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| 第17話 家族の肖像:Aパート | 目次 |
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1月 18日 月曜日
朝、教室に入るとヒーローになっていた。
他の多くの人と同様、そのような経験の少ない祐一は、自分が何故そのように扱われているのか判らず、まるでどこかにその理由が落ちてでもいるかのように、きょろきょろと周囲を見回した。
そしてそれは落ちていた。
いや、正確には落としたのは半分だが、確かにそこにあった。
「あの雪だるま作ったの、お前達なんだって?」
級友の一人が掛けてくれた声でようやく事情が判る。
判ってみると声が聞こえるもので、それらは口々に、良くやった、最高の門構えだ、なかなかの出来栄えだ、などと言っていた。
そんなたくさんの賞賛に囲まれてもなお拭えない、不思議な感覚。
「…だ、誰が話した?」
祐一は北川を真っ先に見つめたが、北川の方でも首を傾げた。
だが、傾げられた首の、その行き先を見た祐一は、北川が言いたくても言い出せない密告者を見出した。
祐一は賞賛の人混みを掻き分けて、教室の片隅にあった冷徹な一角に足を進めた。
「……なんのつもりだ?」
「あら、ご挨拶ねぇ。これだけみんなが喜んでいるんですもの、賞賛されるべき制作者の名前くらい出すわよ。」
祐一は、クラス委員の少し皮肉っぽい微笑みの裏に隠されている何かを探そうと、その顔を隅から隅まで見つめた。
香里は昨日の別れ際とは打って変わって、余裕たっぷりの笑顔を浮かべている。
確かに、クラスの反応は上々だし、職員室への呼び出しもない。
邪魔なら撤去すればよいだけのことで、それも面倒なら誰かが長靴の跡でも何でもつけている頃だろう。
既にホームルームの時間が近い。
今の今までそれらの悪ガキ的行動がなされていないということは、全校的に好意的に判断されているとみていい。
香里の告知はむしろ感謝すべきものではないだろうか?
「まぁ、そう言われてみればそうかもしれないんだけど……。」
祐一は言葉を濁しながらそう呟いた。
途端に香里の顔が輝く。
「でしょう?だから、あたしの独断で舞踏会のクラス代表にしておいたから。」
「そうか。それはどうも………有り難くないような気がするのは気のせいか?」
祐一は反射的に頭を下げそうになって、はたとあることに気がついた。
土曜日、学校に現れた栞に名雪が嬉しそうに説明していたのは何だっただろうか?
『クラス代表になった男子は最初に踊る相手の女性を指名する権利がある。』
この、有り難いような迷惑なような紙一重のシステム。
そして祐一にははっきり迷惑だった。
「おいこら、俺一人で作ったんじゃないぞ。北川と名雪とあゆ、それと栞だ。」
「そうね。だけど、みんなを集めたのは相沢君、あなたよ。心配しなくても、ご不満なら北川君も入れておいてあげるわ。」
香里は悪魔の微笑みを祐一に叩き付けた。
彼女が言うように、クラス代表は一人でなくても良い。
だが、この場合それは祐一に対する強烈な脅しにしかならない。
祐一は転校してきてまだ日が浅い。
香里の奸計から逃れ、受けを狙うために北川を指名しようにも、代表同士になってしまったら指名できない。
それに、そのためだけに北川を巻き込むわけには行かない。
受け狙いは相手が乗ってきてくれて初めて受けるもので、相手が嫌がっていることを強要してはただの嫌がらせに過ぎない。
そして北川は舞踏会の代表になることを望んでいなかった。
祐一は今更のように、北川が残した『明日まとめて仕返しする』という香里のメッセージの意味を理解していた。
「名雪以外を選ぼうなんて考えてないわよねぇ?」
香里のトドメの一言は、何よりも強烈だった。
「あれ?」
祐一は階段の踊り場で思わず立ちつくした。
そこにいるはずの二人の姿がなかったからだ。
北川や名雪の誘いを『今日の香里と一緒に食うのはゴメンだ』ともっともらしく断って、手弁当を片手に最上階まで登ってきたというのに、お目当ての二人の姿はなかった。
試験は終わっているはずだし、舞はご丁寧にも佐祐理が弁当を作って待っていると伝えてくれてさえいた。
それなのに、二人はいない。
「まぁ、仕方ない。」
祐一はどっかりと腰を下ろした。
当てが外れた残念さはあるが、だからといって一度別れてきた名雪達の元に戻って『一人で食うのは寂しいから混ぜてくれ』と泣きつくのも癪だ。第一、祐一は一人で食事を摂ることに寂しさを感じる性格ではない。
(折角だから、この機会に考えを整理しよう。)
祐一は秋子が作ってくれた弁当をつつきながら考えた。
昨日までに象徴的な二つの物語を読んだ。
『これも運命じゃ……。』
臨終間際にそう言い残した妖狐の話。
『その時はそれが運命だったと思って諦めてくれ。』
そう言って別れた、人間の男と残された妖狐の話。
この二つとそれまでに読んだ他の口伝との比較から類推される推論。
”ここで言う『運命』とは、今で言う『寿命』のことではないだろうか?”
そうだとすると、”世界の運命を動かす”という祐一の発言は如何にもとんちんかんで的外れな発言であり、ぴろがあれだけ大笑いしたことも納得がいく。
運命=寿命と考えると、寿命を「動かす」ことを「自殺する」とか「延命治療する」などという言葉に置き換えれば納得がいくし、寿命に従うとか寿命に抗うなどと言った言葉も一応理解が出来る。
今晩ぴろに紙に書いて見せてやるつもりだが、恐らく考えているとおりだと思う。
祐一は力強く唐揚げを噛み切った。
自分が果たすべき役割。
朧気ながらそれが見えてきた気がする。
ここに来たときよりも気分は晴れやかだった。
祐一は食べ終えた弁当を仕舞って立ち上がった。
その拍子に大事なことを思い出した。
わざわざここに来たのは何も佐祐理の弁当を当てにしてきたのではなかった。
「……明後日着るダンスの服装って、どうやったら手に入るんだろうなぁ……。」
先輩である佐祐理と舞にその手段を聞こうと思っていたのだ。
もともと仮に今日その方法を聞けていたとしても、明後日までに間に合う可能性は非常に低かっただろうが、明日聞いたのではまず間に合わない。
「北川にでも聞いてみるか……。」
祐一は全く当てにせずにそう呟いた。
最悪制服で踊ることになるだろう。
相手は……。
「石橋ってわけにはいかないんだろうなぁ……。」
担任を指名したところで大して面白くもない。
いっそのこと佐祐理を指名しようかとも思ったが、美汐に『やっぱり占い通りになりましたね』と言われるのも癪だ。
舞を指名しようものなら斬り殺されそうだ。
美汐はこれ幸いと学校に来ていない可能性の方が高い。
「……ふぅ。」
祐一は小さく一つため息をついてから階段を下りていった。
昼下がり。
舞と別れた佐祐理はタクシーを倉田総合病院へと向けていた。
「お客さん、今あそこに行くのは大変ですよ?」
佐祐理をそれと知らない運転手は無神経にそんなことを忠告してくれた。
報道陣に囲まれていてとても近づけない、という。
「でしたら、その近くまでで良いですよ。」
すいませんねぇ、という運転手の謝罪を聞き流しながら、佐祐理は窓の外の風景が流れていくのを見ていた。
ほんの二、三日いなかっただけなのに、とても懐かしく感じられる。
「そんなに大変なんですか?」
「えぇ。ここのところずっとマスコミが取り囲んでまして…。あのお医者様は腕が良いですから、今度のことで無くなるようなことがないと良いですねぇ…。」
運転手の嘆きが心地よくて、つい笑顔を漏らしてしまう。
車の流れはスムーズで、瞬く間に佐祐理を倉田総合病院の近くまで運んでくれていた。
これ以上はちょっと、という運転手に料金を支払ってタクシーを降りる。
なるほど、彼の言う通り。
倉田総合病院へ続く路地は、まるで映画かドラマのロケ地にでもなったかのようにテレビクルーに囲まれていた。
これでは車は近づけない。
通行人はマイクを向けられることを恐れるのか、足早にその路地の前を過ぎ去っていく。
レポーターらしき人が次の標的を探してきょろきょろと周囲を窺っているが、これでは通行人の線は絶望的だ。
狙うのはやはり看護婦か患者だろう。
堂々と『関係者』と呼べるし、詳しいことを語ることは出来ない。
その発言を好きなように解釈できる格好の『素材』だ。
そして今、彼らの前に『素材』としては最高の人物が立っている。
その人物は親友と一緒に過ごしたお泊まりセットとともに、つかつかと入り口に近づいてきた。
久々の『獲物』に報道陣一同が色めき立って迫ってくる。
その勢いを見ただけでも常人ならば圧倒されるだろう。
逃げられても良い。
いや、むしろ、その絵が欲しい。
顔を隠して恥じたように逃げていく、そんな絵が欲しい。
が、今日は、勝手が違った。
獲物は津波のような報道陣に物怖じすることなく向かってきたのだ。
読みが外れた気恥ずかしさも手伝って、レポーターは有無を言わさぬ勢いでマイクを向けた。
「生放送ですっ!全国の皆さんに何か一言っ!」
「緊急車両の出入り口を塞がないで下さいっ!」
稼働中のカメラを目敏く見つけた佐祐理は、反動をつけて鞄をカメラマンに叩き付けた。
よろよろとよろめいたカメラが、救急車の出入り口正面に陣取る報道関係の人垣を捉えた。
それは、倉田総合病院を取り巻く情勢が180度入れ替わった瞬間だった。
ぴ〜、という笛が待ち遠しい。
だが、平然とした顔で走る従姉妹が隣にいる限り、その笛の音は鳴ることがない。
話しかけようとするが、声を出そうとすると喉が痛んで余計に苦しい。
水分が欲しいのに、唾すら喉に貼り付いて流れていってくれない。
そうは言ってもこれ以上は限界だった。
「おい、名雪…。」
祐一は精一杯の努力を払って声を出した。
「なに?」
昼食を一緒に摂らなかったことを拗ねている従姉妹の息は上がっていない。
いつもよりも速いペースを保って走っているのは祐一に対する仕返しだが、その程度のペースアップではこの走るのが大好きな部長には何らの影響も与えていないという何よりの証左だ。
「し、栞…の……ところに、行くんじゃ…無いのか……?」
「あ!」
慌てて時計を見た部長は、自分が頑張りすぎていることにようやく気がついた。
すぐに笛を吹いてクールダウンに入る。
「つ、疲れた……。」
祐一は膝を支えに息を整えた。
その手が突然引っ張られる。
「走ってすぐに止まったら駄目だよ〜。」
「ま、待て、待て、こら……。」
従姉妹に手を引かれて走る、その姿が何をもたらすのか判っていないのか?
そう怒鳴りつけたい気分だが、身体がついてこない。
祐一が出した結論は、名雪に引っ張られないように体育館の床に倒れ伏すことだった。
「もぉ。後で筋肉痛がひどくなっても知らないよ。」
先のことより今のことだ。
祐一は名雪には答えず床の上を転げ回ることに決めた。
諦めた名雪が去っていく。
祐一は身体を仰向けにすると、身体中で酸素を求めた。
「水瀬さん、体調良いみたいね。」
顧問の弾んだ声が遠くに聞こえる。
さっきまで計っていた3000mのタイムが良かったのだろう。
「そうですか?」
「表情も明るくなったみたいで良かったわ。」
名雪が本心から納得して長距離に回ったのではないことを悟っていたのだろう。本人が如何にいつも通りに振る舞っていたとしても、どこかに陰を認めていたようだ。
「先生、知らないんですか?部長があんな風になったのは新人さんのおかげですよ。」
マネージャーがまた余計なことを言う。
祐一は疲れた身体に鞭打ってその場を逃げ出そうとした。
だが、遅すぎた。
「そんなの、あんなに楽しそうに一緒に走っているのを見たら一目瞭然ですよ。」
顧問の声が祐一の身体を打ちのめす。
更に畳みかけるように
「明後日の舞踏会が楽しみですね。」
というマネージャーの声が聞こえてきた。
こんな調子では、祐一がクラス代表だと判ったときにはどのような反応があるか容易に予想できる。
あまつさえ、二人で連れ立って病院に行くところを見つかったらどんな噂を立てられるか想像するだに恐ろしい。
祐一は名雪を置いて一人で栞を見舞いに行くことに決めた。
そんな従兄弟の思惑を知る由もない、のほほんとした陸上部部長は顔を赤らめて平和に照れていた。
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