Canon 〜外典〜前話
  by Ophanim次話
 第17話 家族の肖像:Dパート目次






おねえちゃん

ぼく、いってきます。

かならずおいしゃさんをよんでくるからまっててね。

あ、でも、おねえちゃんにゆわれたからじゃないよ。

ぼくがうまれたせえでおかあさんにめえわくかかってるから、だよ。

おねえちゃんはまってればいいんだ。

ぼくがかならずつれてくるから。

だって、ぼくおとこだから。

でも、もしだめだったら、おかあさんにぼくがおとなになるまでまっててってゆっててください。

ぼくがおいしゃさんになっておかあさんをたすけるからって。

おとなになったら、おねえちゃんのこともまもれるようになりたいです。

それじゃあまたね。

かずや





 涙が流れている。

 10年分の涙が流れている。

 この手紙を、権爺がどうやって手に入れたのかは判らない。

 だが、文面を見て待っていたのだけは間違いない。

 大人になる日。

 一弥が立志の成人式を迎える日まで、権爺は彼の意志でこの手紙を持っていた。

 今風の20歳ではなく、15歳で大人と見なしているのが、一弥に頼まれたのではない証拠だ。

 (彼らしいわ……。)

 その頑固さに思わず微笑みが漏れる。

 それと同時に佐祐理の眼前に未来が開けた気がする。

 一弥は佐祐理を恨んでいなかった。

 姉を好きなままで死んでいった。

 強い子だった。

 ならば、佐祐理も強くならなければならない。

 一弥の分まで夢を叶えるために。

 若くして死んだ弟のために、弟を待ちきれなかった母のために、愛する者を失った父のために。

 「そして何より、自分のために。」

 佐祐理は涙を拭いた。

 私は強くなる。

 命を守る楯になる。

 頼りにされる柱になる。

 笑顔で支える、杖になる。



 「おお、そうだ。語りかける者ってなんだよ?」

 祐一はぴろが口を滑らせた、もう一種類の能力について聞いてみた。

 「まぁ、待て。話がずれたままじゃったな。そのように、能力を受け継ぐには資質が必要じゃ。」

 素早く身をかわした祐一に対して、更に素早い切り返しでべしっと尻尾を打ち付けてから話を続ける。

 「ところで、ものを買うという行為には実際は二つの条件が必要じゃ。」

 ものを買いたいと思う人、売りたいと思う人の二者がいて初めて成立する。

 「従う者、抗う者も同じじゃ。生きたいと願う人、生かしたいと思う人が揃って初めて、治療が完結する。」

 祐一はぴろの説明を聞きながら、”治癒の少女”の番組を思い出していた。

 あの番組はヤラセとかイカサマとか言われていたが、上手く行かないのは単に『本当に寿命が切れているもの』や『傷をわざと付けられるなどの虐待を受けていて生への執着を無くしているもの』が混じっていたからではないのだろうか?

 そう言えば、祐一のちゆ=舞も時折失敗していたような気がする。

 「もう一つの方法は、紡ぐ者に頼んでそもそもの寿命を延ばしてもらうというやり方じゃ。これはまず上手く行かないが、上手く行けば効果は確実じゃ。紡ぐ者との交渉は限られた者しかできない。何しろ、一度決めた運命に異議を申し立てるわけじゃからな。それが、語りかける者じゃ。」

 「ちょっと待てよ。その能力を与えるのも、紡ぐ者なんだろ?自分が作ったものを邪魔させるために能力を預けるのか?」

 祐一はぴろの論理の矛盾をついた。

 そもそも能力など与えずにおけば邪魔されることはおろか、異議申し立てもないだろう。

 それを聞いたぴろは呆れたように首を横に振った。

 「これじゃからお主ら人間は……。よいか?それが”傲慢”というんじゃ。自分が常に正しいと思っているようでは必ず足下を掬われる。なに、誰にと言うわけではない。自分自身にやられるんじゃ。『まだ行ける、まだ大丈夫なはず』と思っているうちに手遅れになる。そんなものじゃ。それを外から気付かせてくれる存在が、何故邪魔なのじゃ?」

 だから、力を分け与える。

 場合によっては自らをも滅ぼしかねない強い力になろうとも、それを根絶やしにすることはしない。

 それが自然の暗黙の了解。

 自然の摂理の中で滅んでいった生き物たちは全て、自ら環境に合わせて変わる努力をしなかった者達だけだ。

 まだ大丈夫と高をくくっていた者達だ。

 そして、それ以外の生き物は。

 それ以外の、滅んだ生き物は…。

 「……まずいじゃないか……。」

 祐一の顔は真っ青になった。

 それ以外のものは、”動かす者”がその力を容赦なく使ったために滅びたのだ。

 そして今も、彼らは自らに与えられた強大な力の意味を知らずに行使し続けている。

 「まぁ、そういうことじゃ。」

 ぴろは困ったように眉を顰めた。

 それ以上に話すと何か悪いことが起こるとでも言うように顔を背ける。

 「止められるのか?」

 「ん、まぁ、強制的に止められないこともないが、紡ぐ者が動かす者の身体の一部を手に入れない限りは難しいのぉ。」

 ぴろは顎の辺りに手を当てて考え込む素振りを見せた。

 「身体の一部ぅ?んな無茶な…。」

 「一部というても、汗や血で良いんじゃよ。ただ、鉱物に付いたものでないといかんのじゃ。」

 妖狐なら琥珀、人間なら鉱物などとその対象が定められている。

 そうして紡ぐ者の元に身体の一部を預けた者は、紡ぐ者の都合でその生命エネルギーを長くも短くもされる。

 「まぁ、嬢ちゃんが持っていた黒琥珀もそんなところじゃな。お主らの言う乾電池みたいなもんじゃ。いざというときにはそれでしばらく生きられる。妖狐の黒琥珀なら嬢ちゃんが占いに使っても大して減りもせんじゃろ。」

 変化の持続が困難になっている真琴だが、真琴に黒琥珀を預ければ変化に必要なエネルギーが補充されるので、その分負担が減って変化を解除することなく狐だった頃のことを思い出すだろう。

 そうすれば、何を伝えたくて飛び出してきたのかが判る。

 「儂のことも思い出すじゃろうから、儂も講義の続きが出来るというものじゃ。」

 しかも、狐であることがばれることなく。

 そうなれば真琴はぴろに執着しなくなり、名雪も思う存分猫とじゃれ合える。

 「……やっぱお前はえろで充分だ。」

 祐一はここぞとばかりに突っ込んだ。

 「何を言うんじゃ、失礼なっ!

 跳ね上がって抗議するぴろに思いっ切り裏拳を入れる。

 「用が済んだら帰れば良いだけだろうがっ!

 至極納得のいく説明。

 仕返しも出来て一石二鳥。

 それでも、祐一はぴろにもこのままずっと水瀬家にいてもらいたい気分になっていた。



 「その話でしたら、佐祐理も賛成です。お父様には長い間お待たせして申し訳ありませんでした。」

 「そうか、良かった…。」

 娘の返事に倉田はほっと安堵のため息をついた。

 これで話が大きく前進す……。

 るるるるるる、るるるるるる。

 「すまん、病院からだ。」

 「いえ、どうぞ。コーヒーを入れておきます。」

 佐祐理は立ち上がってキッチンに向かった。

 話が中断されてしまうのはいつものことだ。会話だけでなく思考まで中断されるのは勘弁してもらいたいが…。

 倉田はそう思いながら受話器を取った。

 案の定、病院からだ。幾人かの患者についての報告がなされ、助言を求められる。

 「……なるほど、その調子なら明日には一般病棟に戻せるだろう。ただ、当分美坂さんには外出を控えてもらわないといけないだろうなぁ……。」

 倉田は電話に向かってため息をついた。

 その後2,3の指示を出して受話器を置く。

 振り返った先で娘がコーヒーを入れてくれていた。

 「ありがとう。」

 「いいえ。」

 使用人に頼めばいいことだが、娘の入れてくれたコーヒーは味が違うような気がする。

 倉田は安楽椅子に深々と腰掛けて目を閉じた。

 「試験はどうだった?」

 「おかげさまで良かったと思います。」

 今日の午前中まで大変だったのは病院の方だ。

 そして今も患者のことを気に掛けている。

 それを敢えて口に出さずにまず自分の試験のことを聞いてくれた。

 そうした父の心配りを感じられる自分が嬉しい。

 「まぁ、試験なんて下らないことだが、今はそう言う決まりだからな。それに、縁故や財力で決めるよりよっぽど健全だと思うぞ。」

 「佐祐理もそう思います。」

 佐祐理は自分もコーヒーを口に運びながら答えた。

 正論だが、それを縁故も財力もある人間が言うから意味がある。

 そして、佐祐理が受かって初めて重みがでる。

 もう少し勉強しておけば良かった。

 佐祐理は今更ながらに、自分が父と同じ道を進むことで生じる責任の重さを感じていた。

 だが、今は過ぎたことをくよくよ考えても仕方がない。

 佐祐理は次の試験に力を注ぐべく、気分を変えることにした。

 「さっきの美坂さんって、美坂栞さんですよね?」

 「ん?あぁ。なんだ、知り合いか?」

 倉田は驚いたように娘を見た。

 彼の情報では栞は学校には一週間も通っていないはずだった。

 そんな短い期間に知り合いになっていたとは。

 佐祐理は自分が失敗を犯した、と気がついて顔を赤く染めた。

 まさか『父の病院経営に関する黒い噂の真相を探るべくC病棟に潜り込んだ』とは言えない。

 「え、ええっと……その、祐一さんが栞さんの知り合いだったので、祐一さんと一緒にお見舞いに行ったんです。」

 佐祐理の説明の中にまたしても別の名前が出てきて、倉田の頬がぴくっと動く。

 「…ゆういち?」

 「えぅ…あはは〜、そ、その〜、え〜、あはははは〜。」

 どうやら失敗が失敗を呼んだようだ。

 娘の口から男性の名前が出たのだ。

 父親としては聞き捨てならないところだろう。

 佐祐理は答えに窮して顔を一層赤くしたが、それはこの場合逆効果にしかならない。

 「誰だ?」

 「え、え〜と〜。同じ学校の下級生……あ、で、でも、とっても頼りになる人…って、違う違う。あの、その、嫁に欲しいって言われたんですけど、そういうんじゃなくってですね。あ〜、え〜。違うの。聞いて、違うの。そういうんじゃないんだけど、いい人なの。うん。いい人。」

 倉田は軽い嫉妬が混じった満足感のようなものを感じながら、照れる娘を見ていた。

 すっかり調子が狂って敬語が崩れているが、その方が年頃の娘らしくて良い。それにしても、最近の子供は言うことが判らない。倉田の年代の人間が判らないような外来語を使うかと思えば、”嫁に欲しい”などと古風な告白をしたりする。

 いや、違う。

 倉田は心の中でゆっくりと首を振った。

 いけない、いけない。その年代の子、と一括りにするから勘違いをするのだ。久瀬と倉田が違うように、その子の独自の性格なのだろう。そしてそのような古風な言い方をするところも含めて、自分の娘がその人を気に入ったのだ。

 だとすればその子は倉田が心配するような所謂”最近の子”ではなく、娘が言う通りの”いい人”に違いない。

 娘を信じないで誰を信じるのだ。

 倉田は出来るだけ静かに言った。

 「佐祐理。その人を一度家に呼んできなさい。」

 「え〜っ!!ちっ!違うの。お父様、違うの。聞いて聞いて。そう言うんじゃなくて、付き合ってるとかじゃなくて。何て言うか、ほら、舞に丁度良いって思ったの。うん。そうなの。」

 倉田はにっこりと微笑んだ。

 娘は息子の死以降、自分が欲しいと思ったものを誰かにあげている。

 そうしておいて、その痛みに耐えることで自分に罰を与えているのだろう。

 そして、佐祐理が川澄舞と知り合ってからは、その相手は常に舞だった。

 だから、舞に祐一がぴったりだと佐祐理が言うことは、佐祐理が彼に好意を持っていると言うことの裏返しなのだ。

 「まぁ、いいじゃないか。いい人なんだろう?私にも紹介してくれ。その、ゆういちさんって人を……。」

 最後の所だけ、どうしても声が掠れた。

 判っていてもこればかりはどうしようもない。

 娘を持つ父親にはいつか必ず来る別れだと覚悟しなければならない。

 「やだなぁ。もう。そんなんじゃないって言ってるのに…。」

 照れる娘を見る倉田の顔には男親独特の寂しさの陰がある。

 その顔が少し変わった。

 「……ん?佐祐理、その人の名前、何て言うんだって?」

 倉田は身を乗り出すようにして娘に近づいた。

 「ん、んっと……。相沢祐一さん。」

 照れた佐祐理の声が聞き取りづらい。

 「何だって?聞こえなかった。もう一回。」

 もう一度。

 「えっと……相沢、祐一さん。」

 佐祐理は耳と言わず手と言わず、肌のあるところ全てが真っ赤に染まっていた。

 そんな娘に、倉田は冷静に話しかける。

 「……佐祐理、その人を連れてきてくれ。もしかしたら1000億に1人の人かもしれない。」

 「わぁ、お父様、大袈裟ですよ〜。そんな、まるで運命の出会いみたい……。」

 「判らないぞ。人生はそんなものだ。……だから、明日連れてきて欲しい。頼む。」

 佐祐理は照れながらも頷いた。

 倉田も満足そうに頷いていた。


<続き>


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