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| 第13話 親の仕事:Aパート | 目次 |
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1月 14日 木曜日
実力テストの出来は最悪だった。
勿論採点はまだ終わっていないが、受け取るまでもなく悪いに決まっている。
普段から余り勉強をしない上に、試験対策の一夜漬けすらしていない。
何しろ昨日の夜は口伝を読むのに時間を取られてしまった。
(古典の部分だけはいい点取れるかもしれないな…。)
自嘲気味に笑い、そそくさと帰宅の準備をした。
今日も口伝を読まなければならない。
まだまだ知らなければならないことが多すぎる。
「あら、何処に行くのかしら?」
香里が目敏く祐一の行く手を遮った。
「あん?今日はもう終わりだろ?帰るに決まってるじゃないか?」
「残念。試験が終われば部活動は始まるのよ?」
「……だ、そうだ。大変だな、北川。」
「何で俺やねん。」
びしっと裏拳を一つくれて、北川は悠然と帰宅の準備を始めた。
ほとんど活動をしていない奇術部に属する北川にとって、試験が終われば学校は用済みだ。
「飯くらいつきあえ。ランチAなら奢るぞ。」
「冗談でも遠慮したい。」
顔に微笑を湛えながらきっぱりと否定する北川。
それはそうだ。
何が面白くて用事もないのに午後の貴重な時間を学校で過ごさなければならないのか?
が、香里は何も言われなくても名雪に付き合って昼食を取るらしい。
この辺が積み重ねた友情と急造コンビとの違いだろう。
「あぁ、そうそう。北川君、また何か別のビデオもらえないかしら?」
香里は思い出したようにそんなことを言った。
だが、立つ位置がさりげなく北川の進路を妨害しているので、もしかしたら初めからそのつもりだったのかも知れない。
「お、おいおい。あんまり大きな声で言うなよな……。」
『場所を変えよう』という北川の提案に『じゃあみんなで食堂に行きましょう』と香里が返す。
結局北川は香里に引きずられる形で同意し、結果として4人で昼食を摂ることになった。
実力テストの終わった後、しかも明日からは2連休、という絶好の日に部活をする酔狂な生徒は少なく、いつもならごった返しているはずの食堂は閑散としていた。
二人に帰られると名雪と二人で食事を摂る可能性があったので、無理にも北川を誘ったのは非常によい選択だったことになる。
「でもな、今はあの事件で特番が組まれているから動かすとすぐにばれるんだよ。」
北川は軽めの昼食を摂りながら事情を説明した。
あの事件とは言うまでもなく、あらたの会の事件のことだ。
倉田総合病院も騒動に巻き込まれて大変なことになっている。
「ん?まぁ、うちの親父が騒いでないから大丈夫だろ。倉田医師とは友人だから……。」
祐一がその懸念を口にすると、北川は一言で笑い飛ばした。
もし本当に厳しいところまで追い込まれるようならもっと深刻な顔をしているはずだ。
「そう言えば、北川君のお父さんはあの子の番組の関係者よね?」
香里は少し冷ややかな声でそう指摘した。
「え?もしかして、”治癒の少女”?」
「お?何で知ってるんだ?」
祐一の質問に北川は首を傾げて聞き返した。
地方番組に過ぎないものをどうして祐一が知っているのか、と思ったのも当然だ。
祐一が『俺も昔はここに住んでいたんだ』と説明すると、北川は目を丸くして驚いた。
同時に、そんなマイナーな番組を覚えていてくれたことに対して素直に喜んでいた。
「あれは面白かったなぁ。どうして打ち切りになってしまったんだか……。」
「いや、まぁ、あれは色々事情があってなぁ。」
祐一と北川が話を始めようとした、その矢先。
「あんなの、何が面白いのよ……。」
吐き捨てるような香里の呟きが冷水を浴びせた。
「ちょ……。」
「あ、ああ。悪かった悪かった。」
諫めようとした祐一を遮るように、北川は即座に謝った。
だが、祐一としても収まりがつかない。
「いや待てよ。香里、お前性格悪いぞ。」
「どうしてよ?」
香里はやけに冷たい。
とはいえ、祐一もここで引き下がるわけには行かない。
「いくら神懸かり的なものが嫌いだからってな、友人の親の仕事だぞ?少しは配慮ってものが……。」
「番組はイカサマ疑惑を払拭しきれずに打ち切られて、メインの出演者がまた同じことを蒸し返して逮捕されてるじゃない。」
感情的な祐一の言葉は冷徹な香里の分析によって無惨に打ち砕かれた。
が、今回ばかりは黙っていられない。
「今度の逮捕と北川の親とは関係ないだろう?それに当時は実際に奇跡を起こしてたかもしれないんだから……。」
祐一の脳裏には舞の姿があった。
番組を見て憧れていた時期もあった、沢渡真琴。
それと同じ力を持った、川澄舞。
舞は”番組の真琴”と同じことを祐一の目の前でして見せてくれた。
だから、あの時の真琴にしても奇跡を起こしていた可能性だって……。
「馬っ鹿みたい。神様とか奇跡とか……。そんなものがあったら1000億分の1の可能性にだって現実味があるわ。」
香里は鼻で笑うような仕草をした。
「そりゃそうだ。0じゃない限り、可能性はあるだろ?」
祐一は同じように笑い返した。
それがお気に召さなかったのか、子供じみた話を続けるのが馬鹿馬鹿しくなったのか、香里は静かに立ち上がった。
「もういいわ。お先に。」
疲れたようなため息とともに去りかける。
その途中、ふと、思い出したように振り返ると、
「そうそう。当たり前だけど、あれって北川君のお父さんが一人で作ってたわけじゃないから。でも、北川君、気を悪くしたらごめんなさいね。」
と言ってぺこりと頭を下げた。
「いや、別に気にしてないぞ。」
北川は何事もなかったかのように飲み物を口に運んだ。
消えていく香里の背中を見送りながら、祐一は自分が”治癒の少女=北川の父が作成した番組”と誤解していたことに今更ながら気がついた。
「そうか…早とちりだったかな?」
「いや、いいよ。ありがとな、相沢……。」
北川は微笑みながら祐一に握った手を出してきた。
気にしていない、とは言いながらも、やはり父を庇ってくれたのは嬉しいらしい。
「まぁ…当然のことをしたまでだ。」
祐一も自分の手を握り、北川の拳と軽く突き合わせた。
「それはそうと、北川の親父さん、あの番組に関わっていたんだったら、……その”治癒の少女”のことについて詳しいんじゃないのか?」
沢渡真琴、と言いかけて名雪の存在を思い出して表現をぼかす。
昨日は二人とも驚いていたようだったが、平然と『多分同姓同名だろ』と言って誤魔化しておいた。
が、これだけ珍しい名字で一字一句違わないなんてことは非常に稀だ。
ということはもう一つのケースも”そういうこと”にはならないだろうか?
『同姓同名じゃないの?』と答える側の立場を経験してみると、その疑惑はもはや確信に近い。
(奇跡よりもそんなご都合主義な偶然の方を疑った方がよっぽど可能性が高い気がするぞ。)
「あぁ。多分、話を聞けば何かは判るんじゃないかな?」
北川は首を傾げながらもそう答えた。
「じゃあさ。今週末、北川の家に行って話を聞かせてもらえないかな?なんなら今からでも良いんだが……。」
祐一は勢い込んで頼んだ。
本職の人間が調べたことだ。
口伝よりももっと判りやすくまとめてあるはずだ。
「あぁ、聞いてみるよ。じゃ、一緒に行ってみるか?」
「おお!助かる!」
祐一は小躍りして喜んだ。
そのまま荷物を持って帰宅しようとする祐一だったが、シャツを激しく引っ張られて足を止めた。
「何すんだ?名雪〜。」
「う〜、部活、初日からさぼったら駄目だよ……。」
怒った顔をしたいようだが、拗ねているようにしか見えない。
ここで普通なら従姉妹のご機嫌を取るか男の友情を取るかで悩むところだが……。
「悪いな、名雪。北川の親父さんの都合が悪かったら戻ってくるから。」
電話で確認すれば済むことだから、と納得させてこの場を逃れる。
残念ながら北川の親に会う行動には、友情の証に加えて真理の追究という側面も含まれている。
”ご機嫌取り”一つしか要素がない方には傾くはずがない。
「良かったのか?」
そう聞いた北川に構わん構わん、と答える。
だが、いつもならもっとからかうはずの北川が、今日は妙に静かだった。
「そうか?水瀬、がっかりしてたようだけどな?」
言われて振り向いてみれば、とぼとぼと歩く背中がとても寂しそうだ。
学校の公衆電話で北川が父親と連絡を取ったとき。
「良かったな。今日はたまたま空いてるみたいだぞ。」
という北川の言葉が、”なんとなく”とても残念なような気が、した。
「試験の準備は良いのか?」
倉田は珍しく家にいた。
病院に出かけることが出来ないからだ。
今少しでも外に出れば大騒ぎの元だ。
佐祐理は小さく頷いたが、その顔は浮かない。
この調子では明後日の朝、試験に出かけるときにもカメラが寄ってくるだろう。
試験開始に間に合うかどうか微妙なところだ。
「そうか。それなら今から出発したらどうかな?」
倉田の言葉に、佐祐理は不思議そうに首を傾げた。
確かに試験場は少し離れた場所にあるが、朝早くに出かければ充分間に合う。
「だが、この調子では朝相当早く出かけないと報道陣に捕まる。試験場に近いホテルに予約を取ろう。試験に影響が出るといけないからな。」
一人で行けるな?と確認する。
「ありがとうございます。ですが、これだけ囲まれていると佐祐理が外に出ても騒ぎが……。」
「それは大丈夫だ。」
倉田はそう断言して佐祐理に出かける準備をさせた。
忘れ物はないか?
三泊分の着替え、最後の仕上げのための参考書、受験票、筆記用具、上履き……。
「どうした?」
チェックリストを片手に佐祐理に問いかけていた倉田は、訝しげに娘の顔を見た。
いつの間にか佐祐理は笑っていた。
楽しそうに、嬉しそうに……。
「いえ。ただ…ちょっと…遠足みたいだなって……。」
娘の笑顔を見るのは何年ぶりだろう?
倉田はいつまでも見ていたい気持ちと申し訳ないような気持ちとが綯い交ぜになった複雑な思いで顔を歪めた。
「おやつでも入れてやるか?」
「500円までです。多分。」
ふふ、と父娘はどちらからともなく微笑みあった。
そしてどうしようもなく寂しくなって、口をつぐんだ。
…先に口を開いたのは父だった。
「……あの駄菓子屋はまだあるのか?」
佐祐理は少し身を震わせながら頷いた。
父が医学的な見地から身体に悪いからと言って滅多に食べることを許してくれなかった、そして、今は亡き弟が大好きだった、その言葉……。
「一弥の分まで……買って行きなさい……。」
「はい。」
父は娘にたっぷり10年分の駄菓子代を与えた。
もしこれで全て遠足に行ったとするなら、100回行ってもまだお釣りが来る。
「では、私が玄関から出るから、その間に裏口から出なさい。」
倉田はてきぱきと出勤の準備をしながら佐祐理に指示を出した。
「え?今外に出たら……。」
「構わない。いくら彼らが邪魔をしたとしても、患者の容態は待ってくれない。今朝は少し意気地が無かっただけだ。」
自嘲気味に笑いながら、倉田は娘の肩に手を置いた。
「頑張って来いよ。」
ぽんぽん、と肩を叩いて踵を返す。
その背中に向かって、佐祐理は声をかけた。
「お父様。」
「ん?何だ?」
「お父様は佐祐理が何を志望しているか知っているんですか?」
倉田は素直に首を横に振った。
ほんの二日前に和解したばかりだ。
何も知らなくても無理はない。
「だがね。佐祐理が川澄君と色々頑張っているのは聞いて知っている。だから獣医にでもなるのかと思っていたよ。」
倉田はそう言うと、肩の力が抜けたように微笑んだ。
その笑顔はとても自然だ。
「違います。」
佐祐理はゆっくりと首を横に振った。
倉田は苦笑するしかない。
「外れたか。頼りない父親で申し訳ない。だが、佐祐理が何を目指していても、私はお前を応援しているよ。」
美大や音大に行きたい、と言い出すかもしれない。
それもいい。
教師になりたい、と言うかもしれない。
それもまたいいだろう。
政治家を目指さなければ”異端”と罵られた倉田家の者が、何の後ろめたいこともなく自由な道を歩ける。
それが何より嬉しいではないか。
倉田は一人頷いた。
だが、間違いだった。
佐祐理の言葉を聞いたら、間違いだと判った。
「佐祐理は、私は、お父様のようなお医者様になりたいと思います。」
ああ。
親として。
それ以上に嬉しい言葉は、他に無かった。
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