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| 第14話 絆:Cパート | 目次 |
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手術台に載せた患者の身体はまだ小さかった。
年齢相応に大きくなれないのは、事故で刺さった木の破片が成長を妨げているから、と解釈されていたが、破片は細かいものが多く高度な手術を必要とした。
が、逆に木の破片が都合良くバイパス代わりになったおかげで奇跡的に致命傷を免れた面もあり、それが故に今の今まで生きている。
しかし、最近になって患者自身の生命力が急激に低下している現象が見られていた。
長い時間が経って木片が劣化しているというのが、原因として一番可能性が高かった。
患者の病状に大きな変化が見られず、肉体的な成長も見られていない以上、経年変化するのは木片くらいしか考えられないのだ。
これ以上患者の自律的な回復力に期待できないとすれば、手術によって破片を取り除く以外に方法はない。
幸い、事故当時よりも発達した手術機材によって、失敗する可能性は万に一つもなかったし、人工的に血管を繋ぐ技術も進んでいるので木片のバイパスに頼らなくても大丈夫だ。
それでいて手術を行えなかったのは、患者自身が意思確認を出来ない状態にあるという理由に他ならない。
親族からの連絡は無かったが、倉田は信頼できる人物から”倉田が決心したときに施術してよい”というお墨付きを得ていた。
それがたまたま今日だっただけだ。
倉田はスコープを覗き込みながら慎重に目盛りを操作した。
患者の身体を包み込むような巨大な装置の中で、極微のメスが動いている様子がスコープの中に映し出されている。
倉田は神経組織を傷つけないように慎重に慎重を重ねながら、木片を一つ一つ破砕しては人工血管と交換した。
その度に葛藤に襲われる。
このまま全ての木片を取り除いても良いのだろうか?
一つの懸念はあった。
成長が始まれば当然今取り付けた人工血管のサイズが合わなくなる。
それまでに新しいバイパスを自力で作ってくれればいいが、そうでなければその都度手術を行うことになる。
体力の低下が始まっているこの患者が、そんな手術に何度も耐えられるだろうか?
(一番は川澄君が治してくれるのがいいんだがな……。)
ついそんな弱気の虫が顔を出す。
いかんな、と反省の意味を込めて、首を振る。
それでは北川の元の上司が歩んだのと同じ道を辿ることになる。
”抗う者の力はいつも同じように発揮されるわけではない”のだから、”今日は駄目でした”などという言い訳が通用しない医療の分野に持ち込むわけにはいかなかった。
仮にいつなら上手く行くのかが判っているなら、これはもう充分に活用する価値があるが、原理も判っていない、得体の知れない物を持ち込んで万が一にも失敗があった場合、責任を追及されることは疑いない。
それに時期が悪い。
”抗う者”の名前を悪用しているかつての能力者、沢渡真琴が代表を務める”あらたの会”の会員を患者として不正に受け入れているのではないか、と疑いをかけられている真っ最中だ。
そこでまさに当事者である”現在の抗う者”、川澄舞を頼ろうものなら、ことは倉田一人に限らず、舞にも迷惑がかかることは必定だ。
その意味でも決して吐いてはならない弱音であった。
(北川の調査が上手く行っていれば良かったのだが……。)
それでもつい恨み言を言いたくなる。
勤務医をしていた当時、ちょっとした怪我はおろか命に関わるような怪我まで、頼られるのは川澄麗であって倉田ではなかった。
麗の力が弱まって初めてこの辺りに病院が出来る環境が整ったと言っていい。
その弱まった現場に居合わせたのは幸運だった。
周囲の反対を押し切ってまでこの病院いらずの場所に病院を設立したのは、この先必ず患者が増える、という確信があったからだ。
だがその際、設立のチャンスを逃さないために急がなければならなかったので、やむなく主義主張を曲げて親類から援助を受けた。
その甲斐あって、晴れて倉田総合病院と久瀬総合病院は相次いで設立された。
だが、代償は大きかった。
経緯はどうあれ、結果的に親類の援助を受けたため、”メンツのために見捨てた”という佐祐理の誤解は更に深まり、逆に親類からの依頼は断れなくなった。
その多くは資金洗浄。
倉田病院には倉田代議士が集めた表沙汰に出来ない政治資金が”寄付”として倉田病院に振り込まれる。
その大部分は代議士側に裏金として環流されるが、そこは”入院患者に程度の良い治療を施した”として処理すると表面に現れない。
また、取材から逃れるために”入院”をする”政治患者”も受け入れている。
親類に政治家がいる分だけ倉田総合病院には足を運びやすい、という人は倉田に、その逆にそれを目立たせたくない人の受け皿は久瀬総合病院、という具合だ。
こうして得た差額を、倉田は治療費を払えない患者の治療費や高度な医療機器、専従スタッフを揃えるために、久瀬は自分の趣味のために使っている、という違いでしかない。
久瀬が以前に指摘した通り、倉田が表面で行っていることは久瀬に比べれば医者の鑑とも思える理想的なことだが、裏で行っている手段が同じである以上、尊敬されていいものではなかった。
久瀬の言う通り、医師の理想を体現している倉田の手法は、それをやりたくてもやれない一般の医師の相当な反感を買っていたのだろう。思い余って誰かが根も葉もない憶測を漏らしたのが原因とはいえ、遠因は倉田自身にある。
今回のことは甘んじて受け入れよう。
幸い、久瀬は地元の医師には顔が利くから、そのうちなんとか取りなしてくれるだろう。
倉田は手術に戻った。
(…?…おかしいな?)
倉田は目をごしごしと擦ってもう一度レンズを覗き込んだ。
そこには取り除いたはずの木片が映っていた。
確認のために取り出した木片が乗っているシャーレを見てみても、確かに木片は取り除かれたはずだ。
だが、画面の中には神経組織にまとわりつくように絡んでいる木片の影がある。
(何だこれは?)
何かおかしい、と判ると倉田の決断は早かった。
即座に手術を中止して再チェックに入る。
念のため、と思って調べたことが幸い、バイパスに用いた人工血管は全て血管から弾き出されていた。
このままでは異物として処理されるので縫合前に抜き取っておく。
「倉田先生、急患なんですが……。」
手術室隣の控え室に安藤が血相を変えて飛び込んできた。
一旦縫合作業を中断してマイクを繋ぐ。
「なんだ?三上君が待機しているだろう?」
「いえ、緊急車両の入り口を取材の車両が塞いでいるんです…。」
安藤の表情から察するに、患者は急を要するらしい。
今から避けてもらっていては間に合わないし、どさくさに紛れて取材しようとする人間が集まってくれば混乱は深まるばかりだ。
「仕方ない。久瀬の所に連絡して、そっちに回すように言ってくれ。大至急だ!」
安藤は頷くとすぐに走り去った。
(…こういうときに頼りたくなるのは、やはり腐れ縁なんだろうな……。)
倉田は苦笑しながら縫合を再開した。
手術が上手く行かなかったときの縫合は、いつになっても嫌なものだった。
「……判った。その話はまた今度にしよう。」
祐一は諦めて話しかけた。
黙ったまま俯いているあゆの顔色がどんどん悪くなっているような気がしたからだ。
「え?」
あゆは困ったように首を傾げた。
その”今度”が無いかもしれないからこそ悩んでいるのだ。
「だってなぁ…。あゆ、家に帰るってこと、秋子さんに話したのか?」
祐一は確信した上でそう聞いた。
返事は案の定。
あゆは力無く目を閉じ、ゆっくりと首を横に振った。
「だろ?何も言わずにいなくなるのも、充分失礼だと思うぞ。」
「……だけど…。」
「今まで世話になって、ありがとうございました、の一言も無しか?」
「………でも……。」
「せめて、お世話になりました、とかなんとかさ、あるだろ?一週間もいたんだから…。」
「……うぐぅ……そう、だよね……。」
「そうじゃなかったら、例えば俺の召使いとして生きるとか一生服従を誓うとか、さ。」
「うぐぅっ!!絶対違うよっ!!」
そう言って上げられたあゆの顔は既に”ぷんぷん”と音を立てていた。
どうやら元気になってくれたようだった。
「まぁ、それは冗談としても、だ。極端な話、昨日まで良かったんだから今日からは駄目ってことはないだろ。」
祐一は冷えたフレンチフライを口に押し込んでそう結論づけた。
「だ、だけど……。」
「とりあえずさ。あゆの探し物とやらを探そう。大事な物なんだろ?」
なおも引きずろうとするあゆの機先を制して、今日の外出の本来の目的に戻る。
あゆも辛いだろうが、今日の所は水瀬家に戻ってもらうのが一番だ。
「うぐぅ…そうだけど…。」
あゆもしぶしぶ頷いて、残っていたアップルパイを囓った。
すっかり温くなったミルクティーを両手に持って、考え込むようにして飲んでいる姿が可愛らしい。
「で、一体何を無くしたんだ?財布か?」
ミルクティーを持ったまま、首を横に振る。
ほつれ毛が顔にかかって一瞬だけ同年代の女性を感じさせ、祐一は思わず目を逸らした。
「大切な物…すっごく大切な物…だよ。」
光の加減か、それとも、声の調子がそう感じさせるのか、今のあゆを見たら誰もが確かに17歳だと感じるだろう。
それほど大人びた表情としっとりとした声をしていた。
「大切な物…?」
祐一は見てはいけないものを見ているかのように緊張しながら尋ねた。
可愛いあゆは消え、綺麗なあゆがそこにいた。
髪が腰まで伸びて見えるのは気のせいだろうか?
「うん。ボクが落としたのは……あれ?」
あゆが困ったように首を傾げた。
その拍子に瞬きをした祐一は、そこにいつものあゆを見つけた。
む〜っ、と悩んでいる表情は”今日の夕飯をハンバーグにするかカレーにするか”聞かれて悩んでいる子供のそれに似ている。
やはり、幻を見たに違いない。
「思い出せない…。」
あゆは不安げに顔を上げた。
何かにすがるように祐一を見つめる。
「ただのど忘れじゃないのか?」
祐一は確認するように、出来るだけ優しくそう言った。
ど忘れでないとすると、あゆの気持ちはよく判る。
少しずつ思い出しつつあるが、祐一もまだ昔のことを完全に思い出したわけではないのだ。
それに、口伝を読んでいたりして昔のことを考えると気分が悪くなることがある。
学校や佐祐理と一緒にいた病院で倒れたときのことを考えるにつけ、自分が昔ここにいた頃のことを思い出そうとして気分が悪くなったというのが正解のようだ。
佐祐理が過去を告白したときに語ったことが当たっているとすると、祐一にも思い出したくない過去があるのかも知れない。
「どうしたんだろ…何を落としたのか思い出せないよ…。」
あゆは戸惑ったような表情でふらふらと頭を振った。
「大切な物なのに……大切な物だったはずなのに……早く見つけないとダメなのに…思い出せないよ…。」
「まぁ、落ち着け。まずはそれを飲んでしまえ。」
あゆは急に気がついた自分自身の心の空白に戸惑っているようだった。
祐一は泣きそうになっているあゆの肩を少し揺すり、安心させるようにぽんぽん、と頭を撫でてやった。
ようやく少し落ち着いたあゆは、残っていたミルクティーをゆっくり飲み干した。
カップをテーブルに置いて、おもむろに顔を上げる。
「…ボク、探してみる。」
目には決意が隠っている。
どうやら完全に元気を取り戻したようだ。
「探すって言ったって、何を探すのかも分からないんだろ?」
「うぐぅ…それはそうなんだけど……。でも、見たら思い出すもん!」
あゆは店中に響くような声でそう言った。
不思議と恥ずかしくはなかった。
前向きなあゆが戻ってきてくれた嬉しさの方が大きかったからだろう。
「なるほど。確かに、その可能性はあるだろうな。」
そのものずばり、とは行かないまでも、似たようなものを見かけて思い出す、というのは良く聞く話だ。
「だから、ボク、探してみるよ。」
「分かった、俺も探すの手伝ってやる。」
祐一は氷の溶けた水が混じってすっかり味が薄れた炭酸飲料を口の中に流し込んだ。
「え? 本当にいいの?」
「ああ。もしかしたら、あゆの家の鍵かも知れないだろ?」
「うぐぅっ!ボク、そこまで間抜けじゃないもんっ!」
ぴょんぴょん、と跳ねるあゆの分のゴミまで持ってゴミ箱に入れる。
背中の羽が元気にぱたぱたと動いていて、本当に空でも飛んでしまいそうだった。
<続き>