| Canon 〜外典〜 | 前話 |
| by Ophanim | 次話 |
| 第13話 親の仕事:Cパート | 目次 |
-
「困ったわね。」
麗は首を傾げながら、さして困ってもいなさそうに呟いた。
いや、これが一ヶ月前なら、相当に困っているはずなのだ。
だが、今は困っていない。
麗はちらっと娘の方を見た。
倒れている親友の傍らに心配そうに座り込んだまま身じろぎ一つしていない。
「舞、ちょっと電話取ってくれないかしら?」
「はい。」
まるでそうすれば佐祐理が回復する、とでも言うかのように、舞は神速を飛ばして電話機を母の元に届けた。
麗は微笑みながら舞の頭を撫でる。
「ありがと……。あ、もしもし、私です。川澄麗です。雨宮さん?」
「あ〜、え〜、う〜んと、違うけど違わない、です。」
電話の向こうで、眉で美しい八の字を作っている様子が目に浮かぶ。
彼女と話すのはいつも楽しい。
「一人、お願いしたい人がいるんですが……。」
「はい。そっちに行きます。」
麗の言葉で仕事と知ったか、雨宮の声は急に引き締まった。
それを聞いた麗は満足そうに受話器を置いた。
「もう大丈夫だから。」
そう娘に話しかけたとき、娘は既に親友の快復を確信したかのように、今日から始まる”お泊まり会”の準備を始めていた。
沈黙がこんなに心地良かったのは自分に余裕があるからだろうな、と祐一は一人納得した。
焦れた北川が力を抜いたその時、祐一は呟くように言った。
「それでも、断ります。」
「何故だぁ?」
北川は両手をだらりと下げて困っている様子を身体全体で表現した。
「まず第一に、舞は今、試験を前にした大事な時期の最中です。次に、北川さん。あなたがまた舞を使って番組を作ろうとしていないか心配です。更に、だからといってあなたが謎を解明する必然性はない。最後に、会って謎が解明されて全てが説明できたところで、それで本当に解決になる保証がありません。会わせることは出来ません。」
第一、引っ越してきたばかりでまだ再会したばかり。
特別に仲が良いわけでもないですから、と説明しながら、祐一はゆっくり首を振った。
北川は意外にも、あっさりと頷いた。
「うん、そうだな…そう言われればそうなんだよな……。」
どうしてこんなに拘っているのか自分でも不思議だ、と述懐する。
「まぁ、それでも、乗りかかった船というか、放って置いても寝覚めが悪いというか……所詮自己満足なんだよな。」
自嘲気味にそう笑って頭を掻く。
「うん。君の言う通りだ。このまま俺が続けても”また番組のためか?”という疑いを払拭することは出来ないな。一応答えておくと、何も今すぐというわけじゃない。それから、番組のためじゃなくて純粋に個人的な興味だ。番組にはしない。俺が解明する必然性については、残念ながら、皆無だよ。保証だってない。」
さっきまでの燃え盛るような使命感は消え失せて寂しげだ。
だが、だからこそ、その言葉が本音なんだな、と感じられた。
そうかと言って舞に無用な負担をかけたくない。
「北川さん。急がなくて良いなら、もう少し調べてみてからではどうでしょう?本当にそのことが問題の解決に……。」
「いや、残念ながら、もう八方塞がりの状態がずっと続いていてね。これ以上はなかなか踏み込めないんだ。」
北川は首を振りながらそう答えた。
一瞬『あの口伝を読めば…』と言いだしかけて、口をつぐむ。
これだけ調べている人のことだ。
その存在は当然知っていると思われる。
逆に、もし知らないとすれば、祐一が先に調べれば舞にかかる負担が減る。
なんとなくだが、俗世に曝してはいけないような気がしたのだ。
「沢渡真琴の他に”抗う”力を持った少女が同じ時代に登場した、という不思議な現象が謎の鍵だと思ったんだが、そのままずっと解明できないでいるんだよ。これ以上は本人に話を聞かないとどうにもならない。」
北川はため息混じりにそう語った。
何の気無しに言っているのだろうが、祐一にとっては”新しい情報”だ。
祐一はものは試しとばかりに北川に尋ねてみた。
「抗う力って何です?」
「何だ?知らないのか?知らずに川澄君と知り合いなのか?」
北川は意外そうに祐一の顔を見た。
急に興味を失ったような表情をされたので、判っていてもちょっとむっとする。
「いや、現象自体は見ていますが、それと抗うっていうのがいまいちどうにも一致しないんですが?」
祐一は親指と人差し指でCの字を作るようにして北川の目の前に突き出した。
その指を北川が器用に操る。
「”抗う”ってのは”運命に抗う”ってこった。詳しくは知らないが、語感と現象から判断すると、”死ぬ運命にある者の運命に抗う”ってことじゃないかな?」
これでいいか?と祐一の親指と人差し指の先をくっつけて残りの指を開かせ、CをOKマークに変える。
まさにその通りだった。
これまで漠然としか捉えていなかった舞の力が説明できたような気がする。
また、ぼかされていた表現に”主語”が加わったことで、色々なものが見えてきたように感じる。
北川は更に、能力が遺伝すること、能力の取得に何か審査のようなものがあること、川澄はもともとは”運命に従う者”であることなどを伝えた。
その説明を、祐一はぼんやりと聞いていた。
(……じゃ何か?俺が動かすって、”運命を動かす”ってことか?)
馬鹿馬鹿しい。
祐一は拍子抜けしたような気分になった。
そんなことは当たり前だ。
人の運命が決まっていてたまるか。
嫌いな話だが、運命は動かせるからこそ、占いや呪い(まじない)が流行るのだ、と祐一は思っている。
彼らの行為が運命に対して無力で、結果として何も変わらなければ、彼らの仕事はあがったりになるだろう。
「……でも、だとするとよく判らないのが、川澄の力だよ。運命に従うのに治癒の能力があるっていうのがなぁ?」
北川の声の中に知った単語が出てきて、ようやく祐一は思考の世界から戻ってきた。
どうやらずっと話し続けていたらしい北川は、そこで一旦話を切った。
確かに、北川の説明は”抗う力”の説明にはなった。
だが、”従う力”と”治癒”との関係の説明には失敗している。
なるほど、北川ならずとも、舞に直接話を聞いてみたい気分になる。
しかし、他人の事情を顧みずにずかずかと質問攻めにするわけにもいかない。
それほど仲の良い友達というわけでもなし…。
(友達?)
ふと、佐祐理のことが頭に浮かんだ。
彼女なら、あるいは舞の力の秘密が判っているかも知れない。
(いや、待てよ……。)
祐一はぐっと唇を噛んだ。
北川は何と言った?
沢渡真琴は全く何も知らなかった。
能力者であるにも関わらず。
もう一人、全く知らない人間がいる。
他でもない、自分自身だ。
”動かす者”と言われながら、そんなことは全く知らなかった。
類推すれば、舞も知らない可能性は高いし、まして、親友とはいえ佐祐理に話すとは考えにくい。
だが、彼女なら……。
(試験が終わったら…。)
「試験が終わったら、聞いてみてはくれないかな?」
北川の言葉が祐一の思考に重なったので、祐一は少し驚いて目を上げた。
やはり、この人はまだ諦めきれないらしい。
祐一が警戒感を高めた、次の瞬間。
「この際、その結果を俺に話す必要はない。」
北川は最大限の譲歩をしてきた。
いや、それはもはや、撤退に近い下がり方だ。
この条件以上には彼は引けない。
真摯な申し出だった。
「……判りました。確約は出来ませんが、努力はしてみます。」
舞が嫌がらない限り、聞いてみるだけのことはしよう、と決心していた。
そんな祐一の態度を見て、北川は肩の荷が下りたようにほっと一息をついた。
祐一もどことなくほっとしたように思え、すっかり冷めたコーヒーを飲み干した。
そのタイミングを見計らったように、また明日香がコーヒーを運んでくる。
「…どうぞ…。」
余りにも弟と違う性格をしている、と祐一は彼女の横顔を見つめた。
どこか見覚えがあるように思うのは潤がクラスメートだからだろうか?
「相沢君、君、国語の成績良いだろう?」
明日香を見ていた祐一は不意に話しかけられて驚いてしまった。
「は?いえ、そんなことは…。」
「そうか?まぁ、もしその気があったら、うちに就職するのも良いんじゃないか?」
北川は冗談半分に、残り半分はかなり真剣に祐一を誘った。
まだ先の話ですから、とその場を濁して暇を告げる。
「つまらない話を聞かせて済まなかったな。また遊びにいらっしゃい。」
北川は”潤〜”と息子を呼びつけておいて、祐一と握手を交わした。
「ん?帰るのか?どうせ暇なんだから俺の部屋寄ってけばいいのに。」
「いや、まぁ、ちょっと…。」
祐一は苦笑いしながら後ずさりした。
この親子の前にいると隅から隅まで丸裸にされそうだ。
「気をつけて帰れよ。」
玄関先でそう言われて空を見上げると、のしかかるような雲の間から雪がちらほら舞い降りてきていた。
少し寒いが、このくらいなら走って帰れば何とかなる。
祐一は挨拶もそこそこに帰宅の途についた。
************ あの日の栄光を今ひとたび…若き教団の代表、転落の歴史 ************
宗教団体、『あらたの会』の代表、新谷真(本名:沢渡真琴)容疑者(20)は、幼い頃に地方番組に出演していた経緯がある。そこで彼女は生来の神秘的な美貌を買われ、”治癒能力”がある占い師のように扱われ、番組の中に登場する”病気の”動物たちを呪いの力で治していた。無論、それらは番組の演出であったのだが、彼女はあたかもそれが自分の力であったかのように考えてしまう。
番組が終了した後も彼女は自分の誤解を解けないまま成長し、昨年8月、在学中に新谷真(あらたにまこと)と名乗り新興宗教団体、『あらたの会』の代表に就任する。
そこで行われていたことはまさに”あの日の再現”。
自らの祈祷の力でどんな患者も治せる、との触れ込みで長期入院している被害者を惑わし、法外な”お布施”を要求する手口だ。
この際に巧妙な下準備が為されていたのは既に報じた通りであるが、勧誘の際に件の放送番組のビデオが使われていたかどうかについてはなお調査の必要がある。
「まこちゃんはここにいるのに、変だね。」
あゆは首を傾げて真琴を見た。
真琴も同じように首を傾げているが、こちらはどちらかというと自信無さげだ。
「おやつ、出来ましたよ。」
その声に先に反応したのは真琴だった。
『わ〜い♪』と両手を上げて台所を目指して飛び出していく。
秋子の脇を通り抜けて……。
「あらあら。」
真琴のそんな様子を見て、秋子は嬉しそうに微笑みながら頬に手を当てた。
その間、彼女が盛ってきたお盆は片手で支えなければならない。
あゆは秋子を助けるために立ち上がった。
美味しそうな手作りの肉まんと、これまた手作りのたい焼きが湯気を立てている。
ミルクティーとホットミルクも添えられているが、どちらかと言えば猫舌気味の二人に合わせてか、こちらからは湯気が立っていない。
秋子の優しい心配りが窺える。
「ありがとう。あゆちゃん。ちょっとこっちを持ってくれる?」
実際には、すぐに手を元に戻した秋子に助けは要らなかったが、あゆの気持ちを汲んでお盆の片方を持って貰う。
「あゆちゃんはたい焼きですね。少し熱いから気をつけて。ホットミルク、ここに置きますよ。」
あゆの前におやつの皿が並べられていく。
「あ…名雪さんと祐一君の分は?」
「あの二人は今日から部活動ですから。食べてくるか、帰ってきてから作るか、どっちかになると思いますよ。」
答えて、秋子はキッチンに戻る。
一人残されたあゆはテレビの報道番組が終わるのをじっと待っていた。
この後、二人が見たかったテレビがあるのだ。
たい焼きは秋子が言った通りまだ熱かったが、あゆは構わず口に放り込んだ。
猫舌とはいえ、焼きたてのたい焼きの魅力には勝てない。
はふはふ、と口をぱくぱくさせながらどうにかお腹の中に押し込む。
こうすると体の中から暖まるような気がする。
こんな美味しいもの、どうして真琴は食べないのだろう?
ねぇ、と話しかけようとして、ふと、自分が一人でいることに疑問を感じた。
「?…変なまこちゃん。秋子さん、おやつ持ってきてくれたのに……。」
だが、いくら考えてみても、秋子の声がしたのが先だったのか、秋子が部屋に入ってきたのが先だったのか、今となってはどうしても判らなかった。
<続き>