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| 第14話 絆:Bパート | 目次 |
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たっぷり着込んだつもりだが外はやはり北国の冬だった。
「…寒いなぁ…。」
祐一は震えながらコートのボタンをしっかりとはめ直した。
名雪やあゆが言っていた通り、日に日に寒くなっていくような気がする。
「そうかな?ボクはそうでもないよ?」
あゆははぁっと息を吐いて『ほらね』と言った。
白い空気の濃度が薄い。
確かにそうなのかもしれない。
「それにしちゃ寒い……。」
ここのところ毎日極端に寒いような気がする。
祐一は不思議そうに首を傾げた。
「祐一君の部屋が暖か過ぎるんだよ。」
祐一の疑問にあゆが的確な答えを出した。
確かに、祐一は部屋に置いてある暖房を”これでもか”というほど酷使している。
その甲斐あって部屋の中では薄着でいられるのだが、その分外に出たときのギャップが激しい。
快適に過ごすためには部屋の温度を上げすぎても良くないようだ。
「判った。今度試してみる。」
祐一はあゆよりも白い息を吐き出しながらそう答えた。
人が少なくなった繁華街を歩く。
妙だ。
一体何をしに来たんだっけ?
「あゆ……。」「祐一君、あのね……。」
二人同時に口を開き、そして止まった。
あゆは黙ってしまったが、祐一には意味のある行動になった。
妙だと感じた理由がはっきりしたからだ。
いつも元気なあゆの口数が少ない。
あゆと二人で街に出て、こんなに静かに歩けるはずがない。
「…祐一君、先良いよ。」
儚く微笑みながら、蚊の鳴くような声を絞り出す。
こんな元気のないあゆはあゆじゃない。
「あゆ、元気ないな?どうしたんだ?」
「え?そ、そんなことないよ。ボク、元気だよ!」
急に元気な笑顔を広げる、その不自然さにも気がつかないほど、あゆは何事かを思い詰めているようだ。
祐一は辺りを見回して、長居できそうな場所を探した。
折良くファーストフード店がある。
「そうか。じゃあ、そこの店に入って何か食べるか。」
「祐一君の奢り?」
最初に聞く言葉がそれか?と苦笑いしながら、安心させるように頷く。
あゆは嬉しそうに万歳をして、祐一の先に立って店に入った。
その仕草まで……。
どこか無理をしているように見えるのに気がついていないのは、あゆ本人だけだった。
試験場の下見を終えてホテルに戻ってくると、日はもう随分傾いていた。
一休みをするには良いタイミングかもしれない。
「舞、おやつにする?」
「まだいい。」
舞は佐祐理の誘いに顔も上げずに答えた。
ということは、相当集中していると言うことだ。
悩んでいた問題の解法を思いついたのか、下見の帰り道からこっちずっと何事か書き込んでいる。
そんな舞を引きずって部屋に戻るのは、ちょっとした一苦労だった。
彼女の集中力は凄まじいものがあり、一つのことに集中している間は他のことを考えることが出来ない。
そう言う意味では、返事が返ってきただけまし、と言えた。
ここは素直に引き下がった方がいい。
それに、返事が返ってきたと言うことは問題の解決も近いと言うことを意味している。
そんなに長く待つこともないだろう。
そうかと言って一緒になって何か勉強を始めたら、今度は佐祐理の方できりが悪くなるかも知れない。
佐祐理は気を紛らすためにテレビのスイッチを入れて、すぐに音声を下げた。
この程度なら舞の邪魔にはならないと思う。
「では、現場のレポーターに映像を切り替えます。現場の○△さ〜ん。」
ちょうど画面が切り替わったため、一瞬何処の映像なのか判らなかった。
が、見慣れた入り口が大写しになる頃には、それが倉田総合病院に関する話だと判ってしまった。
即座にチャンネルを切り替えようとして、画面の左上の”LIVE”の文字に気がついた。
どうやら生中継らしい。
そうだと判ると逆に、今父がどのような状況に置かれているのか気になった。
「…という疑いが持たれています…。あ、今関係者と思われる人物が出てきました。」
…レポーターはわざとらしく大げさな表現を使ったが、何のことはない、ただの看護婦だ。
『病院関係者』には違いないが、今の話題の流れから”関係者”と言って想像されるそれとは明らかに違う。
あざとい表現だ。
レポーターやカメラが看護婦に近寄っていく。
当然看護婦は顔を隠して逃げ去ると予想されたし、そうなるだろうと見越してカメラもレポーターもゆっくりと追い込んでいっている。
「逃げないで下さい!」などと言うくらいなら単純に急げばよいものを、カメラを振り向きながら走っていることからもそれが判るし、第一看護婦はゴミを出しに来ただけで会見に出てきたわけではない。
だが、そういう声をかけることによって、視聴者に自分たちが核心に迫っていることをアピールすることは出来る。
そして、もしも看護婦が立ち止まらずに仕事に戻ってしまったとしても、「関係者は口を閉ざして取材から逃げています」などと勝手にコメントすればいい。
そうすればマスコミは正義、取材拒否は悪、という図式が出来上がる。
冷静に見ればこんなにも簡単なからくりに、どうして今まで気がつかなかったのか……。
(当事者になってみないと判らないことね…。)
佐祐理はしみじみとそう思った。
自分で調べることを怖がり、似たような立場にある久瀬の言葉を鵜呑みにしたために、長い間父を憎み、自分を卑下して苦しんでいた。
今大事なことは、立ち向かうことなのだろうが、現実的には難しい。
何しろ、レポーターの方は取材の時間を選べる。
病院としては忙しい時間帯に、テレビ放送の都合に合わせて取材申し込みをする。
断れば”取材拒否”と報道できる。
もっと上手いやり方は、素人目には関係者に見えるけれども、実際の所は経営については何も判らない、例えば看護婦などをめがけて取材することだ。
逃げれば上々、しどろもどろならなお良い。
要は目的とする絵が撮れれば取材は大成功なのだ。
「おやつ。」
突然、佐祐理の耳に別の世界が飛び込んできた。
佐祐理はちょっと戸惑った後、部屋の中の世界に戻った方がいい、と判断を下した。
「うん。すぐにお湯沸かすわね。」
「お茶が良い。」
「あはは〜、判りました〜……。」
明るく笑ったその同じ時、横目で覗いたテレビの画面には、看護婦が粛々と仕事に戻っていく様子が映されていた。
(お気の毒に…。)
佐祐理は自然にそう思った。
看護婦が消えた裏口では、レポーターが勝ち誇ったように”あと一歩のところで逃げられてしまいました”などとしゃあしゃあと宣っていた。
「たい焼き無かったね。」
「そりゃそうだ。」
祐一は苦笑混じりに返事を返した。
まぁ、そうは言ってもたい焼きを置いてあるファーストフード店があったら案外流行るかも知れないな、などと思いながら、フレンチフライで乾いた喉を炭酸飲料で潤す。
「ボクが頼んだのが来る前に食べ終わっちゃうかな…?」
「いや、ほら、もう来たぞ。」
餡の入ったメニューが見つからなかったので、あゆにはアップルパイとミルクティーで我慢してもらっていたのだが、折悪しく注文が幾つか重なっていたらしい。
この店はファーストフードなのだが、注文されてからものを作り始めるため、いつも出来たてのメニューが届けられるのが魅力だ。
それも一長一短で、今日のように注文が幾つか重なるとお世辞にも”ファースト”とは呼べなくなる。
とはいうものの、それに対して文句を言う客がいないのは、偏に味の質のなせる業だ。
それともう一つ、出来上がり予定よりも5分以上長く待たせると、ミニポテトフライなどのおまけがついてくる。
丁寧な謝罪に加えてそこまでされて、なお怒るというのは狭量というものだろう。
勿論あゆが怒るはずもなく、ようやく届いたアップルパイに早速かぶりついたが、自他共に認める猫舌のあゆには、出来たてのパイは凶器に近かった。
「わっ、熱いよ…。」
「気をつけろ。焼きたてだからな。」
祐一は自分の炭酸飲料をあゆに手渡しながらそう言った。
あゆは少しだけ躊躇したが、ひりひりする感覚には勝てずに炭酸飲料を口に含む。
「うぐぅ〜、祐一君、ちょっと遅いよ…。」
「安心しろ。わざとだ。」
「うぐぅっ!ひどいよっ!!」
顔中からぷんぷん、と音が出そうなほど怒っている。
店の中に響くほどのあゆの大声に他の客が何事かと二人を見やったが、祐一は恥ずかしいと言うよりもむしろほっとしていた。
「ようやく元気になったな、あゆ…。」
「え?」
訳が判らない、と言いたげに首を傾げたあゆだったが、祐一の言いたいことを理解すると困ったように俯いた。
「最近元気がなかったから心配してたんだ。」
「そっか…ありがと、祐一君……。」
こくん、と首を縦に振って、それっきり黙ってしまった。
折角元気になったのに、これでは逆効果だったかな、と祐一が少し反省した、そのとき。
「あのね、祐一君…。」
あゆが呟くような口調で話しかけてきた。
今度はその邪魔をするまいと、祐一は静かに頷くだけに止めた。
「ボク、そろそろ帰らないといけないと思うんだ……。」
あゆは冬の蚊よりもか細い声でそう言った。
「……そうか……。そういえば、あゆは秋子さんとは関係がないんだったな……。」
「うん…。」
あゆは苦しそうに頷いた。
祐一はあゆが水瀬家にいる状態が普通だと感じている自分を発見して驚いていたが、確かにあゆの言う通り、初対面の他人の家に居候するという異常な状態が既に一週間継続している。
あゆの本心は別の所にあると言うことははっきり判るのだが、彼女ほど他人の気持ちを気にする者にとっては、水瀬家を離れることもそこに残ることも同じような苦しみなのだろう。
そして、水瀬家に残ることは、その苦しみが日を追って増すことを意味し、水瀬家を離れる痛みを凌駕しつつある。
今がその臨界点、ということなのだろう。
「家に連絡は?」
「名雪さんが毎日電話してくれてるけど……。」
あゆは表情を曇らせた。
名雪は保母志望だけあってさすがに面倒見の良いところをみせていた。
祐一は気付かなかったが、名雪は他にも色々と面倒を見ていたのだろうし、そうされればされるほどあゆが心労を重ねていったことも理解できる。
だが、年頃の娘を一人置いて一週間も家を空け、なお連絡の一つもよこさない両親のところに追い返して良いものか?
しかも、家に繋がらない以上、家に帰ってもたった一人での生活を余儀なくされる可能性が極めて高い。
そうかと言ってこのまま水瀬家にいるように勧めることはあゆに一層の苦しみを強いることになる。
元気が無くなるのも無理はなかった。
「…なぁ、あゆ。秋子さんが良いって言ってるんだから、良いんじゃないのか…?」
祐一は駄目で元々、とそもそもの始まりに話を戻した。
あゆが水瀬家にいることを自然に受け入れられるのは、秋子がそれがあたかも普通の状態であるかのように振る舞っているからだ。
迷惑らしい素振りを見せたことは一度もないし、逆にいつでも楽しそうにしている。
5人が三食揃って食事をするので、食事の準備や食費などは大変なのだろうが、大変だと秋子が言ったことはないが、逆に『毎回メニューを変えられるから嬉しい』と微笑みながら話していたのを聞いたことはある。
夜中にトイレに起きたときなど、秋子が楽しそうにあゆや真琴の服を縫っていることはあったが、顔をしかめて家計簿を覗き込んでいる場面に遭遇したことはない。
秋子が今更あゆを邪魔にすることは考えにくかった。
だから、もう一度秋子と話をすれば、確実に『迷惑じゃありませんよ』と言うはずだ。
が、あゆの方でもそれを判っているから、祐一の申し出に簡単に頷くとは思えなかった。
しかも、そう言った水瀬家の優しさこそがあゆの悩みの種なのだ。
秋子が親切にすればするほどあゆの心は重く沈む、という非常に厄介な状況だ。
案の定、あゆは黙ったまま動かなくなった。
顔色はまるで病人のように青い。
思い詰めたような表情はまるでこれから自殺でもするかのようだった。
他人の視線が気になったが、そうかと言って急かすわけにもいかないので、祐一は所在なげに辺りを見回しながらすっかり冷えてしまったフレンチフライを口に入れた。
冷えたフライはもさもさとしていて、今の気分にぴったりだった。
<続き>