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| 第17話 家族の肖像:Bパート | 目次 |
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「…報道の姿勢が問われるところではないでしょうか?」
最大級の皮肉で特集を締めくくった北川は、にんまりと微笑みながらキャスターにOKマークを出した。
数日前に『医師としての姿勢が問われる』などとしたり顔でぶちあげた他局の番組に対しての強烈な意趣返しだ。
”確実な情報を冷静に中立公平な立場で提供する”という”当たり前の報道”が如何に求められているか。
『医師という巨塔に立ち向かうたくましい報道』『不可侵の領域で為される疑惑を暴く民衆の味方』という安直なブームとヒロイズムに流され、自らその価値を貶めた”マスコミ”に対するアンチテーゼ。
こうした大きく見える事件にも動かないことで、一銭の投資もすることなく自局の価値を高める。
理由を問われれば、『情報ソースが怪しかった』と答えさえすればいい。
加えて、北川は更なる攻勢に出ることが可能だ。
「今回の騒ぎは丸山医院が発信源だからな。」
そこの医師が倉田総合病院への当てこすり的な発言を行った中に『あらたの会への抜け道を提供しているのではないか』という下りがある。久瀬が倉田に忠告したように、倉田が医師としての”理想の医療”で成功し続ける結果、それを妬ましく思う者が増えていた。成功が中傷の温床になっている良い例だろう。
(もっとも、その資金源は誉められたものでもないが……。)
北川は悲しそうに首を振った。
今は良い。
倉田が高い理想を保っている間は、いい。
患者にしてみれば、どのような素性の金で出来た病院であっても、病気が治らないよりは治った方がいい。
まして、その金を流用した結果、良心的な料金設定が為されているのだから文句のつけようがない。
だが、ひとたび倉田がその理想を失ったら、その理想郷は儚く崩れる。
また、彼の縁者が資金提供を止めるようなことがあれば忽ち立ちゆかなくなる。
更に言えば、彼の跡を継ぐ者が同じように高い理想を保ってくれるとは限らない。現に久瀬の息子は自分の父親や倉田が金儲けしかしていないと信じ切っている。彼が跡を継げば、久瀬が何のために休日返上で接待ゴルフに出かけてまで有力者から金を巻き上げているのか理解しないだろう。
彼らは彼らなりのやり方で運営資金を作っている。
使えるものは全て使うという発想の元に、片や縁者を、片や自らの毒舌混じりのイカサマを、最大限に利用してその利潤を患者に還元している。
北川に言わせれば、医療保険や無駄な薬剤投与で患者から金を巻き上げ続ける悪徳医師の方が罪深い。
だが、法律上問題になるのは倉田や久瀬なのだ。
法律で裁けないものの、世論が心情的に『善』と認めるものを守り、同時に世論が『悪』と感じるものを糾弾するために必要な力を持っているのが、北川のような報道機関ではないのか?
それがよってたかって”視聴者に受けのいい番組”作りに奔走している。
ニュースなのにまるでドラマかワイドショーのような扇情的なタイトルが踊る。
視聴者が望むような結論をひねり出すために、BGMやコメントをつけて視聴者の気分を操作する。
視聴率を稼ぐために、時に守るべきものや真実までが無視され、弱者までも無慈悲に断罪される。
それをしないからと局を離れていった鈴木君は今頃悔やんでいるのだろうか?
(ざまあみろ。もうたくさんだ。)
北川はため息の中で微笑んだ。
かつて嫌ったものと同じ腐臭の中で過ごす生活に疲れていたところだったが、今回の事件は良いカタルシスになった。
今後も自分はここの腐臭の中にいるだろう。
何故なら。
報道の誤りを正すのは、同じ報道機関でなければならないと信じているから。
何度も後ろを振り返りながらここまで来たから、いないはずだ。
そう信じながらも、祐一は倉田総合病院の中に入る前にもう一度振り向いた。
下駄箱に『先に行く』とだけ書いた書き置きを残してきたから後でどやされる心配はないが、思いっ切り走って来られたら逆効果だ。行き先を書いていないのは他の人に見られたときの用心だが、それでもどこに行くのか名雪が話してしまったら一巻の終わり。『先に帰る』にしておけば良かったかと今更のように後悔する。
ナースステーションで行き先を書いて先に進もうとすると、思いも掛けず呼び止められた。
「あの、美坂さんのご親戚の方でしょうか?」
祐一は身体中の血液が沸騰したかのような感触に襲われた。
確かに、年頃の女性の一人部屋に男一人が入っていったら訝しがられるだろう。
思い返せば、そんな誤解を避けるために名雪と一緒に行ったのだったし、最初は偶然佐祐理が一緒だった。
うっかり忘れていた自分の失策に気付かされる。
「えっ!?…い、いえっ!その〜、そう言うものではないんですが…え〜、何と言いますか……。」
口調も覚えず丁寧になる。
看護婦はそんな祐一の態度を見て勝手に勘違いしてくれたようだ。
微笑みを湛えて頷いてくれる。
「あぁ、そうですか。それで、美坂さんはあんなにお外に行きたがったんですね…。」
納得されても困る。
おまけに、あなたに会いたかったんですねぇ、などと余計な独り言まで付け加えてくれた。
「え、いえ、その……。」
「いいのいいの。美坂さんもそういう年頃ですから。良かったわ。入院してからずっと親戚の方がお見えにならないから心配していたんですよ。でも、こんな素敵な彼がいたんだったら安心ですわね。」
看護婦はほっとしたようにそう言った。
どうやらこれ以上何を言っても無駄のようだ。
祐一は敢えてそれを否定せずに笑顔を浮かべた。
その笑顔が全てを解決した。
看護婦は指を唇の前で立てて悪戯っぽい笑顔を作ると、何やら名簿を持って戻ってきた。
「本当は今は親戚の方しか面会できないんですけど、あなた…と、神坂さんは特別です。ここに名前と面会する相手の名前、美坂さんを書いてください。それと、今の時間。帰ってきたら、その時の時間をまたここに書いてくださいね。」
祐一は言われるままに自分の名前を名簿に書いた。
確かに栞の元を訪れる人はなく、祐一以外には看護婦が言った神坂…神坂理緒…という名前が数回記されている程度だ。
親戚が来ないから祐一や神坂のような友人でも入れてしまうと言うことか…と何気なく名簿を見た祐一は絶句した。
ああ。
どうして人は見る必要のないものに限って見てしまうものなのか?
祐一の喉は再び渇いてきた。
部活で感じたあの渇きとは性質の違う、恐怖の渇き。
その名簿は集中治療室に入るための名簿だった。
「そうでしたの……。」
「あの頃は珍しい職業でしたから。」
その言葉を聞いて麗はくすりと笑った。
それが面白くなかったのか、相手はむすっとした顔を作る。
こういう、分かり易いところが魅力なのだろう。
「何がおかしいんですか〜?」
「だって、今でも珍しいですから。」
雨宮さん、と麗は話しかけた。
暮れていく陽を惜しむかのように、身体を少し布団の上に起こしてそれを見送る。
がちゃ、っと音を立てて玄関が開かれた。
「ただいま……。」
「お帰りなさい。」
「お邪魔してますわ。」
長旅から戻った舞が、疲れた表情の上に笑顔を作る。
まるでそんなものは無かったかのように、誰も試験のことを口にしない。
舞も自然に二人の会話の中に混じっていた。
「……この子が一人前になるまでは、なんとか生きていたいですねぇ……。」
麗のそんな呟きも、この二人には何の感傷も起こさない。
一度死んだ身、という安心感があるのか、麗は余り生に執着しなくなっているのだが、麗のこの身体を見てなお麗に治療を依頼に来るものは少なくなっていた。
このままなら、麗の言葉に反して麗が人並み以上に早世することはまず無いだろう。
それが判っているから、二人は麗の言葉を軽く受け止めることが出来る。
「あららぁ。そんなこと言っても、舞ちゃんが売れないことには一人前じゃないわよね?」
「う…。」
舞が顔を赤くする。
それを見た雨宮は更に言葉を突きつけた。
「あれれ?その顔はもう売り先が決まったのかな〜?」
「そ…う……。」
顔ばかりか指先まで真っ赤になった舞がぱたぱたと逃げていく。
それを見送る麗と雨宮もにこにことさせられてしまう。
「まだまだ子供ですね。」
「そうみたいですね。」
麗と雨宮はどちらからともなくそう言いあった。
闇が迫る部屋の中で、麗は布団を出た。
部屋の電灯をつけると、弱々しい陽の光を追い出すような人工の光が部屋を支配する。
「…便利になりましたね。」
「えぇ。」
しっとりとした時間が流れる。
雨宮が帰るまで、二人はその時間の流れに身を委ねたまま微笑みあっていた。
こちん、と強くジョッキが触れ合う。
「お疲れさまでした。」
「そっちこそ。」
男達は頷き合って一息にビールを飲み干した。
二つ目のジョッキが既に準備してあるところが互いの付き合いの長さを示している。
「向こうはどうだったんですか?」
「いや、もう大変なだけさね。ただでさえ地方から行くと雑用ばかりなのに、何しろあの事件の後始末に行ったわけだろ?こき使われてばかりでとんでもなかったさ。」
事件と言われて北川はぴくっと顔色を変えた。
すぐに表情を元に戻したつもりだったが、相手はそれを見逃してはくれなかった。
「悪い悪い。お前にとってはこの世界に入るきっかけだったな。事件扱いして済まなかった。」
いや、いいんですよ、と短く呟いて北川はまたジョッキを空けた。
数年ぶりの再会と言うことも手伝って、普段より数倍速いペースで飲んでいる。
やはりこの人と飲むのは楽しい。
それにしても不思議な人だ。
北川は少しも変わらない相手を見てそう思った。
北川が地方の小さな局にいながらにして恐れられるのは、実のところ、彼がもたらす情報や報道戦略によるものが大きい。今では『北の巨人』として恐れられる北川が自ら辞を低くして会いたいと願うフリーのジャーナリストが彼だ。
医学の道に絶望して報道の道に来た北川を採用したのは、例のかつての上司だった。
期待しているとの言葉通り、給料や勤務条件はこの年齢でこの時期の中途採用としては破格の待遇だった。
が、それは北川が医者の裏側の情報を持っているものと期待しての、いわば情報提供料代わりだ。
北川の方もそれは望むところ、と、医学関係の取材に燃えていた。
その北川の教育係が、今目の前で酒を飲んでいる男だった。
年も大して変わらない上、正社員ではなく嘱託に過ぎない彼が北川の教育を担当することに北川としては大いに不満だった。
しかも、彼は就任してすぐに意図的に北川を医療関係の取材チームから外した。
色を成して怒る北川に向けて彼が言った一言。
「もしそこで失敗したらお前は首切りだぞ。」
かなり特殊な条件での採用、優遇された勤務条件、得意な専門分野、これだけの好条件が揃っていても、北川にはまだ経験だけが足りない。そしてそれはこの世界では致命的な欠陥だ。
それなのに、そこに配属される。
「そこに何らかの意図を感じるべきなんだ。”あれだけの条件揃えて駄目なんだからもう駄目だな”とか何とか理由つけられて捨てられるぞ。捨てられないまでも大幅な減俸だとか悪条件での仕事とか、とにかく先は見えない。もし何かの間違いで大当たりしても手柄は新人のお前じゃなくてお前を採用した人間の手柄になる。今のお前をあそこにやるわけには行かない。」
要するに、お前さんの情報だけが欲しい。それだけ手に入れたら使い捨てにしたい。もし上手く行けば儲け物。
「この世界に入ったら、仲間内すら信用できないと思わないといけないんだぞ。」
怒鳴り込んできた北川を怒るでもなく、彼は諭すようにそう説明してくれた。
彼が自分を軽く見ていると怒っていた北川は、自分がその人間に助けられていたことを知った。
同時に感服した。
北川はその後自分から異動を申し出て、新人なりのまともな待遇に降格された。
その方がいい、と彼は微笑んだ。
「どうして俺を助けてくれたんですか?」
ある時、北川は彼に尋ねてみた。
正式な社員でもない彼が、頼まれた以上の仕事をしてくれたのだ。
「?そんなの決まってる。見込みがあるからだ。」
彼は不思議そうに答えた。
放っておいても高収入が約束されたようなものの医学の道を、腐臭がするからと言う理由だけで蹴ってきた。
納得のいかないことを放っておかずに自分で”取材”に来た。
そしてその説明を自分なりに理解し、安易な地位を捨てた。
「不正を感じ取る能力、自ら体を動かして取材する能力、そして、地位や報酬に惑わされない判断力。君にはジャーナリストとしての能力が揃っているよ。」
あの時の彼の言葉が今の北川を支えている。
彼に会わなかったら、ほぼ確実にここにはいないだろうな、と北川は感謝する。
そして。
目の前で美味そうにつまみを頬張る彼の方が、自分が何をしたのか全く気がついていないこともまた、確実だった。
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