締まった腰が膨らむべき所を強調する。
しなやかに伸びる手足が水の流れを思わせるほど流麗に輝いている。
「お前…綺麗だなぁ……。」
「…う、うるさい…。」
王女は忽ち普段の舞に戻って顔を真っ赤にした。
くるっと踵を返して祐一から離れようとする。
「
あ、逃げるな!
」
「
ついてくるな!
」
服の森の中で姫を追う狩人のようだ。
突然、姫がドレスの裾を翻しながらくるりと振り返って狩人を叱責した。
「
着替えるから来るな!
」
「あ、そっか。」
祐一は舞が向かっている先を見て納得した。
そこには巨大な姿見とドレッシングルームがそれぞれ幾つかあった。個人の家でそんなものを見かけるとは思わなかったが、今更それほど驚かない。何があっても、さもありなん、といった感じだ。
突然ドレッシングルームの扉の一つが開いて、姫がもう一人現れた。
「…もしかして……佐祐理さん?」
「似合います?祐一さん。」
相手は祐一の予想通りだったが、その変化は祐一の想像を超えていた。
緩やかなウェーブのかかった髪が、ティアラが似合うようにくるくると頭の上に纏め上げられている。
穏やかな微笑を湛えた瞳が柔らかな陽光を思わせる。
ふっくらとした体つきがドレスの生地を効果的に持ち上げている。
それでいて、袖口からはみ出る手首の細さが無駄な脂肪が付いていないことを主張している。
祐一は今更ながらにあの寒々とした踊り場での食事に少しも侘びしさを感じない理由が判った。
彼女達自身が太陽だからだ。
その証拠に、彼女達のいない踊り場は極寒の地獄だった。
彼女達がいるところが王城だからだ。
その証拠に、彼女達のいない踊り場は牢獄だった。
彼女達の笑顔がこの世の至福だ。
その証拠に、彼女達のいない踊り場はあんなにも寂しかった。
だが、それにしても、自分が相手にしていた人が、こんなにも住む世界の違う人達だったとは……。
祐一は茫然自失の体で立ちつくしていた。
「あれ〜?似合わないですか…じゃあ、違う服にします。」
佐祐理が服の森の中に消えていく。
その時にちらりと目に入ったうなじの白さに動悸が跳ね上がった。
赤くなった顔を見られたくない一心で、手近のスーツを無造作にとってドレッシングルームに駆け込む。
中に入って鍵をかけると少しだけ気が楽になった。
場違いな場所にいる。
そんな気がした。
佐祐理の父のことが無くても、早めに退散するに越したことはない。
とりあえず、このスーツが普通のものならこれでいいことにしよう、と決めて着替えを済ませる。
「……変わり映えしないなぁ…。」
二人の蛹が蝶になったような劇的な変化がない。
やはり自分は二人とはそもそもの素材が違う、と諦めてドレッシングルームを出た。
「どうだろうな…?」
「いや、いいんじゃないか?」
男性の声がして驚いた。
その男はつかつかと祐一の傍にやってきて、祐一の服の襟を正したりネクタイを直してくれたりした。
なるほど、佐祐理や舞の髪を直してくれた女性が居るように、男性の服を直してくれる人もいるに違いない。
祐一は勝手にそう解釈すると、丁寧に礼を言って背筋を伸ばした。
「わぁ、祐一さん。何も変わらないですねぇ…。」
「変わらない…。」
二人のお姫様から容赦のない言葉がかけられた。
別のドレスに着替えた佐祐理と舞だった。
二人ともさっきの気品と負けず劣らずの申し分ない雰囲気を持っている。
「まぁ、俺じゃあ元が悪いからなぁ…。」
祐一は自分のつま先から胸までを見ながらため息をついた。
「そんなことはないぞ。服を着て雰囲気が変わるのは、服を着ているんじゃあなくて服に着られているようなものだ。だから佐祐理も川澄君に比べたらまだまだだと思っていたところなんだが…、だが、君は凄い。君は初めて着る服を着こなしていると言うことだよ。」
紳士はそう言って祐一の肩を叩いた。
「そうでしょうか?」
「そうですよ。」
「そう。」
二人の女神も力強く頷いた。してみると、さっきの言葉は憐れみの言葉ではなく賞賛の言葉だったようだ。
祐一はくすぐったいような気がして首を傾げた。
だが、そう言われてみるとまんざらでもないような気もしてくる。
そう言えば、初めて制服を着たときも同じようなことを言われたような気がする。
「あはは。ね。いい人でしょう?お父様。」
佐祐理はそう言って祐一の手を取った。
負けじと舞も反対側の手を取る。
とても羨ましい状況だが、当の本人にはそんな余裕はなかった。
「
うぉっ?
っとぉっ!
さん
……でしたか……。」
驚きを隠すために無理に続けた言葉は、佐祐理の顔を赤く染めただけだった。
「コーヒーで良かったかな?」
「
はいっ!!
」
緊張で固くなっていた祐一は、心臓が跳ね上がるのに合わせて飛び上がりながら答えた。
隣に座っていた佐祐理が笑いながらコーヒーを入れに行く。
「まぁ、そう緊張しないで。娘とはどういう経緯で知り合ったのかな?」
女の子の父親を相手にして緊張するなというのはかなり無茶な注文だ。
祐一は真っ白になりそうな頭の中から、正常に動いている脳細胞をかき集めてようやく台詞を作り出した。
「そ、そのぉ、以前に栞をお見舞いに行ったときに、佐祐理さん…あ、いや、倉田さんの娘さんに親切にご案内していただきましたりして、その、それ以来、たまにお昼を一緒に食べたり…していただいているだけでして、はい。全くの、清い付き合いと言いますか、付き合うと言うほどのものでもなきにしもあらずもがな…。」
…日本語からかけ離れつつあった。
倉田は相手の緊張を解す意味で、出来るだけソフトに笑いかけた。
「まぁ、いいよ。娘は少し取っつきにくい所があるだろうが、悪い子ではないと思っている。これからもよろしく頼むよ、あいざわ君。」
ところでどういう字を書くのかな、と倉田は出来るだけ自然に問いかけた。
「相手の相に、さんずいの沢の相沢、カタカナのネの横に右、漢数字の一で祐一です。」
倉田は脳に稲妻が走るのを感じていた。
いや、まだだ。
まだ、決まらない。
「生年月日は、これで良かったかな?」
「えぇ、合ってます。」
「そう…か…。昔、ここに住んでいたことがあったそうだけども…?」
「えぇ。よくご存知ですね…。」
金持ちには敵わない。
どこから調べたんだろう、と祐一は背中に冷たい汗が走っているのを感じていた。
同じ汗が倉田の背に流れているとも知らずに…。
「コーヒー入りました〜。」
「あ、ありがとう、佐祐理さん。」
目の前で繰り広げられる、顔を赤くした者同士の微笑ましい会話。
それを、この先ずっと、見ていたかった。
娘の目は正しかった。
この少年は立派な人物に特有の澄んだ目をしていた。
ようやく娘と和解できた、その背後に彼がいたことがすぐに判った。
娘の頑なな心を、力でなくその温かい心で解き放った人物だと判った。
是非娘を任せたいと思った。
こちらからお願いしてでも、もらってもらいたいと思った。
だが、何故…。
よりによって、何故?
何故、彼なのか……。
「佐祐理さん、このケーキ美味しいね。」
「わ〜、嬉しい。それ、佐祐理が焼いたんです〜。」
「
えっ!?ほんと?
舞もこれだけでも食べていけば良かったのに…。」
とびっきりの笑顔を見せる娘の顔を、倉田は遠いものを見るように目を細めて見ていた。
どこで道を間違えたのか…。
それとも、自分は元々そういう星の下に産まれてしまったのか…。
この瞬間が永遠に続けばいいと思った。
だが、所詮自分にはそんな平凡な幸せを夢見ることすら叶わないのだ。
倉田は一度目を閉じて、それからおもむろに目を開いた。
見開いた。
「佐祐理、悪いが彼と大事な話がある。聞きたければ聞いても良いが、どうする?」
来るものが来た、と祐一は身を引き締めた。
本気で付き合う気があるのかどうか、問い質されるのだろう。
自分は何と答えたらいいのだろう?
頷くにはまだ覚悟がない。
首を振るにはその勇気がない。
一体どうすれば良いんだ……。
「…差し支えなければ、聞かせて、下さい…。」
佐祐理は既に赤くなっている顔を更に赤くしてそう言った。
親公認でつきあえるかも知れない、という淡い期待がそこにある。
佐祐理が席につくのを待って、倉田はおもむろに祐一の手を取った。
「相沢さん。相沢祐一さん。あなたは1000億分の1の人です。」
「また〜、お父様、それは気が早いって……。」
言いかけた佐祐理は、父親の真剣な表情に何事かを察知した。
赤かった顔が急激に色を失う。
それは、通常ならば青ざめる、と言う表現が為されるだろう変化だった。
倉田の顔は親の顔ではなく、医師の顔になっていた。
彼女は倉田が息子よりも妻よりも医療業務を優先した男だったことをすっかり忘れていたのだ。
「どういう意味ですか?」
佐祐理よりも一足早く正気に戻っていた祐一が口を開いた。
北川の父は舞のことがあったから時間を作って待っていた。
佐祐理の父も、何らかの理由で祐一に用があったからこそ、時間を割いて待っていたのだ。
そこに、普通の親とは違った事情が介在するとすれば、医療に関することに他ならない。
北川の親もそうだったではないか。
「
止めてっ!お父様っ!お願いっ!
」
佐祐理が叫び声をあげた。
今度ははっきり青ざめた顔が事の重大さを示している。
だが、父の口が開かれたのは、まさにその時だった。
「あなたは、美坂栞さんの命を救うことの出来る、ほとんど唯一の人なんです。」
劈くような悲鳴が倉田家を揺るがした。
佐祐理の目は一瞬のうちに怒り、悲しみ、期待、失望、不安、喪失、絶望の全ての色を醸し出した後、光を失った。
ふらっと倒れる方向がソファーの上ではなくて祐一のいる方向だったことが、彼女の信頼の強さを示しているように思える。慌ててその身体を支える祐一をたくましく思った。
崩れるように倒れる佐祐理の身体が倉田の前を通過するとき、意識がないはずの娘の右手が微かに動いてその頬をかすめていった。
父の裏切りを責めるかのような力のないその平手打ちは倉田の心の奥深いところまでを揺さぶったが、倉田の信念は揺るがなかった。二度の悲劇を乗り越えた男は、三度目もまた同じことを繰り返した。
それが三度目の正直と呼ばれるものになるのか、二度あることは三度あると呼ばれることになるのか。
神ならぬ身の倉田には皆目見当もつかなかった。
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