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| 第13話 親の仕事:Bパート | 目次 |
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「まぁ、かけてくれ給え。」
北川は祐一に椅子を勧めながら、自分も向かい合わせのソファーに座った。
潤の方は香里のお気に召すようなドラマのビデオを物色するのに忙しいようだ。
祐一は珍しく緊張しながら、ふかふかしたソファーにおずおずと腰を落ち着けた。
自然に周囲に目を動かしてしまう。
天井まで届くような書棚にぎっしりと詰められた書物の群。
それぞれの棚もきちんと収められる分だけでは足りず、横向きに本が押し込められている。
それでも足りずに山積みされた本の柱が床から何本もにょきにょきと生えていた。
これが地方局にありながら全国にも名を知られる敏腕ディレクター、北川透の書斎である。
「それにしても、君くらいの年の人があの番組を覚えてるっていうのは驚いたな。」
北川は頭を撫でながら快活に笑った。
笑うと腹の脂肪がゆさゆさと揺れて滑稽だ。
(北川も将来はこうなんのか?)
そう思うと余計に笑える。
祐一は北川が笑うのに合わせて微笑んだ。
自分の腹を笑われているとも知らず、北川は祐一の緊張が解けたものと勘違いしたまま、”治癒の少女”の裏話について教えてくれた。
曰く、リハーサル中には実際に何度も奇跡が起きている……。
「だけどな。」
不意に暗い顔になって北川は声を落とした。
「ある日を境に、リハーサル中にもそんな奇跡は起こらなくなった。だから、番組の後半は本当にヤラセだったと言わざるを得ない。」
本来なら機密事項になるであろう、そんな裏話まで初対面の祐一にしてくれるのは、祐一が”治癒の少女”の力を信じている、と言ったからだろう。
同時に、北川もまたその不思議な力の虜になっているからに相違ない。
祐一はそう判断した上で、慎重に話を切り出した。
「原因みたいなのは判りますか?」
「ん。古い日記を調べていたら、その前の日に当時のディレクターに『この仕事が終わったら歌手になりたい』みたいなことを言ってたらしいことが判った。ディレクター自身もあの頃流行っていた”戦隊モノ”で全国デビューを考えていたみたいだからな。」
戦隊モノ、とは”怪獣や怪人と戦う正義の味方”といったシチュエーションで様々な”戦隊”が戦う人気シリーズだ。
就学前の子供には絶大な人気を誇り、今なお続編が作られているという超長寿シリーズである。
「彼は元々スキャンダルで中央から飛ばされてきた男だからな。彼女に乗っかって中央に戻る、という青写真でも描いていたんだろうがな。」
結果として局は彼が持っていたスキャンダルを理由にして番組ごと消し去り、ヤラセ疑惑や冒涜騒動も全て彼一人に押しつけて首を切った。
どこも汚い世界さ、と北川は自嘲気味に肩をすくめた。
それに調子を合わせるように、扉が開く音がした。
「ああ。ありがと。」
「どうぞ。」
ころころ、と鈴の鳴るような小さな声がして驚いた。
見上げれば、ほっそりした色白の女性が会釈をして去っていくところだった。
「娘の明日香(あすか)だよ。潤の姉だな。今大学の3年生だ。」
そして、件の沢渡真琴と同期だった、と、何事もなかったかのように付け加える。
なるほど、彼女の足取りに妙に詳しいのはそれなりの裏付けがあるんだな、と変なところで納得する。
「ミルクとか砂糖はいるのか?」
北川は思いついたようにそう聞いた。
二人のコーヒー皿には何も載っていない。
どうやら北川はブラックで飲むのが普通らしい。
「あ、結構です。ありがとうございます。」
「だよな。レギュラーはブラックに限るってもんだ。気が合うな。」
北川は豪快に笑うと祐一より先にコーヒーカップに手を伸ばした。
まだ熱いであろうそれを呷るように一気に飲み干すと、ちん、と軽い音を立てて皿に戻す。
「す、凄いですね?」
祐一は半分呆れてそう言った。
これでは味もへったくれも無いだろうに……。
「ああ。仕事柄飲み慣れ過ぎてな。客用のコーヒーぐらいだとこんなもんだ。ま、気を悪くせんでくれ。」
「はぁ……。」
北川のにやにや笑いに閉口しながら、祐一はコーヒーに口を付けた。
豆の種類でコーヒーを語るほど通でもないが、それでもなかなか深い味のあるコーヒーだ。
さすがに売れているだけのことはある。
「まぁ、俺もそう言う汚い世界に生きている、ということを判って貰った上でだな。相沢君。潤から電話を貰っただけの君にこんな話をするのは、ただ昔を懐かしんでノスタルジックな思いに浸るためじゃあないんだ。」
北川は相変わらずにこにこしながら、一葉の写真を机の上に置いた。
それは、祐一の体温を上昇させるのには充分な”ネタ”だった。
「あら?」
佐祐理は走る車の窓から目敏くその人を見つけた。
「すみません、ちょっと止めてください。」
タクシーを止めると、即座に窓を開ける。
「舞〜っ!」
彼女の無表情で無口な親友はくるり、と佐祐理の方を振り返った。
佐祐理の呼びかけに応じて、ひょいひょいと人混みを器用に縫って走ってくる。
「なに?」
「今から佐祐理と一緒に試験場行かない?」
いつものように満面の笑みで話しかけると、親友は間髪を入れずに頷く……はずだったが、今日の舞は首を傾げたまま動かなかった。
遠慮しているのか、考えているのか…。
「………大丈夫?」
ようやく出てきた言葉はそんなものだった。
勝手が違って困っていた佐祐理の肩から力が抜ける。
「大丈夫大丈夫。佐祐理の父が取ってくれたのは大っきい部屋だから、もともと一人じゃ広すぎる位なの。それに、一人で泊まると寂しいでしょ?」
「……そうじゃなくて……。」
舞は困ったように眉を寄せながら答えた。
「いいのいいの。舞、行こ!」
佐祐理はなおも執拗に舞を誘った。
少し考えた後で、こく、と頷いた舞を車に乗せる。
「良かったぁ。白状すると佐祐理怖くなっちゃって……。」
佐祐理は隣に乗った親友に嬉しそうに話しかけた。
今頃になって初めての一人旅の不安が佐祐理を襲っていたのだ。
顔見知りでないタクシーの運転手と二人きり、と言うのも怖かったし、この後来るであろう一人きりの見知らぬ部屋も怖かった。
今は舞がいる。
頼りになる、何でも話せる親友がいる。
その安心感を求める余り、佐祐理は舞の言葉の意味を良く噛み砕く余裕がなかった。
舞の家を回って荷物を持ってホテルに向かう。
その時間も宿泊代にも充分な余裕があるはずだ、と。
それ以外に頭になかった。
その結果。
舞の家から川澄麗が姿を見せたとき、佐祐理の心は激しい自責の念で押し潰されてしまった。
「え、えっと。これは?」
祐一は激しい動悸を覚えながら尋ねた。
北川が示した写真は川澄舞のものだ。
私服の舞が珍しく笑顔を見せているもので、隠し撮りにしては写真写りが鮮明だ。
週刊誌の表紙を飾っていてもおかしくない。
もともと美人だとは思っていたが、こうして写真になってみるとますますそれが正しいことが判る。
「知ってるだろう?川澄舞だ。」
言いながら、北川は今度は制服姿の舞の写真を取りだした。
その後ろを歩いているのは佐祐理と、誰あろう、祐一自身だ。
日付と風景から見て先日、名雪を迎えに行った時に撮られた写真に間違いない。
「あ、はい。知ってるというか、え〜、知ってます。」
脅されているわけでもないのにどぎまぎする。
他人に自分のプライベートを知られるというのは、後ろめたいことが無くても嫌なものだ。
「だろう?良かった。うちの潤では接点が無くてね。」
北川はほっとした、と胸に手を当てた。
その様は太った北川がやると少し滑稽だ。
だが、今の祐一にはそれを笑う余裕はなかった。
(何が『良かった』だ。俺と舞が知り合いだって調べ上げた上で呼んだ、ってことじゃないか……。)
祐一は不満げな表情を見られないように下を向いた。
とはいえ、相手は百戦錬磨の強者だ。
祐一の微妙な心の動きに気がつかないはずがない。
「おっと、すまんすまん。悪気はなかったんだ。だけどなぁ、”川澄舞の知り合いだったら連れてこい”とは言えないだろうが……。」
言って、快活に笑い飛ばす。
祐一もようやく自分の思い上がりに気がついて顔を上げた。
常識的に考えればこれだけ忙しい職に就いている人間が、何の目的もなく、ただ息子の友人に会うと言うだけで仕事の合間を縫って時間を作るはずがない。
そこには何らかの意図があるはずだ。
そしてその意図が、川澄舞、その人なのだ。
「単刀直入に言おう。川澄舞とコンタクトを取りたい。」
「お断りします。」
祐一は即答した。
北川の目的が見えない以上、それが一番良い結論だ。
「……結構切れるな、君……。」
普通はテレビ局関係者と会っている、という事実だけで舞い上がってしまうもんだが、と北川は苦笑いしながら祐一を賞賛した。
「いや、すまん。ちょっと甘く見ていた。人は見かけによらないな。」
北川はさりげなく仇を取りながら、事情の説明に入った。
彼にとって、以前の沢渡真琴を使った番組制作は一つの心残りだった。
本質を理解しないまま、テレビ受けしそうなものを闇雲に追った結果、伝えたいことも伝わらずに番組は打ち切り。
本社の北川の経歴にもあれは”無かったこと”にされてしまうほど影の薄いものになってしまったが、北川の心の中にはあの奇跡の瞬間が鮮明に記録されている。
あの感動がねじ曲がった形で伝わることに首を縦に振ってしまった後悔の念は消えない。
加えてその決断は沢渡真琴のその後の人生まで大きく変えてしまい、遂には逮捕されるところまで行ってしまった。
こうした彼女の運命について、北川の心の中に忸怩たる思いがあったことは、誰あろう本人が一番知っている。
「全ては俺が何も知らないでこの街に引っ越してきて、何の予備知識もなくあんな奇跡の少女を目の当たりにしたことが招いたことだ。だから二度とそんなことがないように、この特別な街や伝承について徹底的に調べることは、俺のささやかな罪滅ぼしなんだ。」
そしてそれが第二の沢渡真琴を作らないために必要なことだ、と北川は今までになく強い口調で断言した。
「あの娘は自分がどうしてその力を持っていて、どうすれば力が使えて、どうすると失ってしまうのか、自分でも全く理解していなかった。」
だから、禁忌も知らなかったのだろう。
だから、何の躊躇もなくテレビに出演したのだろう。
だから、こうして今も失われた力を懐かしんでいるのだろう……。
「謝ったんですか?」
祐一は熱弁を振るう北川に、冷静に尋ねた。
北川がいくらここで宣おうと、本人は今遠くの世界にいる。
「謝罪には何度も行った。だが、今考えるとそれが逆効果だったのかもしれない。」
北川は首を傾げるような仕草をした。
初めて謝罪に赴いたのが放送終了から5年余り後。
真琴が10歳になった頃だ。
その時は『もう本人も忘れていることですから……』と門前払いされたが、それから更に通い詰めてどうにか謝罪することが出来た。
だが、北川にとって意外だったことに、門前払いは沢渡家の怒りや謙遜などではなかったのだ。
「いやぁ、本人は本当に忘れててねぇ……。蒸し返した上に謝って帰るっていうのは、何となく自己欺瞞とか自己満足みたいで逆に申し訳なかった。」
北川は頭を掻いた。
彼がそう思うのも無理はなく、放送が打ち切られた当時、夢破れた真琴は毎日泣いて暮らすような悲しがりようだった。
そのイメージが脳裏に焼き付いていたため、当然忘れないでいるだろう、と思っていたのだ。
「何でも、良い医者に診てもらったのが良かったとか言ってたんだけどな。それが俺が行ったせいで自分の過去に気付いてしまったのか、それとも、報道されているように教団のナンバー2に見つけられてしまったのか……。」
いずれにせよ、真琴は大学に入って自由な時間を確保できるようになるとすぐに、教団の形成に力を注ぐ。
そこから先はずっと下り坂だ。
「だから、第二、第三の沢渡真琴を生み出さないためにも、そして、川澄舞が沢渡真琴の二の舞にならないためにも、今のうちに彼女に会っておく必要があるんだ。」
北川は真面目な顔に戻ってそう結論した。
<続き>