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| 第15話 すれ違い、行き違い:Dパート | 目次 |
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「な、何だってぇ?」
「何すんじゃあっ!」
一人と一匹の声が重なった。
尻尾を掴み上げられてぷらんぷらんと垂らされているぴろは、体勢を立て直そうと必死で4本の足をばたつかせた。
「今何て言った?」
「じゃから、そこは奴が選ぶことじゃと…。」
「その後だっ!」
祐一は興奮気味にそう言った。
ぴろは何故祐一がそんなに興奮しているのか判らない、というように首を振りながら答えた。
「その後?ここに残るか、里に戻るかすれば良いだけじゃが?」
ぴろはようやく祐一の手を捉えて体勢を整えることに成功し、そこにぶら下がったままで首を傾げた。
その様子が、祐一にはどうしても理解できない。
「だけじゃ…って、死ぬとかそういう問題じゃないのか?」
「何でやねん?」
祐一もぴろも互いに頭の上に”?”マークを大量に飾り付けた。
祐一は椅子に座り直し、ぴろを机の上に座らせた。
「もう一度聞くぞ?真琴の命がかかってるんだから、誤魔化したら承知しないぞ。」
「じゃから、何の話じゃ?」
祐一の質問に、ぴろは困惑気味に答えた。
既に会話が噛み合っていないことを承知の上で、祐一は順を追って説明することにした。
「何の話って……真琴が寝込んでて大変だって……。」
「夜更かしが過ぎただけじゃろ。儂も眠いわ。」
面倒臭そうに欠伸をしながら答える。
二人の態度と真剣味に余りにも差がありすぎる。
祐一は何度目かの首捻りをした。
「おかしいな…。真琴はもうエネルギーが無くなってきてるんじゃないのか?」
「エネルギー?……あぁ、確かに、勢いは無くなったと思うがの。」
やはり微妙に噛み合わない。
祐一は気分を落ち着かせるために腕組みをした。
「おかしいな。美汐の話じゃあ、妖狐は人間型になるとエネルギーを大量に使うからすぐに消耗して死んでしまうとかなんとか……。」
祐一の独り言を聞いたぴろはぽん、と一つ手を叩いた。
「なるほど判った。お主、あの嬢ちゃんの話を聞いて、我が里の真琴が死ぬと思ったのじゃな?」
「違うのか?」
ぴろの言葉が終わるか終わらないうちにそう聞く。
「ちゃうわ。そりゃのぉ、年齢不相応に無茶をしたり複数の変化を組み合わせたりしたら体力の消耗も激しいかもしれんのじゃが、無茶をせん限りそこまで急速に無くなることはないわの。」
ぴろは首を回すようにして何度も考えながら、ないない、と重ねて首を振った。
「それじゃあ、最近真琴の狐耳が見えたり元気がなかったりするのは?」
「単純に変化が未熟で形を維持できなくなっとるだけじゃ。そうなると姿形のみならず習性も狐に戻るのじゃ。よって、昼は穴蔵で眠り夜に起きるようになるわけじゃ。」
ぴろに穴蔵と言われてはっと気がついた。
真琴が布団の中で丸くなったり漫画で柱を作ったりするのは、その布団の形が穴蔵に似ているからだ。
初めてここに来たとき、同じように腹を空かせていたにもかかわらず、日中ではなく夜中に行動を開始したのは、狐が夜行性だからだ。
「そ、それじゃあ、真琴の命に別状は?」
「ないない。もし嬢ちゃんが言うように人間型でずっといたとしてもじゃな、そうさなぁ……あと80年は生きるんじゃなかろかの?」
ずるっ。
祐一はぴろの説明でずっこけた。
今が17としてあと80年も生きたら並の人間よりも長生きになってしまう。
「そうなのか?」
「そうじゃ。あやつは産まれてからせいぜい15,6年じゃろ?儂でだいたい400年くらい生きとる。これでもまだ長老ではないのじゃぞ?」
ぴろは偉そうに胸を張ったが、猫の形を取ったままなので尻尾が頼りなく、危うくそのまま転げ落ちるところだった。
その説明が正しければ、妖狐の寿命は人間よりも相当長そうだ。
ということは、17歳の真琴が多少エネルギーの無駄遣いをしたとしてもそうそう命に別状は無さそうだ。
「ん〜、じゃあ美汐は何であんな事を言ったんだ?」
あの表情や話しぶりからは、とても嘘を言ったとは思えない。
話の内容は具体的で、作り話にしては余りにも筋が通っていた。
「お主、儂の話と嬢ちゃんの話とどっちを信じるというのじゃ?嬢ちゃんは儂が猫に化けられることすら知らんかったのじゃぞ?」
ぴろの説明を聞いてもなお難しそうな顔をして腕組みをしている祐一を見て、ぴろは確かめるようにそう続けた。
祐一は慌てて腕組みを解いて両手を振った。
「いやいや。誤解しないでくれ。お前の言うことを信じてないわけじゃないんだ。ただ、美汐が出任せを言ったとも思えないんだよ。」
あの無念そうな表情。
震える声。
そして、あの涙。
その全てが嘘だったら悲しくなる。
祐一の言葉を聞いたぴろは、感服したように深く頷いた。
「は。なるほど。さすがは動かす者。まさにその通りじゃった。」
ぴろは何度も何度も頷きながら、嬉しそうに微笑んだ。
そんなにされると却って気持ちが悪い。
「ま、まぁ、美汐の勘違いってこともあるだろうしな…。」
祐一はそう言ってこの話題を切り上げようとした。
だが、今度はぴろの方が食い下がる。
「いや、待て待て。嬢ちゃんの言ったことも一理あるやもしれぬ。確かにのぉ、数年前までは儂らの間で寿命がどうこういう話がされたことは無かったの…。」
ぴろはそう言って、『だから美汐が言ったことにも可能性がある』と説明を修正した。
「じゃが、真琴が死ぬことはないというのは変わらんぞい。」
焦って口を開こうとする祐一の機先を制して、ぴろが釘を差す。
「昔は寿命切れの心配がなかった、っちゅうことじゃ。今はそれに気をつけねばならぬのに、嬢ちゃんと一緒にいた奴は忘れとったんじゃろ。何しろあれは突然のことじゃったから。」
ぴろは腕組みをしながら、遠くのものを見るように目を細めた。
そうすれば遠い記憶を見ることが出来るかのように。
「だけどなぁ。お前も真琴が死にそうなようなことを言ったと思ったんだけど?」
「言っとらんわ。第一、それなら儂の方から奴を引き上げさせとるじゃろ。」
『不本意ながら強制的に』と、ぴろは真顔で断言した。
確かに、真琴の様子を監視するにせよ牽制するにせよ、真琴本人が死んでしまったらぴろの面目は丸潰れだろう。
長老ではないとも言っているし、見殺しにしたことを詰問する上位の狐も存在するのだろう。
「そうかぁ。なら、真琴は何しに来たんだろうなぁ?」
祐一は首を傾げてそう言った。
さっきから首を傾けてばかりいるので少し肩が凝ってきた。
「儂も知らん。突然”行く”と言い出してな。無駄じゃからと放っておいたら予想外に変化に成功してなぁ。まだ一度しか教えていない術じゃから上手く行くはずがないと高をくくっておったのが間違いじゃった。」
ぴろはその時を振り返りながらそう反省した。
祐一は一つ一つ頷きながら話を聞いた。
「それじゃあ、真琴は人間に化けるのが余り上手くないんだな?」
「上手く無いどころか、まだ完全でもないわ。勢いだけで変化したものじゃから、記憶がすっぽり抜け落ちておる。狐に戻る方法すら覚えておるまい。」
そう言いながら腕組みをしたぴろは、『まぁ、儂にはどうでもよいことじゃが』と付け加えた。
祐一は再びぴろを持ち上げて抗議した。
「どうでもいいってことあるか。じゃあ、お前何のためにここに居るんだ?」
祐一の言葉に、今度はぴろが眉根を寄せる。
「おや?お主、判って言っておったんじゃないのか?」
「な、何を?」
ぴろの指摘に祐一はたじろいだ。
これまでにも幾つかはったりをかましている。
ぼろが剥がれるのはまずかった。
「儂が何もしてないから怒っておる、と言うたような気がするのじゃが?」
「あ、ああ。あのことか。詳しくは判らなかったんだが……。」
祐一はどうにかこうにか誤魔化した。
ぴろはなおも首を傾げながら、それでも判りやすく説明をした。
「儂としては、あ奴の修行になるのならどこであろうと変わりないと言う事じゃ。何しろここは運命の歯車の中心、修行の場としても申し分ない。」
「そ、そうか……。」
どうやらぴろは真琴の教育係だったらしい。
あるいは、真琴が変化の講義を受けていたのだろうか?
いずれにせよ、その授業中に抜け出した生徒を追ってきた。
万が一の際はすぐに手助けできるように、庇えるように。
そして変化が破綻しそうなときなどに、さりげなく手助けしてきたのだろう、と祐一は判断した。
真琴の事情が判ってみると、随分話が単純になったように思える。
「……そうか。一回整理するぞ。」
「あん?」
祐一の独り言にぴろが反応するが、ここは無視する。
「数年前までは、お前達妖狐はほとんど不死の存在だった。それが、何かは判らないけれど、大きな変化が急に訪れた。そのせいでそれまでは永久に近かったお前達の寿命に期限が出来た。それをうっかり忘れた美汐の狐は変化に対応できずに死んでしまった。で、その時に、何かを残した、と。」
祐一は一つ一つの出来事を時間通りに並べ直した。
絡み合っていた幾つかの事象がはっきりと区別され、判りやすくなった。
美汐の時と真琴の今は事情が違っている。
それを互いに関係づけたことがそもそもの間違いだった。
「おお。そうだそうだ。嬢ちゃんから預かった黒琥珀。あれがあれば……。」
その時、こんこん、と扉がノックされた。
身体中の体温が引いていく。
二人で盛り上がっていてうっかりしていたが、ここは密室でもなんでもない、普通の家庭の部屋だ。
声が外に漏れていたりしていれば、そしてそれを真琴が立ち聞きでもしていれば、一気に話が判らなくなる。
いや、誰でもまずい。
祐一は念のためぴろをベッドの下に隠し、恐る恐る扉を開けた。
「こんにちわ、相沢さん。お師さんいらっしゃいます?」
現れたのは美汐だった。
ほっとして身体中の力が抜けてしまった祐一の脇をすり抜けて美汐が部屋に身体を滑り込ませた。
「何じゃ、嬢ちゃんか……。」
ベッドの下からぴろが顔を覗かせる。
それを目敏く見つけた美汐はフローリングの床に腰を滑らせるようにして飛びついた。
「良かった。お師さん、私のペンダント、返して下さい。本を返さないといけないのです。」
「あ、ああ。これか?これは、その……。」
ぴろが黒琥珀を取り出すと、美汐は問答無用でそれを奪い取った。
「あ、ありがとうございます。それじゃ、返してきますっ!」
すぐに踵を返して走り出そうとする。
ぴろは大慌てでベッドの下から飛び出した。
「ま、待てっ!」
「はい?」
ぴろの声はどうにかこうにか美汐を引き留めることに成功した。
気が焦っているのか、それでも身体が小刻みに動いている。
「その黒琥珀、真琴のために使わせてくれんか?無論、後日で構わんが。」
ぴろの申し出は美汐にとっては厳しい選択だ。
黒琥珀と呼ばれるこのペンダント抜きには、これまで彼女が行ってきた”良く当たる占い”もできなくなるし、貸本屋にも行けなくなる。
だが、自ら弟子入りを望んだ師匠の、腰を低くした頼みを断るわけにも行かない。
長い沈黙の後、美汐はゆっくりと頷いた。
「……はい。」
「というわけで、今日は新しく本を借りるな。次に力が残せるかどうか判らぬからな。」
「そ、そうですか。仕方ありませんね……。」
美汐の顔には諦めと喜びの混じった複雑な表情がある。
折角手にした力だが、もともと借り物の力だ。
未練もあるにはあるが、それ以上に自分の決断が一匹の妖狐を救える喜びがある。
美汐は真琴の命が危ないと、今でも思っていた。
「いずれまた別の方法で力を授けることも出来よう。次は黒琥珀などに頼らぬ、嬢ちゃん自身の力を、な。」
「ほんとですかっ!?」
美汐の顔が輝いた。
自分の選択が正しかった、その喜びも加わって天にも昇る心地だ。
「儂が、ではないぞ。それに、あ奴もへそ曲がりじゃから了承するか否か判らぬが、頼むだけはする。」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
ぴろの説明は半分以上耳に入っていない。
むしろ傍らで聞いている祐一の方が首を傾げた。
へそ曲がり?
了承?
誰のことだ?
「それには、この未熟者……動かす者と契約する必要があるな……。」
「へ?俺?」
突然話が自分に回ってきて、祐一は気が抜けたような返事しかできなかった。
そんな祐一を頼りなさげに見やりながら、ぴろはゆっくりと頷いた。
「あぁ、お主じゃ。お主が我が主となるのじゃ。」
ぴろの言葉は最後まで祐一には判らないままだった。
<続き>