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| 第15話 すれ違い、行き違い:Bパート | 目次 |
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「そうだ。来週舞踏会だよ〜。」
名雪は両手を叩いて微笑んだ。
一年生の栞と今年来たばかりの祐一には”舞踏会”と言われてもぴんとこない。
「楽しいんだよ。クラス代表が誰を選ぶか、っていうイベントがあって、それが凄く盛り上がるんだよ〜。」
名雪は掻い摘んで説明をした。
舞踏会とは毎年この時期に行われるこの学校の伝統行事らしい。
各人が思い思いのドレスを着て、2時間ばかり踊り続ける。
勿論、踊ると言っても所詮は高校生のダンスなので正式なものではないのだが、衣装の方はというといつの頃からか気合いの入ったドレスを纏う者が現れるようになり、町の風物詩の一つにもなっている。
そこで登場するのが代表の存在だ。
各クラスは代表となる男子を一名以上選ぶ。
クラス代表になった男子は最初に踊る相手の女性を指名する権利がある。
勿論意中の女性を選ぶ者が多いが、中には受けを狙って男子を指名したり教師を指名する者もある。
「へぇ。素敵ですねぇ。」
栞はうっとりとした表情で早速名雪に同調した。
祐一の方は自分には関係ない、とばかりに身体の汗を拭った。
「栞、用が済んだら病院に帰れ。」
「うわ、酷いです〜。」
話の腰を折られて、栞は不満そうに頬を膨らませた。
そうは言いながらも、この寒さに上着の上からかけた薄いストール一枚で対抗しようという栞の装備は余りにも無謀だった。
「他に用がないなら帰れって。」
「用はあります〜。」
栞はムキになっているのだろう、祐一の言葉に何でも反発しているようだ。
だが、祐一がその先を促しても、なかなか言葉が出てこない。
「ホラ見ろ、口から出任せ言ったってなぁ……。」
「ゆ、雪だるま作るんです〜っ!」
栞のあからさまに嘘と判る言葉に祐一は覚えず同情してしまった。
余程病院に帰りたくないのだろう。
「……判った判った。仕方ないな、名雪、手伝ってくれ。」
「うん、いいよ。」
名雪は二つ返事で了承する。
こういうところはさすがに母娘だなぁ、と思ってしまう。
それからしばらくの間、三人は黙々と雪球を転がしてだるまの身体と頭を作った。
小さめの球を持ち上げて、二つ重ねのだるまにする。
「顔になるもの探してくるよ。」
「わたしは手を探してきます〜。」
二人が離れていったので、祐一一人が残された。
だるまの傍らに腰を下ろす。
「……何やってんだ、俺。」
「何してんのよ?」
祐一の独り言は返答があったことで独り言ではなくなった。
きょろきょろと周囲を見回す祐一の背後から、再び声がかかる。
「こっちよ、相沢君。」
いつもの冷静な声が降り注いだ。
裏庭には体育館側からも校舎側からも行けるが、3人の作った雪だるまはいつの間にか校舎側に寄っていたらしい。
校舎側の扉から顔を出していたのは香里だった。
「何って、雪だるま作ってたんだよ。」
「はぁ、ご苦労様ね。」
香里は半分呆れたような声を上げた。
祐一も肩をすくめて同調する。
「俺もそう思う。まぁ、作りたいって言うから付き合っただけさ。」
「へぇ、案外優しいところあるのね。」
香里の声は心底驚いた、という感じがしてちょっと面白くない。
祐一は不機嫌そうに首を振った。
「そう言う香里は何してたんだよ?」
「私?私はちょっと用事があったのよ。」
香里は少し首を傾げてからそう答えた。
小さい鞄を持っていることから考えて、北川から何かビデオでも受け取ったのだろう。
それにしては時間がかかり過ぎているが、香里が不機嫌そうなのは案外それが理由なのかもしれない。
「香里、今時間合ったら、雪だるまの仕上げ手伝ってくれよ。」
「仕上げ?あぁ、顔とかつけるの?」
香里は涼しげに髪を掻き上げて一歩外に踏み出し、そしてそこで足を止めた。
顔の表情が見る見るうちに強張っていく。
「悪いけど、私忙しいから帰るわ。」
「そうか?」
祐一が訝しげに首を傾げる、その一瞬の間に、香里は踵を返して校舎の中に戻っていった。
それとほぼ時を同じくして届いた、『あ……』という栞の呟き。
次の瞬間、祐一は後ろも見ずに香里の後を追っていた。
栞の顔を見ることは出来なかった。
辛そうに微笑む顔は、見たくなかった。
「北川さん。どうしてうちの報道は甘いんですか?」
背中に突然そんな声を受けて、北川は面倒臭そうに振り返った。
そこには入社3年目の後輩が恨めしそうな顔で立っていた。
「なんだ?鈴木君よ。この前の説明じゃあ足りなかったのか?」
「当たり前ですよ。」
不満そうな顔で唇を尖らしている男は、さも当然と言わんばかりの顔でそう言った。
数日前、倉田総合病院にあらたの会の患者がいるという疑惑が浮かび上がったとき、彼は真っ先に特集を組むべきだと主張した。それを止めたのが北川だ。
『他社の報道を伝え聞いて追随するのは、スクープなんかじゃないぞ。』
北川はそう言って鈴木の出鼻を挫いておいて、鈴木の主張とは逆に出来るだけ穏便な表現を使うように指示を出した。
その後、他社が倉田病院の動向を争って報道するのを、北川は冷ややかに静観していた。
それが気に食わないらしい。
「北川さん、僕はあなたを見損ないましたよ。」
「あぁん?」
鈴木は汚いものを見るかのような軽蔑の視線を送っていた。
北川の方は、彼が何にそんなに怒っているのか皆目見当がつかない。
「北川さんと倉田って、知り合いらしいじゃないですか?だから庇ってるんでしょう?」
「あ、そのことか?そのことなら……。」
北川はにやっと笑いながら頭を掻いた。
が、鈴木はその態度が更に気に食わなかったらしい。
あるいは、北川が敗北を認めた、と思ったのかも知れない。
「だらしないですね。報道という職に従事するものとも思えませんよ。」
「ん?だから、それはなぁ……。」
言うべきか否か、北川は少しの間逡巡した。
彼の観測では、倉田病院に対する報道はもうほとんど飽和しつつあった。
そろそろ違った切り口を求めた動きが出るはずで、それに合わせて彼の情報をぶつければ完全な勝利になるはずだ。
だが、それをこの若者に…この、無分別そうな若者に伝えて良いものだろうか?
この男、そんな情報を手にしたら、得意満面で他社のスパイに話して聞かせたりするのではないだろうか?
北川の脳内をそんな疑問が駆けめぐった一瞬の間に、鈴木は勝手に自らの勝利を確信していた。
「もういい加減にうちも特集組んでいかないと乗り遅れますよ。昨日だって救急患者を見殺しにしてる……。」
ざきっ!と激しい音がした。
鈴木のスーツから両腕の付け根が剥がれた音だった。
ついでに首も締まっているらしく、鈴木の声は聞こえなかった。
「おい、いい加減にしろよ、坊ちゃんよ。お前は黙って俺の言うことを聞いていれば良いんだよ。」
それだけ言って、北川は鈴木を放り投げた。
けほっけほっと咳き込む鈴木の苦しそうな姿を見下ろす。
恰幅の良い北川の前で、彼と対照的に細身で上背もない鈴木がしゃがみ込んでいると、必要以上に力の差が強調される。
鈴木は先ほどとは打って変わった絶望的な表情で北川を見上げた。
北川はその視線の中で悠然と胸ポケットから財布を取り出していた。
「スーツ代だ。とっとけ。」
ぱらぱらと札を振りかける。
「報道に関わる者として、もうちょっとましな服を仕立てておけ。」
北川は言うだけ言って踵を返した。
それは、件の鈴木社員が辞表を提出して他社に移る、ほんの数時間前の出来事だった。
筋肉痛の足が恨めしいが、この際そんな痛みはどうでも良い。
祐一は痛む足に鞭を打って更に速度を上げた。
「待てっ!待て香里っ!!」
強引に肩を捕まえて停まらせる。
相手は予想通り強情だった。
「痛いじゃないのっ!」
香里はくるりと身体を反転させると、その勢いを殺すことなく肘を正確に祐一の鳩尾に入れた。
くはっと胃の中の空気が飛び出てくる。
しかも、吸い込めない。
祐一はその場に崩れ落ちながら、それでも手だけは香里の身体から離そうとしなかった。
「ちょ、ちょっと、離しなさいよ……。」
香里はうるさそうに祐一を振り払おうとしたが、短いスカートを気にしながらではなかなか上手く行かない。
その間に祐一はどうにか息を整えることに成功した。
「何も、逃げることは、無いだろう?」
祐一はますます強く掴みながらそれを支えにゆっくりと立ち上がった。
香里は無言で目を逸らした。
その行動は一見無意識に見えるが、その実今来た出入り口と逆の方向を向くようにしっかり考えられている。
「……私、忙しいんだけど?」
「雪だるま作りぐらい手伝え。」
全く噛み合わない会話が交錯する。
祐一はため息をついた。
想像以上に、この女は、強情だ。
「あのなぁ。さっきちょっと乗り気だっただろ?雪だるま作るの手伝うくらい、いいじゃないか。」
「急に用事を思い出したのよ。邪魔だから、どいてくれる?」
香里はつっけんどんに答えると、祐一を振り払おうと腕を動かした。
祐一は器用にその手を避けながら香里の進行方向に回り込むと、その顔を覗き込んだ。
今度は香里が祐一の視線を避けようとすると、必然的にその顔が出入り口を見ることになる。
行き場を無くした香里の目線は、くるくると上下に回った。
「い、いい加減にしないと大声を上げるわよ?」
「良いぜ。そしたら俺も”香里が好きだ〜”って叫ぶ。」
祐一は平然とそう言い放った。
そうなれば傍目にはただの痴話喧嘩になり、香里がどれだけ叫ぼうとも、もてる女が絡まれた、と言うどこにでもある話になってしまうだろう。
香里は忌々しそうに舌打ちをした。
「降参よ。なかなかやるわね、相沢君。」
観念したような香里の表情。
それに安心した祐一は優しく香里の方に腕を回した。
逃げられないように、という配慮だった。
瞬間。
ぱっし〜んっ!!
「どこ触ってんのよっ!!」
廊下中に響いた乾いた音と、香里の怒号。
祐一は訳が判らず目を白黒とさせた。
触るもなにも、祐一の腕はまだ肩に触れてもいなかった。
それどころか、香里を怒らせるような行動は欠片もなかったはずだ。
したたかに張られた頬を抑えてしりもちをついている祐一に、香里はにこっと微笑んだ。
「良いヒント、ありがとう。相沢君。」
微笑みながら胸を張った拍子にスカートの中の優等生らしい白いものが目に入ったが、今の祐一にはそれを鑑賞する余裕もない。
自分の身に降りかかった突然の出来事の処理に手一杯だ。
「それじゃ、ごきげんよう。相沢君。また来週。」
香里はそう言い残して悠然と去っていく。
慌てて追いかけようとして、祐一はようやく香里にしてやられたことに気がついた。
祐一が香里に仕掛けたのと同様に、祐一は香里の策に嵌ったのだ。
今香里を追いかければ、”振られたけれどもみっともなく追いかける男”の図が出来上がる。
その評判を甘んじて受けたとして、今度香里を引き留める姿を見かける人があれば、”しつこい男にべたべたと触られて困っている香里”が浮き上がり、他の第三者が介入しやすい状況が出来上がる。
介入してくる第三者が祐一の味方に付くことは万に一つもないだろう。
祐一を絶対悪として取り扱うことは火を見るよりも明らか。
そうなってしまっては、祐一が何を主張しても”苦しい言い逃れ”に過ぎなくなる。
結果論ではあるが、祐一が脅しとして使った方法を、脅しというワンクッションを置かず即座に実力行使に出た香里の方が一枚上手だったということになる。
違う言い方をすれば、祐一に先に動かせた香里の方が勝負強かった、というわけだ。
「女狐め……。」
祐一は歯噛みして悔しがったが、後の祭りだ。
とぼとぼと戻ってきた祐一の目に、落ち葉や石で飾られた雪だるまが飛び込んできた。
「祐一さん、出来ましたよ〜。」
「頑張ったんだぉ。」
栞が名雪と一緒になって嬉しそうにはしゃいでいる姿を見ると、妙に泣けてきて仕方がない。
祐一は涙を見せまいと、必要以上に力を込めて腕組みをした。
「う〜ん、まだまだだな。」
「そうですね〜。まだ小さいです。」
栞は指をくわえて考えるような表情をした。
雪だるまは栞の腰にも満たないほどだった。
「よし、次はもっと大きいのを作るぞ。」
「今からですか?」
栞が首を傾げて尋ねた。
名雪も同じ向きに首を傾げている。
ただそれだけのことが、今の祐一にはとても嬉しかった。
「栞が風邪を治して退院したら、だ。」
「そうだね。」
祐一の提案に、名雪は微笑みながら答えた。
「……そうですね。」
栞の返事は、静かでゆっくりだった。
<続き>