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| 第16話 大きなのっぽの雪だるま:Bパート | 目次 |
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注文したたい焼きとホットミルク、クッキーとコーヒーが届いた。
「お先にどうぞ。」
あゆはそんな香里の言葉を待つまでもなくたい焼きにむしゃぶりついていた。
祐一もクッキーに手を伸ばす。
「月宮さん、だったわね?」
「ほぇ?」
呼ばれた方はたい焼きを口に入れたまま香里の方を向いた。
たい焼きの尻尾が口からはみ出ていて結構シュールだ。
「相沢君と何をしていたの?」
「んとね、探し物。」
あゆはハンカチを取り出して口を拭きながら答えた。
香里が目を細める。
「あ、それ使ってくれてるんだ。ありがとね。」
あゆが取り出したのは誕生パーティーで香里がプレゼントしたハンカチだ。
上品過ぎてあゆには似合わないが、この店の雰囲気には合っている。
「うん。綺麗だから勿体ないけど、使わないのも勿体ないと思ったんだよ。」
「うんうん。」
香里は満足そうに頷いた。
こうしていると優しい姉のように見える。
香里に一つ微笑んでから、あゆは湯気の立っているたい焼きをまた一つ手に取った。
「ところで、何を探しているの?」
「それも探しているんだ。」
再びたい焼きを口に入れたあゆに代わって祐一が事情を説明した。
北川は祐一が初めに聞いたときと同じように笑い飛ばしたが、香里は真剣な顔で話を聞いていた。
「うん、よく判るわ、それ。無くしたものがはっきりしているときよりもずっと落ち着かないのよ。」
それはそうだろうな、と北川も祐一も納得した。
何を無くしたか判らなければどれだけ大事なものなのかも想像がつかないので不安は増加するばかりだ。
「やっぱり香里は頭がいいな。そう説明されればあゆの気持ちも判るぞ。」
祐一は心底感心してそう誉めた。
説明の仕方一つで問題の理解度に大きな差が出る。
あゆがしたような説明では余りにも漠然とし過ぎていてその焦りが伝わらなかった。
香里が詳しく説明してくれたことで、あゆと付き合いのなかった北川もすんなり事の重大さを判ってくれたようだ。
「それでそんなスコップ持ってるのね?」
「まぁ、そんなところだ。」
祐一は机の脇に置いてある袋を持ち上げた。
それからしばらく学校の話題や最近のテレビ番組の話など取り留めのない話をしていた。
香里と北川の注文も届いて思い思いに味の感想などを言い合う。
ゆったりとした時間が流れていた。
だから香里が手を止めて
「もし人手が欲しかったら、あたし手伝うわよ。」
と言ったとき、それが何を意味しているのか判らなかった。
「探すの、手伝うわよ。」
ぽかんとしている祐一とあゆを交互に見ながら、香里は言葉を補いつつ繰り返した。
「ホント?」
あゆが目を大きく開いて香里の顔を見上げた。
笑顔が肯定の印だ。
「ありがと!」
あゆの目が歓喜に輝く。
「二人よりも四人の方がいいでしょう?」
予想以上に喜んでくれるあゆの反応に香里も満足そうだ。
「水瀬でも呼ぶのか?」
北川は残った紅茶を流し込みながら聞いた。
その北川を香里の冷たい視線が襲う。
「……数学の宿題、一人でやる?」
「冗談に決まってるじゃないですか、美坂大明神。」
「判っていればいいのよ、北川君。」
香里の頬にうっすらと微笑が浮かぶ。
微妙に変えられていた称号の効果なのか、今日の香里は北川の冗談に寛容だった。
「じゃあ次。」
「えっと、向かいの筋のクレープ屋さん。」
捜索は再開されていた。
捜査員の数は倍増していたが、捜査するものの見当がつかない以上、あゆ一人の記憶に頼るより他無く、4人一塊りで動く効率の悪い捜査だった。
「今度はどうだ?」
祐一の問いかけに応じてあゆが目を凝らす。
店の前、店と店の間、店の中……。
「えっと……あ!」
「あったのか?」
色めき立って近寄る3人に、あゆが笑顔で応えた。
「知らない間に、クレープのメニューがいっぱい増えてる!」
「そっちかよっ!」
北川が素早く的確な突っ込みを入れた。
当てのない捜索に疲れた面々に心地よい笑顔が広がる。
気持ちに余裕が出来たところで祐一があゆに訊ねた。
「それで、ここはどうなんだ?」
「多分、ないと思う。」
あゆは力無く首を横に振った。
スコップが威力を発揮する場面もまだ無く、やや手持ち無沙汰だ。
「…それで、次は?」
「えっと…少し行った先のお菓子屋さん。」
「なぁ、せめてこう、形とか大きさとか、そういう手懸かりはないのか?」
北川が終わりの見えない捜索に音を上げた。
探し物は目的や方法があってこそ、その苦痛が軽減される。
祐一や北川の宿題にしても、解答や解法があって初めてやる気が出るというものだ。
解答があるかどうか判らない、方法の見当もつかない、そんな命題を解くのはその道の専門家の仕事だ。
そして北川は捜索の専門家ではなかった。
「うぐぅ……。ごめんね、北川さん。」
人見知りをするあゆも北川は別のようだ。
会う人に警戒感を与えない独特の雰囲気は父譲りなのだろう。
それは彼にとって本来は外来の患者に向けられるべきものだったに違いないが、今の職でも重宝していることだろう。
「そんなこと無いわよ、月宮さん。少なくともあたしには充分な手懸かりがあるから。」
そう言って香里があゆを庇う。
全員が驚いて香里の方を見た。
他人の落とし物の特徴が判るのは、落とし物を猫ばばした人間くらいだろう。
「…ちょっと待ってよね。あたしが取ったんじゃないわよ。」
訝しげな視線が何よりもものを言って、香里は困ったように苦笑した。
冷静に考えれば、いくら香里が目から鼻に抜けるような天才少女だったとしても、ほんの一週間前に会ったばかりの人間のものを全て把握できるほどではない。
そんなことも判らないのか、と困っているのだ。
「いい?無くしたことに気がつかないほどだから、小さいものに決まってるわ……。」
「それは俺でも判るよ。」
香里の言葉を遮って祐一が抗議した。
小さいものという漠然とした表現では絞りきれないから困っているのだ。
「…黙って聞きなさいよ。それから、財布やカードのようなものでないことも判るわ。もしそうなら、月宮さんは最初に警察に行こうとするもの。」
それはあゆの知識に疑問がある以上決定事項ではない、と反論しようとした矢先、祐一の機先を制して香里が説明を加えた。
「それに、切羽詰まってないでしょう?普段の生活に不自由するような類ではないのよ。お金なら無くなったら困るし、カードなら手続きとかあるだろうし…。そういうものを無くした人はもっと焦っているものだし、もっともっと早くに気がついているはずだわ。」
だから、貴重品ではない、と断言する。
あゆが唇を尖らせそうにするのを見て、すぐにまた口を開く。
「ごめんね、月宮さん。あたしが言いたいのは”一般的な貴重品”ではないってことなの。あなたには大事なものかもしれないけれど、他の人にとってはどうでも良いものってことね。そう、見つけたところで警察に届けたりしないもの。そういう確信があるから、あなたは雪を掘るスコップを持ったりしたんでしょう?」
香里の説明に一度も首を傾げないところをみると、どうやら間違っていないらしい。
祐一は、全くはっきりしなかったものが香里の説明でだんだん具体的な形を帯びていく様子を、まるでマジックを見るかのように見ていた。
「以上のことをまとめるとね、ありふれたアクセサリーか何か、それも、あなたの思い出の品である可能性が非常に高いのよ、月宮さん。そう言われると思いつくものって無い?」
他人には区別の付かないありふれた品だから落ちていても気にならない。
だが、それが本人にとっての思い出の品なら、本人にとっては何物にも換えがたい価値のあるものになる。
そういう思いがあるから探している本人も警察に頼ったりせず自力での捜索をしている。
「なるほど、論理的だ。」
北川がため息混じりに賞賛する。
香里の天才ぶりは普段から見慣れているつもりだったが、同性でない北川がその威力を目にするのは主に試験の時に限られている。
それだけならガリ勉のあだ名が付いても不思議はないのにどうしてそうならないのか不思議だったが、こういった名探偵張りの推理を見せつけられるとよく判る。
香里は単に点数を取るのが上手いわけではないのだ。
同性の間でも頼りにされていると言うことなのだろう。
「小学生がつけるアクセサリーっていうと、まぁ、ゴムの髪留めとかかなぁ?」
香里を賞賛する余り、北川はもう一人の女性には余り気を配らなかったようだ。
いや、同棲中の名雪まで間違えたのだから北川を責めるのは酷というものかも知れない。
「ちょっと北川君。月宮さんは小学生なんかじゃないわよ?」
香里はきっぱりと断定した。
不満を爆発させそうだったあゆは大きく頷きながら香里の陰に隠れる。
(そういう仕草がますます幼く見せているんだけどなぁ…。)
祐一は苦笑しながら3人を眺めた。
「えぇっ!?じゃあ、中学生?」
「そう言うことは本人に聞けばいいでしょう?月宮さん、失礼ですけど幾つです?」
香里は軽く北川をたしなめてから、丁寧にあゆに尋ねた。
17歳、という返事に少し驚いたが、それはその反応の小ささに驚いた祐一のそれよりも遙かに小さい。
まるで幼く見える他の誰かを知っているかのようだった。
祐一は名雪と一緒に栞に会いに行ったときのことを思い出していた。
名雪は栞のことをずっと年下の女の子と思いこんでおり、自分のことを”なゆちゃん”と呼んでも良いと言っていた。
そしてそのために栞にむくれられて困っていたのだった。
そう言えば、今日も栞は弁当を待っているのだろうか?
もしや、この間は弁当をねだりに学校に来たのではないか?
「学校……?」
「え?学校に落としたの?」
祐一の独り言を聞き逃さなかった香里がそう尋ね返した。
その顔を祐一はまじまじと見つめる。
祐一の表情の中に微かな疑惑の臭いを感じ取って、香里は顔をしかめた。
「もし、そうなら……。」
「何よ?言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。」
香里は苛ついたような声を出した。
祐一の中で疑惑の芽が大きく育ち始めていた。
「もしそうなら、俺はお前を許さないからな。」
「はぁ?訳の判らないことを言わないでよね。」
祐一はもう一度じっくりと香里の顔を眺めた。
隅から隅まで、余すところなく眺めた。
「気持ち悪いわね。何よ?」
「お前、綺麗な顔しているなぁ。」
「な、何を言い出すのよ?ちょっと…。」
「あゆ、悪いけど、今日はここまでにしよう。」
祐一は顔を赤くして慌てる香里を放っておいてあゆに今日の捜索の打ち切りを打診した。
不思議そうに頷くあゆに謝罪し、北川と香里の二人には感謝をする。
「もしまた暇なら、手伝ってくれ。特に香里、暇なら、手伝ってくれ。」
祐一は『暇』という単語を強調してそう言った。
「あぁ、俺はいつでも構わないぞ。」
「…喜んで。」
笑顔で即答した北川に比べて、香里の目が一瞬泳いだのを見逃さなかった。
祐一は3人に別れを告げて公衆電話に駆け寄った。
幸い、あゆの探し物と違って祐一の探し人は自分から電話口に出てくれた。
「名雪、起きてたのか?」
「わ、祐一、失礼だよ。」
いくら名雪でも午後の3時まで熟睡していることは滅多にないだろう。
不満そうな従姉妹の顔を思い浮かべながら、祐一は用件を伝えた。
「今暇か?暇なら、すぐに学校に来て欲しい。大至急だ。俺もすぐ行く。」
従姉妹の返事を待たずに受話器を置く。
テレホンカードが戻ってくるのを待つのすらもどかしい。
走り出しかけて、ふと急に無口になっている香里が目に入った。
祐一はつかつかと駆け寄ると、有無を言わさず香里に掴みかかった。
「お前、よくもそこまで…。」
「ちょ、ちょっと、どこ触ってんのよっ!」
祐一は香里が平手を飛ばしてくるのを肘で受け止めた。舞の平手に比べたら蝿が止まるほど遅い。
昨日の轍は踏まない。
商店街に平手の音が響くことはなかったが、それでも香里の言葉には効果があるだろう。
確かに柔らかい感触はあるが、それは本来首筋を締め上げたかったところを躊躇ったために、鎖骨付近を掴んでいるからだ。 従って膨らみを直接掴んでいるわけではないのだが、香里の言葉から察せられる先入観で見られたなら、言い逃れは難しい。
祐一はやむなく手を離した。
怖々見上げているあゆの視線から逃げるように、ゆっくりと踵を返す。
「お前がその気でも、俺はそうじゃない。」
祐一は背中越しに言葉を叩き付けてから走り始めた。
後には事情の判っていない二人と、唇を噛み締めている香里が残された。
<続き>