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| 第15話 すれ違い、行き違い:Cパート | 目次 |
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水瀬家の玄関をくぐるとほとんど同時に、100mを7秒で走る少女が飛んできた。
「祐一君っ!名雪さんっ!待ってたんだよっ!!」
「元気そうだな、あゆ。」
祐一の言葉通り、昨日の半分死んだようなあゆはそこにはいなかった。
生命力に満ちあふれ、元気いっぱいのあゆが戻ってきている。
だが、そのあゆの表情だけが違う。
切羽詰まったような慌てた表情をしていた。
「あ、ありがとう……じゃなくって、まこちゃんが倒れたまま起きてこないんだよっ!」
あゆの言葉が終わらないうちに、祐一は早くも階段を駆け上がっていた。
その後を名雪が、あゆが、次々と追いかける。
「いつからだ?」
「今日の朝…お昼くらいからっ!」
あゆの返事から、今日あゆがいつ頃起きたのか判るがこの際そのことはどうでもいい。
階段を上る短い時間にも筋肉痛の足が痛んでもどかしい。
祐一は身体を真琴の部屋に向けて捻るようにして先を急いだ。
「秋子さんはっ!?」
「えっとっ!」
あゆの返事が返ってくる来る前に真琴の部屋に飛び込む……直前に、扉が開いた。
ぽふっ!
何やら柔らかいものにぶつかった祐一は、その反動で身体ごと真後ろに飛んだ。
後ろを走っていた名雪が祐一の全体重をもろに受け止める形になり、二人折り重なって仰向けに廊下に倒れる。
「……まこちゃんの看病を……。」
あゆの説明はかなり手遅れだった。
「う〜、祐一、重いよ…。」
名雪の苦痛の声が祐一の身体に直接響く。
それほど身体が密着しているということだ。
(…ってことは、この、俺の頭が載ってる柔らかいのは……?)
まずいっ!
祐一は慌てて身体を起こした。
居候の身でその家の娘と身体的接触をしているところを家主に見られる……。
当然、手遅れだった。
「祐一さん、廊下を走ったら危ないですよ。」
家主は胸を押さえて少し苦しそうにそう言った。
(……つまり…さっきぶつかったのも……。)
祐一の背中を冷たい汗が流れる。
相手によってはそのまま家を放り出されても不思議はなかった。
「す、すみませんっ!そ、その……。」
「まこちゃんなら大丈夫よ。あゆちゃんの早とちりみたいだから。」
そう答える秋子の顔にはもういつもの笑顔が戻っている。
どうやら祐一の全速力は大したことがないらしく、痛みよりも驚きの方が大きかったようだ。
秋子の反応を見ながら恐る恐るその隣に座る。
「早とちり?」
「えぇ。最近朝起きてこないと思っていましたら、夜更かししているみたいです。ほら。」
そう言って秋子は真琴の掛け布団を少しめくった。
そこにはどこから持ち出したのか、漫画本が堆く積まれていた。
「あっ…俺のだ…。」
いつの間に持ち込んだのか、真琴の布団の中には祐一の漫画本がほとんど詰め込まれていた。
それらを柱にして布団で天蓋を作り、中でくるりと丸まっている真琴の姿が見える。
「良かったぁ…ボク、てっきりどこか悪いんだとばっかり……。」
「悪いぞ。」
安心するあゆに祐一がきっぱりと告げた。
息を飲むあゆと名雪に向き直り、重々しく宣告をする。
「頭が。」
へなへなと脱力していく二人。
祐一は勝ち誇ったように胸を張った。
その背後では秋子が安心したようにため息をついている。
「……祐一〜、酷いよ〜。わたし、すごく心配したのに…。」
「ゆ、祐一君っ!馬鹿って言ったら自分が馬鹿なんだよ〜っ!」
「ふ〜ん?俺は馬鹿なんて一言も言ってないけどな〜?」
すかさずあゆの揚げ足を取る。
ぎゃんぎゃんと吠えまくる偽姉妹を手玉に取りながら、祐一は何事もなかったように部屋を後にした。
自分の部屋に戻った祐一は素早く扉を閉めてため息をつく。
気がついていた。
部屋の中があれだけ騒がしくなっても真琴が起きてこないことに、気付いていた。
もはや一刻の猶予もならない。
(それにしても、秋子さんも何か気付いているのかな?)
祐一は秋子のため息の意味を考えていた。
真琴の顔色は確かに悪かった。
それでも医者に診せないのは、真琴が他人だからだろうか?
いや、秋子が自分の娘と他人の娘の間に差を付けるとは考えにくい。
やはり、何か考えがあってのことだろう。
(とにかく、取れる手段は全て取った方がいい。)
今できる一番良い手段を求めて、祐一は再び階段を下りた。
「あら?」
美汐は左右を見渡した。
確かこの辺だったはずなのに……?
もともと存在感の薄かった店で見つけられたのが奇跡に近いのだが、今までは確かにこの辺にあった。
「このお店の隣の隣に狭い小路があって……?」
美汐は首を傾げながら何度か往復をした。
だが、店はおろか小路そのものが見当たらない。
もう一度丹念に商店街を歩いてみる。
「夢でも見たのかしら?」
美汐は手に持った鞄を確認した。
そこには確かに借りた本が数冊残されている。
夢ではない。
だが、現実に店はない。
美汐は途方に暮れた。
返却の期限は自分で設定できる。
長めに借りたいときは規定の料金を払うことで一ヶ月でも二ヶ月でも好きなだけ長く借りられる。
その料金も数銭単位の細かさだ。
銭の端数が無くなるように借りるにはどうしても長く借りざるを得ず、もしかしたらそれを狙っているのかもしれなかった。
それにしては安すぎるが。
祐一に頼まれた方は冊数も多く、もともと長めに借りているから問題はない。
だが、美汐は自分用に借りた分は今日までにしていた。
「どうしましょう……。」
美汐は俯いてため息をついた。
期限を越えた分については、追加料金を払う必要があるが、それにしても大したことはない。
美汐が悩んでいるのは、返却の約束を破ってしまうと店主に対して申し訳ないからだ。
金銭の多寡よりも信頼関係の方が大事だ。
美汐は胸の辺りを抑えてもう一度嘆息した。
その拍子に気がついたことがある。
「あっ!思い出しました。」
いつも身につけていた宝珠、あれを師匠に貸してあったのだ。
『お主ではこれ無しで本屋には行けぬじゃろうから、本屋に行く前に取りに来い』と言われていた。
美汐は鞄の口を閉じると、大急ぎで水瀬家に向かった。
ぽ〜ん、と机の上に放り投げると、ぴろはくるりと綺麗に回転して4つ足で着地した。
「へぇ、一応猫らしいな。」
「じゃろ?練習したんじゃ。」
祐一の皮肉にも平然と答える。
小憎らしいほど余裕を持っている。
「おい、ぴろ。いい加減に教えろ。このままじゃいつまで経っても埒が明かない。」
祐一は机の上の口伝の山をぴろに指し示した。
堆く積まれた本がところどころ不安定にはみ出していていつ崩れてきてもおかしくない。
「時間もない。早くしないと真琴が心配だ。」
「まぁ、無いといえば無いし、あるといえばある。」
ぴろは相変わらずのらりくらりと明言を避けた。
だが、今余裕があるのは祐一の方だ。
「おいおい。もしもお前が隠している”世の中の仕組み”って奴が、運命に抗うだとか運命に従うとかだったら、もう調べはついてるんだぞ?」
祐一は注意深く言葉を選びながらぴろに鎌を掛けてみた。
案の定、ぴろは豆鉄砲をくらったような表情をした。
その後で顔が次第に綻んでくる。
「……なんと……。そうかそうか。そこまで読んでおったか。読むのが速いのぉ。」
喜んでいるぴろの目の前に移動する。
慣れない部活で酷使した足が筋肉痛を通り越して肉離れを起こしつつある。
椅子に座れるのは有り難かった。
早速昨日読んだ口伝を引き出してきてぴろに見せた。
「真琴の話ってのは、この話に近いような気がするんだが?」
「いや、待て待て。その前に聞きたいことがあるんじゃ。」
ぴろは祐一が広げた本の上にちょん、と座った。
非常に邪魔だ。
どうしてもぴろの話を聞かざるを得ない。
「何だよ?」
「この口伝を読んでいてどうじゃった?」
ぴろが身を乗り出すようにして鼻を近づけてくる。
鼻が近づくとヒゲも近づいてきてくすぐったいような気がする。
祐一は身体を引きながら答えた。
「どうもこうもない。読んで、読み終わって、それだけだ。」
「不思議だとか笑い話だとか、そういうことは?」
ぴろが更に突っ込んでくる。
そう言われて祐一は首を傾げた。
「不思議…か。そうだな、不思議なことと言えば、今お前に言われるまで不思議と思わなかったことが不思議だ。」
狐が人になったり人が狐になったりして紡がれる話の山。
御伽噺として見るなら珍しくないが、妖狐を目の前にしてなお同じように読めるとは思わなかった。
いや、そればかりか『狐が人になるなら人が狐になってもおかしくないだろう』と何の疑問も湧かなかった。
言われてみれば、妖狐が人に化けたところで狐であることに変わりはなく、まして妖力を持たない人間が狐になるなど『これだから作り話は』と笑い飛ばしてしかるべきだった。
祐一の返答を聞いたぴろは飛び上がって喜んだ。
「さすがじゃ。さすがは動かす者。これなら何の問題もない。」
ぴょんぴょんと跳ねるぴろを空中で捕まえる。
「だからさ。運命を動かすなんて、当たり前の事じゃないのか?」
祐一は真顔でぴろに質問をした。
ぴろの方は不思議そうな顔で首を傾げた。
「ふむ?何故じゃ?何故そう思う?」
「何故って……当たり前だろう?運命って言うのが産まれてすぐに決まっているものなら、誰も努力なんてしないじゃないか。不遇な運命でもそれを努力で切り開いたなんて人はいくらでもいるし……。」
勿論、何かと言えば『運命だから』と言って自分を慰めたりすることもあれば、『運命の出会い』などと言ってその幸運を表現することもある。
だが、基本的にはころころ変わるものが”運命”と認識している。
それを動かしたところで何の特別なことがあろうか?
「ふむふむ。それで判った。お主、全部読んだわけではないのじゃな。」
ぴろは突然笑顔を消して祐一のイカサマを見破った。
そうかと言って不機嫌になったわけでも無さそうだった。
むしろ機嫌は良さそうだ。
それに安心した祐一は正直に打ち明けることにした。
「あ、あぁ…悪い。読むには読んだけど、飛ばし飛ばしなんだ。目に付いたものだけを適当に読んでた。」
一つ一つを丁寧に読んでいてはとても間に合わない。
そう言い訳しようと思ったとき、ぴろは自分から祐一の頭の上に飛び上がった。
「よいよい。それは教えるわけにはいかぬことじゃから、お主なりに読んでみるがよかろう。」
どやされたり罵られたりするかと思っていた祐一は意外に寛容なぴろの言葉に安心した。
安心ついでにそこはかとない不安も口にしてみる。
「そうするよ。俺みたいな奴が世界の運命を動かすなんて、そんな空恐ろしいことが簡単に出来たら堪らないからな。」
がりっ。
祐一がそう言った瞬間に頭に爪を立てられた。
「痛いなぁ。」
「誰が世界を動かすじゃと?」
ぴろは祐一の頭から逆さまに身体を伸ばして顔を近づけてきた。
その顔は少しにやけている。
「え?だって、運命を動かすんだろ?俺?」
「あっはっはっひぃっひっひっっははっっはっっふぅっふっふはっっっはっっっはっっっは。」
途端にぴろは祐一の頭の上から転がり落ちた。
傍から見ていて腹立たしいほど、心の底から腹を抱えて笑っている。
「お、おいおい。違うのか?だって、動かすって……。」
「おっお主が?世界?はっっはっっはっはっっは。」
部屋中を転げ回りながら、時折祐一の顔を見上げては再び狂ったように大笑いする。
悪意でされているとしか思えなかった。
「こら、馬鹿にするのもいい加減にしろ。」
祐一は不満そうにぴろを捕まえると、顔の前まで持ち上げた。
だが、ぴろは祐一の顔を見ると再びくっくっくと笑い出すので余計始末に終えない。
諦めた祐一はぴろをベッドに放り投げて口伝の続きを読んでみることにした。
しばらくして、ようやく笑いの収まったぴろが祐一の背中を登ってきた。
「いやぁ、笑わせてもらった。こんなに笑ったのは久しぶりじゃ。感謝するぞ、動かす者。」
そこでまたひとしきり笑う。
「勘弁してくれよ。こっちは真琴を助けたいだけなのに……。」
「すまんの。助けるも何も、そこは奴が選ぶことじゃ。ここに残るか、里に戻るかすれば良いだけじゃからな。」
ぴろは何の疑問も持たずにそう言った。
祐一は素早くぴろを掬い上げていた。
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