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| 第16話 大きなのっぽの雪だるま:Cパート | 目次 |
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いなければいいと思っていたのに、やはりいた。
祐一はようやく治まりかけている筋肉痛に顔をしかめながら近づいた。
「あっ。」
中庭のベンチに座っていたストールを羽織った女の子が、その姿を見つけて元気よく手を振る。
祐一が近づいていくと丁寧にお辞儀までしてくれた。
「こんにちは、祐一さん。」
「栞、良いことを教えてやる。」
挨拶もせずに用件を伝える。
栞は小首を傾げて人差し指を唇の前に持っていった。
可愛らしさがどうしようもなくいじらしくなる。
「はい、何でしょう?」
「日曜日は学校は休みだ。」
祐一は得体の知れない怒りを外に出さないように、極力静かな声でそう言った。
以前に病院を訪れた際に、平日と休日の区別が付かなくなっていたことをようやく思い出したのだ。
名雪のことを思い出さなければ、香里の計略に乗ってあのままずっとあゆの探し物をしていただろう。
その場合、ここにいる栞はいつ病院に戻るというのだ。
今冷静に考えてみれば、雪だるま作りを手伝わなかった香里が、自分から見つかる当てもないあゆの探し物の手伝いを申し込んできたことが不自然と言えば不自然だ。
もし香里に世話焼きな面があるのなら雪だるまぐらい作るだろうし、逆にもしも無いのなら自分から手伝いを申し出るはずがない。
その辺りは付き合いの短い祐一には悲しいかな、どうにも判断の付かないことだった。
祐一は香里の言葉を単純に『親切心からの申し出』と信じて疑わなかった。
それが全く無かったとは思いたくないが、その背景に栞の行動を予測した上での皮算用があったとすれば、たとえ多少の親切心があったとしても、その得点を相殺して余りある。
「酷いです〜。そんなこと、私だって知ってます〜。」
栞が頬を膨らませている。
祐一は首を振ってその言葉を否定してやった。
「いいか、今日がその日曜日だ。」
「えぅ?」
祐一の言いたいことが判らないのか、栞は傾げていた首を更に傾けた。
「だから、今日は日曜日だから学校は無いんだっ!だいたい、”次が明日”だなんて誰が言った!?」
つい大声を上げてしまう。
栞が首を引っ込めて祐一を見上げている。
「そうですか…。」
「そうだよっ!全く…。栞はカレンダー見ないのか?」
その一瞬。
栞が何とも言えない、辛そうな顔をした。
時が止まったような息苦しさから解放されたのは、従姉妹が走ってきたのが見えてからだ。
「栞ちゃん、こんにちわ〜。」
屈託のないその笑顔は、栞がここにいることを全く疑問に思っていないことを示している。
栞は名雪に向かって手を振っておいて、
「入院している長さが判ってしまうから、見ないんです。」
と呟いた。
なるほどな、と呟き返した。
釈然としない説明ではあったが、今の祐一にはそれで納得する以外に道はなかった。
従姉妹は元気に駆け寄ってくる。
「いいお天気になって良かったですね。」
栞は眩しそうに青い天井を仰いだ。
冬の日の青空はむしろ寒さを助長してしまうのだが、それでも日が照ってくれるのは気持ちとして嬉しい。
早くも暮れかけている夕暮れの空でも有り難く感じられる。
「それにしても、何時から待ってたんだ?」
「ええっと…確か、ここに来たのは10時くらいだったと思います。」
「栞ちゃん、早すぎ。」
名雪が目を丸くして驚いた。
10時と言えば名雪はまだ夢の中だ。
「待て待て。まずは今日待ち合わせの約束をしていなかったことをだな……。」
「あはは…やっぱりちょっとだけ早かったですよね。」
「ちょっとじゃないよ。たくさんだよ。」
「だ〜っ!ちょっとは俺の話も聞けっ!」
祐一は何事もなかったように話し込む二人の間に割って入った。
名雪が不満そうに唇を尖らせた。
「祐一怒りんぼだから嫌い。」
「そう言う問題か〜っ!?」
祐一が気がつかなければ栞はずっとこのままここで待ち、一人寂しく帰ってしまったに違いない。
そんな簡単なことがどうして判らないのか?
祐一はそれが如何に危険なことなのかを口を酸っぱくして説明した。
だが、栞は意に介しない。
「だけど、来てくれましたから。」
邪気の無い笑顔が哀愁を誘う。
もし、祐一があゆと一緒に出かけていなければ、香里と出会っていなければ、絶対に思い出すことはなかった。
それでもこの少女は誰を恨むこともなく病院に戻っていった。
そんな気がする。
「まぁいい。すっかり待たせてしまった分、取り返すぞ、名雪。」
「うんっ!」
部活が終わってから作り始めた昨日よりは時間的な余裕がある。
雪はふんだんにあるのだから、頭を持ち上げる工夫さえあれば大きな雪だるまが作れる。
祐一は誰もいないことを良いことに、体育館入り口の両脇に雪だるまを並べることを提案した。
「舞踏会も開かれることだし、趣向としては面白いんじゃないか?」
「賛成です〜。」
「賛成、だよっ!」
嬉しそうな二人の応援を得て、祐一はあゆの探し物をするために持っていたスコップを使ってスロープを造ることにした。
高い斜面を作れば頭を載せるのに必要な力は少なくて済む。
その間に名雪と栞には雪球を丸めてもらう。
「悪いな、栞。もっと早く来ていれば良かった。」
祐一はストールの少女に声をかけた。
栞はくるり、と身体を回して祐一の方を向いた。
「でも、私は待つことは嫌いではないです。」
「変なやつ。」
「わ〜、一言で片づけないでください〜。」
作業に戻ろうとする祐一の袖を引っ張る。
「あのなぁ、普通待つのが好きなやつなんかいないぞ。」
「でも、でも、待っている間に色々なことを考えられるじゃないですか。今日は遅いな、とか、待ち合わせをしている私を見て、みんななんて思ってるんだろうとか、もしかして、忘れてるのかな、とか……。」
栞の表情は明るくて、自虐的なところは一つもない。
だが、言っている内容はそこから一歩もはみ出していない。
「……やっぱり変なやつ。」
「わ〜っ!祐一さん、酷いですよ〜。」
今度こそ祐一はスロープ作りの作業に戻った。
栞はしばらくその後ろをついて歩いていたが、祐一が相手をしてくれないので拗ねたように唇を尖らせて雪球作りに戻った。
「何となく格好良かったので言ってみただけです〜。」
そんな負け惜しみを言いながら雪球を転がしている。
仕草や言動は幼いものの力はそれなりにあるようで、二人の雪球はどんどん大きな雪球に成長していく。
綺麗な球を作れば摩擦抵抗も少ないので一石二鳥だ。
一方スロープ作りは完全な力仕事なのだが、斜面が急だと雪球の重みで上手く登らず、斜面が緩ければそれだけ長い距離が必要になる。それを一人で作るのは大変な作業だった。
「反対側まで間に合うかな?」
「まぁ、二人でやれば何とかなるんじゃないか?」
独り言に返事があったので、祐一は驚いて振り向いた。
反対側のスロープ予定地にはもう一人別のスロープ業者が陣取っていた。
「本当に作ってるとは思わなかったけどな。もし何か作ってたらノート2冊分働けってさ。」
北川は苦笑しながらそう言った。
2冊分とは北川の分と祐一の分のことだろう。北川の手には確かにコピーの束が二束握られている。
祐一は複雑な気分で北川を眺めた。
「伝言ももらってきたぞ。寒いのは嫌いだってさ。何のことかは判らないし、聞く気もないけどな。」
北川は最後の言葉を独特の笑顔とともに付け加えた。
それを聞いた祐一はようやく合点がいった。
香里は祐一に言われてから『もしかして、栞は学校いるのかも?』と思ったのかも知れない。彼女ほどの洞察力があれば、祐一よりも早い段階でその可能性に思い至っていたことも考えられる。
だが、普段から栞のことを気にかけていないと公言していた以上、自分からは言い出しにくかったのだろう。
その全ての行動がこういった形で裏目に出るとまるで香里が全てを仕組んだように見えてしまうが、そもそも栞がここに出てくることまで香里が仕組むことは出来ない。
偏に香里の頑なさがもたらした悲劇、いや、喜劇だろう。
だが、喜劇にしてはその始末が悪すぎる。
「日頃の行いが悪いって伝え返してくれ。」
「自分で言え。」
北川は快活に笑いながらスコップを使った。
見れば向こうにあゆもいる。
ほとんど力になっていないが、気持ちの上では大いに助かっているだろう。
「なんだ、大明神は来ないのか。」
「このお礼は月曜日にまとめてするって言ってたような気もするなぁ。気をつけろよ。」
北川はそう言ってにやっと笑った。
あれだけの名推理を見せつけられて、加えて学級委員長もやっている香里を相手に何を気をつければよいというのか。
祐一は自嘲気味に笑いながら『聞くだけ聞いておく』と答えた。
思いもかけない応援を得て、スロープを作る祐一の手にも力がこもる。
宿題の心配も無くなって後顧の憂いもない。
スロープは順調に出来上がっていった。
雪球も充分な大きさに成長し、まずは体になる部分がスロープの出口に固定された。
「まだ少し高さが足りないなぁ。北川、そっちはどうだ?」
「高さは大丈夫だけども、頭を転がすくらいには強度がないなぁ。」
北川は額の汗を拭きながらそう説明した。
「え?強度って何だ?」
「あぁ、相沢は知らないか。頭を転がしたときに雪球の重さで崩れるようだと駄目なのは勿論なんだが、転がしている最中に頭が膨らんでも困るだろう?だから、表面をとびきり固く作っておくか、段ボールを敷くかするんだよ。」
段ボールの準備などしていないのでスロープの表面を頭に吸収されないくらいに固くするしかないが、手持ちの装備ではそこまで出来ない可能性が高い。
「最初から少し小さめに作っては如何でしょう?」
栞がおずおずとそんな提案をした。
「うん。でも、それだと一発勝負で修正効かないし、少しいびつになるんだ。それでも賭けてみるか?」
「お願いします!」
一際元気な栞の声が響いた。
北川はそれに同意して作戦を変更する。
雪球に吸収される分を見越して高さを少し高めに作り直し、頭も前もって少し横長に作るよう指示を出す。
祐一も見様見真似でスロープを完成させた。
そこから先は5人がかりの共同作業だ。
体より少し小さめとは言っても、雪だるまのサイズそのものが大きいのだから頭も相当大きなものになる。
二段で祐一の身長とだいたい同じくらいのものを作ろうとしたのだから、その大きさも想像がつこうというものだ。
「なるほど、だから大きな雪だるまは三段なんだな。」
形を整えながら慎重に雪球を押す作業に苦しみながら、祐一は妙に納得した。
バランスさえきちんとしていれば三段にした方が雪球も小さくて済む。
「知らずに二段にしてたのか。そりゃ大変だ。」
北川も息を切らせながら雪球を押し上げる。
女性3人が疲れ切っている以上、ここは二人で頑張らなければならない。
ようやっとの思いで雪球をスロープの頂上に運び上げたところで、北川は暗闇に向かって声をかけた。
3人には今のうちに顔になるものを集めてもらっていたが、それでも最後の瞬間はみんなで見てみたい。
祐一はその間、背中で雪球を押さえながら一息ついた。
雪国での身体の使い方がよく判らないので北川に比べて疲労が激しい。
女性陣が集まってきたところで祐一と北川は最後の一押しを加えた。
「せぇのっ!それっ!」
「わっ!ぴったりっ!」
頭の形は球体からは少し離れてしまったが、出来上がってみるとそれはそれで趣がある。
これならいける、ともう一体の方も手早く作り上げてしまった。
後は顔を作り、スロープを壊すだけだ。
喜びも束の間。
…くしゅん…。
そんな音がした。
「……栞?」
「えぅ〜、ちょっと寒いです〜…。」
鼻を赤くして困ったような笑顔をしている。
よく見ると赤いのは鼻だけではない。
「おい、栞、早く病院に戻れ。後は作っておくから。」
「嫌です〜。」
栞は激しく首を横に振った。
その反動でくらくらと足下がふらついてしまう。
「……顔だけ急いで作ろう、祐一。」
その様子を見ていた名雪がそう提案した。
この分では栞はこの次いつ出てこられるか判らない。
ここまで頑張ってきて、未完成の雪だるまを残して病室に返しては未練が残るだろう。
名雪の意見に沿って、雪だるまに顔がつけられた。
突貫工事だったので少し曲がってしまったが、ただの雪球に表情が出た。
「出来ました……。」
栞の顔は満足そうだった。
それを見た誰もが、作って良かったと思った。
恐らく雪だるまもそう思っていただろう。
「明日見舞い行けたら行くからな。」
祐一はそう言って栞の頭に手をやった。
残念なことに祐一自身の手が冷たくて、栞に熱があるのかどうかを知ることは出来なかった。
<続き>