Canon 〜外典〜前話
  by Ophanim次話
 第9話 医は神術:Bパート目次





 秋子が玄関先から戻ってきた。

 その手に抱えられた、真新しい服。

 「あ〜、そういえばそうでしたね……。」

 祐一は憂鬱そうにその空色の物体を見上げた。

 「良かったね、祐一。みんなと一緒だよ。」

 「これで明日から北川君とペアルックね。」

 名雪と香里がそれぞれの言葉で祐一に制服が届いたことを告げた。

 「馬鹿なこと言ってると蹴るぞ。」

 苦笑いしながら香里の口癖を真似して返す。

 だが、とりあえず、制服さえ着ていれば奇異の目で見られることはなくなるだろうからそれはそれで有り難い。なにしろ、名雪の”アピール”のおかげでただでさえ注目を集めているの現状では、制服という没個性の中に身を委ねていた方が無難だ。それに、他の生徒と同じ格好をすることでようやくこの高校の一員になった、と実感できる。

 とは言いながら、有り難くないことに、教科書まできっちりワンセット届いていた。あと2ヶ月程度しか使わないのだがしっかりと新品が届けられている。当然、料金も値引き一切無しだ。

 (まぁ、名雪と机を並べて…、っていう最悪状況を回避するアイテムと思えばいいか……。)

 そのためには祐一が教科書を忘れないことも条件に入るのだが、この際それは考えないことにする。それに『もうすぐテストがある』、と聞いた今では一夜漬けのネタが手に入ったと考えればよい。

 「それから、名雪と、あゆちゃん、まこちゃん。3人には私からマフラーを作っておきました。」

 お揃いですよ、と微笑みながら、秋子は3人にそれぞれ袋を手渡した。

 「お母さん、ありがとう。」

 「わ、わ。ボクももらっていいの?」

 あゆは目を丸くして驚いてから後、嬉しそうに袋を受け取った。

 袋を破かないように丁寧に丁寧に開こうとした矢先、真琴がいつもの調子で袋を破くべりっという音が響いた。中から茶色のマフラーが転げだしてきて、ボードに乗っていた4人の駒をはじき飛ばしてしまったが、ほとんど勝負がつきかけたゲームの行方を気にする者はもういない。むしろ真琴のその思いきった行動をきっかけにして、次々と袋が開かれていった。

 「わたしは青だよ〜。あゆちゃんは?」

 「ボクのは赤だよ。」

 使い道が判らずに首を捻っていた真琴に、香里が丁寧にマフラーの巻き方を教える。あの夜の寒さに相当堪えていた真琴は、マフラーの暖かさに無垢な笑顔を作って喜びを表現した。

 その様子を見守る秋子も満足そうだ。

 3人が嬉しそうにマフラーを見せ合っているのを見て、祐一も自分のプレゼントを披露することにした。

 「俺からは名雪にこれ、あゆにこれ、真琴にはこれ。」

 照れ臭いのでできるだけ素っ気なく分け与える。

 リボンのかかった箱が転がり、真琴の箱の中から、ちりん、という鈴の音が聞こえてきた。

 真琴は瞬時に自分の前に転がってきた箱を叩いて放り投げた。

 「おいこら、いくらなんでもそれはないだろう……。」

 嫌なら嫌と…と言いかけた祐一を後目に、真琴は箱を叩いて転がしながら、中から聞こえる鈴の音を追いかけて走り去ってしまった。どうやら祐一からものをもらうのが気に入らなかったわけではなく、鈴の音が気に入って転がして遊んでいるようだった。

 (……ま、喜んでるようだから良いか……。)

 祐一は部屋を飛び出して箱と遊んでいる真琴を見送って苦笑いをした。

 真琴は多分無茶をするだろうな、と思っていたので、首飾りの先に鈴がついたロケットを贈ったのだ。金属製だからそうそう壊れるものではない。写真を入れる場所の裏には住所や電話番号を書き込めるスペースがあり、記憶が戻り次第書き込ませるつもりだ。そうすれば今度こそ迷子にならないだろう。

 「わぁ。可愛い!

 マイペースな名雪は真琴の騒動も耳に入らないように箱を開いていた。祐一が名雪に贈ったのは”猫のペーパーホルダー”。三毛猫がレポート用紙の上に眠っている姿を文鎮にしたもので、特に今の名雪にぴったりだ。

 「祐一君、これは何?」

 あゆが箱から取り出した腕時計には、文字盤の上に丸い大きな蓋がついている。デジタルの表示はその上に浮いてくるのでそのままでも時刻は読めるが、ちょっと不格好だ。

 「それはほれ、蓋を開けてここを押すと灯りがつくんだ。」

 そう言って祐一が時計を操作すると、まるで懐中電灯のような灯りがぱっと天井を照らした。

 蓋の角度をずらすと正面や足下を照らすことも出来る優れものだ。

 「これなら夜も怖くないだろう?」

 「わ、ありがと………えっと、祐一君、これどうやって消すの?」

 あゆの言葉通り、ボタンを離しても蓋を閉じても時計の灯りは消えてくれない。

 祐一も時計を裏から見たり他のボタンを試してみたりと色々試みたが、一向に光は消えなかった。見るに見かねた香里が祐一から説明書を奪い取って精読したが、説明書にも灯りを消すための記述がない。一同が首を捻っている中で、灯りは唐突に消えた。どうも時間が経つと消えてくれるらしいのだが、如何せんその時間が中途半端に長すぎる。

 「……え〜と、多分、5分くらい明るいんだ。良かったな、あゆ。」

 「うぐぅ……。」

 祐一は強引にまとめようとしたが、あゆは困ったように眉を寄せた。結構明るく照らせるので確かに暗いときには助かるが、5分間も灯りを点けっぱなしで歩き回るのはさすがにちょっと恥ずかしい。

 道理で安かったはずだ、と祐一が反省しているとき、あゆが唐突に顔を上げた。

 「でも、ありがとう、祐一君。」

 あゆはそう言ってにっこりと微笑んだ。

 機能はどうあれ、祐一が”あゆのことを考えて”選んでくれたのは伝わっている。プレゼントされる側にとっては、実際にもらったものよりもその気持ちが何よりだ。

 「これで一人でトイレに行けるな。」

 「う、うぐぅ……。」

 からかうとまた顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 表情が豊かでいつまで話していても飽きなさそうだ。

 「さて、それじゃあ私からもプレゼント、よ。」

 香里は名雪へ綺麗な包み紙を手渡した。

 続いてあゆにも。

 「どんな人か知らなかったから、普通すぎたらごめんね。」

 香里はそんなことをさらりと言って、驚くあゆの返事を待たずに立ち上がった。

 首を傾げるようにして、一向に戻ってくる様子のない真琴を見やる。

 「あの、ありがとうございます。」

 あゆがつい敬語になってしまうのも無理はない。

 それほど香里の仕草は洗練されていた。

 「いいのよ。名雪、これ、あの子にね。」

 「あれ?香里帰るの?」

 名雪は不思議そうに香里を見上げた。

 これまでの経験では、名雪の家に香里が来たときには夕飯を一緒に食べてから帰ったものだが?

 「今日は用事があるのよ。」

 それに試験勉強もしないと、と悪戯っぽい顔で付け加える。

 途端に名雪の眉が八の字を作った。

 「うわ、香里、嫌なこと思い出させないでよ〜。」

 折角の誕生日なのに……。

 恨めしそうに見上げる名雪の頭をぽんぽん、と軽く叩いて、香里は身支度を整えた。

 「あ、あの、ハンカチ、ありがとうございます……。」

 プレゼントを開いたあゆがもう一度ぺこんと頭を下げた。

 あゆには少し大人すぎる、レースのついたハンカチ。上品な模様や、白を基調にしつつも黄色を上手く使った色使い。あゆがこのハンカチに似合うようになるのにどれだけの時間がかかるのだろう?

 「いえいえ。それじゃ、名雪、相沢君、明日また学校でね。」

 香里が玄関に向かっていくのを名雪とあゆが追いかける。

 面倒がりな祐一はその場で手を上げて済ませたが、二人は帰り際にもう一度挨拶をするつもりでいる。

 「香里、本当に食べて行かなくて良いの?」

 名雪は不満そうに唇を尖らせて、更に香里を引き留めようとした。

 答えはなかったが、靴をしっかり履いて立ち上がる香里の態度は『絶対に帰る』と意思表示していた。

 「これ以上いるとお邪魔だからね。」

 こんこん、と踵を叩く仕草で調子を整える。

 名雪やあゆが”お邪魔”の意味を理解する前に、香里は微かな石鹸の香りを残して帰っていった。



 夕食後、お腹の膨れた真琴は夕食前の”激しい運動”と相俟ってぐっすり眠り込んでしまっていた。

 朝早くから誕生会準備を手伝っていたあゆも目を半開きにしてゆらゆらと船を漕いでいる。

 「あらあら。」

 秋子はそんな二人の様子を見て、困るどころかとても嬉しそうに笑った。

 二人が無防備に居眠りをすると言うことはそれだけ家に馴染んでもらっていると言うことだ。家主としてはこれほど嬉しいことはない。

 「名雪に祐一さん、すみませんが二人のお布団を準備してもらえますか?」

 「ぼ、ボク、後片付け手伝うよっ!

 秋子の言葉に、あゆは目を擦りながら立ち上がった。

 だが、夕食の後片付けならもう済んでいる。

 あゆがどれだけ長いことふらふらしていたのかが判るというものだ。

 「と、いうわけで、今お前に出来るのは自分の足で二階に上がることくらいだ。」

 「うぐぅ……。」

 祐一がからかう言葉に形だけ逆らってみせただけでも立派だ。

 名雪が先に立ち、真琴を抱えた祐一が後に続く。あゆはその後から素直に着いてきた。真琴を抱えている祐一に代わって名雪と一緒に布団を準備してくれたのでとても助かったが、そこが限界だった。

 倒れるように横になると、身体を丸めて眠りに落ちる。

 「あゆちゃん、疲れてたんだね。」

 名雪は妹を労る姉のような口調でそう言うと、あゆの髪からそっとカチューシャを外した。

 祐一は慎重に真琴を隣の布団に寝かせて、名雪とともに部屋を後にした。

 「祐一、ありがと。」

 部屋を出てすぐに、名雪はそう言って微笑んだ。部屋の中で言わず、今初めて口を開いたことから、名雪が礼を言っているのは真琴を運んだことでは無さそうだ。

 「何が?」

 血が繋がっているとはいえ、こんな近くからこれだけストレートに礼を言われると照れてしまう。

 祐一は従姉妹の視線を避ける意味も含め、それなりに凝った首を回しながら聞いてみた。

 「今日、真琴ちゃんを追い返すとか、そういう話しなかったでしょ?」

 これは……。

 完全な不意打ちだった。

 まさかのほほんとした顔をしながら、しっかりそう言うところを気をつけていたとは……。

 「…………めでたい日だからな。」

 祐一は咄嗟に誤魔化しの言葉も浮かばず、人差し指で頬を掻きながらそう答えた。

 そんな祐一を笑顔で見守っている名雪の目はとても優しく、それがまた却ってくすぐったかった。

 祐一は横を向いて名雪の視線から逃れた。

 その結果名雪の正面を向いてしまった耳に、名雪の嬉しそうな言葉が注ぎ込まれる。

 「真琴ちゃんの誕生会をしようって言ったのも祐一だったし…………。」

 「あいつ、俺のこと恨んでるとか言ってた割には大人しいな?」

 祐一は強引に話題を切り替えた。

 これ以上名雪とその話をしていると妙な気分になりそうだった。

 「うん。自分の名前が判ったら随分気持ちも落ち着いたみたいだってお母さんも言ってたよ。」

 露骨に話の腰を折られた名雪だったが、別段気を悪くした様子もなく祐一に答えた。

 そんな柔和な対応をされるとまた胸の奥がもぞもぞして居心地が悪くなる。

 「…………そんなものかもしれないな。」

 祐一は真琴と出会ったときの落ち着かない態度と、今のすっかり打ち解けた行動を思い比べて納得した。

 今の真琴は天真爛漫、という言葉がぴったり似合うほど明るい表情をしているが、ほんの昨日まではおどおどとして自分に近づく者全てを敵視していたようなきらいがある。

 祐一を特別に敵視していたのも、今考えればたまたま祐一が異性だったから、と見られないこともない。

 「きっと、不安だったんだよ。祐一、許してあげてね。」

 名雪がいつもの笑顔でそう話しかけてくる。

 従姉妹に指摘される前に自分でそこに到達していたのに、今改めてそんなことを言われると妙に口惜しい。

 「俺は別に怒ってないぞ。」

 「うん、そうだね。」

 また笑顔。

 むぅ。

 どうも見透かされたような居心地の悪さが拭えない。

 祐一は他の切り口から従姉妹を封じ込めることに決めた。

 「それはそうと、明日になったらあいつの家探してやらないとな?」

 祐一の思惑通り、名雪は驚いて祐一を見上げ、それから責めるように唇を尖らせた。

 「え?警察に行くの?

 ダメだよ、と首を振る名雪に、同じように首を振って答える。

 「そんなことしたら、明日から祐一のご飯だけ紅生姜だからね!おかずも紅生姜、お味噌汁は紅生姜の絞り汁!

 「おいおい、味噌汁は味噌が入ってるから味噌汁なんだぞ。」

 祐一は苦笑しながら答えた。

 名雪の怒った顔を見ていると、日本語は難しいと思ってしまう。

 祐一が言いたかった事は全然別のことだ。

 「じゃ、じゃ、えっと……。」

 ”味噌汁”以外の名称を探している従姉妹の頭をぽんぽん、と叩く。

 あゆよりも背の高い名雪だが、さすがに祐一と比較すれば低い。

 祐一はなおも不満そうに自分を見上げている従姉妹に笑いかけた。

 「沢渡、なんて滅多にある名字じゃないだろ?警察なんかに頼らなくても、電話帳で調べられるさ。」

 「あ、そっか。そうだね。」

 祐一のアイディアに名雪は嬉しそうな、少し寂しそうな笑顔を作った。

 身元が判明すれば、真琴は自分の家に帰ってしまうだろう。

 それが自然だし、その方が勿論いいのだが、やはり”人が減る”という事実に対する一抹の寂寥感がある。

 また、真琴が帰ることで、いつまたあゆも”やっぱり帰る”と言い出すか判らない、という問題もある。

「場所が判ったら、今度はこっちから遊びに行こうな。」

 祐一は辛うじて笑顔を続けている従姉妹にそう話しかけた。

 楽しい時間が続けば続くほど、別れを示唆する全てのものが怖い。

 それは祐一でもよく判る。

 まして名雪がどう思っているか、それは想像に難くなかった。

 「うん、そうだね。」

 名雪は急に嬉しそうに笑った。

 そうだ。

 ここで待ってばかりいることはない。

 遊びに行けばいいのだ。

 真琴が来るのは勿論大歓迎だ。

 「なんか嬉しそうだな?」

 「う、ううん、そんなことないよ〜。」

 名雪は慌てて顔をごしごしと擦りながら、くるりと踵を返して階段を下りていった。

 余りに嬉しそうに跳ね回るので、階段を踏み外さないかどうか、それだけが心配だった。


<続き>


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