| Canon 〜外典〜 | 前話 |
| by Ophanim | 次話 |
| 第8話 Birthday Party:Dパート | 目次 |
-
あゆがリビングに戻って来るのを待って2回戦が始まる。
前回と組分けを変えるのだから、名雪が真琴と組むか祐一と組むかを決めれば良いわけで、あゆが戻ってくるのを待って組む分ける必要はない。名雪がくじを引いた結果、今度は名雪・真琴チームと祐一・あゆチームに決まっていた。
秋子が用意してくれた食べ物を頬張りながら、それなりに接戦のゲームが続く。
祐一がやっていたのを見ていたためか、『香里の銀行』はスムーズだった。
そればかりか、祐一が進行役をしていた1回戦の時は最後に各チームの残金を計算するまで順位が判らなかったのだが、今は香里が大まかな現状を把握し、逐一状況を報告していた。
こうなるとさすがに各人が慎重にコマを動かすのでそうそう簡単には終わらない。
祐一が先刻『お前ら三人同レベル』と豪語したのが虚しくなるほど、4人とも同じような持ち金でゲームが進行していた。
「香里〜、お前の進行、的確すぎ。やっぱお前プレーヤーになれ。」
「あら、私はこれはこれで楽しいわよ?」
泣き言を言う祐一をからかうように、香里はにやりと微笑んだ。
その言外に潜む『あらあらどうしたのかしら?』の雰囲気を感じられないほど祐一もとぼけていない。
「むぅ、妙に悔しいぞ。」
じっと手を見る。
真琴は名雪に、あゆは祐一に相談しながら進むので、まずチーム内で差が開かないと言う事情は確かにある。
また、2回目で名雪達もこつを掴んでいるのも祐一の一人勝ちを実現できない要因ではある。
とはいえ。
「っていうか、お前が活躍しすぎなんだって。銀行は片手間にやれば良いんだから。」
その通り。
一番の原因はやはり香里の進行にある。収支計算だけではなくコンサルタントまで引き受けてくれる、総合商社並のきめ細かいアフターケア。逐一『現在の順位とおおまかなポイント差』が示されるので、例えば『今は10万円しか差が無いから無理が出来ない』とか『50万円以上の差が開いているから多少赤字を覚悟しても将来の黒字を狙う』などの作戦も立てられる。
祐一の一人勝ちの要因は毛ほどもなかった。
「やっぱ秋子さんいれて3人ずつの2チームか2人ずつの3チームで……。」
「だから、お夕飯の準備なんでしょう?」
香里は祐一の言葉を遮って、秋子に代わって彼女の立場を説明した。
その顔にありありと浮かぶ、『遊ぶことばっかり考えて…』の表情。さすがに優等生と呼ばれるだけのことはある。
祐一は返す言葉もなく口をつぐむしかなかった。
「栞ちゃんも呼べば3人ずつで出来たのに……。」
二人のやりとりを黙って聞いていたあゆがぽつりと独り言を漏らした。
その声は虫の音ほど小さかったが、生憎とここにはそれを聞き漏らす人間はいない。
真っ先に反応したのは名雪だった。
「栞ちゃんって誰?」
いつも通りのにこにこした表情のままあゆの返事を待つ。
逆に真っ先に興味を失ったのは真琴だ。
名雪の隣で何事もなかったかのようにサイコロを振って、一人ゲームを進めようとする。
真琴のコマは丁度左右の分かれ道にいた。
「えっと、どう、行ったらいいかな?」
パートナーの意見を聞こうと、名雪の顔を見上げながら聞く。
「右、かな?」
(あれ?)
祐一は不思議に思って従姉妹の顔を見た。
いつもと変わらないように見えるその笑顔の中に、違和感が見られるような気がする。
が、それが何なのかを確認する前に、あゆが名雪に返事をした。
「えっと、一緒にたい焼きを食べたんだよ〜。」
あゆが辿った記憶はほんのちょっとだった。
「そんな説明で判るかっ!え〜とだな。栞はあゆが体当たりで押し倒した女の子だ。」
「うぐぅ、あれは祐一君が避けたからだよっ!!」
あゆは、ぷんぷん、と音が出そうなほど頬を膨らませながら祐一の言葉を補足した。
「まぁ、ちょっと聞いただけだけども、相沢君が悪いことだけは間違いなさそうね。」
香里は収入のマスに止まった真琴にお金を渡しながらそう言った。
「待て待て、俺は……。」
「で、栞ちゃんってどんな人?」
祐一が香里の言葉を否定しようとした、それすらも遮って、名雪が尋ねる。
その顔は微笑んだままだ。
(そうか……。)
祐一はさっき感じた違和感の正体に気がついた。
(表情が変わってないんだ……。)
真琴に返事をするときも、あゆに質問をしたときも、今祐一の言葉を遮った、その時も。
名雪の表情はぴくりとも変わっていない。
不自然なほど硬い笑顔だ。
(怒っているのかな?)
だが何を?
「うん、街で偶然会ったんだけど、いい人だったんだよ。だから、今日呼べばきっと喜んだよ。」
あゆは栞が祐一の代わりにたい焼きの代金を立て替えてくれた話など、珍しく詳細に記憶を呼び戻した。
補足したり否定したりする必要がなかったので、祐一はゆっくりと従姉妹の表情を観察することが出来た。
名雪の表情は、あゆの説明を聞いている間にじわじわと和らいでいる。
(何だったんだ?)
祐一は従姉妹の微妙な表情の変化を訝しく思いながら、自分のコマを動かした。
「じゃあ、今からでも呼んだらいいよ〜。」
そう言う名雪の笑顔は、今はすっかり自然な輝きを取り戻している。
「でも、栞ちゃんは今病院に入院してるんだよ。」
あゆは名雪の視線を避けるように少し俯きながら、祐一からサイコロを受け取った。
「風邪だけどな。」
心配そうに一瞬口を開きかけた従姉妹の機先を制し、祐一は名雪を安心させるようにそう説明した。
「風邪なわけ………。」
その声は祐一の意図とは違ったところから、勢いよく飛び出してきた。
意表を突かれた祐一は一瞬言葉を失って声の主を見つめた。
今はその言葉を発した本人も、気まずそうに口をつぐんでいる。
そのどさくさに紛れて、支出のマスに止まったことをさりげなく誤魔化そうとしていた祐一から、規定額を取り立てていく香里が、声を上げた張本人だ。
祐一に見つめられながら、こほん、と居心地が悪そうに一つ咳払いをしてから、もう一度言い直す。
「風邪なわけなの?」
「あ、あぁ。本人はそう言ってたぞ。」
この辺の方言かな?、と思いながら、祐一はおかしな言い回しを使った香里の顔をもう一度見つめた。
「あ、そ。」
初めの勢いはどこへやら、香里は素っ気なく答えた。
(なんだかなぁ?)
どうにも釈然としないものがある。
「う〜?でも、風邪は風邪でもきっとひどい風邪なんだよ。」
あゆは出来るだけ難しそうな顔を作ってそう主張した。
彼女にとっての”病院”とは重い病気の人が行くイメージらしい。しかも、そこに行くこと、いや、近づくことすら恐れている。軽い風邪でも入院する、などということになれば、自分も近い将来入院することになる、と考えてでもいるのか、周囲を納得させるように何度も何度も頷いていた。
「そうか?俺は病院が入院費稼ぐためにやってるんじゃないかと思うぞ?」
祐一が自分の見解を披露するとすぐに、名雪が驚いたように目を見開いた。
「え?どこの病院?」
さっきまで眠っているかのような細い目をしていただけに、急に開かれた名雪の目の大きさに祐一までびっくりしてしまった。
「…く、倉田総合病院。」
「じゃ、違うよ〜。あそこは良い病院だって評判だもの。」
祐一の答えに、名雪はまた目を細くして顔をほころばせた。
確かに、切れた祐一に対しても丁寧に答えていたし、病院全体の清掃も行き届いていた。
何より、患者達が柔和な顔をしていたのが印象的だった。
だが、そうだとすると栞が風邪ぐらいで入院させられている説明が付かない。
「そうかなぁ?」
「そうだよ。」「そうよ。」
祐一はなおも首を傾げたが、名雪も香里も祐一の言葉を完全に否定している。
地元民の二人にこれだけ太鼓判を押されては、引っ越してきて一週間にもならない祐一にはそれ以上反論する術はない。
では、あゆの言う通りに重い風邪なのか、と問われれば、そうではないだろう、と判断できる。
何故ならば、祐一と出会ったとき栞は外出していたわけだし、昨日も病院内を自由に動き回っていたからだ。
だが、そうだとするとあの日の佐祐理の行動や言動が説明できない。
祐一の思考は堂々巡りに陥った。
(仕方ない。来週もう一回くらい栞の所に見舞いに行くか。)
風邪が本当ならもうそろそろ退院の日取りが決まっていてもおかしくない。
そうでなくても何らかの変化が見られている可能性もある。
百聞は一見に如かずだ。
とはいえ、女の子の所に男の祐一が見舞いに行くわけだから、栞の家族が来ていたときに鉢合わせたら気まずい。
出来れば誰か女の子と一緒に行きたいところだった。
「ね、祐一。今度お見舞いに行くとき私も連れてってよ。」
名雪はまるで祐一の考えを読んだかのようにそんなことを提案してきた。
祐一としても『栞の謎』が解ける糸口にもなりそうだし、渡りに船で依存はない。
だが、名雪には物理的にそれが可能なのだろうか?
「あぁ。別に構わないけど、お前、部活あるだろ?」
部活が休みなのは木曜だったか?
だが、それも長距離の選手になったら、という条件付きだ。
あくまでも短距離の方で選手を目指すなら、まだ休み無しの練習が続く、と聞いていたが?
「うん。でも来週はないんだよ〜。」
名雪は少し残念そうな、それでもやはり少し嬉しそうな、複雑な表情を作った。
休みは嬉しくても、やはり部活はしたいらしい。
余程陸上が好きなんだろう。
「へぇ。珍しいな。」
「だって、もう選考会もしたし。」
名雪はどこかさばさばした表情でそう言った。
その表情からは短距離への未練は感じられない。
顧問から『部のために』と頼まれたら、最終的には部長として手薄な長距離に回ることに割り切っているようだ。
その人の良さが魅力でもあり、いじらしくもあり。
「そう言えばそうだな。」
そう言いながら、祐一は不意に従姉妹が気の毒になった。
大会は春先、3月のはずだ。
それまで練習を積めば、これだけ練習好きの名雪のことだ。今の選手候補を逆転することだって出来るかも知れない。また、直前に体調の関係で出られることになるかも知れない。
だが、現実には1月の今の段階で名雪の短距離選手への道は閉ざされてしまうのだ。
「なんだってそんなに大急ぎで選手決めたりするんだ?大会は3月だろ?」
祐一は従姉妹に代わって少し恨み言を言ってみた。
もう少し時間があれば、名雪だって……。
「それはもうすぐテストがあるから、テスト休みなんだよ〜。」
名雪はちょっと嫌そうに眉を顰めて説明した。
「そうか、それなら仕方ないな……。」
一応進学校で通っているわけだし、”部活動よりも学業優先”という高校は、その逆よりも多数派だ。
テストが近いなら、冬休み中もほとんど休み無く練習していたのも、冬休み明けにすぐ選手選考会をしたのも頷ける。
何しろ、ここは雪国。
いくら体育館があるとはいえ、全ての生徒の部活動がそこで行われては余りに手狭だ。各運動部毎に”ローテーション”を組んで体育館の使用時間を決めていることは想像に難くない。テスト前に陸上部が体育館を占有できる日はあの日だけだったのだろう。
「………って、なんだとおっ!?」
祐一は急に大声をあげた。
「わ、びっくり。」
従姉妹はぱちくりと大きな目を瞬たかせた。
「もう一回言ってみろ。」
「だから、14日は実力テストだから来週は部活がテスト休みなんだよ〜。」
祐一の言葉に応じて名雪はにっこり笑いながら、祐一が一度も聞かされていなかった情報を詳細に繰り返した。
無言のまま、ゆっくりと祐一の手が動き、名雪の柔らかい頬を捉える。
そのままむんず、とばかりに名雪の頬を引っ張りながら、祐一はもう一度聞いた。
「もう一回言ってみろ。」
「ひゅーいひ、いひゃいお〜(祐一、痛いよ〜)。」
目に涙を浮かべる名雪の頬を、最後にもう一捻りしてから解放してやる。
「そう言うことは早く教えろっ!」
引っ越してきたばかりで授業にすらまだまともに入っていない。
制服やら何やらはともかく、テストは必殺の『転校したばかりですから』が通用するほど甘い物ではない。
知っていたからと言って試験対策をしたか、無駄なあがきを諦めるのが早まっただけだったかは定かではないが、少なくとも無意味に時間を過ごすほど悠長ではいられなかったことになる。
「あ〜、言うの忘れてたわね。」
餅のように引っ張られて赤くなっている親友の頬の窮状をしれっとした顔で見ていた香里だったが、これまた何の抑揚もなく祐一の言葉に応えた。
「香里、お前もだ。」
そうは言いながらも、祐一も香里の頬をつねり上げるほどチャレンジャーではない。
香里相手には文句を言うだけに止めた。
「あら、部活決まってないんだから丁度良かったじゃないの。」
「良い訳あるかーーーーーっ!」
にっこり笑って無責任なことを言う香里に、さすがの祐一も思いっ切り突っ込みを入れる。
「ちなみに、試験前に休みになるのは運動部だけよ?奇術部のような文科系の部活動は普段拘束時間が少ない分、試験前も休みは無し。」
さぁ、どうするの?
挑発的な表情を浮かべながら、香里は祐一に最後の選択を迫った。
何のことはない、外堀は埋められていた。
いや、最初からそんなものは無かったのかもしれない。
「……陸上部で良いです。」
わ〜い、と万歳をする名雪の前で、祐一は『これだったら最初から抵抗しなければ良かった』と後悔の海を漂っていた。
<続き>