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| 第14話 絆:Dパート | 目次 |
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ファーストフード店の外に出るとやはり寒い。
祐一はぶるっと一つ身体を振るわせてから外に出た。
「よし。じゃあまず、今日あゆが歩いたルートを逆に辿るんだ。」
「どうして?」
あゆは目を丸くして祐一を見上げた。
聞かれた祐一の方がもっと驚く。
「あゆが通った道に落ちてて当然だろ?」
「今日通った道?」
「勿論だ。」
午前中、祐一が口伝を読んでいたときにでも外出していたのだろう。
今日は半日ずっとあの本の山と格闘していたので階下の様子が判らなかったのだ。
「…でも、落としたの今日じゃないよ。」
「帰るぞ、あゆ。」
くるっと踵を返して家路につく。
あゆは羽をぱたつかせて祐一の袖を引っ張った。
「うぐぅ、待ってよっ!」
「どうして、落としたときに探さなかったんだ!」
「…そんなこと言われても……。」
祐一に怒鳴られたあゆは困ったように口を手で隠した。
大きめの手袋が可愛い。
秋子からもらった毛糸の帽子と相俟って、見かけの年齢を一層引き下げていた。
「……まぁ、落とした時って言うのはそういうもんだとは思うけど…。」
祐一がぶつぶつそう言うと、あゆもおずおずと頷いた。
落としたときに探せるものなら、落とし物の数は相当減るだろう。
これで捜し物の特徴が一つ判った。
小さい物に違いない。
落としてすぐに判るほど大きいものならさすがに気付くだろう。
それでよしとしよう。
「じゃあ、いつ無くしたんだ?」
「ボクにも分からないよ…さっき、急に思い出したんだから…。」
あゆが首を振りながら答える。
忘れていた物を思い出すときはそんなものだろう。
だが、それは捜し物をするときには真に厄介だ。
祐一は深くため息をついた。
白く煙った空気が冬の風に吹き流されていく。
「とにかく、じっとしてても見つからないだろ?」
ただ一つのことだけははっきりしていた。
この場所にいても寒いだけだ。
「…う、うん。」
「だったら、とにかくあゆがよく出入りしてる場所を虱潰しに歩いていくしかないな。」
「しらみ?つぶし??」
首を折れそうなほどに傾げて、あゆが困っている。
祐一はもう一度深くため息をついた。
「……徹底的に、だ。」
「うん、判ったよ。」
「…あゆ、今度から国語の授業にも出ておいた方が良いと思うぞ…。」
「うぐぅ…ごめんね、祐一君。」
祐一に謝っても仕方ないのだが、あゆが謝る相手は今のところ一人だった。
あゆの髪をくしゃくしゃ、と撫でてやって歩き出すように促す。
「ここから一番近いあゆがよく行く場所ってどこだ?」
「えっと…そこの角の甘い物屋さん。」
あゆの言葉に従って歩き出そうとすると、あゆが祐一を引っ張って止めた。
「ちょっと待って。スコップとか用意しなくていいかな?」
そう言われて反射的に空を見上げた。
確かに昨日は雪だった。
その前にも何度か雪が降っている。
「……なるほどな。じゃあとりあえず落とし物を探しながら、最初に見つけた雑貨屋で小さいスコップと軍手を買おうか。」
「うんっ。」
自分の提案が認められて嬉しいのか、あゆは元気に頷いた。
とはいえ。
「まぁ、スコップで掘らないといけないくらいの雪の下だったら、まず見つからないけどな……。」
「うぐぅ……。」
嬉しそうな顔から一気に悲しそうな顔に急変する。
落ち着いて見るとやはりどことなく顔色が悪い。
「あゆ、体調悪くないか?」
「悪くないよ。」
ふるふる、と首を振る。
それに合わせて、背中の羽が力無く震えた。
やはり、普通では無さそうだ。
「そうか……気分が悪くなったらすぐに言えよ。」
「うん、ありがと。」
「それじゃ、移動するぞ。」
「う、うんっ。」
二人は冬の空の下、あてのない探索の旅に出発した。
「……と、いうわけなんだが、心当たりはないか?」
「ありますわ。」
予想はしていたが余りの即答に聞いたこちらが面食らってしまった。
電話の向こうで涼しい顔をしている、その表情までが目に浮かぶ。
「対処法は判るのか?」
「あの話を決着させればいいことですわ。幸い、書類は揃っていますから後は役場に行けば万事解決です。」
手術に失敗したことを報告したのに、心なしかいつもよりも元気に感じる。
それに、その話を決着させるとすると更に話は複雑になる。
彼女は承諾してくれるのだろうか?
倉田は少し考えに耽った。
「……あら?どうなさいました?」
「いや、元々の話が余計に混乱するんじゃないかと……。」
「それは娘さんとよく話して下さいな。」
電話の向こうからでも、こうもきっぱりと宣言されると自分が優柔不断に思えて仕方がない。
慎重になっているだけのはずなんだが……。
「それに、今は何かと騒がれているから……。」
「持ちこたえて下さいね。」
彼女は以前と同じ言葉だけを繰り返した。
だが、そう言われただけでも気が楽になる。
四面楚歌の状況だと思いこんでいたが、そうではないとはっきり判らされる。
「…判った。試験から戻ってきたら話す。」
「判りました。こちらの準備はいつでも……。」
電話は切れた。
手術の失敗は気にならなくなった。
だが、患者の容態は依然として予断を許さなかった。
それどころか、手術を施したことによって患者の体力を消耗したため、状況はむしろ悪化していると言えた。
それでも、倉田の表情は明るかった。
「どうだ? ありそうか?」
「うーん…。ない…と思う……。」
もう随分暗くなってきている。
今日の所は引き上げた方が良いかも知れない。
祐一は今日の探索を切り上げるべく口を開いた。
「それで、目的の物は見つかりそうか?」
「……。」
あゆは力無く首を横に振った。
早足で歩いたので、短い時間でも既に足が棒になりそうだった。
だが、あゆの記憶は目的のものに全くかすりもしていない。
徒労感が津波のように押し寄せていた。
「……でもね、きっと見つかるよ。だって、思い出すことができたんだから。」
押し流されそうになる大波の中で、精一杯足を踏ん張っている。
そんなあゆが戻ってきた。
「…そうだな。諦めない限り、見つかるよな。」
「うんっ!今までは思い出すこともなかったんだから、それだけでも、大きな進歩だよっ。」
無理に笑っているような笑顔だった。
だが、それでも元気づけられている自分がいる。
「そうだな…そういうことで、今日の所は……。」
「…あっ!」
祐一が捜索を切り上げようとした瞬間、あゆは大きく目を開いて指差した。
「あったのか?」
祐一は勢い込んであゆのが指し示した方を振り返った。
「違うよ。雑貨屋さん……。」
「……あ、そうか…。」
すっかり忘れていたが、スコップを買う予定だった。
あゆが見つけた店は雑貨屋と言うよりは所謂100円ショップだったが、目的を達成するためには充分だろう。
「よし、じゃあ、入るか。」
祐一がそう声をかけたときにはあゆは既に店内に駆け込んでいた。
明るく照らされた店内は既に暮れかけた街並みから見るとまるで別世界だ。
もともとこの種の店は様々な物が所狭しと並べられ、しかもその全てが均一の料金、という一種のワンダーランドであり、特に用事が無くとも見ているだけで楽しい。
祐一もあゆの後を追おうとしたとき、その背中に「祐一さん。」という声がかけられた。
「え?あ、秋子さん……。」
「こんばんわ。お買い物ですか?」
そこにはいつものようににこにこと微笑んでいる秋子がいた。
その手に夕飯の食材が詰め込まれた買い物袋を見つけた祐一は、挨拶もそこそこに手を差し出していた。
「持ちますよ。重いでしょう?」
「いえ。あぁ…でも、助かります。お米も買おうと思っていましたから……。」
秋子はにこにこした表情を崩さずに、祐一にお礼を言いながら買い物袋を手渡した。
ジャガイモやニンジンなどの根菜類が多く入っていて、見た目よりもずっしりと重い。
「お米……って、先週買い足しませんでした?」
祐一は驚きの度合いを強めながら尋ねた。
いくらなんでも、消費の速度が速すぎる。
「ええ。」
だが、秋子は涼しい顔で頷いた。
これではあゆでなくても不安になるだろう。
「…秋子さん……その、居候させてもらっていてなんですが…いえ、居候しているからこそ、なんですけど……。その、食費とかって、大変じゃないですか?」
横目で店の中を窺いながら聞いてみた。
あゆの姿は見えない。
「いえ?特には。」
秋子は不思議そうに首を傾げた。
だが、二人だったものが五人になっているのだ。
単純に2.5倍とは言わないまでも、相当負担になっていることは容易に想像がつく。
「その……俺、アルバイトとかしましょうか?」
「とんでもない。そんなことさせたら私がお姉さまに怒られてしまいます。」
初めて、秋子は困ったような顔をした。
衣食住全ての面倒が増えることよりも、姉に怒られることの方が恐ろしいのだろうか?
いや、それではあゆと真琴の説明がつかない。
「なんだか悪いような気がするんですが……。」
「そんなことありませんよ。迷惑だと思っていたら、最初から居候なんて引き受けませんから。」
秋子は再び笑顔に戻った。
その顔を見ていると、それ以上の申し出はかえって失礼に当たるような気がして、祐一はひとまず引き下がることにした。
「そうそう、そんなことよりも、祐一さん。今晩はカレーにしようと思うんですが、祐一さん、辛いのは大丈夫でしたか?」
にこにことしながらそう話しかける秋子は、心の底から楽しそうにしているように見える。
「えぇ。俺は大丈夫ですけど……あゆとか真琴は甘口が良いんじゃないかと思うんですが…。」
「そう言われてみればそうですね。そうします。」
助かりました、と嬉しそうに礼を言う。
祐一は心の深いところから、自然に秋子に感謝していた。
「あの、秋子さん。いつもありがとうございます。」
祐一は深々と頭を下げた。
秋子は目をぱちくりとさせて驚いていたが、すぐにまた笑顔に戻った。
「いいえ、こちらこそ。祐一さんが来てからというもの、毎日とても楽しいですわ。あゆちゃんやまこちゃんにも、こちらからお礼を言いたいくらいです。」
秋子は手を頬に当てて、消えてしまったのではないかと思えるほどに目を細めた。
その顔は確かに幸せそうで、そのまま絵にして飾っておきたいくらいだった。
「あの、秋子さん。だったらそれ、あゆの奴にも言って下さい。あいつ、相当気にしているみたいですから……。」
祐一は言いながら横目で店内を確認して、思わず息を飲んだ。
さっきは気がつかなかった、出入り口のすぐ傍の壁によりかかっている、小さな白い羽……。
あゆの動悸を示しているかのように、細かく震えているその羽は、とても心細げだった。
「え?あゆちゃん、何を気にしているのかしら?」
秋子の返事は、まるで別の世界のことを話しているように思える。
「え、え〜っと、だから、俺は一応血縁だし、真琴は迷子じゃないですか。あゆはほら、他の家の子なのに居座っているって思ってるんじゃないかな〜って思うんですよ。」
祐一はできるだけ当たり障り無いように、それでいてあゆの気持ちを代弁するように、工夫を凝らそうとした。
だが、出てきた言葉はほとんどストレートな表現でしかなかった。
あゆの羽は遠目にも明らかに判るほど、急速に力を失っていった。
「いいえ。あゆちゃんは”月宮あゆ”ちゃんでしょう?だったら、何の問題もないですよ。」
秋子の言葉は、とても不思議だった。
初めてあゆと一緒に秋子に会ったときにも感じた不思議な違和感が蘇ってくる。
「問題ないって……どういうことですか?」
状況の判らない祐一は、首を傾げながら尋ねた。
あゆの羽も静かに状況を見守っているようだ。
「だって……。」
秋子の次の言葉は、祐一の想像が決して及ばないものだった。
いや、恐らく誰もが想像できない。
それだけに、祐一は本当にそれを秋子が言ったのかどうか、かなり真剣に自分の記憶を洗い直さなければならなかった。
「だって、月宮あゆちゃんは、私が確かにお腹を痛めた子供ですから。」
秋子の表情は今まで以上に幸せそうだった。
<続き>