Canon 〜外典〜前話
  by Ophanim次話
 第18話 hundred-billionth:Aパート目次







1月 19日 火曜日



 舞踏会が祐一にもたらした良いものは、午後の授業の休みと部活の休みくらいだった。

 明日の会場設営は専ら一年生がやるのだが、教師も指示を出したり怪我がないように監督するため、ほとんど出払ってしまうので二、三年生は授業がなくなるのだ。

 また、陸上部が普段使っている体育館を使うので陸上部は部活が出来ない。

 部活が無いことが不満な名雪は自主トレーニングに出かけたが、祐一は言下に断ってここにいる。

 「祐一さん、昨日はごめんなさいね〜。」

 「忘れてた。」

 二人は揃って祐一に頭を下げた。

 祐一は首を振りながらその前に座る。

 「いいって。まさか二人とも泊まってくるとは思わなかったけど、俺もここで色々考え事出来たから。」

 ところで試験はどうだった?などという取り留めもない話から、久しぶりの昼食会は始まった。

 祐一も秋子が作ってくれた弁当を広げ、佐祐理が持ち寄った弁当と合わせて3人でつつく。

 こうやって綺麗どころを二人も揃えて昼食会が出来るのに、何が悲しくて走っていないといけないのか?

 祐一はおおよそ陸上部員とは思えない考えを持っていた。

 「そうだ。祐一さん、お詫びの印に佐祐理が食べさせてあげます。」

 「あ、それなら私が…。」

 思ってもみない佐祐理の申し出に、それ以上に思ってもみなかった舞の同意が加わる。

 もとより祐一に異存のあろうはずがない。

 「よいよい。苦しゅうない、二人とも余に食わせてくれろ。」

 祐一は調子に乗ってそう言うと口を大きく開けた。

 そこに向かって佐祐理と舞の箸が殺到する。

 「ふがっ!ふっひっ!ひへふひ、ひへふひっ!(うわっ!苦しっ!入れ過ぎ、入れ過ぎっ!)」

 「もっとですか〜?」

 「判った。」

 判ってない、と祐一は首を振ってそれ以上の攻撃を避けた。

 吐き出しては勿体ないので苦しみながらもようやくの思いで嚥下する。

 「…こらぁっ!ふがっ…。」

 肩で息をしながら凄んでも今ひとつ迫力に欠ける。

 二人は止めるどころか、叫んで開いた祐一の口の中に次々と食べ物を詰め込んだ。

 祐一は床を転がって二人の攻撃から逃れると、どうにかこうにか口の中の食べ物を胃に送り込むことに成功した。

 そんな光景が二度三度と繰り返される。

 ほとんど”いじめ”に近い。

 正直、勘弁してもらいたいと思うほど苦しかった。

 それでも楽しかった。

 こんな風景がずっと続けばいいと思っていた。



 「これで全部です。」

 「うむ。確かに。」

 美汐はほっと安堵のため息をついた。

 冊数を何度も確認していたとはいえその数は余りにも多かったし、途中で落としてしまう可能性もあった。

 ここで確認してもらうまではやはり不安だ。

 「借りては行かぬのか?」

 老人の声がかかる。

 寂しいのかな、と美汐は少し後ろ髪を引かれる思いがした。

 美汐も日課になっていた読書が出来なくて寂しいのだ。

 だが、自ら選んだ師匠の命令だ。

 逆らうわけには行かない。

 とはいえ、そう言われてから既に3日が過ぎている。

 もう1日くらい延びても問題はないのではないだろうか?

 そうだ、返し忘れていた本に気がついたと言えばいい。

 判らないだろうから。

 「そうですね。もう一冊お借りします。」

 にっこり微笑んで、美汐はそう言った。

 老人も同じような微笑みを返してくる……と、いう美汐の期待はあっさり裏切られた。

 「なんだと?悠長なことだの…。」

 どちらかと言えば不機嫌に近い声がもたらされた。

 予想外の対応に驚く美汐を置き去りに、老人の機嫌は一層悪くなっていく。

 「あ…あの…ご迷惑でしたら…。」

 「とっとと選んで行くが良い。」

 取り付く島もない老人の言葉に今更借りずに帰るわけにも行かなくなった美汐は、情けない思いをしながら目の前の本を一冊手に取ると、料金を払って店を出た。

 やはり師匠の言う通りにしておけば良かったという美汐の後悔は、後に師匠の嘆きとなってより大きな後悔をもたらすことになった。



 久しぶりの三人で取る昼食は、もはや昼食とは言えない時間になるまで長くかかっていた。

 佐祐理が付け合わせに持ってきたデザートがおやつ代わりに丁度良い。

 「佐祐理さん、明日の舞踏会で着るようなドレスとか持ってる?」

 祐一は祈るような気持ちでそう問いかけた。

 佐祐理が『無い』と言うようなら、明日は制服で充分だ。

 だが、答えは祐一の期待とは正反対だった。

 「えぇ。ありますよ。去年も佐祐理と舞で一緒に作りましたし…。」

 にっこりと微笑む佐祐理が、『そう言えば明日ですね〜』と嬉しそうに手を合わせる。

 舞はそれを不思議そうに眺めているだけだが、別段嫌がってもいないらしい。

 それはつまり、”舞が嫌がらないほど普通に着られている”ということを意味する。

 しかも、借りて手に入れるという手段ではなく、自前で準備している人もいるわけだ。

 「参ったなぁ…。俺何も持ってないよ…。」

 祐一はため息をついた。

 普通の生徒なら持っていないだろうと思っていた祐一が甘かった。

 奇術部なら衣装があるかも知れないが、祐一はそこが帰宅部であることを知っている。

 だから、

 「祐一さんさえよろしければ、佐祐理の家にある衣装をお貸ししましょうか?」

という、佐祐理の申し出は祐一にとっては天の助けだった。

 「えっ!?いいの?」

 「えぇ。あ、でも、その代わり、舞と佐祐理とも踊って下さいね。」

 佐祐理が笑顔でそんなことを言ったので、舞が真っ赤になって向こうを向いてしまった。

 そんな舞の様子を見て、祐一は苦笑いしながら承諾した。

 これではやはり壇上から指名しようものなら会場から逃げ出してしまうに違いない。

 いやそれはむしろましな方で、この間病院に行ったときのように照れ隠しに暴れられたらたまったものではない。

 「あ、そうそう。忘れるところでした。佐祐理はお馬鹿さんですね〜。」

 佐祐理はそう言うと自分で自分の頭をぺしっと叩いた。

 「祐一さんのことを佐祐理の父にお話ししたら、どうしても連れてきなさいって言うんです。今日これから佐祐理の家に来てもらえませんか?」

 佐祐理の発言は祐一を飛び上がらせるには充分だった。

 これは何だ?

 娘に近づく男は許さない、という脅しか?

 いや……それはいくら何でも自意識過剰だろう、というそしりを甘んじて受けるとして、その男が娘にふさわしいかどうか、という品定めだろうか?

 もしそうなら、明日佐祐理を指名するとか指名しないとか言う祐一の意志とは関係なく、美汐の予言が粛々と進んでいることになる。

 「そ、そんな急な話……。」

 「いえいえ!そんなっ!佐祐理もちゃんと説明してます!お付き合いしているとか気になっているとか、そういうんじゃありませんって言ってあるんですけど、でも、父がどうしてもと……。」

 佐祐理は顔を真っ赤にして更に説明を加えた。

 その顔は。

 誰が見ても”幸せいっぱいの照れた笑顔”だ。

 そんな顔で否定されたところで何処の誰が信じるというのか?

 「う〜ん……どうしようかな……。」

 「行かないと、服も着られない。」

 迷う祐一に舞がそもそもの始まりを指摘する。

 美汐の予言を知らない舞や佐祐理の助言は至極もっともなものだが、あれを聞かされている祐一には何かに絡め取られていくような居心地の悪さが感じられる。

 (待てよ……。)

 祐一は美汐が『あなたがいるのに当たるわけがない』と言ったことを思いだした。

 そして昨日、祐一は”動かす者”の基本的な定義を知った。

 それはつまり、祐一が『運命を動かすから当たらない』と言うことではないだろうか?

 恋占いと寿命とは一見すると一致しないように思えるが、その辺りの詳しい説明はまたぴろに聞いてみることにしよう。

 とりあえずは明日の舞踏会に必要な物を揃え、そこで辞して帰ってくる。

 倉田は今マスコミに囲まれて大変なはずだ。

 それでなくても、医師としての職業、多忙な職業が倉田を病院に引き留めてくれるに違いない。

 「ああ、判った。行くよ。なるべく早くな。」

 祐一は更に自分に有利な条件を設定した。

 この時間に医者が自宅に戻ってくるとは考え難い。

 北川の父は時間を作ったが、あれは舞との接触が目的だった。

 そうだ、舞。

 「舞…。」

 「舞も行くよね?」

 佐祐理がにこにこと続けた。

 会話の流れから行けば、『舞も一緒に佐祐理の家に行かないか?』と問われるだろうと判断したのだろうし、そう思ったのは無理のないことだった。

 だが、祐一が聞こうとしたのは別のことだ。

 北川の父に舞の能力について調べるように頼まれていた。

 その能力。

 『抗う者』と舞が自らを呼んだ能力については、昨日学んだ。

 真琴がその力を失った理由についても推測できる。

 彼女は資格を失ったのだ。

 恐らくは、あの番組のせいで…。

 真琴をアイドルか女優にでもしようとしたのだろう。

 そして幼い彼女は自らに降りかかった幸運を素直に喜んだに違いない。

 『私は何て運が良いんだろう』

 その瞬間に全てが暗転したとも知らずに。

 「……判った……。」

 佐祐理の言葉に舞は不承不承頷いた。



真琴が”抗う力”を失ったため、”紡ぐ者”は早速次の後継者を求めて行動を開始した。

そこに、母から”従う力”を継承することになっていた少女がいたとする。

その母、川澄麗は『継承』のために舞に力を分け与え、命を落とさんとしていたとする。

幼い舞にはそれを受け入れることが出来ず、必死に逆らおうとしたいたとする。

それは”従う者”には許されざる感情だが、”抗う者”には絶対に必要な条件だ。

治癒の能力者は出来るだけ速やかに探し出されなければバランスが崩れる。

これは好都合だ。

そうして舞が”紡ぐ者”の試験に合格したとする。

この瞬間、舞の母親には分け与えるべき力が逆流し、舞は母とは異なる力を『伝承』する。

一度継承者に力を分け与えたはずの麗には、”紡ぐ者”が従う力を伝承する資格をもった別の人間を捜し出すまで他の伝承者を捜すことが出来ない。

”従う力”の性質上、麗が”従う者”である間は本来の命が尽きても麗が命を落とすことは無いが、仮に”死に神”が迎えに来たとしても、舞が麗の隣にあって抗い続ける限りは心配がない。

そのためにも舞は強い心で抗い続ける他無い。

そしてTVの中に取り残された”治癒の少女”は力を失い、力を得た少女が祐一と出会って”ちゆ”と名付けられる。

力を失った少女はその理由も判らず、失意の中にあって何らかの治療を受けた。

そして全てを忘れて出直していたところに、北川がやってきて謝罪して去った。

その結果過去を思いだした、既に青春を迎えていた少女は、過去の自分の力を取り戻そうともがく。

彼女の過去の名前ともがきを悪用しようと近づいた連中によって、怪しげな宗教の教祖に祭り上げられる結果を招くとも知らずに…。




 「判った。」

 祐一は精一杯の自制心で、どうにか涙を浮かべることなく微笑んだ。

 「じゃあ、行こうか、佐祐理さん、ちゆ…じゃなくて、舞……。」

 祐一は努めて元気にそう言った。

 些細なボタンの掛け違い。

 ほんの少しの運命のすれ違い。

 それが招いた、悲しい結末。

 治癒を担う二つの力のうち、片方が何の使命感も持たぬままに継承してしまった力。

 その影響で、娘が幼いうちに命運を使い果たすほど精力的に働らかねばならなかった舞の母を、自らの使命を受け入れるほどには成長していなかった幼い舞の嘆きを、一体誰が責められるだろう?

 結果、治癒の力は川澄に偏った。

 その後、何らかの影響で舞の力が減殺されていたが故に、通常の病院が必要になり、そのために倉田も久瀬もこの病院不毛の地に大きな病院を持つことが出来た。

 そしてその罰が当たったかのように、あらたの会の絡みで倉田が苦しむ結果になった。

 この流れを断ち切る力。

 それが自分にあるというなら、それを”動かせる”というなら、今こそ使わずにどうするというのだ。

 気持ちはこれ以上ないほど高ぶっていた。

 例え美汐の予言があったとしても、それを変えてみせるという気概に燃えていた。

 祐一は佐祐理と舞と連れだって倉田家に向かった。 

 だが、倉田総合病院を囲んでいた不幸が、今自分の隣にいる女神によって既に振り払われている事を知るには、祐一は余りにも世情に疎かった。


<続き>


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